ノルガルドとエストレガレス帝国との国境を護る城ジュークスの会議室には、白狼王ヴェイナードと、軍師グイングラインをはじめとしたノルガルドの重臣たちが集まっていた。ジュークス城では、南のリドニー要塞を攻め落とすため、開戦当初から準備を進めていた。リドニーは、フォルセナ大陸で最も流域面積が広いアルヴァラード川の中州に建つ難攻不落の城だ。これ落とすための水上部隊・高空部隊の編成はすでに完了している。
さらに、先月下旬から今月上旬にかけ、帝国に大きな動きがあった。皇帝ゼメキスの右腕カドール、現エストレガレス軍総帥ギッシュ、そして、旧アルメキア軍で剣術指南役を務めた剣聖エスクラドスが、南のイスカリオ領アスティンを制圧し、そのまま東のレオニアに侵攻し始めたのだ。四鬼将の内三人が帝国の南部で戦闘を行っている。これは、これからリドニーを攻めるノルガルドにとって極めて朗報だ。無論、それだけでリドニーを簡単に落とせるわけではない。リドニーを攻めるか否か――今日の会議は、その決断をするためのものだ。
「カドールらが南部で戦っているとはいえ、決して油断はできぬ」ヴェイナードは、重みのある声で言う。「皇帝ゼメキスは南部の戦闘には参加しておらぬし、ゼメキスや四鬼将以外にも腕の立つ騎士は多い。現在リドニーの守備に就いている騎士は不明だが、誰であろうと、我が軍の被害は、決して小さくはないだろう」
軍師グイングラインがこれまで行った模擬戦の結果では、ノルガルドの勝率は九割以上。しかし、勝ったとしても二割から五割の兵を失うと予想されている。無論、単なる予想であり、実戦が同じように運ぶことはまずない。不測の事態というのは必ずと言っていいほど発生し、それが想定外の結果を生むことも十分にある。
ヴェイナードは続ける。「だが、どれほど危険であっても、リドニーは落とさねばならぬ。我が軍の食糧事情は皆も承知していると思う。手をこまねいていては自滅する。これは、我らノルガルドがフォルセナ大陸を制覇するための極めて重要な足がかりだ。決して負けられぬ。必ず成し遂げるぞ!」
白狼の言葉に、騎士たちは「はは!」と応えた。
ヴェイナードはグインを見た。「作戦の実行が遅くなった。許せ、グイン」
「いえ、問題ありません。むしろ、より確実に軍の編成ができました」
ヴェイナードは「うむ」と頷いて、今度はイヴァインとパロミデスを見た。二人は前王時代からのヴェイナードの部下で、開戦以降、ずっとこのジュークス城の守備を任せていた。
「イヴァイン、パロミデス。二人とも、ずいぶんと待たせた。開戦以降溜め込んでいた力を、この戦いで爆発させるが良い」
「はは!」と、イヴァインが答える。「このいくさ、陛下と勝利の女神に奉げましょう」
「やってやりますよ! 陛下!」興奮気味に立ち上がるパロミデス。「陛下を煩わせる敵は、この俺が蹴散らして見せます! イヴァイン! 悪いが、今回の手柄は譲れないぜ!」
「そういうことは、俺の援護なしで戦えるようになってから言ってくれ」
血気盛んなパロミデスに対し、イヴァインはあくまでも冷静な口調で言う。パロミデスは、悔しそうに歯を噛みしめた。
ヴェイナードは、同席した全ての騎士を見回した。「――では、各軍最後の準備に取り掛かるのだ!」
騎士たちはそれぞれの準備に取り掛かろうとした。
だが、その前にドアがノックされ、ノイエが入って来た。「陛下、失礼します。急ぎ、お伝えしたいことが」
いつものおしとやかな様子は無く、緊迫した表情だ。
「ノイエ、どうかしたか」
「レオニアから伝者が参りました。女王リオネッセ様が、至急ヴェイナード陛下と会談を行いたいと仰っております」
「――何?」
ヴェイナードは思わず立ち上がった。会議室を出ようとしていた騎士たちも立ち止まる。
レオニアの女王リオネッセとは、三月の下旬に一度会談を行った。その際ヴェイナードは、レオニアに属国となることを迫り、城に兵を接近させて脅した。これに対しレオニア女王は一歩も引かず、ノルガルドとのいくさを決意。一触即発の空気の中、同行させていたブランガーネが女王の決意に感服し兵を退かせる、という
あれから五ヶ月。戦況は大きく動いた。レオニアに侵攻した帝国軍は、ハドリアン、グルームというふたつの城を落とし、首都ターラに迫りつつあるという。レオニアと帝国の戦力差を考えれば、陥落は時間の問題かもしれない。
「――これは、種が実るやもしれぬな」ヴェイナードはグインを見た。「すまぬ、グイン。作戦を、もう一度保留できるか?」
グインは大きく頷いた。「無論です。兵の被害を抑えるのは、私も望むところ。陛下の撒いた種が実るのであれば、その方がよろしいでしょう」
ヴェイナードは「よし」と頷いて、他の騎士に視線を移す。「皆聞いての通りだ。リドニー攻めは一旦保留し、予はレオニア女王との会談へ向かう。グインとイヴァイン、パロミデスは予に同行せよ。他の者は指示があるまで待機だ。エストレガレスからの侵攻もあり得る。決して油断はするなよ」
「はは!」
ヴェイナードは身支度を早々に終わらせると、部下を連れレオニアへと向かった。