エストレガレス軍は聖都ターラの王城に迫っていた。城下町では両軍入り乱れた戦いが続いている。キルーフは戦斧を振るい敵兵やモンスターを倒すが、数は相手の方が大きく上回っている。ここを抜かれると、敵は一気に王城内になだれ込むだろう。リオネッセはすでに北へ避難しているとはいえ、王城を制圧されるとレオニアの敗北は決定的だ。何としてでもここで敵を止めなければならない。だが、敵の数は一向に減らない。こんな時どうするか……首都防衛時の戦術は訓練で習ったはずだが、真面目に聞いてなかった為、すっかり頭から抜け落ちている。アスミットは他の持ち場についていて近くにはいない。こんなことなら、もっとちゃんと勉強しておくべきだった……後悔してももう遅い。
――くそ! 戦略なんか関係ねぇ! 戦いは力! とにかく敵を叩きのめせばいいんだ!
敵を倒しる続けるキルーフだが、もはや力でどうこうできる状況ではなかった。仮に戦術を用いたとしても無駄だろう。敵の兵力は圧倒的で、レオニアとの力の差は歴然だ。もはやここにいるレオニア兵だけで戦局を覆すのは不可能だった。事態を打開するためには相手を上回る兵力が必要だ。そのような兵力、今のレオニアには無い。そう思われた。ところが。
「――援軍だ! 北から、援軍が到着したぞ!!」
声が響いた。敵味方入り乱れているため、もはや誰の声かも判らない。それでも、北からの援軍ならば味方に違いない。ダマス城を護るイスファスの部隊だろうか? ノルガルドとの国境は大丈夫なのか。いや、今は北の守りを捨ててでもこの聖都を守ることが重要だ。とにかく、この戦況を覆さなければ。
北から駆け付けた大軍が、エストレガレス軍とぶつかった。エストレガレスにも劣らぬ数だ。これならば、十分に敵を押し返せる、そう思った。
だが、援軍に駆け付けた部隊を見て、キルーフは戦うことも忘れて呆然と立ち尽くす。
「なんだ……この部隊は……」
駆けつけた兵は皆、鎧の上に厚手の毛皮の外套をまとっていた。明らかに、レオニア兵の格好とは違う。兵の他に騎士が召喚したモンスターもいるが、その中には、ヘルハウンドやデーモンといった、レオニアでは召喚できないモンスターの姿もある。
そして、各部隊が掲げている旗は、レオニアのものではなかった。
――これは……ノルガルド軍か!?
間違いない。援軍が掲げている旗はノルガルドのものだ。しかし、なぜ敵であるノルガルド軍がここに? 北から侵攻されたのだろうか? それにしては首都への到達が早すぎるし、ノルガルド軍はレオニア兵には手を出さず、エストレガレス兵ばかりと戦っている。
戸惑うキルーフの側に、銀髪の男が立った。
髪と同じく銀に輝く鎧に身を包み、その上にひときわ豪華な毛皮の外套を羽織っている。背はキルーフよりも一回り高く、手にしている
その顔、半年前の会合で一度見ただけだが、忘れるはずがない。
「――てめぇは、白狼!!」
キルーフが叫んだ。まぎれもなく、ノルガルドの白狼王こと、ヴェイナードである。
ヴェイナードは横目でキルーフを見ただけだった。手出しをしない――というよりは、興味が無いという態度だった。
エストレガレス軍とノルガルド軍の戦いは続いている。最初は戸惑っていたレオニアの兵も、我に返り、敵と戦う。
だがキルーフは、戦うことも忘れ、鋭い目でヴェイナードを睨みつける。「なんでてめぇがここにいる? なんで俺たちを助けるんだ」
「予は、女王リオネッセからこの国を委ねられた」ヴェイナードは静かに言った。
「な……何を言ってやがる……」
「この国はノルガルドに併合される。もう、この国はレオニアではない、ノルガルドだ」
「なんだと! ふざけんな!」
「リオネッセが希望したことだ。民を救うためにな」
ギリギリと奥歯を噛むキルーフだが、はっとした表情になった。
「てめぇ……リオネッセはどうした……」
怒りを抑える声。
ヴェイナードは応えない。氷のような目で、戦況を見つめている。
「答えろ!! リオネッセをどうしたんだ!!」
斧を振り上げた。
「リオネッセは、予と共にノルガルドを統治することになる」ヴェイナードは抑揚のない声で言う。
キルーフの斧が止まった。「どういう意味だ!」
「リオネッセは、レオニアと共に予が貰い受ける。リオネッセは――予の
それを聞いたキルーフの手から、斧が滑り落ちた。
――リオネッセが、白狼の后になる?
何を言っているのか理解できない。できるはずもない。
リオネッセの顔が思い浮かぶ。
幼い頃からずっと一緒だったリオネッセ。女王となり、騎士となった後もずっと一緒だったリオネッセ。これからもずっと一緒だと思っていたリオネッセ。
そのリオネッセが、ヴェイナードの、后になる――。
「……ふざけんな……」
キルーフは、斧を拾うのも忘れ。
「ふざけんな!!」
拳で、ヴェイナードに殴りかかった。
だが、その拳が止まる。
「――リオネッセは、自国の力ではレオニアを守れぬと判断したゆえに、予に助けを求めたのだ。恨むのならば、己の力の無さを恨むのだな」
白狼に、そう言われたから。
返す言葉は無かった。
今の戦況が、白狼の言葉の正しさを物語っている。
エストレガレスの侵攻を許し、首都陥落寸前まで追い込まれた。ノルガルドの援軍が無ければ、レオニアは滅亡していたであろう。レオニアに、帝国の侵攻を止める力は無かった。
そして。
その原因は、自分にあるのかもしれない。
リオネッセは、国を守るため、民を守るため、日々努力をしていた。政務を行うかたわらで、魔法を習い、訓練にも積極的に参加し、女王の身でありながら戦場に立つ覚悟さえあった。
それに比べ、自分は、何をしてきたのだろう。
真面目に訓練をしなかった。『戦いは力』――その言葉に逃げ、アスミットの教える戦術を理解しようともしなかった。その『力』さえ、自分は持っていなかった。なのに、いつかは大陸一の騎士になると、口ばかり達者だった。そんな時間は、この国には残されていなかったのだ。
だからリオネッセは――白狼を選んだのだ。
無力な自分よりも、力のある白狼を選んだのだ。
自分は、リオネッセから見捨てられたのだ。
そう思えて、仕方が無かった。
キルーフは、言葉にならない咆哮と共に、白狼に殴りかかった。
自分に力が無いことの悔しさを、リオネッセに見捨てられた悔しさを、リオネッセを奪われた悔しさを。
全ての悔しさを、拳に込めた。
だが、その拳が白狼に届くことはなく。
後頭部に激しい痛みが走った。
目の前が一瞬真っ暗になった。意識を失う。だが、すぐに鼻を殴られたような衝撃があり、痛みで意識を取り戻した。口の中に土の味が広がる。目を開けると、地面に這いつくばっていた。後ろから、誰かに殴られたと判った。
「――陛下、お怪我はございませぬか」
ヴェイナードと同じく銀髪に銀の鎧、そして、厚手の外套をまとった騎士が現れた。
「グインか――」ヴェイナードが言った。「予は問題ない」
グインと呼ばれた男は王に頭を下げた後、地面に這いつくばるキルーフを見た。「この国はすでにノルガルド、よって、そなたはノルガルドの騎士だ。故に、今の貴様の行為は反逆罪となる」
グインは部下に向かって、「反逆罪だ! すぐにこの者の首をはねよ!」と命じた。
「構うなグイン。今は目の前の敵に集中しろ」ヴェイナードは槍斧を構えた。「相手は四鬼将だ。油断するなよ」
「御意」
グインも、腰に携えた剣を抜いた。
二人は、戦列に向かってゆく。
「……待て……行かせるかよ……」
キルーフは、震える足で立ち上がり、手を伸ばした。
「……リオネッセを……返せ……」
だが、その手が届くことはなく――。
キルーフは、再び意識を失った。
☆
聖王暦二一五年九月下。
宗教国家レオニアは、南よりエストレガレス帝国の侵攻を受ける。
エストレガレス軍は聖都ターラまで侵攻。王城は陥落寸前まで追いつめられるも、北の大国ノルガルドの援軍により、かろうじて持ちこたえる。
エストレガレス帝国は背後をイスカリオに攻められたため、アスティンまで後退した。
その後、レオニアはノルガルドに併合され、女王リオネッセは、ノルガルド王ヴェイナードの后となる。
聖王暦二一五年十月。
レオニアは、事実上滅亡した――。