ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第四十九話 キルーフ 聖王暦二一五年九月下 レオニア/ターラ

 エストレガレス軍は聖都ターラの王城に迫っていた。城下町では両軍入り乱れた戦いが続いている。キルーフは戦斧を振るい敵兵やモンスターを倒すが、数は相手の方が大きく上回っている。ここを抜かれると、敵は一気に王城内になだれ込むだろう。リオネッセはすでに北へ避難しているとはいえ、王城を制圧されるとレオニアの敗北は決定的だ。何としてでもここで敵を止めなければならない。だが、敵の数は一向に減らない。こんな時どうするか……首都防衛時の戦術は訓練で習ったはずだが、真面目に聞いてなかった為、すっかり頭から抜け落ちている。アスミットは他の持ち場についていて近くにはいない。こんなことなら、もっとちゃんと勉強しておくべきだった……後悔してももう遅い。

 

 ――くそ! 戦略なんか関係ねぇ! 戦いは力! とにかく敵を叩きのめせばいいんだ!

 

 敵を倒しる続けるキルーフだが、もはや力でどうこうできる状況ではなかった。仮に戦術を用いたとしても無駄だろう。敵の兵力は圧倒的で、レオニアとの力の差は歴然だ。もはやここにいるレオニア兵だけで戦局を覆すのは不可能だった。事態を打開するためには相手を上回る兵力が必要だ。そのような兵力、今のレオニアには無い。そう思われた。ところが。

 

「――援軍だ! 北から、援軍が到着したぞ!!」

 

 声が響いた。敵味方入り乱れているため、もはや誰の声かも判らない。それでも、北からの援軍ならば味方に違いない。ダマス城を護るイスファスの部隊だろうか? ノルガルドとの国境は大丈夫なのか。いや、今は北の守りを捨ててでもこの聖都を守ることが重要だ。とにかく、この戦況を覆さなければ。

 

 北から駆け付けた大軍が、エストレガレス軍とぶつかった。エストレガレスにも劣らぬ数だ。これならば、十分に敵を押し返せる、そう思った。

 

 だが、援軍に駆け付けた部隊を見て、キルーフは戦うことも忘れて呆然と立ち尽くす。

 

「なんだ……この部隊は……」

 

 駆けつけた兵は皆、鎧の上に厚手の毛皮の外套をまとっていた。明らかに、レオニア兵の格好とは違う。兵の他に騎士が召喚したモンスターもいるが、その中には、ヘルハウンドやデーモンといった、レオニアでは召喚できないモンスターの姿もある。

 

 そして、各部隊が掲げている旗は、レオニアのものではなかった。

 

 ――これは……ノルガルド軍か!?

 

 間違いない。援軍が掲げている旗はノルガルドのものだ。しかし、なぜ敵であるノルガルド軍がここに? 北から侵攻されたのだろうか? それにしては首都への到達が早すぎるし、ノルガルド軍はレオニア兵には手を出さず、エストレガレス兵ばかりと戦っている。

 

 戸惑うキルーフの側に、銀髪の男が立った。

 

 髪と同じく銀に輝く鎧に身を包み、その上にひときわ豪華な毛皮の外套を羽織っている。背はキルーフよりも一回り高く、手にしている槍斧(そうふ)は身の丈を越えている。

 

 その顔、半年前の会合で一度見ただけだが、忘れるはずがない。

 

「――てめぇは、白狼!!」

 

 キルーフが叫んだ。まぎれもなく、ノルガルドの白狼王こと、ヴェイナードである。

 

 ヴェイナードは横目でキルーフを見ただけだった。手出しをしない――というよりは、興味が無いという態度だった。

 

 エストレガレス軍とノルガルド軍の戦いは続いている。最初は戸惑っていたレオニアの兵も、我に返り、敵と戦う。

 

 だがキルーフは、戦うことも忘れ、鋭い目でヴェイナードを睨みつける。「なんでてめぇがここにいる? なんで俺たちを助けるんだ」

 

「予は、女王リオネッセからこの国を委ねられた」ヴェイナードは静かに言った。

 

「な……何を言ってやがる……」

 

「この国はノルガルドに併合される。もう、この国はレオニアではない、ノルガルドだ」

 

「なんだと! ふざけんな!」

 

「リオネッセが希望したことだ。民を救うためにな」

 

 ギリギリと奥歯を噛むキルーフだが、はっとした表情になった。

 

「てめぇ……リオネッセはどうした……」

 

 怒りを抑える声。

 

 ヴェイナードは応えない。氷のような目で、戦況を見つめている。

 

「答えろ!! リオネッセをどうしたんだ!!」

 

 斧を振り上げた。

 

「リオネッセは、予と共にノルガルドを統治することになる」ヴェイナードは抑揚のない声で言う。

 

 キルーフの斧が止まった。「どういう意味だ!」

 

「リオネッセは、レオニアと共に予が貰い受ける。リオネッセは――予の(きさき)となる」

 

 それを聞いたキルーフの手から、斧が滑り落ちた。

 

 ――リオネッセが、白狼の后になる?

 

 何を言っているのか理解できない。できるはずもない。

 

 リオネッセの顔が思い浮かぶ。

 

 幼い頃からずっと一緒だったリオネッセ。女王となり、騎士となった後もずっと一緒だったリオネッセ。これからもずっと一緒だと思っていたリオネッセ。

 

 そのリオネッセが、ヴェイナードの、后になる――。

 

「……ふざけんな……」

 

 キルーフは、斧を拾うのも忘れ。

 

「ふざけんな!!」

 

 拳で、ヴェイナードに殴りかかった。

 

 だが、その拳が止まる。

 

「――リオネッセは、自国の力ではレオニアを守れぬと判断したゆえに、予に助けを求めたのだ。恨むのならば、己の力の無さを恨むのだな」

 

 白狼に、そう言われたから。

 

 返す言葉は無かった。

 

 今の戦況が、白狼の言葉の正しさを物語っている。

 

 エストレガレスの侵攻を許し、首都陥落寸前まで追い込まれた。ノルガルドの援軍が無ければ、レオニアは滅亡していたであろう。レオニアに、帝国の侵攻を止める力は無かった。

 

 そして。

 

 その原因は、自分にあるのかもしれない。

 

 リオネッセは、国を守るため、民を守るため、日々努力をしていた。政務を行うかたわらで、魔法を習い、訓練にも積極的に参加し、女王の身でありながら戦場に立つ覚悟さえあった。

 

 それに比べ、自分は、何をしてきたのだろう。

 

 真面目に訓練をしなかった。『戦いは力』――その言葉に逃げ、アスミットの教える戦術を理解しようともしなかった。その『力』さえ、自分は持っていなかった。なのに、いつかは大陸一の騎士になると、口ばかり達者だった。そんな時間は、この国には残されていなかったのだ。

 

 だからリオネッセは――白狼を選んだのだ。

 

 無力な自分よりも、力のある白狼を選んだのだ。

 

 自分は、リオネッセから見捨てられたのだ。

 

 そう思えて、仕方が無かった。

 

 キルーフは、言葉にならない咆哮と共に、白狼に殴りかかった。

 

 自分に力が無いことの悔しさを、リオネッセに見捨てられた悔しさを、リオネッセを奪われた悔しさを。

 

 全ての悔しさを、拳に込めた。

 

 だが、その拳が白狼に届くことはなく。

 

 後頭部に激しい痛みが走った。

 

 目の前が一瞬真っ暗になった。意識を失う。だが、すぐに鼻を殴られたような衝撃があり、痛みで意識を取り戻した。口の中に土の味が広がる。目を開けると、地面に這いつくばっていた。後ろから、誰かに殴られたと判った。

 

「――陛下、お怪我はございませぬか」

 

 ヴェイナードと同じく銀髪に銀の鎧、そして、厚手の外套をまとった騎士が現れた。

 

「グインか――」ヴェイナードが言った。「予は問題ない」

 

 グインと呼ばれた男は王に頭を下げた後、地面に這いつくばるキルーフを見た。「この国はすでにノルガルド、よって、そなたはノルガルドの騎士だ。故に、今の貴様の行為は反逆罪となる」

 

 グインは部下に向かって、「反逆罪だ! すぐにこの者の首をはねよ!」と命じた。

 

「構うなグイン。今は目の前の敵に集中しろ」ヴェイナードは槍斧を構えた。「相手は四鬼将だ。油断するなよ」

 

「御意」

 

 グインも、腰に携えた剣を抜いた。

 

 二人は、戦列に向かってゆく。

 

「……待て……行かせるかよ……」

 

 キルーフは、震える足で立ち上がり、手を伸ばした。

 

「……リオネッセを……返せ……」

 

 だが、その手が届くことはなく――。

 

 

 

 

 

 

 キルーフは、再び意識を失った。

 

 

 

     ☆

 

 

 

 聖王暦二一五年九月下。

 

 

 

 宗教国家レオニアは、南よりエストレガレス帝国の侵攻を受ける。

 

 エストレガレス軍は聖都ターラまで侵攻。王城は陥落寸前まで追いつめられるも、北の大国ノルガルドの援軍により、かろうじて持ちこたえる。

 

 エストレガレス帝国は背後をイスカリオに攻められたため、アスティンまで後退した。

 

 

 

 その後、レオニアはノルガルドに併合され、女王リオネッセは、ノルガルド王ヴェイナードの后となる。

 

 

 

 聖王暦二一五年十月。

 

 

 

 レオニアは、事実上滅亡した――。

 

 

 

 

 

 

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