カーレオン騎士団の長・ディナダンは、王の呼び出しを受け、執務室に早足で向かっていた。先ほど、北のパドストー公国に関する情報が入って来た。先月のゼメキスのクーデターにより国を追われたアルメキアの王太子ランスがパドストーに保護された。老王コールはランスに王位を譲り、パドストーは、新生アルメキア王国『西アルメキア』として、エストレガレス帝国と徹底抗戦を宣言したのである。
これらは全て、カーレオン国王のカイが予想した通りであった。これからカーレオンはどう動くのか……王は相変わらず、胸の内をあまり語らない。今回呼び出しを受けたのは、恐らくパドストーに関することだろうが、はたしてどうなるか。
執務室のドアをノックし、中に入る。王と、宰相のボアルテ、そして、王の妹のメリオットが、すでに集まっていた。
全員が集まったのを見て、王はゆっくりと話し始めた。「みんなすでに聞いたと思うけど、アルメキアの王太子・ランス様が、パドストーの王位に就いた。パドストーは『西アルメキア』と名を改め、エストレガレス帝国と戦うそうだ」
宰相のボアルテが腕を組む。「北のノルガルドも帝国に侵攻しましたし、西のレオニアやイスカリオも戦闘を始めております……すべて、陛下のおっしゃった通りになりましたな」
「それにしても、ビックリだよね」メリオットがあごに手を当てた。「パドストーがランス様を保護するのはともかく、王位も譲るなんて。ランス様って、まだ十四歳なんでしょ? あたしより三つも年下なのに、大丈夫なのかな?」
「ランス様には、戦の経験も、政務の経験も無いと聞いております」ボアルテが言った。「コール王がいかにアルメキアに忠誠を誓っているとはいえ、はやまった決断ではないかと」
「コール王は思慮深い方だよ。何の考えも無く、王位を譲ったのではないと思う」と、カイ。
「と、おっしゃいますと?」
「例えば、パドストーは代々アルメキアに忠誠を誓って来たけど、それはあくまでもコール王ら王族や、その重臣たちの話で、国民には、あまりピンとこないと思うんだ。『アルメキアへの忠誠心を示すためにエストレガレスと戦う』と言っても、支持は得られないかもしれない。そこでコール王は、王位をランスに譲ったんだよ?」
メリオットが首を傾けた。「ランス様を王様にすると、みんなから支持されるの?」
「ランス様には、ゼメキスに両親を殺され、国を奪われ、その復讐をする、という、判りやすいストーリーがある。国民には、忠誠心なんて曖昧なものよりよっぽど理解されやすいと思うんだ。また、ランス様を擁立すれば、旧アルメキアの騎士たちも集まりやすい。コール王は、それを狙ったんじゃないかな?」
「つまり――」と、ディナダン。「ランス王子は、西アルメキアのマスコット的役割に過ぎない、と?」
「そういう見方もある、ということだよ。実際の所は、この目で見てみないと、何とも言えないな。ランス王子とはアルメキア時代に何度か会ったことがあるけど、もう何年も前の話だし。……と、言うことで、ボアルテ。ランス様とコール王に、会見の約束を取ってくれ。なるべく早いうちに、お目にかかりたい、と」
「かしこまりました」
ボアルテは、さっそく準備に取り掛かるため、執務室を出た。
「賢王様直々に、ランス様を品定めするおつもりで?」ディナダンは探るような目を向ける。
「それもあるけど、まずは、同盟の確認かな。お互い戦う意思がないことを明確にしておけば、目の前の敵に集中できるからね」
「ふむ。なるほど」
「会見が決まったらすぐに出かけるから、ディナダン、一緒に来てくれるかな?」
「は? 私などがお供しても、会見には何の役にも立たないと思いますが?」
「そうよ」と、メリオットも言う「それに、いつ敵が攻めてくるかも判らないのに、大陸一の剣士様が、国を離れるわけにはいかないでしょ?」
「大陸一など恐れ多い。私も『ナイトマスター』などと呼ばれておりますが、そんなのは名ばかりです。大陸中を探せば、私よりも優れた剣士が、まあ、一人か二人くらいはいるかと思います」
「一人か二人、ねぇ」呆れ声のメリオット。
「この国で大陸一を名乗れるのは、メリオット姫の美しさだけでございます」
「まあ? ディナダンったら、正直なんだから」
両手を頬に当てて喜ぶメリオットを無視して、カイは続ける。「まあ、私も一応国王だからね。賊に襲撃されないよう、ナイトマスター殿に護衛を依頼したいんだけど、ダメかな?」
カイの言葉を聞きながら、ディナダンはその真意を読み取ろうと、目の動きやわずかな顔の仕草などを探る。国王とは言え、カイは大陸一と噂される魔術師だ。賊ごときの襲撃、簡単に撃退してしまうだろう。護衛が目的とは思えない。何を企んでいるのだろう? 残念ながら、そのすました表情からは何も読み取ることはできなかった。もちろん、何も考えていないはずはない。胸の内では、我々凡人には計り知れない賢王ならではの考えがあるはずだ。
ディナダンは探るのをやめた。何を考えているのかよく判らない男ではあるが、この国を常に良い方向に導こうとしているのは間違いない。それに、何を考えているのか判らないからこそ面白いのだ。
「判りました。お供しましょう」ディナダンは答えた。「幸い、隣国のエストレガレスもイスカリオも他の国と交戦中で、今の所カーレオンに侵攻してくる気配はありません。国境の警備は、部下だけで十分です」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
カイは、純真な子供のような笑顔を浮かべた。
一週間後、カイとディナダンはカーレオンを離れ、西アルメキアのカルメリー城へ向かった。
会見は謁見の間ではなく、国賓を迎える専用の部屋が用意されていた。それはつまり、西アルメキアとカーレオンは同列であることを意味していた。
「――椅子の上で踏ん反り返って陛下のことを見下していたら、その場で叩き斬ってやろうと思っていましたが、どうやらランス様は礼儀をわきまえていらっしゃるようですな」
会見の間に向かう廊下で、ディナダンはいつもの口調で言った。
「ディナダン、頼むから、ランス様の前でそんな失礼な口を叩くんじゃないよ?」
「それは相手次第ですな。私はカーレオンの騎士ですので、陛下に失礼な態度があれば、遠慮なく剣を抜きます」
「私に失礼な口を利く男なら、いつもそばにいるんだが?」
「そうですか? それは気付きませんでした」
「……頼むよ、ホントに」
カイ達が部屋に入ると、すでに西アルメキア側の人間は中で待っていた。新たに王となったランスと、アルメキア時代からの重臣ゲライント。そして、ランスに王位を譲った前王コールと、元パドストーの重臣たちである。
カイはランスの前に立つと、右手を差し出した。「お久しぶりです、ランス王子」
「お久しぶりです、カイ王。お会いできて、うれしく思います」ランスも右手を差し出し、カイの手を握った。
カイはランスの手を握りながら、じっと、ランスの瞳を見ている。
はたから見れば握手を交わしているだけだろうが、ディナダンには判る。この瞬間から、カイは、ランスという人間の器をはかっている、と。
しばらく、手を握り合う二人。
カイの頬が緩んだ――ように見えた。
「わたくしも、お会いできてうれしく思います」
手を離すカイ。ランスの器をどう見たか、その表情からは判らない。
二人に続いてお供の者たちがあいさつを終えると、カイは、さっそく本題に入った。
「このたびのクーデターの件、アルメキアに忠誠を誓うカーレオンとしても、誠に残念に思います。聞くところによると、パドストーと共に挙兵し、ゼメキスを討つおつもりとか」
「はい。一刻も早く祖国を奪還し、この戦乱を鎮めたいと思っています」ランスは、力強い口調で答えた。
「カーレオンは、全面的にランス様を支援するつもりです。現在、南よりエストレガレスに進軍する準備を整えております」
「それは心強い。カイ王。お互い力を合わせ、逆賊ゼメキスを討ちましょう」
二人が二国間の同盟を確認し、今後について話し合っている間、ディナダンは、ランスの目をじっと見つめ、ディナダンなりにランスの器をはかっていた。
会見が終わり、カイ達は帰路についた。
カルメリー城を後にし、ひと気のない街道に出たところで、ディナダンは護衛兵の列を離れ、カイの乗る馬車の小窓を叩いた。
小窓が開き、カイが顔を見せる。「どうしたんだい? ディナダン」
「随分と短い会見でしたが、あれで良かったのですか?」
「もちろんだよ。お互いの国を攻める意思が無いことは確認しあえたはずだ。当面、背後の護りは気にしなくていい。帝国とイスカリオとの戦いに集中できる」
「そうですか。それで――」
「うん?」
「静かなる賢王様の目に、ランス王子はどう映りましたか? 予想通り、単なる国のマスコットでしたか?」ワザと、意地悪な口調で訊いた。
「いや、そうじゃなかったよ」カイは、あっさりと自分の考えが間違っていたことを認めた。「まだ幼いのは確かだけど、目と言葉から、ゆるぎない決意が感じられたよ。考え方もしっかりしていたし、家臣からも信頼されている。あの歳で立派だよ。以前会った時は、世間知らずのおぼっちゃまという感じだったけど、わずか数年で、人は変わるものだね」
「そうですか。それは良かった」
「ただ、ちょっと、エストレガレス帝国への復讐に心を囚われすぎているような気がするね。あれじゃあ、北のノルガルドに、足元をすくわれかねない」
「ほほう」
「まあ、その辺はコール王や周りの者たち、あるいは、同盟国である僕たちがフォローすればいいから、あまり問題はないと思う。それよりディナダン。君は、どう思った?」
「はい? 賢王様とあろうお方が、私ごときに意見を求めるので?」
「私は頭を使うのが専門だから、君にしか判らないことがあるかもしれない」
「遠回しに我ら凡人のことを馬鹿にしているでしょう?」
「そんなつもりはないよ。ナイトマスター殿の目にランス様はどう映ったのか、ぜひとも聞きたいね」
「陛下と同じですよ。まだ若いが、立派な方だ。家臣もしっかりしているし、エストレガレスやノルガルドとも、十分戦って行けるでしょう。ただ……」
「ただ?」
ディナダンは、言うべきかどうか迷ったが、やがて言葉を継いだ。「……もう何年も前の話ですが、アルメキアを訪れた時、一度だけ、ゼメキスを見たことがあります。まあ、城の廊下ですれ違った程度ですがね」
不意に話が飛んだが、カイは黙って聞いている。
「当時のゼメキスはまだ総帥ではありませんでしたが、まるで、飢えた獣のような目をしていました。常に戦う相手を探している。戦う者がいなくなれば、戦わない者にも襲い掛かる――そんな目でした」
「……それで?」
「私は、ランス様の瞳の奥にも、あの時のゼメキスと同じ輝きを感じました。いずれは、ゼメキスと同じように、大陸制覇の野望に憑りつかれるかもしれません」
「…………」
カイは何も言わず、顎に手を当て、何かを考えていた。
「もちろん、凡人の思い過ごしだと思いますがね」ディナダンは、とぼけたような口調で言った。
「判った。ありがとう。やはり、君に来てもらって良かった」
「お役にたてたなら光栄です、陛下」
ディナダンが頭を下げると、カイは、ぴしゃりと小窓を閉めた。ディナダンは、護衛の隊列に戻った。
☆
聖王暦二一五年三月下。
西アルメキアのランス王と、カーレオンのカイ王が会見。同盟を結び、互いにエストレガレス帝国と戦うことを誓い合った。