エストレガレスの王都ログレスの南に位置する都市・トリア。帝国南部の交通の要所であるこの都市を治めるのは、旧アルメキア時代に魔導の名門で知られたカールセン家だ。聖王の時代よりアルメキアに仕えてきた古い家系で、多くの宮廷魔術師を輩出した一族である。それらの宮廷魔術師の中には、大陸中の優秀な魔術師候補生が集う魔導学校を設立したり、王宮付きの魔術師団を組織したりと、歴史に残る偉業を成し遂げた者も少なくない。まさに、アルメキアの魔導の歴史を支えてきた由緒正しき名家だった。
エストレガレス帝国の新米騎士ミラは、カールセン家の屋敷の客間で、ソファーに座り、当主が来るのを待っていた。部屋の中には大きな柱時計やランプなどの調度品が並んでいる。その多くは、魔法の力・マナを利用して動く珍しい品だった。客間に剣や槍や鎧兜を飾っていたミラの家と違い、なんとも言えない知的な雰囲気が漂っている。ミラの家は武術の名門で知られるナストール家だ。カールセン家にも負けない名家だが、『知的』という点に関しては遠く及ばないだろう。壁にはカールセン家歴代当主の肖像画が飾られている。その中には、歴史の教科書に載っているような有名な魔術師も多い。それら歴史上の偉人が一人一人ミラに視線を向けている。まるで値踏みされているかのようで、どうにも落ち着かない。
がちゃりとドアが開き、ミラは背筋をピンと伸ばして立ち上がった。当主様が入ってきたものと思ったのだが。
「――姉さん!」
それが若い女の声だったので、ミラの緊張は一気に吹き飛んだ。
「ミレ! 久しぶり!」
ミラは、部屋に入って来た妹・ミレの元にかけていく。二人は手を取り、名家のお嬢様であることも忘れ、ぴょんぴょん飛び跳ねながら再会を喜んだ。
「――これこれ、そう騒ぐでない。床が抜けてしまうぞ」
ミレの後から笑いながら入って来たのは、カールセン家現当主・ランギヌスだ。
「ランギヌス様、お久しぶりです」ミラは表情を引き締め、アルメキア時代より続く右拳を左胸に当てる仕草で挨拶をした。
「久しぶりじゃのう、ミラ……と言っても、普段から見慣れた顔ゆえ、あまり久しぶりという感じはせぬがな」ランギヌスは顎髭を撫でながら愉快そうに笑った。
顔を見合わせ笑い合うミラとミレ。二人の顔は、まるで鏡に映っているかのように瓜二つだった。二人は血のつながった姉妹――それも、同じ日同じ母親から生まれた、双子だった。
ミラとミレが生まれたのは、ベルフェレスという地方貴族の家だった。ナストール家やカールセン家ほどではないものの、古くから続く由緒正しき家系である。しかし、現在は存在しない。十七年前、ミラとミレが生まれたのが原因で、没落してしまった。
フォルセナ大陸には、『双子は呪われた存在である』との、古くからの言い伝えがある。同じ顔を持つ人間が二人いることが恐れられ、あるいは、一度に二人以上の子を産む姿が家畜のようだとされ、忌み嫌われていたのである。何の根拠も無いことだ。迷信と言っていい。しかし、この迷信を信じ、双子の片方を密かに里子に出したり、最初から生まれなかったことにしたりというようなことは、古くから行われてきた。現代ではこのような考え方は薄れつつあるが、地域によっては、今だ根深く残っている。
ミラとミレが生まれたベルフェレス家があったのは、そんな古い考えに縛られた人間が住む地域だった。
領民は、ベルフェレス家で双子が生まれたことを、村に不吉なことが起こる前触れと考え、このままでは大きな災いが訪れるのでは、と恐れた。村の有力者であった教会の司祭はこの件を王宮に報告し、このままでは村だけでなく国全体に災いが降りかかる、と訴えた。普通ならば、このような馬鹿げた話を王宮が聞き入れるはずもないのだが、愚王ヘンギストはこの訴えを認め、ベルフェレス家から土地や財産をすべて没収したのである。
財を失ったミラとミレの両親は子を育てる余裕が無くなり、二人を養女に出すことにした。幸い、かねてよりベルフェレス家と親交のあったナストール家とカールセン家は双子の迷信を信じるような愚か者ではなく、喜んでミラ達を迎え入れてくれた。ただし、愚王ヘンギストの目があるため、双子であることは隠され、それぞれ別の家に引き取られることになった。両家の当主の計らいで数年に一度会うことはできたものの、二人は全く異なる環境で育つことになったのである。
二人が養女に出て数年後、両親は流行り病に倒れ、あっけなくこの世を去った。
ひとしきり再会を喜んだ後、ミラたちはソファーに座った。
「それにしても、驚いたわね」妹のミレは従者が運んできたお茶をすすった。「まさかアルメキアが、こんなことになるなんて」
二月の下旬、アルメキア軍総帥ゼメキスがクーデターを起こし、アルメキア王国は滅亡。ゼメキスはエストレガレス帝国の樹立を宣言し、大陸制覇へと乗り出していた。
「あたしは別に構わないけどな」ミラはあっけらかんとした口調で言う。「別にアルメキアに恩があったわけでもないし……むしろ、ベルフェレス家を滅ぼした愚王がいなくなって、清々したわ」
そう言った後、大きく伸びをするミラ。さっきまでの緊張はどこへやら、すっかりリラックスしている。もともとミラは大雑把な性格で、物事はあまり深く考えない。
「ちょっと、姉さん」ミレが怖い目で睨だ。
「あ……」と、ミラは口元を押え、そして、「申し訳ありません、ランギヌス様の前で、こんなことを」と、頭を下げた。
「気にするな。わしとて、アルメキアに忠義を奉げていたとはいえ、王ヘンギストに対しては、いろいろと思うところはあったからな」ランギヌスは神妙な表情で言った。
カールセン家は聖王時代より王家に仕えてきたが、現当主ランギヌスが属するアルメキア魔術師団は、クーデターの夜ゼメキスの陣営に就いた。ゼメキスの陣営には他にもアルメキア軍と神官騎士団が味方し、王宮が陥落するのは目に見えていた。忠義を貫きゼメキス達と戦っても敗北は免れない。そうなると、領民の命を危険にさらすことになる。ランギヌスは領民の安全を優先し、クーデターの夜は中立の立場を取り、戦いには参加しなかった。帝国樹立後、その件を理由にランギヌスの王宮内での立場は悪くなった。財産や領土を没収されることこそなかったものの、一騎士に降格。近いうちに戦場へ送られる予定である。
「――過ぎたことは仕方がない」ランギヌスは諦めと決意が混じった顔で言った。「こうなってしまった以上、今の王を信じ、支えるよりほかにないだろう。だが、そなたらは違う。国を去り、他の国へ仕官する道もあるのじゃぞ?」
ミレは首を振る。「そんな。大恩あるランギヌス様の元を去るなど、できません」
ミラも、「そうですよ」と同意する。「カールセン家にも、ナストール家にも、感謝してもしきれません。ふたつの家が与えてくれた恩に報いるためにも、あたしもこの国に身を置き、戦います」
「それにしても、驚いたわ」と、ミレ。「まさか姉さんが、帝国の騎士になってるなんて」
「驚いたのはこっちよ。あなたが騎士になって戦うなんて、思ってもみなかったわ」
幼き頃よりルーンの加護があったミラは、帝国樹立を機に仕官し、騎士となった。ミラは没落したベルフェレス家の再興を夢見ており、このいくさで手柄を立てることが最も近道であると考えたのだ。武術の名門であるナストール家で育った彼女は槍術に優れており、エストレガレス軍内においてもすぐに出世する自信があった。
しかし、運が良いというべきか悪いというべきか、時期を同じくして、妹のミレも仕官していたのである。
運が良いというのは、双子で戦うことができるからである。魔導の名門カールセン家で育ったミレは、魔術師として高い腕前を持っていた。ミラの槍術と合わせれば、双子のコンビネーションも発揮し、戦場で大活躍できるだろう。
運が悪いというのは、『双子は呪われた存在である』という考えは、まだこの大陸に根強く残っているからだ。もし双子であることが知れたら、軍を追放されることも考えられる。それだけならまだしも、二人を養女として匿っていたナストール家とカールセン家も、かつてのベルフェレス家のように没落してしまう可能性もあるのだ。今のところまだバレてはいないが、それも時間の問題であろう。長く異なる環境で育ったにもかかわらず、二人の容姿はいまだ瓜二つなのである。髪型や服装を変えても、到底ごまかしきれない。
「ま、あたしは大丈夫だと思うけどな」ミラは頭の後ろで手を組み、のんきな声で言った。「古い考えに縛られたアルメキア時代ならともかく、今のこの国の王様は、あのゼメキス将軍でしょ? 双子は呪われた存在だとか、そんな細かいこと気にする人には見えないけど」
「そうかもしれないけど、他の人もゼメキス陛下と同じ考えとは限らないでしょ? まだまだ古い考えに縛られている人は、いると思う」
常に楽観的な姉に対し、妹のミレは物事を慎重に考える面がある。悪く言えば悲観的なのだ。
ミレは不安そうな表情になった。「やっぱりあたし、辞退しようかな……」
「ちょっと、なに言ってるのよ。せっかく二人で戦うチャンスなのに」
「そうだけど、双子だってことがバレて軍を追い出されたら、元も子もないでしょ? ランギヌス様や、姉さんの家にだって、迷惑が掛かるかもしれないし」
「……わしらのことは気にするな。そなたら二人は、自分たちの信じた道を進むが良い」ランギヌスはゆっくりとした口調で話す。「身を引くのもひとつの道だろう。だがな、そなたら二人が協力して戦うことが、ベルフェレス家再興の近道だと、わしは思う」
「二人が協力して、戦う……」ミラとミレは顔を見合わせた。
ランギヌスは続ける。「ゼメキス陛下が双子に対しどういう思いを抱いているかは判らぬ。だが、このいくさで手柄を立てれば、必ずやそなたらを認めてくれるであろう。頑張るのだぞ」
「――はい」
二人は、決意と共に返事をした、
「さて、あたしはそろそろ行くね」ミラは立ち上がった。「今月から、ソールズベリーの守備に就くことになってるから」
「ソールズベリーか……」ランギヌスの顔が厳しくなった。「騎士になって間もないのに、ずいぶんと厄介な場所に配属されたものだな」
ソールズベリーはエストレガレスの南の玄関口だ。カーレオンとイスカリオの両国と接しており、この二国が帝国に侵攻してくるなら真っ先にここを狙うであろう。
「まあ、仕方ないであろうな」と、ランギヌスは続ける。「この国は周囲を他国に囲まれておる。全面戦争となった今、どこに配置されても危険なことには変わりない。ミレも、オークニーへ配属されるようだからな」
オークニーは帝国北西の重要拠点で、ここもソールズベリー同様、西アルメキアとノルガルドの二国と接している。現在この城にはゼメキスの腹心カドールの部隊が入り、アルメキア王太子ランスが逃げ込んだ西アルメキアへの侵攻の準備を進めているらしい。ミレはカドールの部隊が侵攻した後のオークニー防衛を任されるようだが、どちらにしても新米騎士には荷が重すぎる任である。
「二人とも、功を焦るではないぞ。己と相手の力をしっかりと見定め、かなわぬと踏めば躊躇することなく退くのだ。命を落としてしまっては、ベルフェレス家の復興は決して叶わぬのだからな」
「はい!」
ランギヌスの言葉に、二人は同時に返事をした。
こうして、ミラはソールズベリーへ、ミレはオークニーへと旅立って行った。