ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第五十六話 ミリア 聖王暦二一五年九月上 カーレオン/スクエスト

 カーレオンの王都リンニイスの北に位置する要塞・スクエスト。カーレオンと西アルメキアの国境に位置するこの砦は、北は海流の早い海、南は険しい山々に挟まれた城だ。北から攻めるには海を渡るか島々を繋ぐ細い橋を渡るしかなく、南から攻めるには空を飛ぶか険しい山道を通って進軍するしかない。フォルセナ大陸にいくつか点在する、天然の地形を生かした要塞のひとつである。

 

 もっとも、現在カーレオンと西アルメキアは同盟関係にある。攻められる危険性も攻める必要もないため、砦には最低限の警備兵しか入っておらず、騎士もモンスターも駐屯していない。いくさの気配が無いと、山と海に囲まれたこの地域は、実にのどかで風光明美な場所である。

 

 カーレオンに仕官したミリアは、スクエスト近くにある小さな村の自宅アトリエでスケッチブックを広げていた。仕官する前、大陸各地を旅しながら出会った人々や、見つけた風景を絵にしてきたミリア。ページをめくるたびに、美しい山や海・川の景色、人々の笑顔が思い起こされる。このスケッチブックには、この一年の間に描いた彼女の作品のすべてが収められている。気に入った人物や風景はすぐに絵にするため、スケッチブックはすぐに埋まってしまうのだ。

 

 ミリアは油彩で絵を描くこともあるが、基本的にはスケッチブックに色鉛筆で描くことが多い。旅を続けてきたミリアは、このアトリエに戻るのは一年の内で数十日程度である。旅先で描きたい絵は数多いが、旅に持って行けるキャンパスはせいぜい一枚か二枚だ。全てをキャンパスに残すことはできない。なので、気に入った風景や人物はまずスケッチブックに描き、その後、自宅や旅先の宿に戻ってから、スケッチを元に油彩で描くのだ。

 

 スケッチブックをめくりながら、どの絵をキャンパスに残すか考えるミリア。いま見ているのは旧パドストーを旅したときに描いたものだ。山や草原などの自然画はもちろん、歴史ある街並みや近代的な都市も絵にしている。そして、そこで暮らす人々の笑顔を描いたものも多い。これらの絵を描いたのはまだゼメキスがクーデターを起こす前で、大陸は平和だったのだ。

 

 さらにページをめくると、風景画に雪景色が多くなってくる。ノルガルドを旅した時に描いた絵だ。真冬のノルガルドの旅は厳しかったが、南部の地域には無い北国の美しさを描くことができて、満足している。

 

 しばらくノルガルドの旅の思い出に浸りながらページをめくるミリア。その顔が、ページをめくるたびに曇っていった。

 

 ページをめくってもめくっても出てくるのは風景画ばかりで、人々を描いたものが無いのだ。

 

 もちろん、これは自分のスケッチブックだ。ノルガルドでの人物画が無い理由は判っている。ノルガルドで出会った人々からは、笑顔が消えていたのだ。

 

 昨年の夏、時ならぬ寒波に見舞われたノルガルドは、国全体で厳しい飢餓に襲われていた。さらに、一年前の西アルメキアとのいくさに敗れ、前王ドレミディッヅは戦死。新たに王となった白狼王ことヴェイナードは、アルメキアに言われるままに領土と実姉を差し出した。この頃のノルガルドは、飢えと敗戦の屈辱と新たな王への失望感が満ち溢れていたのである。

 

 さらにページをめくる。雪景色は少なくなり、近代的な街並みが多くなっていく。それに従い、人々の笑顔を描いた絵も増えてきた。これは、エストレガレス帝国を旅した時の絵だ。大陸全土を巻き込む大戦の発端となった国であるにもかかわらず、人々の顔には笑顔が浮かんでいる。アルメキア時代の王ヘンギストは愚王と陰口を叩かれ、国民から忌み嫌われていた。クーデターで国を乗っ取ったゼメキスは、国内では暗君を倒した英雄として祭り上げられ、多くの国民から支持されているのだ。

 

 小さくため息をつくミリア。いくさが起こる前のノルガルドでは人々は笑顔を失い、いくさが起こった後のエストレガレス帝国では人々の笑顔が溢れている。なんとも皮肉なものである。

 

 ふと、ミリアの胸に疑問が浮かぶ。

 

 ――あたし、今まで自然の景色や街並みとか、人々の笑顔とか、美しいものばかり絵にしてきたけど、それって正しかったのかな?

 

 ノルガルドでは人々を描かなかった。エストレガレス帝国内にはゼメキスの行為を非難する人々も少なからずいたが、それらも描かなかった。王都ログレスを訪れた際、クーデターの戦火に焼かれた城はまだそのまま残っていたが、それも描かなかった。ゼメキスのクーデターにより命を落とした人々の悲しみをこの目で見たが、それらを描くことも無かった。

 

 あたしは、美しいものばかりに目を向け、かわいそうなもの、醜いもの、悲しいものからは目を逸らして来たのかもしれない。

 

 ミリアはため息をつき、スケッチブックを閉じた。なんだかすっかりテンションが下がってしまった。今日はスケッチをもとに油彩で描こうと思っていたのだが、とてもそんな気分ではなくなった。

 

 ――そう言えば、エルオードは元気にしているかしら。

 

 ふと、友人のことを思い出す。

 

 エルオードは、ノルガルドの山中で一人暮らしをしている男だ。四年前の十五の春、ミリアが旅を始めて最初にできた旅先の友人である。今回ノルガルドを旅した際も彼の家を訪れたが、スケッチは無い。エルオードの絵は、スケッチブックではなくキャンパスに直接描き、その場で彼にプレゼントしたのだ。

 

 エルオードと意気投合した理由のひとつに、彼がルーンの加護を受けていたにもかかわらず仕官せずにいる、というのがある。ミリアと同じだ。彼女も幼い頃からルーンの加護があったのだが、絵を描きながら旅をするという夢を優先し、仕官することは無かった。

 

 ――あれ? だったらあたし、なんで今回カーレオンに仕官したんだろ?

 

 またまた湧き上がる疑問。自分でもよくわからない。ただ、今回の旅から戻り、お城でメリオット姫と戦争の話をした際、思わず「手伝おうか?」と言ってしまったのだ。絵を描くのをやめたいわけではないし、まさか戦場で絵を描くわけにはいかないだろう。

 

 ……いや。

 

 …………。

 

 うーん……。

 

 しばらく一人で悶々とした気分を抱えていたミリアだったが。

 

「……ええい。うじうじ考えるのはやめた。とりあえず、エルオードに会いに行ってみるか! ちょうど陛下に、ルーンの加護を受けた友人を連れて来るって約束したし!」

 

 自分に言い聞かせるように大声で言う。そして、荷物をまとめると、一度南のリンニイスに行ってカイ王の許可を取り、そのままとんぼ返りで北上しノルガルドへ向かった。うじうじ悩むよりまず行動。これが、ミリアの信念である。

 

 もちろん、旅立った彼女の肩には、まっさらなスケッチブックや色鉛筆などの画材が入ったトランクケースが提げられていた。

 

 

 

 

 

 

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