ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第六十一話 ミリア 聖王暦二一五年十月下 ノルガルド/――――

 魔導国家カーレオンへ仕官した旅の絵描きミリアは、国を離れ、ノルガルドの南西にある山深い地域へ来ていた。季節は十月下旬。カーレオンの山中では紅葉が見ごろになる時期だが、北国であるノルガルドは冬の訪れが早く、比較的気候が穏やかなこの地域でもすでに木々の葉は落ちている。空気は冷たく、時折山頂から強く吹き付ける風は身を切るような鋭さを含んでいた。もう間もなく、国中が雪に埋もれるだろう。

 

 仕官したばかりのミリアが国を離れ、人里離れたこんな山奥に来たのは、この山で一人暮らしをしている友人・エルオードを訪ねるためだ。エルオードはルーンの加護を受けているものの、仕官せずにいる男だった。

 

 山深い場所にしてはよく整備された道を進むと、川辺の開けた場所に小さな小屋が見えた。その近くから、カーンカーンと小気味良い音が響いてくる。小屋の近くで、エルオードが薪を割っているのだ。川辺の小屋で薪を割る男――ミリアはスケッチブックに描きとめたい衝動をなんとか抑える。今回の目的は、絵を描くことではない。

 

「やっほー、エルオード。元気してた?」ミリアは、手を振りながら声をかけた。

 

「ミリアさん?」顔を上げたエルオードは、目を丸くして驚いた。「珍しいですね、ミリアさんが、こんなに早くここに来るなんて。前回来られてから、まだ一年も経っていない」

 

「あら? ()()一年も経った、でしょ?」

 

()()一年、ですよ。ミリアさんは、一度お別れしたら、数年はいらっしゃらないではないですか」

 

「そうだっけ?」

 

「そうですよ。前に来られたのは、去年の十二月でしたか。真冬にノルガルドを旅するのは大変だと言ったのに、ミリアさんは構わず旅を続けた」

 

「あはは。そうだったわね。どうしてもノルガルドの冬の景色を描きたかったから。確かに大変だったけど、その分、いい絵が描けたわ」

 

「それは良かった。では、今回もノルガルドの風景を描きに? しかし、残念ながら少々時期ハズレでしょうな。もう少し早ければ紅葉が綺麗だったのですが、いまはご覧のとおり、ほぼ落葉しています。これでは、絵にならないでしょう」

 

「あら? そんなことないわよ。冬を迎える準備をする山――とても魅力的よ。創作意欲が湧いてくるわぁ」

 

「そうですか。それは何より」

 

「あ、でも、今回は、絵を描きに来たワケじゃないのよ」

 

「はい? ミリアさんが、絵を描く以外にどのような目的が?」

 

「ちょっと。あたしだって、絵ばっかり描いてるわけじゃないのよ?」

 

「そうなのですか?」

 

「……まあ、今まではそうだったかもしれないけど、これからは違うの」

 

「どういうことでしょう?」

 

「ま、それは追い追い説明していくとして……なんか、温かい飲み物でもない? 寒くてしょうがないわ」

 

「これは失礼。気が利きませんでした。さあ、どうぞ中へ」

 

 ミリアはエルオードに連れられ小屋へ入った。寒空の下を長く歩き冷え切ったミリアの身体を、温かい空気が迎えてくれる。中は暖炉で火が焚かれていた。火にくべられた薪がぱちぱちと小さな音を立て、火にかけられたヤカンからはふつふつと水蒸気が噴き出している。エルオードはミリアに椅子を勧めると、ヤカンを取り、お茶を淹れた。

 

「――それで、今回のミリアさんの目的とは?」エルオードはお茶をテーブルに置くと、ミリアの正面に座った。

 

「うーん、そうねぇ」ミリアはお茶をすすりながら、何から話すべきか思案した。いろいろと話したいことが多いのだが、結局最初から話すのが一番早いだろうと判断した。「エルオードってさ、ルーンの加護を受けてるけど、ずっと仕官せずにいるよね?」

 

「そうですが、それが何か?」

 

「いや、なんでかな? と思って」

 

「はい? そんなことを訊くために、わざわざ来られたのですか?」

 

「まあ、それも目的のひとつではあるかな」

 

「おかしな人だ。まあ、いいですけどね」

 

 エルオードはお茶を一口飲むと、小さく息をついて続けた。「別に深い理由は無いですよ。私は、騎士には向いてないというだけです」

 

「そんなことは無いと思うけどな。エルオードはずっと山で暮らしてるから、体力はあるし手先は器用だし、ちゃんと訓練すれば、立派な騎士になれると思うけど」

 

 エルオードがこの山奥で暮らし始めたのは四年前だ。この山小屋は、彼が一人で建てたらしい。山奥の割に整備された道も、彼が手入れをしたものだ。彼が山を下りるのは年に数回程度で、食糧はほぼ自給自足だ。これらのすべてを、エルオードは四年間一人でこなしてきたのだ。森から木を切りだして小屋を建て、生い茂る草木を切り払い邪魔な石や岩をどけて道を整備し、山で獣を狩り、森で木の実や野草を採り、川で魚を獲り、畑で野菜や穀物を育てる。相当な体力と器用さが無ければできるものではない。

 

 だが、エルオードは褒められるのを嫌がるように首を振った。「買いかぶりすぎですよ。私に、騎士の才能なんてありません。確かに、体力や器用さにはそれなりに自信がありますが、それで騎士に向いているとは思えません」

 

「なぜ?」と、ミリアは首を傾けた。

 

 エルオードは少し迷ったような目になったが、やがて続けた。「……私は、この国の気風が合わないんですよ」

 

「気風?」

 

「ええ。前王ドレミディッヅ様や、現王ヴェイナード様のような考え方は、私には到底できませんから」

 

「……ナルホド。そういうことだったのね」

 

 エルオードの答えは短いものだったが、ミリアはすべてを理解した。

 

 ノルガルドは、長い歴史の中で何度も南への侵略を繰り返してきた。そのために、より強い騎士や兵・モンスターを集め、弱い者は容赦なく切り捨てる。それが、このノルガルドという国である。非情とも言えるが、それが間違っているとも言えないのがこの国の現状だ。寒冷地であるノルガルドは食糧生産力に乏しく、民は慢性的に飢えている。他国からの支援も得られない。生きるためには、他国から奪うしかないのだ。

 

「この国の騎士になるためには、常に強くあり、弱い者を見捨てる覚悟が必要です。ノルガルドの国情を考えれば、それは仕方のないことなのでしょう。でも、私にはできません」

 

 エルオードは湯呑をぎゅっと握りしめて言った。その言葉には、微妙な悔しさが滲み出ているように思える。

 

 優しい人だ、と、ミリアは思う。恐らく、この国で騎士として生きるには、致命的なほどに。

 

 でも、だからこそ――。

 

 ミリアは、エルオードに向かってにっこりとほほ笑んだ。「――やっぱり、あなたを誘いに来て正解だったわ」

 

「え? 誘う、とは?」

 

「あたし、あなたに仕官を勧めようと思って、来たの」

 

「私が仕官ですか? しかし、いま言った通り、私はこの国の騎士には向きません」

 

 ミリアは首を振った。「ううん。この国じゃないの。実はあたし、いま、カーレオンにお仕えしているの」

 

「カーレオン? 南の、魔導国家ですか?」

 

「ええ」

 

「これは驚きですね。ミリアさんは、国中を旅して絵を描くという夢を追いかけ、決して仕官しない人だと思っていました」

 

「そうね。戦争が始まる前までは、そうだった」

 

「いったい、どういう心境の変化があったのですか?」

 

「うーん。実は、自分でもよくわからないんだよね。別に、絵を描くのをやめたいわけじゃないんだけど……」

 

 ミリアはお茶を一口飲むと、暖炉に目をやった。炎は変わらずぱちぱちと音を立て燃え続けている。炎を見つめながら考えるミリア。なぜ仕官したのか――うまく説明できるか判らないが、エルオードには、いま胸の内にある思いを話しておくべきだと思った。

 

「――去年旅をしたときは、ノルガルドの冬景色とか、エストレガレス帝国の近代的な街並みとか街の人の笑顔とか、美しいものを描いていったの。でも、ノルガルドもエストレガレスも、そういう美しいものばかりじゃないんだよね。ノルガルドには飢えに苦しんでいる人がたくさんいるし、エストレガレスには戦火に焼かれた城もある。クーデターで命を落とした人がたくさんいて、遺族は悲しみや憎しみに明け暮れている。あたしは、そういったものを絵にすることを避けてきたの。悲しいことや、つらいこと・醜いことから目を逸らしてきたんだよ。それじゃあ、本当の絵描きにはなれないかもしれない――たぶん、そう思ったのが、仕官したきっかけかな」

 

 ミリアは自分の気持ちを整理しつつそう話した後、最後に「まあ、仕官がどう絵につながるのかは、今のところわかんないんだけどね」と言って笑った。

 

 エルオードは「なるほど」と、大きく頷いた。「私は絵についてはまるで素人ですが、ミリアさんの仰ることは、なんとなく判ります」

 

「ありがとう」ミリアはもう一度ほほ笑んだ。「それでね、あたし、カーレオンに仕官した時、どういうわけか、『エルオードも誘わなきゃ』って、思ったの。その理由が、いま判った。エルオード。あなたも、あたしと同じなんだよ」

 

「私が、ミリアさんと同じ?」

 

「ええ。あなたは、騎士になることを拒み、こんな人里離れた山奥で、一人で暮らしている。それは、この国の現状や他国とのいくさを――悲しいことやつらいこと・醜いことを、見たくないからじゃないの?」

 

 エルオードは目を丸くして驚いたような顔をした後、自嘲気味に笑った。「まあ、そういうことになるかもしれませんね」

 

「エルオードがちゃんとした夢や目標を持ってここで暮らしているのなら、あたしは何も言わない。でも、いまのあなたは、現実から目を逸らし、山奥に引きこもってるだけだわ。それは逃げているのと同じだと思う」

 

「…………」

 

 エルオードは無言で視線を落とした。ミリアの言うことを受け入れているようにも、否定しているようにも見える。

 

「ゴメン……気を悪くした?」ミリアはエルオードの顔を覗き込んで言った。

 

 エルオードは視線をミリアに戻し、かぶりを振った。「いえ、そんなことはないですよ。ミリアさんの言う通りです。私は世間から逃げ出した。それは、自分でも判っていたことです」

 

「あたしは、あなたには騎士として大きな可能性を感じてる。このままずっと山奥に引きこもっているなんてもったいないよ。あたしと一緒に、人生を変えてみない?」

 

「人生を、変える――」

 

 言葉を噛みしめるようにつぶやいたエルオードに、ミリアは、「ええ」と、力強く頷いた。

 

 暖炉の炎がぱちん、と、ひときわ大きな音を立てた。炎は少し小さくなったように見える。エルオードは席を立つと、暖炉のそばに積み上げてある薪をひとつ取り、炎の中へくべた。

 

 ミリアを振り返ったエルオードは、顔に小さな笑みを浮かべた。「やはり、ミリアさんは私のことを買いかぶっているようです」

 

「そんなことないよ! だって、エルオードは――」

 

 エルオードはミリアの言葉を遮るように手のひらを向けた。「判っています。ミリアさんは、私のためを思って言ってくれているのでしょう」

 

「もちろんだよ」

 

「ミリアさんが言うような騎士の才能が、私にあるかどうかは判りません。しかし、私のことをミリアさんが気にかけてくれていたことは、素直に嬉しく思います。判りました。ミリアさんの言うことを、信じてみましょう」

 

「ええ。ぜひそうして」

 

 ミリアは、大きく頷いた。

 

 エルオードはやかんを取ると、お茶を淹れ直し、また席に着いた。「しかし、カーレオンはこんな私を必要としてくれるでしょうか? ミリアさんの仰る通り、私は悲しいことやつらいこと・醜いことを見たくないから逃げ出した、弱い人間です」

 

「そんなことない!」ミリアは湯呑をひっくり返すばかりの勢いで立ち上がり、エルオードの言葉を否定した。「確かにあたし、エルオードは逃げ出したって言ったけど、だからって、弱い人間だなんて思ってない! エルオードは弱いんじゃなくて、ただ優しいだけだよ!」

 

「私が、優しい?」

 

「ええ。エルオードは優しいんだよ」ミリアは座り直し、そして、まっすぐな視線をエルオードに向けた。「弱い人を見捨てたくないというあなたの考えは、間違ってない。確かにあなたはノルガルドには仕官しない方がいいと思う。でも、騎士に向いていないってわけじゃないよ。カーレオンは、エルオードみたいな優しい人こそ必要としているわ」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうよ。カーレオンの賢王・カイ様のことは、知ってる?」

 

「噂には聞いたことがあります。なんでも、大陸一の知恵者とか」

 

「そうね。確かにすごく頭がいい人みたいだけど、普段はそんな感じは全くしないわね。あたしみたいな旅の絵描きにも気さくに話しかけてくれるし、普段は妹さんの尻に敷かれっぱなしだし、とても王様とは思えない方ね」

 

「王様とは思えないのですか? そのような方で、国は大丈夫なのでしょうか?」

 

「あはは。あたしもちょっと心配になる所もあるけど、でも、カイ様は、白狼王と違って、決して弱い人を見捨てたりしないわね」

 

 エルオードは、「なるほど」と言って、お茶を一気に飲み干した。「ミリアさんがそうおっしゃるのであれば、きっと立派な人なのでしょう。カイ王が私の力を必要とされるかは判りませんが、ぜひ、お会いしてみたいですね」

 

「大丈夫。きっと、大歓迎よ」ミリアもお茶を飲み干した。「ありがとう、エルオード。これから、よろしくね」

 

 ミリアは右手を差し出した。エルオードは照れたように笑うと、力強く握り返してきた。

 

 

 

 

 

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