エストレガレス帝国領アスティンを囲む城壁の上では、帝国兵とイスカリオ兵が入り乱れて戦いを繰り広げていた。壁上の戦士は剣や槍を交わらせ、城壁の内外からは弓兵や魔術師が援護射撃をし、時には上空からモンスターも襲いかかる。開戦からすでに半日が経過しているが、互いに一進一退の攻防を繰り返し、戦況の行く末は名のある軍略家ですらも先が読めないような状況だった。このような戦いが、今日だけでなく連日続いている。このアスティン城はもともとイスカリオの領地であったため、イスカリオ軍が執拗に奪還戦を挑んでくるのだ。
帝国の新米騎士・メルトレファスは、南部の城壁で次々と襲い来るイスカリオ兵をなんとか迎撃していた。大きな手柄を立てなければという気持ちはあるが、剣を振るうのがやっとというありさまだった。無理もない。メルトレファスは、先日まで剣聖エクスラドスの部隊に入り、レオニアへ侵攻していた。ハドリアン、グルームの二城を電撃的な作戦で落とし、王都ターラまで迫ったが、ノルガルドが援軍に駆け付け、やむなく撤退。帰還後はこのアスティンの守りに就くことになったのだ。連戦続きでただでさえ疲労がたまっている上に、レオニア侵攻では大きな挫折を味わったメルトレファス。仕官した頃の勢いはもはやないが、それでも力を得るためには戦い続けるしかない。そう自分に言い聞かせ、気力を振り絞って剣を振るう。
突如、イスカリオ兵が大きな歓声を上げた。同時に、帝国兵が血飛沫を散らしながら数人まとめて倒れた。そして。
「――オラオラオラァ!! ザコどもに用はねぇんだよ! さっさと大将を出しやがれ!!」
挑発的な言葉と共に、身の丈を超える大鎌を振り回す騎士が見えた。頭に深紅の鳥の羽根飾りを付けた帽子をかぶり、金色と朱色のプレートを交互に重ねた鎧を着ている。戦場とは思えぬ派手な格好だ。
――あれは、狂王ドリストか!?
西アルメキアのランス、ノルガルドのヴェイナードに続き、またもや敵国の君主と対峙したメルトレファス。しかし、胸の内にこれまでのような高揚感は無かった。ドリストは、メルトレファスがレオニア侵攻中の九月上旬もこのアスティンを攻め、その際、デスナイト・カドールと互角の戦いを繰り広げたという。メルトレファスは、この数ヶ月で白狼王ヴェイナードや剣聖エスクラドスの強さを目の当たりにし、自分がいかに卑小な存在であったかを思い知っていた。カドールと互角に戦うドリストを相手に、勝てるとは思えなかった。
――くそっ! 気持ちで負けてどうする! 俺はカドール閣下のような強さを手に入れるんだ!!
萎えそうな気力を奮い立たせ、メルトレファスはドリストの前に立った。
「おい! お前はドリストだな!!」剣先を向け、叫ぶように言った。
ドリストは大鎌を肩に担ぎ、メルトレファスを見た。「ううん? なんだてめぇは?」
「第二遊撃部隊のメルトレファスだ! 狂王ドリスト! 結構な腕前らしいな。その強さ、俺に見せてみろ!!」
「ああん? オレ様の強さを見て、どうするつもりだ?」
「俺はカドール閣下やゼメキス陛下のような力を求めている! お前の強さが本物なら、俺の力の糧になってもらう!」
ドリストはあごに手を当てると、値踏みするような目でメルトレファスの身体を上から下まで見た。「ふうむ、カドールやゼメキスのような力か。いいぜぇ。オレ様は、強いヤツが大好きだからな」
「なら勝負しろ!」
「だがなぁ、てめぇは肩に力が入りすぎだ。そんなんじゃ、オレ様のように強くはなれないぜぇ?」
「なに?」
「そもそも、マジメに強さを求めるようなヤツは、暑苦しいから大嫌ぇなんだよ! てめぇはもうちょっと人生に余裕ってモンを持った方がいいぜ?」
「余裕……だと……?」
「ああそうだ。お前、いま人生楽しくないだろ?」
「――――!?」
不意を突くような狂王の言葉に、メルトレファスは言葉を失った。仕官した頃は強くなる自分を想像し胸を躍らせていたが、最近はそんな余裕もなくなった。確かに、楽しくないと言えるかもしれない。
「図星だったようだなぁ?」ドリストは満足そうに笑った。
「違う! 楽しいかどうかなんて戦いに関係ない! いいから俺と戦え!」
「やめておくぜ。てめぇみたいに人生を楽しめないヤツと戦っても、こっちも楽しくないんでな」
ドリストは、あっちへ行けとばかりに左手をひらひらと振った。まるで野良犬を追い払うかのようである。
そのとき、ドリストのはるか後方の城壁上で、がつん! という大きな音がして、同時にイスカリオ兵が十数人まとめて吹き飛ばされた。
振り返り、その様子を確認したドリストは、子供のように目を輝かせた。「おおっとデスナイト! そこにいたのか! 待ってろよ~。すぐにこの間のケリをつけてやるぜぇ」
そして、カドールの方へ走る。
「ま……待ちやがれ!」
メルトレファスは後を追ったが、ドリストの足は速く、やがて姿を見失った。そして、遠くで大鎌と大斧が激しくぶつかるような音が聞こえた。
「……くそぅ!!」
メルトレファスは、苛立ちまぎれに剣を床に叩きつけた。