ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第六十八話 ミリア 聖王暦二一五年十一月上 エストレガレス帝国/トリア

 エストレガレス領トリアの中央通りは、多くに人が行き交い、賑わっていた。

 

 トリアは王都ログレスの南に位置し、カーナボンやオルトルートといった各都市へ繋がっている交通の要だ。必然的に多くの人が行き交うことになる。また、魔導の名門で知られるカールセン家が領主ということもあり、多くの魔導学校が設立され、国中から魔導を学ぶ若者が集まる街でもあった。これから王都へ行って一儲けしようとする商人、逆に首都で仕入れた品を地方へ運ぶ商人、王都から各戦地へ派遣される兵士もいれば、南の戦地から北の戦地へ移動する兵士もいる。魔導学校へ向かう若者や、学校で教鞭を振るう教師の姿もある。そして、集まった人々を目当てに露店が並び、大道芸人が芸を披露する。吟遊詩人が歌を歌う横で、政治家や宗教家が己の主張をアピールしている。中央通りは、すぐ隣の人に話しかけるにも大声を張り上げなければいけないほどのにぎやかさで溢れていた。

 

 旅の画家でありカーレオンの騎士でもあるミリアは、お供の騎士志望者エルオードと共に中央通りを歩いていた。が、なかなか歩みは進まない。人が多いのもあるが、さっきからエルオードがキョロキョロと周囲を見回し、露店や大道芸などで珍しいものを見つけては、すぐに足を止めてしまうのだ。おのぼりさん感丸出しである。

 

「ちょっとエルオード、いい加減にしなさいよ」アクセサリーを売る露店を覗き込んでいるエルオードに向かって、ミリアは呆れた声で言った。「子供じゃないんだから、もっと落ち着きなさい」

 

 叱られる格好になったエルオードは、ははは、っと笑った。「申し訳ないです。このような都会の街に来るのは、初めてなもので」

 

 エルオードはノルガルド出身の男だ。ルーンの加護を持ちながらも、仕官せず、山奥で長い間独り暮らしを続けていた。そんな引き籠りのような生活をしていては彼のためにならないと思ったミリアが、カーレオンの騎士になることを勧めたのだ。トリアへは、カーレオンへの帰り道に立ち寄ったのである。初めての都会で興奮するのは判るのだが、さっきから通行人がはしゃぎまわるエルオードを見てくすくすと笑っている。エルオードは見た目だけはイイ男であり、黙って歩いていれば都会の街にも十分馴染むはずである。だからこそ、子供のようにはしゃぐ姿は余計に周囲の注目を集めてしまうのだ。

 

 ミリアは腰に手を当てた。「ほら。早く行くわよ? 夜までに宿を見つけないと、野宿することになるんだから」

 

「私は別に野宿でも構いませんよ? おっと、あれはなんでしょう?」

 

 通りの向かい側でたくさんのボールを放り投げてはキャッチする大道芸人を見つけ、エルオードは駆け寄る。

 

「あ、コラ! そんな急に走り出したら、危ないでしょ!」

 

 と、言ってる側から。

 

 どん、と、通行人の男とぶつかるエルオード。男は大きく弾き飛ばされ、バタリと倒れた。同時に、男が腰に携えていた剣が転がった。

 

「ほらごらんなさい」ミリアは転がった剣を拾い、倒れた男に駆け寄る。「スミマセン、大丈夫ですか?」

 

 声をかけるが、男はピクリとも動かなかった。打ち所が悪かったのだろうか? エルオードは見た目こそヤサ男だが、山奥暮らしが長いため意外とがっしりした体格をしている。彼が走ってぶつかるのは、イノシシに突進されたようなものだろう。

 

 ミリアはエルオードを振り返った。「ちょっとエルオード、どうすんのよ?」

 

「面目ないです。とりあえず、病院へ運びましょうか」

 

「そうは言っても、病院がどこにあるのかも判らないし……」

 

 ミリアが困って辺りを見回していると。

 

「――ああ、またこんなところで寝ちまって」

 

 通りかかった中年男が呆れ声で言った。

 

「えっと、お知り合いの方ですか?」ミリアは中年男に訊いた。

 

「知り合いってほどでもないが、そいつは、ここらじゃ有名な呑んだくれだよ」

 

「呑んだくれ?」

 

 そう言われ、改めて倒れた男を見るミリア。赤ら顔で気持ち良さそうにいびきをかいている。少し顔を近づけると酒の匂いがした。確かにこれは、倒れて意識を失ったのではなく、ただ寝ているだけのようだ。

 

「そいつはクラレンスって言ってな、アルメキア時代は騎士だったんだが、今はやめちまって、そのザマだよ」

 

「アルメキアの騎士……」

 

 ミリアは拾った剣を見た。無駄な装飾のないシンプルなもので、それゆえ観賞用や装飾品ではない実戦用の剣だと判る。飾り気こそないものの、ただひとつ、鞘に、炎を吐くドラゴンの後ろで剣と槌矛が交わった紋章の刻印があった。

 

 旧アルメキアには主に五つの騎士団が存在した。アルメキア正規軍、魔術師団、神官騎士団、王ヘンギストの近衛兵、王太子ランスの親衛隊である。これらの部隊が掲げている紋章はそれぞれ若干異なっており、例えば正規軍は炎を吐くドラゴンの後ろで剣と斧が交わっており、王太子ランスの親衛隊は剣が二本交わっている。剣と槌矛が交わるのは、神官騎士団の紋章だ。

 

「あんたら、旅の人だろ?」と、中年男が言った。「そいつがそこらで寝るのはいつものことだから、ほっときゃいいよ」

 

「うーん、そうは言っても……」

 

 ミリアはエルオードと顔を見合わせた。酔っぱらった相手とはいえ、ぶつかったのはこちらに非がある。それを、冬も近いこの時期に放置しておくのは、さすがに気が引けた。

 

 どうしようかと迷っていると、中年男が「なんなら、そいつの家を教えるから、連れて帰ってくれるか?」と提案した。

 

 それも面倒な話ではあったが、仕方がない。ミリアは中年男から家までの道を聞くと、倒れた男をエルオードに背負わせ、自分は剣を持ってその家を目指した。

 

 男の家は大通りからかなり離れた場所にある古びた長屋の一角だった。鍵がかかってないので遠慮なく中に入る。台所と寝室しかない狭い部屋で、寝室にはベッドと机と椅子くらいしかない。エルオードは男をベッドに寝かせた。

 

「……すまない」男がぽつりとつぶやいた。

 

「あら? 起きてたんだ?」ミリアが言った。「なんか飲む? って、他人(ひと)の家で訊くのもナンだけど」

 

「いや、気にするな」男はベッドの上で上半身を起こした。「水を一杯もらえるか」

 

 ミリアは台所の大瓶からお椀に水を汲み、男に渡した。

 

 男は一気に飲み干すと、深く息をついた。「……騎士のくせに昼間から呑んだくれて、みっともない男だと思っているのだろう?」

 

「いえ、そんなことはない……とも言えないですけど」

 

「そう……俺はロクでもない男。いっそあの夜、敵の刃に倒れ、死んでいた方が良かったのかもしれん」

 

「はあ」

 

「俺の名はクラレンス。かつてアルメキアで神官騎士団を務めていた。フォルセナ大陸には多くの国があるが、我が剣を奉げるのは歴史あるアルメキアだけだと思っていた。国を守るために……国に命を奉げる覚悟で仕官したんだ」

 

 あらら。なんか語り始めちゃったよこの人……と、内心思いながらも、「なんでやめちゃったんですか?」と、続きを促すミリア。

 

「アルメキアは腐敗していた。王宮には、私腹を肥やすことしか頭にない者たちで溢れ、愚王ヘンギストは、そんな愚臣共に言われるがまま、真に忠義の厚い家臣を処刑したり、国外へ追放したりした」

 

「そういうウワサ話は聞いたことがあります。ホントだったんですね」

 

「ああ。そんなとき、ゼメキスがアルメキア王宮と戦うという話を耳にした」

 

「…………」

 

「その戦いには、正規軍と魔術師団がゼメキスの陣営に就いて戦うという話だった。神官騎士団はどうするか……ゼメキスに味方すべきだという意見もあったが、大半は、反対だった。ゼメキスの陣営に就くということは、祖国を裏切ることになるのだからな」

 

「でも……確か、神官騎士団は、ゼメキスの陣営に就きましたよね?」

 

「そうだ。ある男の説得で、ゼメキスと共に戦うことになったんだ」

 

「ある男……?」

 

「パラドゥールという神官だ。そいつは、ゼメキスこそが正義であり、この戦いは、王宮にはびこる佞臣(ねいしん)共を一掃し、アルメキアを復興させるためのものだ、と主張した。俺は……俺たちはその話を信じ、戦った。王宮側に就いた近衛兵や親衛隊は、所属が違うとはいえ同じ国に仕えた仲間だ。戦うのは心苦しかったが、全ては、腐った体制を打破し、真のアルメキアを取り戻すためだと己に言い聞かせた。だが、いくさが終わるとゼメキスが王となり、国はエストレガレスへと名を変えた。アルメキアは滅びた。俺は、パラドゥールに騙されていたんだ。絶望した俺は騎士団を去り、故郷の街へ戻った。そして、今はこのザマさ」

 

 大袈裟に両手を広げて自嘲気味に笑うクラレンス。どうも芝居がかった話し方をする男である。酒だけでなく、自分自身にも酔っているのかもしれない。

 

「でもさ、アルメキアは完全に滅びたわけじゃないんでしょ?」と、ミリアは言った。「ほら、ヘンギスト王の息子さんの、ランス王子だっけ? 生き延びて、アルメキアの復興を目指して戦ってるって聞いたけど」

 

 ゼメキスのクーデターの夜、アルメキアから脱出したランスは西のパドストーへ落ち延び、老王コールへ助力を求めた。コールは国の全権をランスへ譲り、以来、パドストーは西アルメキアと名を変え、エストレガレス帝国と激しい戦いを繰り広げている。

 

 ミリアはさらに話す。「クーデターに加担したことを悔いてるのなら、西アルメキアに仕官して、ランス様と一緒にアルメキアの復興を目指したらいいのに」

 

 クラレンスはうつむき、かぶりを振った。「俺はアルメキアを滅ぼした者の一人なのだ。今さらどの面を下げてランス王子に仕えることができよう」

 

「だまってればバレないんじゃない?」

 

「ミリア殿……」と、後ろからエルオードが言う。「そういう問題ではないのでは?」

 

「そう?」

 

「それに、クラレンス殿の剣にはしっかりとアルメキア神官騎士団の紋章が刻まれていますし、すぐにバレると思いますよ?」

 

「うーん、まあ、そうかもしれないわね」ミリアは腕を組み、少し考えた後、ぱん、と手を叩いた。「じゃあさ、あたしの国に来れば?」

 

 クラレンスは目を丸くした。「あなたの、国?」

 

「うん。実はあたしたち、カーレオンの騎士なの」

 

「カーレオン……南の魔導国家」

 

「そう。カーレオンは、西アルメキアと同盟を結んで、帝国と戦ってるの。だから、カーレオンの騎士になって戦えば、間接的にだけど、アルメキアの復興に手を貸せるわよ?」

 

「俺が……アルメキアの復興に手を貸す……この俺が……?」

 

 クラレンスはそう言うと、視線を手元に落とし、黙りこんでしまった。ミリアの突然の提案に動揺しつつも、真剣に考えているようである。酔いもすっかり醒めている。ミリアはそれ以上何も言わず、彼の決断を待った。

 

 やがて、クラレンスは顔を上げた。「ひとつ、教えてくれ」

 

「なに?」

 

「失礼だが、あなた方の姿は、とても騎士には見えない。その辺の町人と、何ら変わらないように見える」

 

「あは。まあ、そうだね。実はあたし、最近仕官したばっかりで、ちょっと前までは画家だったの」

 

「私も似たようなものです」と、エルオード。「私も、ついこの間まで田舎の山奥で一人暮らしをしていました」

 

「では、なぜ、それまでの生活を捨て――画家や田舎暮らしを捨て、騎士になったのだ」クラレンスは、まっすぐな視線を向けてきた。

 

「うーん、それはね、ちょっと説明が難しんだけど、まあ、一言でいうなら、画家であり続けるため、かな?」

 

「画家であり続けるため?」

 

「そう。あたし、戦争が始まるまで大陸中を旅して絵を描いてたんだけどね――」

 

 と、ミリアは、以前エルオードにも話したことのある騎士になった理由を、クラレンスにも話した。

 

「私も、ミリアさんと同じかもしれませんね」ミリアが話し終えた後、エルオードが続く。「私も、自分が自分であり続けるために、仕官したのだと思います」

 

「画家であり続けるため……自分であり続けるため……」

 

 クラレンスは、言葉を胸に刻むようにつぶやく。

 

「クラレンスさん、あなたはどう?」ミリアは、真剣な表情をして訊いた。「あなた、ひょっとして、騎士であり続けたいんじゃない? この剣を見ればわかるわ」

 

 ミリアはクラレンスの剣を取り出した。クラレンスの部屋には最低限生活に必要な物しかなく、唯一価値のありそうなものがこの剣だ。鞘に収められた状態だが、よく手入れが行き届いているのが判った。

 

 ミリアは言葉を継ぐ。「ホントに騎士に絶望したんなら、剣なんか捨てて、どこか戦争とは無縁な田舎にでも引っ越して穏やかに暮らすはずよ。でも、あなたは剣を捨てず、国に留まっている。あなたは神官騎士の誇りを捨てていない。いえ、捨てられずにいるんでしょ? だったら、こんなところで呑んだくれてないで、戦わなきゃ。騎士であり続けるために」

 

 ミリアは力強く言って、クラレンスに剣を渡した。

 

「騎士で、あり続けるために……」

 

 受け取った剣をじっと見つめるクラレンス。

 

 ミリアはにこりと笑った。「まあ、すぐに結論を出すことはないわ。あたしたち、今夜はどこかの宿に泊まって、明日出発する予定なの。朝になったらまた来るから、その時、答えを聞かせてちょうだい」

 

「いや、その必要は無い」クラレンスは剣を持って立ち上がった。「あなたの言う通りだ。俺は、騎士であり続けたい。だから、あなた方と共に戦わせてくれ」

 

「ええ。歓迎するわ」

 

 ミリアは右手を差し出した。

 

 クラレンスは、少し照れたように笑うと、ミリアの手を握り返してきた。

 

 そして、明朝中央通りで再会することを約束し、二人はクラレンスの家を出た。

 

 

 

 

 

 

「――しかし、さすがミリア殿ですね。見直しました」

 

 クラレンスの家を出て中央通りへ戻る道すがら、エルオードが嬉しそうな声で言った。

 

「うん? 何が?」

 

「クラレンス殿に仕官を勧めたことですよ。正直、行きずりの酔っ払い騎士など、放っておけばよいのに、あんなに熱心に勧誘されていた。彼のためを思ってのことですね」

 

「うーん、そういうのとは、ちょっと違うかな?」ミリアは悪戯っぽく笑った。

 

「はい? どういうことでしょうか?」エルオードは首を傾けた。

 

「はっきり言えば、別に彼のことはどうでもいいのよ。仕官を勧めたのは、カイ様のため」

 

「カイ様? カーレオン国の、カイ王ですか?」

 

「ええ。カイ様はね、ゼメキスのクーデターが成功したことが、いまだに信じられないみたいなの。ゼメキスの陣営に、魔術師団や神官騎士団が味方した理由が判らないって」

 

「ほう?」

 

「だから、ああいうウラ事情を知ってる人を連れて帰れば、けっこう喜ぶんじゃないかなー、って、思うの。あ、これ、クラレンスさんにはナイショよ?」

 

 ミリアは人差し指を唇の前に当てて笑った。

 

 エルオードは「なるほど」といった後、はっとした表情になった。「まさか、私を騎士に誘ったのも、何か他に目的があったのでしょうか?」

 

「うふふ、どうかしら?」とぼけたように笑うミリア。「ま、きっかけはなんだっていいじゃない? 騎士になることで、結果的にその人の人生が良い方向に進むなら」

 

「まあ、そうですね」エルオードは納得したように頷いた。「しかし、ミリア殿はなかなか策士ですな」

 

「策なんて言うほどのものじゃないわよ。まあ、あたしはルーンの加護を受けてるけど、戦いに関しては素人同然だから、それ以外のことでお役にたたないと、ね? 戦争で重要なのは敵を倒す力だけじゃない。騎士の勧誘や情報の収集も、重要なことよ」

 

「勉強になります」

 

「エルオードはしっかり修行して、強くなって、戦いで貢献しなさいね」

 

 ミリアはぱっちっと片目を閉じると、中央通りへ戻り、今夜の宿を探し始めた。

 

 

 

 

 

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