ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第六十九話 メルトレファス 聖王暦二一五年十月下 エストレガレス帝国/オークニー

 エストレガレス帝国北西部の戦いは、さらに混迷を極めていた。

 

 ノルガルドに奪われたオークニー城を奪還するため、皇帝ゼメキスはミラ・ミレの双子の新米騎士と共に出撃。ノルガルド軍七万に対し帝国軍五万で挑む攻城戦はかなり無謀な戦いであったが、ミラ・ミレの連携とゼメキスの武の力により敵将を退け、見事、オークニーの奪還に成功していた。

 

 しかし、その代償もあった。このオークニー攻めの影響で守りが手薄になった西のキャメルフォードが、西アルメキア軍の侵攻を受けたのだ。キャメルフォードは五月下旬にデスナイト・カドールの活躍によって西アルメキアから奪った城だ。交通の要所であり、西アルメキア侵攻の要とも言える城だが、帝国はこれを守りきることができず撤退。北西部は一城を得て一城を失い、開戦前の状況に戻ったことになる。ただし、オークニー侵攻では城こそ奪還したものの軍の被害は大きく、兵力はかなり低下していた。このままでは北西部が大きく侵略される恐れがあると踏んだ軍総帥ギッシュは、南部からデスナイト・カドールの部隊を移動させ、守りに当たらせることにした。その分、今度は南部が危険にさらされるが、四方を敵国に囲まれている帝国において、これはどうしても避けられないことであった。

 

 カドールと共にオークニーに入った新米騎士メルトレファスは、早朝、訓練場へと向かっていた。ここ数ヶ月間のあわただしさが嘘のような静かな朝だ。北西部の戦況が混迷を極めているとはいえ、ゼメキスとカドールが守りに就いた以上、西アルメキアもノルガルドもそう簡単には手が出せなくなる。その間に兵力を再編するのが、現在の北西部の目的だった。予断を許さない状況であるものの、訓練に励む暇など無かったレオニア侵攻やアスティン防衛時と比べれば落ち着いたものである。

 

 訓練場に入ると、たん、という小気味よい音が響いた。弓が的を射る音のようだ。まだ見張りの兵以外は眠っているような時間なのに、もう先客がいる。メルトレファスはその姿を確認し、小さく舌打ちをした。弓場で、人を(かたど)った的へ矢を放っている女。以前、ディルワースという砦の訓練場でも一緒になったことがあるエニーデという女騎士だ。

 

 メルトレファスに気付いたエニーデは、弓を引くのをやめ、右手で栗色の髪をかき上げた。「あら? おはよう、メルトレファス」

 

「……またお前か、エニーデ。こんな朝早くから訓練とは、ご苦労なことだな」

 

「それはあなたもでしょ」エニーデはくすりと笑った。「そう言えばあなた、レオニア侵攻の部隊にいたんですってね? どうだった?」

 

 嫌なことを訊かれ、メルトレファスは大きく舌打ちをした。

 

 八月、遊撃部隊であるメルトレファスは剣聖エスクラドスの指揮下に入り、電撃的な作戦でレオニアへ侵攻。ハドリアン、グルームの二城を落とし、聖都ターラまで迫るも、北からノルガルドの援軍が駆けつけ、進軍を止められた。メルトレファスはノルガルドの白狼王ヴェイナードと対決するも惨敗。その後、帝国軍はアスティンまで後退せざるを得なかった。そのアスティンはイスカリオ軍の執拗な攻撃を受けており、帰還直後のメルトレファスも戦いを余儀なくされた。彼はそこでイスカリオの狂王ドリストと対峙するも、今度は相手にもされなかった。

 

 つまり、メルトレファスはこれらの戦いでノルガルド王ヴェイナードとイスカリオ王ドリストと対峙するという幸運に恵まれるも、己の力不足によりいずれも取り逃がしてしまったのだ。五月の西アルメキア王ランスに続き、三度もしくじったことになる。

 

 黙り込んだメルトレファスの顔を覗き込むエニーデ。「どうしたの? 何か、良くないことでもあった?」

 

「話したくもない」メルトレファスは目を逸らした。

 

 エニーデは「そう」と言った後、含んだような笑みを浮かべる。「まあ、だいたいのことは聞いてるけどね」

 

「だったらわざわざ訊くな。ふん。バカにしたければすればいいさ」

 

「別にバカにはしないわよ。あなたは白狼を追い詰め、アスティンを防衛した。立派じゃないの」

 

「白狼を追い詰めたのはエスクラドス様の力で、アスティンを守ったのはカドール閣下の力だ。俺は、自分の無力さを思い知っただけだ」

 

 エニーデは「ふーん」と感心したように頷くと、もう一度、メルトレファスの顔をまじまじと見た。

 

「……なんだ?」

 

「無力さを思い知った割には、そんなに落ち込んでないみたいね?」

 

「そうか? 思いっきり心が折れたんだがな」メルトレファスは自嘲気味に笑った。

 

「そんな軽口が言えるんだから、大丈夫よ。本当に心が折れたなら、そうやって笑うことなんてできないもの」

 

 まあ、そうかもな、と、メルトレファスは思った。無力さを知ったのは確かだが、だからと言って強くなることを諦めたり、自棄(やけ)になったりはしていない。

 

「それで――」と、エニーデ。「これから訓練? また、前みたいに無理矢理どかそうとするのかしら?」

 

 メルトレファスは腕を組んで後ろに下がった。「待っててやる。早く終わらせろ」

 

「恥ずかしがらず、一緒にやればいいのに」

 

「うるさい。俺の勝手だ」

 

 エニーデはもう一度小さく笑うと、視線をメルトレファスから矢の的に移した。その表情が一気に引き締まる。矢筒から矢を取り、弓を引き絞り、放った。矢は、人型の的の頭部へ吸い込まれるように刺さった。エニーデは表情を変えることなく再び矢を取り、弓を引き絞り、放つ。矢が的に刺さる。再び矢を取る。流れるような動作を、何度も繰り返す。放たれた矢は、頭部や胸部などの急所、あるいは、手足といった相手の命を奪わず無力化する場所を、正確に射抜いていく。

 

 いい腕だ――矢を放つエニーデを見ながら、メルトレファスはそう思った。矢を放つまでの無駄のない動き、放った矢の速さ、的を射抜く正確性、どれも、以前ディルワースで見たときよりもさらに向上している。メルトレファスは騎士としてはまだまだ未熟で、特に弓術に関してはまるで素人だが、それでも彼女の上達ぶりがはっきりと判った。

 

 メルトレファスは。

 

 ――力は、何かの目的があって求めるものよ。

 

 ディルワースで言われたエニーデの言葉を思い出した。

 

 いや、思い出したというのは正確ではないかもしれない。この言葉は、レオニア侵攻の際もずっと胸に刺さったままだった。そして、白狼王ヴェイナードにも同じことを言われた。それまでのメルトレファスはただ強さを求めるだけで、何のために強くなるかなど考えたことがなかった。だから、言葉はさらに深く刺さった。

 

 弓を引くエニーデを見る。その表情には、ゆるぎない決意や覚悟がみなぎっているように見えた。それが、彼女の上達に繋がっているのだろうか?

 

「エニーデ――」矢筒が空になったタイミングで、メルトレファスは声をかけた。「お前は以前、目的も持たずに力を追い求めるのは虚しいと言ったな?」

 

 エニーデは首を傾けた。「なに? 急に?」

 

「お前はどうなんだ? そんなに腕を磨いて、どんな目的があるんだ?」

 

「…………」

 

 黙り込むエニーデ。

 

「どうした? 俺には偉そうなことを言っておいて、自分は何も無いのか?」

 

 挑発的な口調で言うメルトレファス。もっとも、特に悪気があったわけではない。メルトレファスにしてみれば、今まで通りの軽口のつもりだったのだが。

 

 エニーデはしばらく沈黙したままだったが、やがて。

 

「……復讐よ」

 

 低い声で言った。

 

 メルトレファスは、思わず「なに?」と問い返した。聞こえなかったわけではない。ただ、今までのエニーデとはあまりにも異なる暗い声と、そして、復讐という予想外の目的に驚いていた。

 

 エニーデは思いつめた表情で言う。「あたしの父はアルメキアの騎士だった。でも、王宮内の謀略にはまり、あらぬ罪をかぶせられ、国を追放されたの。父は失意のうちにこの世を去った」

 

 アルメキア時代の王宮は、大した実力も無いのに世辞と賄賂でのし上がった愚臣共で溢れていた。王ヘンギストは、それら愚臣共に言われるがまま、真に忠義に厚い家臣を次々と追放、あるいは処刑していったそうだ。有名なところでは、『アルメキアの盾』と呼ばれた名将ハンバルがいる。ハンバルは三十年以上の長きに渡りアルメキア軍に所属し、多くの戦果を挙げた騎士だった。老いて前線を退いた後はアルメキア軍の戦術指南役を務め、後進の育成に励んでいた。当時誰よりも国に忠義を尽くした男だったと言われていたが、ある日突然反乱の濡れ衣を着せられ、国を追放されたのだった。

 

 このような王宮内の謀略で国を去った忠臣は数多い。かつてはアルメキア軍総帥だったゼメキスもその一人だ。彼もあらぬ罪で処刑されようとしていたのだが、反乱を起こして王の首を獲り、新たな国を興した。

 

 メルトレファスは「なるほどな」と頷いて続けた。「父親の復讐のために腕を磨いているわけか。だが、愚王はもういない。アルメキアも滅びた。なら、何のために戦う?」

 

「あたしの復讐は、まだ終わっていない」迷うことなく答えるエニーデ。

 

 メルトレファスは最初、その言葉の意味が判らなかった。だが少し考え、すぐに思い当った。「アルメキアを完全に叩き潰そうという訳か。まあ、愚王が死んで国は滅びても、息子のランスが生きている限り、アルメキア再興の可能性も無いとは言えないからな」

 

「…………」

 

 エニーデは何も答えなかった。

 

 その沈黙を肯定と受け取ったメルトレファスは、さらに話す。「だが、俺に言わせりゃ、復讐なんてくだらないことだ」

 

「……え?」

 

「お前の父親は、仇を討ってくれとお前に頼んだのか?」

 

「そういう訳じゃ……ないわ……」

 

「だったら、復讐なんてただの自己満足だ。仇を討てたところで父親は戻って来ないし、喜びもしない」

 

 エニーデは鋭い目を向けてきた。「あなたは、大切な人を喪ったことがないのね」

 

「なに?」

 

「あたしだって、お父様が戻って来ないことは判ってる。お父様が望んでいるかどうかも判らない。それでも――」

 

 エニーデはそこで言葉を切り、視線を足元へ落とした。

 

 そして。

 

「……それでも、父の無念を思うと、何かせずにいられないのよ」

 

 力のない声で言った。メルトレファスにではなく、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。

 

「…………」

 

 そんなエニーデの姿を見て、メルトレファスは何も言えなくなってしまった。エニーデの言う通り、メルトレファスは大切な人を喪ったことはない。彼の家族は今も健在で、王宮内の権力闘争やいくさなどとは無縁の生活をしている。家族以外に大切な人もいない。だから、理不尽な理由で父を喪ったエニーデの気持ちは判らない。そんな自分が安易に口出ししてはいけないことだったのかもしれない。しばらく気まずい沈黙が続いた。

 

 エニーデは視線を上げると、迷いを振り払うように首を振った。「……おしゃべりが過ぎたようね。今日はおしまい。あたしは帰るわ」

 

 そして、メルトレファスに背を向け、弓と矢を片付け始める。さっきまで堂々と矢を放っていた彼女の背中が、やけに小さく見えた。

 

「……手伝ってやっても、いいぜ」メルトレファスは、ためらいがちに言った。

 

「……え?」振り返るエニーデ。

 

「お前さんの復讐、手伝ってやってもいい」

 

「どうしたの、急に?」

 

「お前は俺に、強くなるには目的が必要だと言った。レオニアへの侵攻で、俺もそのことを痛感した。だが、今の俺には何か目的らしいものが無い。だから、とりあえずの目的として、お前さんの復讐を手伝ってやってもいい」

 

 エニーデは目を丸くして驚いていたが、やがて目を閉じ、首を振った。「いいえ。これは、あたし自身の問題よ。誰かを巻き込むわけにはいかない」

 

 メルトレファスは「そうか……」と言って、頭を掻いた。つまらないことを言った詫びのつもりだったが、自分でも余計なことではないかとは思っていたのだ。「悪かったな、おせっかいを言って」

 

「ううん。気持ちは嬉しいわ」エニーデは笑顔で応えた。

 

 その笑顔で、メルトレファスの気持ちも少し楽になった。「まあ、何にしても、あまり気を張り過ぎないことだな。肩の力を抜いて、もっと余裕を持った方がいい。そうじゃないと、人生楽しくないぜ?」

 

「なにそれ? らしくないわね」

 

「そうか?」

 

「ええ。この前とは、まるで別人だわ」

 

「まあ、俺もここ数ヶ月で、いろいろ考えることがあったからな」

 

「フフ、あなたも、それなりに成長しているようね」

 

「ケッ、『それなりに』かよ」

 

「でも、その気持ちの変化は、すごく大事だと思うわ」

 

 エニーデは弓と矢を片付け終え、もう一度メルトレファスを振り返った。「話を聞いてくれてありがとう。ずいぶん気持ちが楽になったわ」

 

「そうか。なら良かった」

 

「じゃあ、あたしは行くわ。訓練、頑張ってね」

 

 そのまま訓練場を出て行こうとするエニーデ。

 

「ああ、エニーデ」メルトレファスは声をかけた。

 

「なに?」

 

「明日もこの時間か?」

 

 エニーデは首を傾けた。「さあ? どうかしら?」

 

「俺はこの時間だ。じゃあな」

 

「フフ。さよなら」

 

 最後にもう一度笑顔を浮かべ、エニーデは訓練場を後にした。そして、もう二度とメルトレファスを振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

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