ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第七話 リオネッセ 聖王暦二一五年二月下 レオニア/聖都ターラ

 フォルセナ大陸の東に位置する宗教国家レオニア。千メートル級の高地にあるこの国は、冬には雪に覆われることが多い。しかし、国の中央・聖都ターラの一帯は比較的気候が穏やかで、二月の下旬ともなると、陽射しに温もりが増しはじめる。

 

 レオニア女王リオネッセは、聖都ターラの居城の屋上で、降りそそぐ陽射しを全身に浴び、大きく伸びをした。気持ちの良い朝だ。一面の暖かな日差しはやがて雪を溶かし、大地は白銀から緑の息吹へと変わるだろう。春は、もうすぐそこだ。

 

 大きく伸びをしたリオネッセだったが、女王としてあまりにもはしたないふるまいであると気が付き、慌てて周囲を見回した。普段、お城の重臣達から「いかなる時も女王の自覚を忘れないように」と、うるさく言われている。こんな姿を見られたら、また長い説教が始まるだろう。

 

 今は女王の身であるリオネッセだが、ほんの一年前までは、首都から遠く離れた小さな村で暮らす十六歳の平凡な娘だった。

 

 宗教国家であるレオニアは、フォルセナ大陸を創ったとされるルーンの神・フォルスを信仰の対象としており、国の全てを神に委ねている。ゆえに、国王を選ぶのも神のお告げに従い、選ばれた者がどんな人物であっても、誰も逆らうことはできない。一年前、前王が崩御された際、神託によって選ばれたのは、フォルス教の熱心な信者ではあるが政治や王宮とは全く無縁のリオネッセであった。女王に即位し、王宮の者から様々な教育を受けているものの、長年染みついた平民のクセはなかなか抜けない。大きく伸びをするといったはしたない行為も、ついついやってしまう。

 

「――はは。そんな慌てなくても、ここには俺しかいないよ」

 

 そう言って笑ったのは、リオネッセと同年代の若い男だった。

 

「キルーフ。良かった。他の人だったら、あたし、また怒られてたところだよ」女王も、男と同じように笑みを浮かべる。

 

 キルーフは、リオネッセがまだ普通の村娘だった頃からの幼馴染である。リオネッセが女王に即位すると同時に、キルーフもレオニアの騎士へと仕官した。今は、女王と同じく、王宮の者から教育を受けている身である。

 

「お前も大変だな」キルーフはリオネッセの隣に立った。「あくびひとつ満足にできないなんて、窮屈で仕方ないだろ?」

 

「そうだね。でも、仕方ないよ。あたし、女王様なんだから」

 

「しかし、今でも信じられないな」キルーフは、昔を懐かしむように言う。「畑と牛くらいしかいない田舎で育った俺たちが、こんな王宮で、女王と騎士をやってるなんてよ」

 

「ホントだね」

 

「お前のことだから、どうせ泣いてすぐ逃げ出すと思ってたのに、よく一年も続いたよな。驚いたぜ」

 

「それは――」

 

 キルーフのおかげだよ、という言葉を、リオネッセは飲み込んだ。

 

 代わりに、じっと、キルーフを見つめる。

 

 突然王位に就かされ、何も判らぬまま王宮に連れてこられたリオネッセにとって、キルーフは大きな心の支えだった。見知らぬ場所であっても知った顔があるだけで心強い。王宮の重臣達が、実績も何も無いキルーフを騎士として登用したのも、リオネッセを心の負担を少しでも軽くするための事だろう。

 

 みんなに支えられて、あたしはここにいる。

 

 特にキルーフ……あなたに。

 

「ん? なんだよ?」

 

 キルーフは首を傾けた。

 

「……ううん。なんでもない」

 

 リオネッセは目を逸らし、眼下に広がる街並みを見下ろした。王宮の屋上からは、聖都ターラを一望できる。

 

 暖かな風が吹き渡り、リオネッセとキルーフを包み込む。

 

 ――ありがとう、キルーフ。

 

 リオネッセは、キルーフの肩に頭を預けようとした。

 

 しかし。

 

「うえっほん」

 

 ワザとらしい咳ばらいがして、リオネッセは慌ててキルーフから離れた。

 

「……お取込み中の所、失礼しますよ」

 

 いつの間にか、二人の後ろに政務補佐官のパテルヌスが立っていた。補佐官とは言っても、リオネッセはまだまだ女王の立場に慣れていないため、レオニアの政務は実質このパテルヌスが行っている。前王の時代から王宮に仕えており、フォルス教においては最高司祭の座も兼ねている男だ。

 

「お取込み中だと判ってるなら、失礼するんじゃねぇよ」キルーフが小さな声で言った。

 

 パテルヌスはキルーフの言葉を無視し、真剣な表情でリオネッセを見た。「西のアルメキア王国で、少々やっかいな問題が起こりました。至急、広間に来て頂けますかな」

 

「やっかいな問題?」

 

 リオネッセとキルーフは顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 広間では、レオニア騎士団を束ねるアスミットが待っていた。

 

「お待ちしておりました、女王陛下」

 

「アスミットさん。アルメキアで、何か問題が起こったとか」

 

「はい。アルメキア軍総帥のゼメキスがクーデターを起こした模様です」

 

「クーデター!?」リオネッセは、キルーフと同時に声を上げた。

 

 アスミットは大きく頷き、続ける。「はい。報告によると、ゼメキスは国王ヘンギストを討ち、自らを皇帝と称する『エストレガレス帝国』なる国を設立。フォルセナ大陸の制覇を掲げ、各国に宣戦布告する模様です」

 

「宣戦布告……戦争が起こるということですか?」

 

「その通りです」

 

 言葉を失うリオネッセ。このフォルセナ大陸では、大きな戦争はもう十年以上起こっていない。なのに、自分が女王に就任した折に、そのような事が起こるなど、夢にも思わなかった。

 

「レオニアはエストレガレスと国境を接しているとはいえ、険しい山々に阻まれ、直接攻められることは無いでしょう。しかし、これを対岸の火事と楽観するわけには行きません」

 

「レオニアも、戦渦に巻き込まれる可能性があるのでしょうか?」

 

「もちろんです。エストレガレスがこのような動きを見せた以上、北のノルガルドや、南のイスカリオも、呼応して挙兵するのは時間の問題かと思われます。両国とも、大陸制覇の野望を持つという点においては、エストレガレスとさほど変わりはありません」

 

「そんな……己の欲望のために、関係ない国の民を巻き込むなんて……」

 

「それが戦争というものですよ」

 

 アスミットは淡々とした口調で言った。彼のいつもの口調なのだが、それがかえってリオネッセの不安を高めた。

 

「……まあ、そんなに心配するなって!」

 

 重苦しい雰囲気を、キルーフの明るい声が破った。「誰が攻めて来たって、俺たちが何とかしてやるからよ!」

 

「キルーフ……でも……」

 

「お前がそんな心配そうな顔してると、国のみんなが不安になるだろ? 女王は、どんな時も堂々としてるもんだ!」

 

 アスミットが小さく笑った。「ほほう? キルーフも、たまには良いことを言う」

 

「たまにで悪かったな」

 

 キルーフはアスミットをひと睨みすると、拗ねたように、プイッと顔を背けた。

 

「キルーフの言う通りですよ」パテルヌスが言った。「我らレオニアは、アルメキアの全盛期にも自治を護ってきました。アスミットや私が率いる神官騎士団は、決して、他国の軍隊に引けを取りません。どこの国が攻めて来ようとも、すぐに蹴散らして見せますよ」

 

「しかし……神が……フォルス神が、戦いをお許しになるでしょうか?」また心配そうな表情になるリオネッセ。フォルス神は平和を愛する神であり、暴力は好まない。

 

「それに関しては、心配無用です」アスミットが言った。「フォルス教の聖典には『フォルスは戦火を消すことを認める』とあります。これは、戦を仕掛けられた場合、それを鎮めるために戦うことをお許しになるということです」

 

 宗教国家のレオニアにおいて、神の言葉をつづったとされる聖典は、法に匹敵するものである。信者である国民は、何をおいてもこれに従わなければならない。

 

 しかし、聖典は大昔に書かれた物であり、かなり抽象的であいまいな部分も多い。今、アスミットの言った、『フォルスは戦火を消すことを認める』という部分もそうだ。確かに戦争を鎮めても良いと読み取れるが、その方法については言及されていない。アスミットの言うように武力には武力をもって挑むのか、あるいは、あくまでも話し合いなど平和的な解決を図るべきなのか……解釈の仕方で、大きく異なる。最悪の場合、大陸中の戦乱を鎮めるために他国を全て滅ぼしても良い、というように、大幅に曲解することも可能ではないだろうか。もちろん、そのような考えを持つ人など、この国にはいないと信じている。しかし、戦争がはじまり、レオニアが他国から攻められ、その戦いが長引くと、過激な思想を持つものも出てくるかもしれないのだ。

 

 何が正しくて、何が正しくないのか……経験の浅いリオネッセには判らない。なぜ、あたしが女王になった途端、こんなことが起こってしまうのだろう? あたしなんかが女王で、この国は大丈夫だろうか? 判らない。

 

 ばしん、と、背中を叩かれた。キルーフだった。

 

「ほら、笑顔笑顔」

 

 いつものように、優しく笑うキルーフ。「お前が心配したって、何も変わらないよ。お前の取柄は笑顔しかないんだから、どんな時でも笑ってろって」

 

 戦争が始まるかもしれないというのに、あまりにもいつも通りな様子のキルーフに、リオネッセも、不思議と安心感が湧いてくる。

 

「……ありがとう、キルーフ」

 

 リオネッセは、笑顔で言った。「……でも、笑顔しか取り柄が無いって、ヒドくない? あたし、そんなに役立たずなの?」

 

「え? あ、いや、そういう意味じゃなくって、その……」

 

 焦って言葉に詰まるキルーフの姿がなんだかおかしくて、リオネッセは笑った。つられてキルーフも笑い、パテルヌスやアスミットも笑った。

 

 ――そうだ。キルーフの言う通りだ。

 

 女王は思う。

 

 あたしには何のとりえもないけれど、それでも女王だ。

 

 あたしが不安そうな顔をしていると、国のみんなが不安になる。

 

 何もできないなら、せめて、笑顔でいよう。

 

 それで、みんなの不安が少しでも和らぐのなら、それはきっと、大切なことだ。

 

 そう、それに。

 

 あたしには、みんながついている。

 

 キルーフも、パテルヌスさんも、アスミットさんも。神官騎士団のみんなも。

 

 みんなが、あたしを、この国を、支えてくれる。

 

 だから、どんな難局も乗り越えられる。

 

 だから、ガンバってみよう。

 

 神よ――。

 

 どうか、この国を――みんなを――お守りください

 

 女王リオネッセは、胸の前で手を組み、祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

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