ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

71 / 165
第七十一話 エフィーリア 聖王暦二一五年十一月上 西アルメキア/キャメルフォード

 西アルメキア領キャメルフォードの一室で、修道女のエフィーリアは小さくため息をついた。彼女の目の前には、袖が取れかかったシャツや、ボタンが取れた上着など、繕いものが山のように積み上がっている。エフィーリア自身のものではない。キャメルフォード城に駐屯している他の騎士や兵達のものだ。修道女という職に献身的なイメージがあるからだろうか、こういった繕いものがあると、みんなエフィーリアのところにもってくるのである。すでに就寝する時間だというのに、これでは眠れない。まったく。どうしてみんなあたしのところへ持ってくるのかしら。死ねばいいのに。と、内心思いながら、シャツの袖を縫い合わせていく。

 

 トントン、とドアがノックされ、「エフィー? 起きてるかい?」と声がした。同僚の女騎士・アデリシアである。エフィーリアが「ええ、起きてますわよ」と返事をすると、ドアを開けてアデリシアが入って来た。

 

「うわ、なんだい、そりゃ?」アデリシアはエフィーリアの前に積み上げられた繕い物の山を見て驚いた。「それ、まさか全部エフィーが直すのかい?」

 

「ええ。どういう訳か、みんなあたしのところへ持ってくるんですの。困ったものですわ」

 

「しょうがないな、男どもは。繕いものくらい、自分でやればいいのに」アデリシアは呆れ声で言った。

 

「と、言いつつ――」エフィーリアは、目を細めてアデリシアを見た。「その手に持っているものは、なんですの?」

 

「ああ、これ?」アデリシアは、後ろ手に隠していたズボンを取り出した。「ちょーっと、破れちゃってね」

 

 アデリシアはズボンを広げた。お尻のところが、大きく破れている。

 

「まあ、アディ、あなたもですの?」

 

「このズボン、あたしのお気に入りでさ。いくさの時は、これを履いてなきゃダメなんだ。お願いだよエフィー、直しておくれよ」

 

 姉御肌で主に女性陣から頼りにされることが多いアデリシアだが、普段の姿からは想像もできないような猫なで声を出す。エフィーリアと二人きりの時はだいたいこうだ。エフィーリアはこれを、『パドストーの大きな幼女』と評している。

 

 エフィーリアは、「はあぁぁ……」と、大げさにため息をついた。「アディ、あなたも女なんですから、お裁縫くらいできないでどうするんです? そんなんじゃ、お嫁に行けませんわよ?」

 

「別にお嫁に行く気なんてないけど」と、アデリシアは唇を尖らせた。「それに、お裁縫が女の仕事だなんて、誰が決めたんだい?」

 

「そうですわね。言い直します。お嫁に行かず一生独り身で過ごすつもりなら、お裁縫くらいできないと、苦労しますわよ?」

 

「おっと、痛いところを突いて来るねぇ」

 

「あたしだって、いつまでアディの側にいてあげられるか判りませんからね」

 

「そんなつれないこと言うなよ。そうだ。いいこと思いついた」

 

「なんですの?」

 

「エフィーがあたしの嫁になるってのはどうだい? それならずっと一緒に居られるし、あたしも裁縫で苦労しなくてすむ」

 

「バカなこと言ってないで、それくらい、自分でやりなさい。やり方教えますから」

 

 エフィーリアは針と糸をアデリシアに差し出した。アデリシアは「ちぇっ」と舌打ちすると、しぶしぶ針と糸を受け取る。そして、エフィーリアの指示に従い、破れた箇所を縫い合わせていった。その手の動きはぎこちなく、今にも指を刺しそうで危なっかしい。まあ、アデリシアはパドストー1の槍使いと言われる騎士だ。実戦はもちろん訓練等でも怪我はしょっちゅうだから、針で指を刺すくらいなんでもないだろう。エフィーリアは気にせず、自分の繕いものを続けた。

 

 しばらく二人で黙々と繕いものを続けていたが、ふと、アデリシアの手が止まった。破れたズボンは、まだ半分も縫えていない。

 

「あら? もうあきらめるんですの? 根性がないですわね」

 

 冗談っぽく言いてみたが、アデリシアはのって来なかった。なにやら暗い顔をして、手元をじっと見ている。

 

「……どうしたんですの? 急にしおらしくなっちゃって?」エフィーリアはアデリシアの顔を覗き込んだ。

 

「ああ、いや、別に、どうってことはないんだけど」顔を上げたアデリシアは、少しためらった後、続けた。「昼間の会議のこと、聞いたかい?」

 

「ええ、聞きましたわ」エフィーリアも冗談を言うのをやめ、真剣な声で答える。「オークニー、エオルジア、アリライムの三都市に、同時侵攻するんですってね」

 

「そうなんだよ」

 

 アデリシアは、また視線を落とした。

 

 先月、エストレガレス帝国に奪われていたキャメルフォードの奪還に成功した西アルメキア。今後、どのようにいくさを進めていくか、今日の会議で話し合われたのだ。この会議にエフィーリアは参加していないが、三都市同時侵攻の話は、すぐに兵たちの間で噂になり、城中に知れ渡った。現在の西アルメキアと他国の戦力を考えると、かなり大胆な作戦である。

 

 侵攻地のひとつであるオークニーは、キャメルフォードの北東に位置し、周囲を険しい山々に囲まれた難攻不落の城だ。ただでさえ守りに強い上に、現在この城には皇帝ゼメキスとその腹心であるデスナイト・カドールが守備に就いている。このオークニーだけでも侵攻は困難だというのに、同時にキャメルフォードの東に位置するエオルジアも攻めるという。エオルジアへと続く街道は、途中、湖と森に挟まれた狭い場所がある為、大部隊での進軍が困難な立地になっている。こちらも、非常に守りに強い城だ。もうひとつの侵攻地アリライムは、北の大国ノルガルドの城だ。西アルメキアの最北拠点ゴルレの北に位置している。この城は平地に建っているので比較的侵攻しやすい立地だ。さらに、現在ノルガルドは軍の主力をエストレガレスとの国境に配置してあり、アリライムはかなり手薄と言って良かった。こちらの侵攻は比較的容易と思われるが、今回の大陸全土を巻き込んだいくさでは、西アルメキア軍とノルガルド軍はまだ剣を交えていない。特に同盟や不可侵条約を結んでいるわけではないので侵攻するのは何の問題もないのだが、戦う意思を見せていない相手を攻めるのは、やはり思いきった作戦である。

 

 これらの大胆な作戦を決行するというだけでも驚きなのだが、さらにエフィーリアを驚かせたのは、今回の作戦を立案したのがランスである点だった。

 

 エフィーリアは苦笑いを浮かべた。「今回の作戦、メレアガント様が己の力を過信してまた無茶なことを言いはじめたのかと思ったら、立案したのはランス様ですってね。驚きました」

 

「相変わらずさらっと毒を吐くね、あんたは」アデリシアも苦笑いする。

 

「あら? 何かおかしなこと言いました?」

 

「いや、気付いてないならいいや」アデリシアは咳ばらいをした。「あたしも驚いたよ。あのランス様から、こんな大胆な作戦が出るなんてね」

 

 数ヶ月前、このキャメルフォードで初めてランスに会った時のことを思い出すエフィーリア。祖国を滅ぼされ、切羽詰まった状況であるにもかかわらず、周囲の者たちへの配慮を忘れず、気づかいに溢れた人という印象だった。アデリシアも、同じように思っていただろう。

 

「ランス様、アルメキアの奪還が思うようにいかず、焦ってるのかもしれない」アデリシアが言った。「焦って周りが見えなくなったら、この先危険だよ」

 

 開戦以降、この国の戦況は決して良くない。五月にいきなりキャメルフォードを奪われ、重大な危機に陥ったのは記憶に新しい。そのいくさを指揮していたのはランスだ。コール老公から国の全権を委ねられたにもかかわらず初戦であの失態。大きな責任を感じていたのは間違いないだろう。幸いキャメルフォードの奪還には成功したが、その作戦にランスは参加させてもらえなかった。これで焦るなという方が無理かもしれない。アデリシアの言う通り、焦って周りが見えなくなったら危険だ。

 

 しかし。

 

「大丈夫ですわよ」

 

 エフィーリアは、アデリシアに向かって優しく微笑んだ。

 

「え?」顔を上げるアデリシア。

 

「三都市同時侵攻の作戦は、みんなで話し合って決めたんでしょ? いくらランス様がこの国の君主でも、一人で全てを決められるはずがないですもの。会議には、多くの人が参加していたはずよ? パドストー史上最も長く王位にいたコール老公、性格にかなり問題があるものの剣の腕だけは超一流のメレアガント様、かつてアルメキア軍で百のいくさを経験したと言われるゲライント様、『アルメキアの盾』と呼ばれた名将ハンバル様の息子でありながら国の一大事に自宅を警備していたグラウゼさん、アルメキアクーデターの夜ゼメキスと互角の戦いをしたというハレーさん、レオニア1の智将だったと言い張ってる自称天才軍師のなんとかボルグさん。それに、パドストー時代、長くキャメルフォードの防衛隊長を務めたアデリシア隊長も、ね。みんなで検討した結果、それが決して無茶な作戦ではなく、実現可能だと判断されたから、実行することになったんでしょ?」

 

「ちょいちょいさらっと毒を吐いてるのが気になるけど、まあ、そうだね。みんなで決めたことだよ」

 

「なら、安心ですわ。きっとうまく行きます」

 

「そう……かな……?」

 

「そうですわよ。それに、この先もしランス様が無茶なことをしようとしても、みんなが支えているんですから、大丈夫ですわよ。だから、そんなに心配しないで、優しいアディ」

 

 エフィーリアはアデリシアの右手を取り、両手で優しく包み込んだ。

 

「エフィー……」

 

 アデリシアもエフィーの手を握り返す。

 

 二人は、しばらく見つめ合うと。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……どうもエフィーの言うことは、すんなり心に響かないんだよな」

 

「あら? なぜですの?」

 

「ウラがあるかもと勘ぐってしまうと言うか、いい言葉よりも毒の方が気になると言うか」

 

「まあ、せっかく励ましてあげてますのに、ヒドイ言われようですわ」エフィーリアは頬を膨らませた。

 

「ヒドイのはエフィーの方だろ」呆れ声で言った後、アデリシアは笑顔を浮かべた。「でも、エフィーの言う通りだね。あたしたちがランス様を支えればいんだ。ありがとうエフィー。相談にのってくれて。おかげでずいぶん気が楽になったよ」

 

「なら良かったですわ」エフィーリアも笑顔を返した。

 

 アデリシアは立ち上がり、大きく伸びをした。「さてと。ずいぶん遅くまでお邪魔しちゃったね。あたしはもう寝るよ。エフィーも、ほどほどにして、早く休みなよ」

 

「ええ、そうしますわ」

 

「じゃあ、おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 最後にもう一度笑い合って、アデリシアは部屋を出て行った。

 

 ――さてと。あたしもこんな押し付けられた仕事なんかほっといて、早く寝ましょ。

 

 そう思い、ふと繕いものの山を見ると、アデリシアのズボンが残っていた。アイツ……ちゃっかり置いて行きやがった。これじゃ早く寝られるわけないだろ。死ねばいいのに。

 

 と、内心思いつつも。

 

「……しょうがないわね。ホント、あたしも、いつまでもあなたのそばにいてあげられませんわよ、アディ」

 

 エフィーリアはズボンを取り、針と糸を持つと、破れた部分を縫い合わせはじめた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。