ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第七十三話 ランス 聖王暦二一五年十一月下 西アルメキア/キャメルフォード

 西アルメキア領キャメルフォードの一室で、ランスは机上に地図を広げ、次のいくさの展望を思い描いていた。先日行った会議により、オークニー・エオルジア・アリライムの三都市同時侵攻が決まった。この作戦を立案したのはランス自身だ。作戦は事前に何度も模擬戦を重ね、成功に大きな自信を持っている。無論、模擬戦に絶対は無いということも心得ている。実戦では何が起こるか判らない。不測の事態に対応するためには、さらに模擬戦を重ねるしかない。今回の作戦、失敗は絶対に許されない。もしもしくじるようなことがあれば、五月のキャメルフォード陥落に続き二度目の大失態だ。それでランス自身の人望が失墜するのは仕方がないし受け入れるが、ランスを信用し、国を託してくれたコール老公をはじめとする旧パドストーの人々の期待を裏切ることになり、なによりも貴重な兵や騎士たちを無駄に失うことになる。それだけは絶対に避けなければならなかった。ランスは、入念に模擬戦を繰り返す。

 

 ドアがノックされた。と思ったら、ランスが返事をするよりも早く、ドアが蹴破られんばかりに開き。

 

「ランス様! お喜びください! この天才軍師ランゲボルグ、オークニー城攻略の一世一代の名作戦を思いつきましたぞ!!」

 

 と、旧レオニアの軍師だったというランゲボルグが入って来た。手に分厚い資料の束を持ち、鼻息が荒く、目を子供のようにキラキラと輝かせている。かなり興奮している様子だ。

 

「ええっと、ランゲボルグさん。オークニー城攻略の作戦ですか?」

 

 ランスが問うと、ランゲボルグはえへんと咳ばらいをした。「その前に、まずは人払いを。非常に重要な作戦ですので、二人きりでお話をさせてください。他の者たちを疑うわけではありませんが、敵国の間者がまぎれ込んでいないとも限りませんからな。万が一にも情報が洩れるようなことがあれば一大事です。いえいえ、もちろん、情報が洩れたところで対処されるようなヤワな作戦ではないのですが」

 

「人払いと言っても、この部屋には私とランゲボルグさんしかいませんが……?」

 

「おや、そうでしたか」ランゲボルグは部屋を見回した後、もう一度咳ばらいをした。「そんなことよりお喜びください! この天才軍師にして西アルメキアの頭脳ランゲボルグ、オークニー城攻略の一世一代空前絶後の超名作戦を思いつきましたぞ!!」

 

「判りました。では、一応聞きましょう」

 

「この作戦があれば、オークニー城攻略はもちろん、フォルセナ大陸全土が瞬く間に西アルメキアのものとなるでしょう。ああ、ランス様は運が良い。天才軍師にして西アルメキアの頭脳にして大陸一の知恵者ランゲボルグが、オークニー城攻略の一世一代空前絶後前人未到のスーパー超名作戦を思いついたのですからな」

 

「判りましたから、作戦の説明を」

 

「それに引き替え、レオニアの女王は運が悪かった。この天才軍師にして西アルメキアの頭脳にして大陸一の知恵者でランス様の右腕であるランゲボルグが、オークニー城攻略の一世一代空前絶後前人未到前代未聞のスーパーウルトラ超名作戦を思いつく前に国が滅びてしまったのですからな」

 

「ですから、作戦の説明を」

 

「いや、レオニア女王は運が悪いのではなく、人を見る目が無かったのでしょうな。なにせ、この天才軍師にして西アルメキアの頭脳にして大陸一の知恵者でランス様の右腕でフォルセナ大陸の宝であるランゲボルグが、どんなにオークニー城攻略の一世一代空前絶後前人未到前代未聞焼肉定食のようなスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフル超名作戦を立案しようとも、他の軍師の愚策ばかり採用し、私の策には見向きもしませんでしたからな」

 

 その後、ランスが自称天才軍師にして西アルメキアの頭脳にして大陸一の知恵者でランス様の右腕でフォルセナ大陸の宝であるランゲボルグから自称オークニー城攻略の一世一代空前絶後前人未到前代未聞焼肉定食の自称スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフル超名作戦を聞くのに、数十刻の時間を要した。

 

「――さて、前置きはこれくらいにして、こちらをお読みください」

 

 どん! と机を揺らし、ランゲボルグは机の上に分厚い書類の束を置いた。

 

「では、拝見します」

 

 すでに疲れきっていたが、ランスは気力を振り絞って書類をめくった。

 

 が。

 

「あの、ちょっと字が汚くて、いえ、難しくて、よく判らないのですが……」ランスは最大限申し訳なさ気に言った。

 

「難しい? そんなバカな。判りやすいように、絵を入れて解説しているというのに」

 

「これは絵なのですか? 雑すぎて、いえ、芸術的過ぎて、判りませんでした」

 

 ランゲボルグは額に手を当て、やれやれと言わんばかりに首を振った。「ああ、なんと嘆かわしいことでしょう。この天才軍師にして西アルメキアの頭脳にして――」

 

「それはもう判りましたから」

 

「――名作戦を理解できないとは! いえ、ランス様が悪いのではありません。考えてみれば、ランス様はまだ十五歳。私のオークニー城攻略の一世一代空前絶後――」

 

「ですから、それはもう判りましたから」

 

「――名作戦を理解するには、少々早かったかもしれませんな」

 

「そうですね。では、重要な部分だけかいつまんで、口頭で説明してもらえますか?」

 

「なにを仰います! 私のスーパーウルトラグレート――」

 

「あの、それは判ったと言ってるんですが」

 

「――名作戦は芸術的過ぎて、とても口で説明できるものではありません! まして、重要な部分だけかいつまんで説明するなど……この作戦は、そんな単純なものではありませんぞ?」

 

「そうですか。それは困りましたね」ランスは腕を組んで考えた。「では、こうしましょう。この書類は一旦お預かりして、明日、メレアガント殿にお渡ししておきます」

 

 ランゲボルグは目を丸くした。「はい? メレアガント殿と言いますと、旧パドストーのコール王の息子さんのメレアガント殿ですか? あの、先日の会議で一番怖かったいえ会議を取り仕切っておられたメレアガント殿ですか?」

 

「声が震えてますが、大丈夫ですか?」

 

「いえ、お気になさらずに。しかし、なぜメレアガント殿にお渡しするのです?」

 

「今回のオークニー侵攻作戦は、メレアガント殿が総大将となり、ゲライントとハレーさんが副将を務めます。私はオークニーではなく、エオルジア侵攻部隊を指揮する予定です」

 

「なんと! オークニーにはエストレガレス帝国皇帝ゼメキスが待ち構えているのですぞ! 我が国も、君主であるランス様自身が総大将として出陣しないでどうするのです! 国の面子に関わりますぞ!!」

 

「仕方ありません。国の面子という考え方も判るのですが、今回は、作戦を成功させることが最も重要です。現在の西アルメキアの戦力を分析し、最もオークニー城を落とせる可能性が高い騎士を選出した結果が、今の三人です。この三人に比べれば、私はまだまだ実力不足と言わざるを得ませんから。なので、ゼメキスを倒すのはメレアガントさんたちにお任せし、私はエオルジア侵攻に集中します」

 

「ああ、なんと嘆かわしい。ランス様。君主たる者、そのような弱腰でどうするのです? もっと自分に自信を持ってください。ランス様なら、必ずゼメキスを倒せます」

 

「そう言ってもらえると嬉しいのですが、私はもう、自分の力を過信するのはやめました。自分に自信を持つというのは大事なことですが、実力も無いのに自分を大きく見せようとするのは、愚かな行為です」

 

「確かに。世の中には自分の器量を大きく見せたいだけの小物が多いですからな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……なんでしょう? 今の長い沈黙は?」

 

「いえ、お気になさらずに。まあ、そんな訳ですから、これの書類は、私ではなくメレアガント殿にこそ必要でしょう。明日にでもお渡ししておきます」

 

 ランスは書類を机の引き出しにしまおうとしたが。

 

「いえ! それには及びません!」

 

 ランゲボルグが机を乗り越えるほどの勢いで身をのり出し、書類を奪い取った。「そう言えば思い出しました! 先ほど、私の部屋に怪しい者の姿がありました!」

 

「はい? それはどういう――」

 

 ランゲボルグは書類をパラパラとめくるり、目を見開いた。「やや! 資料がすり替えられているではないですか! これは一大事ですぞ!!」

 

「は……はあ……」

 

「と、いう訳で、これは返していただきます。作戦は、また後日、無理矢理かいつまんでご説明いたしましょう」

 

「しかし、オークニー侵攻はもうすぐですからね。早くしないと――」

 

「おおっと! こうしている場合ではありませんでした。書類を盗んだ曲者を捕まえねば! あの作戦が外部に漏れるようなことがあれば、国の存亡に関わりますぞ! では、ランス殿、失礼いたします!!」

 

 ランゲボルグはペコリと頭を下げると、入って来た時と同じ勢いで出て行った。

 

 静けさを取り戻した部屋で、ランスはやれやれと肩をすくめた。作戦遂行前の貴重な模擬戦の時間を数時(すうとき)も無駄にしてしまった。彼が仕官した際、レオニア1の軍師と聞いて期待したが、どうやら我が国はとんでもない人材を抱え込んでしまったようだ。あんな人物を連れてきたハレーを恨まずにはいられない。これは早急に対処しないと、この先膨大な時間を無駄にすることになるかもしれない。

 

 ランスは大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

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