ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

74 / 165
第七十四話 ヴェイナード 聖王暦二一五年十一月下 ノルガルド/フログエル

 ノルガルドの首都フログエルは、フォルセナ大陸で最も北に位置する都市である。ゆえに、大陸中央部では木々の葉が散り始めるこの時期は、すでに雪が降り始めている。王城にはすでに数センチの雪が降り積もり、どんなに窓やドアを堅く閉ざそうとも北の山から吹き付ける冷たい風の侵入を阻むことはできない。無論、この国の冷たさはまだまだこんなものではない。来月には雪の量は倍になり、風はさらに強く冷たくなる。その次の月はさらに増す。ノルガルドは、一年で最も厳しい季節を迎えようとしていた。

 

 フログエル城の王専用の訓練部屋で、白狼王ヴェイナードは一人、剣を振るっていた。室内でも空気は身を切るように冷たいが、彼は上半身に衣類を身に付けていなかった。寒さは感じない。むしろ、熱くなった身体には心地よい。ヴェイナードが剣を振るうたびに汗が飛沫となって飛び、身体からはまるで闘気のごとく水蒸気が立ち上っていた。

 

 ヴェイナードの左のわき腹には大きな傷跡が残っていた。九月下旬のレオニア首都ターラでのエストレガレス戦において、剣聖エスクラドスより受けた傷だ。すでに傷は塞がっているが、その痕が消えることはないだろう。

 

 ヴェイナードは納得いくまで剣を振るった後、傷痕を触って感触を確かめた。痛みはほとんど無く、動きに支障はない。一度大きく頷き、剣を鞘に収めると、壁の一角に立てかけた。そこは、剣の他に槍や斧、弓や杖といった様々な武器が立てかけられ、あるいは壁に吊るされたりしている。ヴェイナードはその中から巨大な槍斧を取ると、両手で持ち、感触を確かめるように何度も振るった。武器だけでなく、吹雪の魔法や、耐性を高める魔法も使用する。全て、負傷前と同じく、いや、負傷前よりもさらに上達しているだろう。これならば戦列に復帰して問題ない。

 

 ドアがノックされた。入るよう促すと、「失礼します」と、軍師グイングラインが入り、右拳を左掌で包んだ。その表情は暗い。

 

「定時連絡か」ヴェイナードは槍斧を元の場所に戻すと、手ぬぐいで汗を拭った。「その様子では、良い報せは無さそうだな」

 

「仰る通りです。リドニー要塞に動きはありません。エスメレー様は、依然城内に留まっているようです」

 

「そうか……」

 

 グインの報せに、ヴェイナードは落胆を隠せなかった。

 

 リドニー要塞は、ノルガルドとエストレガレスの国境を流れるアルヴァラード川の中州に建つ天然の要塞だ。旧アルメキアがノルガルドの侵攻に備えて建設した難攻不落の城である。ノルガルドは、今回の大陸全土を巻き込んだ戦乱が始まる前より、このリドニー要塞を攻める準備を進めていた。準備はすでに整っており、事前の模擬戦でも高い勝率を出していたが、様々な事情が絡み、何度も延期を余儀なくされていた。

 

 そして、十月。

 

 リドニー要塞に、皇帝ゼメキスの妻・エスメレーが守備に就いたとの情報が入って来た。

 

 エスメレーは、王ヴェイナードの姉である。二年前のいくさで旧アルメキアに敗れたノルガルドは講和を締結。その際、エスメレーは人質としてアルメキアに差し出されることとなった。ゼメキスのクーデター以降、ヴェイナードはエストレガレスに密偵を送りエスメレーの動向を探らせたが、王都ログレスにいるという以外に情報は無かった。クーデターの夜、ログレスは大いに混乱し、エスメレーならば容易に脱出できたはずだが、そのような動きもなかったという。

 

 そして今、エスメレーは、ノルガルドがエストレガレス侵攻の最重要拠点とするリドニー要塞の守備に就いている。リドニーからノルガルドは目と鼻の先だ。逃亡はなお容易な状態だが、その動きは無い。エスメレーには逃亡の意思が無いとしか思えなかった。そもそも逃亡の意思があれば、リドニーに配置されたりはしないだろう。

 

 それはつまり。

 

「……姉上は、我らと戦うことを選んだ、ということだな」

 

 ヴェイナードは己に言い聞かせるように言った。

 

「……残念ながら、そう判断せざるを得ません」

 

 グインは静かに応えた。胸の内でグインが否定してくれることを望んでいたヴェイナードだが、それは叶わなかった。無論、つらい真実も隠さず知らせるからこそ、優秀な軍師と言えるのだが。

 

「判った。来月初旬、リドニーを攻めるぞ」

 

 ヴェイナードは厚手のガウンを羽織ると、決意と共に言った。

 

「よろしいのですね」

 

「無論だ。これ以上延期すると、部下達に示しがつかぬからな」

 

「仰せのままに」

 

「ただ、一度だけ話をさせてくれ。説得してみる」

 

「――――」

 

「俺の説得に応じないようならば仕方がない。例え姉上であっても、私は戦う」

 

「……ヴェイナード」

 

 王の名を口にするグイン。今は王と軍師の間柄だが、元々二人は親友同士だった。グインがヴェイナードをその名で呼ぶのは、心から友を気遣っている時だけだ。

 

「案ずるな。開戦前より覚悟していたことだ。そなたも、いかに姉上といえど、敵として立ちはだかるならば、容赦する必要は無いぞ」

 

「判りました」グインの口調が、友から軍師のものに戻る。「この戦いは、新たな時代への一歩。誰にも陛下の邪魔はさせませぬ。例えそれが、エスメレー様であっても」

 

 グインはもう一度右拳を左掌で包むと、深く頭を下げ、訓練部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 一人、部屋に残ったヴェイナードは。

 

「――私は戦う。より高きを目指すために!」

 

 己に言い聞かせるように、力強く言った。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。