ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第七十六話 ハレー 聖王暦二一五年十二月上 エストレガレス帝国/オークニー

 西アルメキアの三都市同時侵攻が始まった。

 

 

 

 

 

 

 ランスの立案により始まったこの作戦は、キャメルフォードの北東にあるエストレガレス領オークニー、東にあるエオルジア、そして、ゴルレの北にあるノルガルド領アリライムへ同時に侵攻するというものだ。このうち、オークニーへの侵攻は、旧パドストーの王太子メレアガントを総大将とし、百戦のゲライントと流星のハレーを副将とした三部隊編成で行うことになっていた。

 

 西アルメキア側が事前に仕入れた情報によると、オークニー城には皇帝ゼメキスとその腹心カドールが守備に就いているとのことだった。だが、侵攻直前になって新たな情報が入って来た。カドールの部隊が南のエオルジアへ移動したというのだ。エオルジア侵攻部隊の総大将は西アルメキアの君主であるランスだ。ランスは五月の戦いでカドールに敗れている。エオルジア侵攻はかなり危険を伴うことになったが、オークニー侵攻部隊には余所の心配をしている余裕は無かった。オークニー城には、カドールに代わり剣聖エスクラドスが守備に就いたとの情報も同時に入っていたからだ。無論、皇帝ゼメキスは変わらず留まっている。

 

 この戦いにおいてエストレガレスは防衛側だが、ゼメキスとエスクラドスがおとなしく城で待っているとは思えない。二人とも、圧倒的な武力にものを言わせた突撃戦法を得意とする騎士なのだから。

 

 西アルメキア側の読み通り、ゼメキスとエスクラドスの部隊は開戦前よりオークニー城の外に布陣し待ち構えていた。オークニー城に残るのはあまり名の知られていない中堅の騎士のみである。

 

 そして、開戦と同時に、ゼメキスとエスクラドスの部隊は西アルメキア軍へ突撃してきた。

 

 西アルメキア軍の副将を務める女騎士ハレーは、正面から突撃してくるエストレガレス軍を前にし、小さく笑みを浮かべた。あれはゼメキスが率いている部隊だ。エスクラドスの率いる部隊はゲライントの部隊へ向かって突撃していた。全て、事前に立てた作戦通りだ。

 

 西アルメキア側が事前に立てた作戦は、ハレーとゲライントの部隊がそれぞれゼメキスとカドールの部隊を引きつけ、その間にメレアガントの部隊がオークニー城を攻め落とす、というものだった。カドールがエスクラドスに代わった以外は予定通り進行している。

 

 ゼメキスの部隊が迫る。ハレーは、ゼメキスとの戦いに小細工は必要ないと考えていた。正面からぶつかって来るゼメキスに対し、こちらも正面からぶつかるだけだ。それが最も勝率が高いであろう。

 

 クーデターの夜はゼメキスと互角の戦いを繰り広げたハレーだが、今回の戦いはこちらの分が悪いと読んでいた。個の力に関しては絶対的な自信を持つハレーだが、長い間どこの国にも仕官せず旅を続けていたため、大軍を率いての戦闘には慣れていないのだ。対するゼメキスは、アルメキア時代、常に部隊を率いていくさの最前線に立ち続けた生粋の武人である。大軍同士の戦いでは相手に分がある。ゆえに、勝つためにはゼメキスとの一騎打ちに持ち込むのが望ましい。恐らくそれは簡単だ。こちらが一騎打ちを望めば、ゼメキスは必ず応じるであろう。あの夜の決着をつけるために。

 

 ハレーは、槍を高く掲げると。

 

「――全軍、私に続け!!」

 

 兵達に命令し、自ら先頭に立って敵部隊へ突撃した。

 

 対する敵部隊も、ゼメキス自ら先頭に立って突撃してくる。

 

 これにより。

 

 オークニー城をめぐる攻防は、開戦直後にもかかわらず、西アルメキア軍副将とエストレガレス軍総大将の一騎討ちとなったのである。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね、ゼメキス」

 

 ゼメキスと対峙したハレーは、槍を中段に構え、静かな口調で言った。西アルメキア兵とエストレガレス兵が入り乱れて激しい戦いを繰り広げる中、二人の周囲だけはぽっかりと穴が空いたように誰もいない。

 

 ゼメキスが鋭い目でハレーを睨んだ。「貴様……いつぞやの女か!?」

 

「あの時の決着を付けましょう。一対一で」

 

 ハレーが挑発的な口調で言うと。

 

「フン、望むところだ! 今度は逃がさぬぞ!!」

 

 ゼメキスは剣を抜き放った。案の定、一騎打ちに応じてきた。狙い通りだった。

 

 武器を構え、間合いを測る二人。

 

 接近戦において、己の間合いで戦うことは基本中の基本だ。槍は遠い間合いを得意とし、剣は近い間合いを得意とする。そのため、ハレーはゼメキスを近づかせないよう離れて戦うのが理想だ。

 

 しかし、ハレーは動かなかった。ゼメキスが踏み込んでくれば一気に間合いが詰まり不利になるが、それでもハレーは動かない。

 

 彼女がゼメキスとの一騎打ちに持ち込んだのにはもうひとつ目的があった。戦うのは、その目的を果たしてからだ。

 

 ハレーはゼメキスを真っ直ぐに見据えたまま言う。「それにしても、あなたがクーデターを成功させるなんて、思ってもみなかったわ。恐らく、大陸中の誰も予想できなかったでしょうね」

 

 ゼメキスは小さく笑った。「戦いの前におしゃべりか。よもや怖気づいたわけではあるまいな?」

 

「まさか。あなたに訊きたいことがあるのよ」

 

「訊きたいこと、だと?」ゼメキスは眉をひそめた。

 

「あなた、ブロノイルという魔導士を知ってるわよね?」

 

 追い求める仇の名を口にすると、ゼメキス顔から笑みが消え、目がいっそう鋭くなった。それを確認したハレーは、「アルメキア時代、あなたの周囲でその姿を見たという話を耳にしたわ」と続けた。

 

「……それがどうしたというのだ」低い声で言うゼメキス。

 

「否定しないのね。じゃあ、私の推理は正しかったってことになるわね。恐ろしいことだけど」

 

「推理だと?」

 

「ええ。あなたはブロノイルに操られている」

 

 ハレーは断言するように言った。

 

「フン! 何をバカなことを!!」

 

 ハレーの言葉を一笑に付すゼメキス。

 

 だが、ハレーは自分の考えに確信を持っていた。だから表情を変えることなく続ける。「あなたは成功するはずのないクーデターを成功させた。それは、あの戦いに全アルメキア軍、神官騎士団、魔術師団が味方に就いたから。でも、あなたにそれほどの求心力があったとは思えない。裏で誰かが動いていたと考えるのが自然でしょ? そこにブロノイルの暗躍があったとすれば、納得がいくわ」

 

「…………」

 

 ゼメキスは無言だった。あのクーデターに自分の部隊だけでなく他の騎士団が加担したことは、恐らくゼメキス自身も不審に思っていたことだろう。

 

 ハレーはさらに言う。「あなたは知らないでしょうけど、ブロノイルはレオニア女王を邪魔だと思っていた。あなたが起こしたこの戦乱にレオニアも巻き込まれたわけだけど、開戦以降、レオニアは防衛に専念し、他国に侵略しようとしなかった。ブロノイルは、いくさに積極的じゃない女王を排除するため、暗殺を試みた。幸い暗殺は阻止されたのだけど、その直後、エストレガレス軍がレオニアへ侵攻している。あの侵攻は、領土を拡大するものとしてはあまりも不自然な動きだった。でも、レオニア女王を排除するのが目的だったとしたら納得がいくわ。エストレガレスに侵略されたことでレオニアはノルガルドと併合し、結果的に女王はこの戦乱の表舞台から去ったのだから。恐らくこれも、ブロノイルの暗躍があったのでしょうね」

 

 ゼメキスは無言のままだ。ハレーの言葉を吟味しているように見えた。

 

「理由は判らないけれど、ブロノイルはフォルセナ大陸全土を巻き込んだ戦乱を望み、あなたにクーデターを起こさせた。そして、この戦乱をさらに煽ろうとしている。そのために、エストレガレスはレオニアへ侵攻させられた。全てはブロノイルの思惑通りなの。あなたが操られているということ、理解できたかしら?」

 

「フン! 戯言を!」ゼメキスは、ハレーの言葉を踏み潰すように言う。「俺は俺自身が望んでこの戦乱を起こした。レオニア侵攻はカドールの策。ブロノイルなど、関係ないわ!」

 

 ゼメキスのその言葉に、ハレーは大きく目を見開いた。

 

 ――レオニア侵攻が、カドールの策?

 

 大陸最凶のデスナイト・カドール。ゼメキスの腹心だ。レオニア侵攻がカドールの立案だとしたら、ブロノイルは関係ないのだろうか? それとも、ブロノイルとカドールが繋がっているということなのだろうか?

 

 ハレーは考えを中断した。ゼメキスが剣を振り上げ踏み込んできたのだ。腰を落とし、その攻撃を槍で受け止める。だが、あまりにも鋭く重い一撃に、後方に大きく弾き飛ばされた。なんとか体勢を立て直して着地する。

 

「……ブロノイルは関係ない、か。そうね、あなたの言う通りだわ」

 

「なに……?」

 

 ハレーは再び槍を構えた。「ここであなたを倒し、この戦乱に終止符を打つ! そうすれば、ブロノイルが何を企もうと関係ない!」

 

「ふん! やれるものならやってみるがいい!!」

 

 ハレーとゼメキスが同時に踏み込んだ。槍と剣が激しくぶつかり、火花を散らした。

 

 

 

 

 

 

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