ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第七十八話 カルロータ 聖王暦二一五年十二月上 ノルガルド/アリライム

 国境を越えた辺りから急激に気温が下がり、北から吹き付ける風には雪が混じり始めた。遠く東に連なる山々の稜線はすでに白く染まっており、これから訪れるこの国の冬の厳しさを思い起こさせた。

 

 旧パドストーの女魔術師カルロータは、街道の先にあるアリライムを前に、不思議と気分が高揚していることに気が付いた。西アルメキアの三都市同時侵攻のひとつであるアリライム戦。騎士になって一年ほどのカルロータにとってこの戦いは初陣となる。緊張や不安も無いわけではないが、それ以上に、この戦いは夢を叶える第一歩だという気持ちの方が強かった。

 

 カルロータは遠く離れた敵城に杖を向けると。

 

「あたしの魔法、見せてあげるわ!」

 

 声高に言った。

 

「敵もいないところで、なに張りきってるんだい?」

 

 後ろから呆れ声で話しかけて来たのは、旧パドストーの女騎士アデリシアだ。カルロータとは騎士養成学校からの付き合いで、今回の作戦では西アルメキア軍の総大将を務めている。

 

「これが張りきらずにいられますか。この戦いは、あたしの夢を叶える第一歩ですのよ」

 

「カルの夢ってあれだろ? 『偉大な魔法使いになって、人々に崇めてもらいたい』っていう」

 

「そうですわ。アディも、応援してくださいね」

 

「まあ、応援はするけどさ、どうもカルの夢は子供っぽいんだよね。もっとこう、具体性は無いのかい? どんな方法で、どんな魔法使いになりたいのか、とか」

 

「そんなの決まってますわ。あたしの魔法で敵を倒しまくって、みんなが尊敬する魔法使いになるのです」

 

「だから、それが具体性が無いっていうの」

 

 アデリシアは肩をすくめた。

 

「ほっほっほ。どんな形であれ、夢を持つことは良いことじゃて」

 

 後ろからさらに声がかかる。言葉は気軽だが、その声には不思議と威厳がこもっていた。カルロータとアデリシアは振り返ると、右の拳を握って左の胸に当てた。

 

 現れた騎士――旧パドストーの王コールは、二人を見て可笑しそうに笑った。「そうかしこまらずとも良い。わしは、もう王ではないからの。このいくさの総大将はそなたじゃ、アデリシア。遠慮なく命令してよいぞ」

 

「いえ、そのようなわけには……」アデリシアは困った顔で言った。

 

 アリライムへの侵攻が決まった際、初めはアデリシアとカルロータ、そして、修道女のエフィーリアで部隊を編成し出撃する手はずだった。しかし、これに異を唱えたのがコール老公だ。自分も出撃するというのである。アデリシアを始め、老公の息子であるメレアガントや君主のランスも止めたのだが。

 

「ノルガルドとは長い付き合いじゃ。一戦交えるのであれば、わしが出撃しなくてどうする」

 

 と言って、決して譲らなかった。

 

 コールはパドストーの歴史上もっとも長く王位にあった人物である。カルロータやアデリシアが生まれる前より、王として他国と接してきたのだ。旧パドストーは旧アルメキアの同盟国であり、ノルガルドは旧アルメキアの敵対国だった。当然、パドストーとノルガルドの間にはカルロータやアデリシアたちが知らない様々なことがあったであろう。だから、コールは同行を強く望み、アデリシアたちは止めることはできなかったのだ。

 

「それにしても、王でないというのは気楽なものじゃて。あとを気にせず戦えるからの」コールは髭を揺らして笑った。

 

「冗談を仰らないでください!」アデリシアが慌てて言った。「コール老公にもしものことがあれば、我が国は一大事です!」

 

「国のことはランス殿に任せてあるゆえ、安心してよいぞ」

 

 そう言って笑うコールに、カルロータとアデリシアは顔を見合わせた。

 

 兵が一人駆けつけて来て、三人の前に跪いた。「ご報告します。ノルガルドに動きがありました」

 

 アデリシアとコールの表情が引き締まった。アリライム城から敵が討って出たのだろうか? カルロータは城を見たが、ここから見る限り特に変化はない。

 

 兵は続けた。「アリライム城に動きはありません。ここからは遠く離れておりますが、東のジュークス城よりノルガルド軍が出陣し、エストレガレス領リドニー要塞へ侵攻した模様です。兵は約十万。率いるのは、白狼王ヴェイナードとのことです」

 

 リドニー要塞はノルガルドとエストレガレスの国境を流れる大河の中州に建つ天然の要塞だ。ノルガルドが開戦前からリドニー攻略部隊を編成しているという情報は西アルメキアでも掴んでいたが、様々な事情があり何度も延期していたようだった。

 

「ついに白狼も動いたか」コールが髭をさすりながら言った。「これは、面白くなってきたわい」

 

「やはり、ノルガルドの主力はエストレガレスに向けられていますね」と、アデリシア。「アリライムへ援軍が駆けつける可能性は低いでしょう」

 

 西アルメキアとノルガルドは、開戦後まだ剣を交えていない。ノルガルドの主力はほとんどがエストレガレスとの国境に集められており、アリライムはかなり手薄と言って良かった。ノルガルドも西アルメキアからの侵攻を考えていないわけではないだろうが、今は西端の城を失ってでも帝国へ進軍すべきと判断したのだろう。こちらにすればまさに攻め時だ。

 

「では、そろそろ出撃と行くかのう」コールが言った。「まあ、安心せい。わしはもう王ではないとは言え、老いた身じゃ。後方からの援護に専念し、戦いは若いそなたらに任せた」

 

「はい、お任せください」

 

 二人はもう一度右拳を左胸に当てる。コールは同じ仕草を返すと、言葉通り後方へ下がった。

 

「――さてと。それじゃあサクッと城を落としちゃいますか」

 

 コール老公が下がり緊張が解けた声のアデリシアは、槍をくるくると回しながら前に出た。

 

「それはいいんですが」カルロータはアデリシアのお尻を指さした。「さっきからずっと気になっているんですけど、なんですの? それは?」

 

「これかい? カワイイだろ?」アデリシアはお尻を突き出した。ズボンお尻の部分にクマのアップリケが付いている。「この前の戦いでズボンが破れちゃってさ、エフィーに繕いを頼んだら、付けてくれたんだ。いいだろ」

 

「……それ、絶対エフィーのイヤがらせですわよ?」

 

「なんでさ? こんなにカワイイのに」

 

 嬉しそうにお尻を振るアデリシア。四捨五入すればすでに三十になる歳の女が、お尻にクマのアップリケを付けて喜ぶ姿は痛々しいとしか言いようがない。

 

「……まあ、気に入ってるのなら別にいいんですけど」カルロータは仕方なしに言った。

 

「なんだよ? 変なヤツだな」

 

 その尻であたしを変なヤツと言うのか。カルロータは心の中でため息をついた。

 

「それじゃ、いっくよー!」

 

 アデリシアは上機嫌で槍を掲げると、お尻のクマをフリフリしながらアリライム城へ突撃していった。あれでは兵全体の士気にかかわるのではないだろうか。それとも、敵兵を混乱させるための高度な作戦か。

 

 不安は尽きないが、これは初陣。つまらないことを気にしている場合ではない。カルロータはぱんぱんと両頬を叩いて気を引き締め直すと、自分の部隊へ号令をかけ、アデリシアに続きアリライム城へ突撃した。

 

 

 

 

 

 

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