ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第七十九話 ヴェイナード 聖王暦二一五年十二月上 エストレガレス帝国/リドニー

 ノルガルドとエストレガレス帝国の国境を沿うように流れる川・アルヴァラード。フォルセナ大陸で最も流域面積が広いこの川の中州に、エストレガレス帝国の要塞リドニーがある。中州へ続く橋は大人が横に四人並ぶのがやっとという狭さで、大軍の進行は困難を極める。リドニーを攻めるには、水兵や高空部隊を多く編成する必要があり、フォルセナ大陸の数ある城の中でも屈指の守りの堅さで知られていた。

 

 川の北、ノルガルド側の陸地には、多くの兵やモンスターが控えていた。川辺には大小さまざまな舟があり、モンスターは、マーマンやリザードマン・ヒュドラなど水上・水中での行動を得意とするモンスター、そして、シルバードラゴンやロック・ワイバーンなど、空を飛ぶモンスターが中心だ。川の中央、エストレガレス側の中州にも、同様の兵やモンスターが控えていた。

 

 ノルガルドが開戦前より準備を進めていたリドニー侵攻が、間もなく始まる。

 

 中州と北の陸地を繋ぐ橋の中央で、ノルガルドの白狼王ヴェイナードは、一人、敵将が現れるのを待っていた。戦闘が始まる前に両軍の騎士同士が言葉を交わす儀式・戦義である。今回の作戦でノルガルド軍の総大将を務めるヴェイナードは、同じくエストレガレス軍の総大将を指名した。断られることも覚悟していたが、敵将は応じた。

 

 橋の向こうから人影が近づいて来る。戦義の相手だが、その姿は『将』と呼ぶにはあまりにもはかなげな姿だった。薄い緑の修道服を着た女性。頭のベールは髪だけでなく首から胸元までも覆い、肌の露出を極力抑えている。わずかに覗く肌は顔と両手のみで、雪のごとく白く、そして、冷たい印象を受ける。これからいくさが始まるにもかかわらず、その表情に戦意のようなものは感じられない。顔に浮かぶのは、悲しみや嘆きといった負の感情だ。それでいて、確かな麗しさがある。

 

「しばらくぶりです、ヴェイナード」

 

 ノルガルド王ヴェイナードの実姉にしてエストレガレス帝国皇帝ゼメキスの妻・エスメレーは、静かな口調で言った。

 

「……お久しぶりです、姉上。お変わりないようで、何よりです」

 

 そう応えたものの、ヴェイナードは姉の表情が以前より陰りが増したことに気が付いていた。

 

「あなたの活躍は()()()でもよく耳にします。立派な王になられたようで、姉として、誇らしく思います」

 

 抑揚のない口調で話すエスメレー。感情のありかが判らないが、少なくとも弟との再会や成長を喜んでいるようには見えなかった。何より、姉がエストレガレスのことを『我が国』と呼んだことが、ヴェイナードを落胆させた。

 

 だから。

 

「姉上、ノルガルドにお戻りください」

 

 余計な話はせず、想いを単刀直入に伝えた。

 

「それはできません」

 

 対する姉の言葉も真っ直ぐだった。

 

「なぜです? 見たところ拘束もされていなければ監視さえされていない。この橋を渡ればもうノルガルドです。たとえ敵が姉上を奪い返しに来ても、私が必ず護ってみせます。それとも、何か戻れない理由がおありなのですか?」

 

「わたくしは自らの意思でエストレガレスにいるのです、ヴェイナード」

 

 エスメレーの言葉は短く、しかし、これ以上は無いほどに胸の内を言い表していた。

 

「なぜです! ゼメキスがいるからですか!?」

 

 ゼメキスの名を口にした瞬間、ヴェイナードは大きく目を見開いた。「まさか姉上、あの男を愛しているなどと言わぬでしょうね」

 

「愛などありません」迷いなく言うエスメレー。「しかし、わたくしはあの人についていかねばなりません」

 

 意味が判らなかった。敵であり、愛してもいない男に、なぜ姉はついて行かねばならないのか。事情は判らないが、とにかく姉が敵国に残るのはゼメキスが原因であることには違いない。

 

「では先にゼメキスの首を上げて見せましょう。それで、姉上が思い悩む必要はなくなります」

 

「あの人を傷つける者は許しません。ヴェイナード、たとえそれが、あなたであっても」

 

 その言葉と同時に、エスメレーの目に、初めて『将』としての強さが宿った。

 

「……姉上!?」

 

 対するヴェイナードの目に映ったのは絶望だった。姉は、実弟よりもゼメキスを選んだのだ。二十年近く共に過ごした肉親よりも、敵国の王――このフォルセナ大陸に戦乱を巻き起こした男を選んだのだ。エスメレーの言葉と目は、そのことを容赦なく伝えていた。

 

 そして、姉は。

 

「別れの時です、ヴェイナード」

 

 訣別の言葉を口にする

 

「姉として、最後の言葉を伝えます。あなたはノルガルドの王。王として、情に流されず、成すべきことを成しなさい」

 

 その言葉を最後に。

 

 エスメレーは踵を返し、エストレガレスへと歩きはじめる。

 

「それが……それが姉上のご意志なのですか!?」

 

 ヴェイナードは叫んだが、エスメレーは振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 ヴェイナードは、一人、自軍の陣地へ戻った。軍師グイングラインをはじめとする多くの部下が心配そうな表情で迎える。

 

「……ヴェイナード」

 

 グインが何か言いかけたのを、ヴェイナードは手のひらを向けて制した。「言うな、グイン。全ては、初めから覚悟していたことだ」

 

「……御意」

 

 グインは右拳を左掌で包むと、静かに下がった。

 

 ヴェイナードは、兵たちの前に立つ。

 

 姉は、エストレガレスに残ることを選んだ。弟と戦うことを選んだ。

 

 ならば、こちらも戦うしかない。

 

 ヴェイナードは腰に携えた剣を抜き、頭上高く掲げた。

 

「予はノルガルド王ヴェイナード! その名にかけて、帝国皇帝の……妻、エスメレーを……討つ!!」

 

 兵たちに檄を飛ばす。兵たちは、王の檄に応え、歓声と共に武器を掲げた。

 

 

 

 だが――。

 

 

 

 王の檄に迷いが含まれていることは、誰の耳にも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

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