ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第八十一話 シュスト 聖王暦二一六年一月上 カーレオン/ソールズベリー

 カーレオンが昨年六月にエストレガレス帝国より奪い取った城・ソールズベリー。その会議室で、カーレオンの騎士で拳闘士のシュストは、同じくカーレオンの騎士で魔術師のシェラと二人でお茶を飲んでいた。一月だというのに暖かな日が続いている。大陸の南部に位置するカーレオンは元々穏やかな気候の国だが、ここ数日は南から暖かい風が吹き、一足早く春を迎えたような陽気だ。北のノルガルドはこの時期国中が雪に埋もれるという話だが、ここでこうしてお茶を飲んでいると、そんな話は都市伝説のように思える。シュストとシェラはお茶を飲み干すと、同時にほっと一息ついた。

 

「――いやいやシェラ殿。落ち着いている場合ではありませんぞ」シュストは表情を引き締めて立ち上がった。「フォルセナ大陸全土を巻き込んだ戦乱は、ますます混乱を極めています。我が国の最前線であるこのソールズベリーが、こんなにのんびりしていて良いのですか?」

 

「あら? 別によろしいのではありませんか?」シェラは空になった湯呑にもう一杯お茶を注ぐ。「敵が攻めてくる気配はありませんし、会議と言っても、話すことも特にありませんし」

 

「しかし、南のハーヴェリーは、先日イスカリオからの攻撃を受けました。防衛はできましたが、ヤツら、またいつ攻めるか判りませんぞ?」

 

「そうは言っても、今のわたくしたちにできることはありませんからね。いくらこのソールズベリーに敵が攻めてくる気配がないと言っても、ここを離れて援軍に行くわけにもいきませんし。まあ、ハーヴェリーはカイ様とディナダン殿が守備に就いてますから、滅多なことでは落ちないでしょう」

 

 カーレオンの君主であるカイは大陸一の魔術師と噂されており、カーレオン騎士団長であるディナダンは大陸一の剣士と噂されている。この二人が戦場に出れば、隙はほぼ無いと言って良いだろう。

 

 シェラはゆっくりとお茶をすすった。「カーレオンは、フォルセナ大陸ではどちらかといえば小国ですのに、大陸一の魔術師と剣士がいるんですから、よく考えたら不思議ですわね。ひょっとしたら、カイ様がちょっと本気を出せば、大陸制覇なんて簡単なのかもしれません」

 

「ですから、のんきに茶飲み話をしている場合ではありません。同盟国である西アルメキアは、先月、三都市同時侵攻を行いました。北のノルガルドもリドニーへ侵攻したと聞きます。すぐそこのアスティンでは、帝国とイスカリオが連日激しい攻防を続けています。なぜ我らだけが、こうものんびり過ごしているのですか?」

 

「なぜ、と言われましても、いまシュストさんがご自身で言われたことが理由でしょう」

 

 シェラは湯呑を脇にどけると、机の上にフォルセナ大陸の地図を広げた。「帝国は、北西のオークニーと西のエオルジア、そして、北のリドニーを攻められました。帝国の主力のほとんどが、この三都市に集結しているワケです。ですから、南部はかなり手薄な状態になっています。その南部でも、イスカリオがアスティンを連日攻めるものですから、防衛に徹するしかありません。アスティンは元々イスカリオの領土ですから、奪還しようと必死なのですよ。よって、帝国もイスカリオも、我が国に構っている余裕が無いのです」

 

「では、なぜハーヴェリーはイスカリオの侵攻を受けたのです?」

 

「それは正直わたくしにも予想外でしたが……まあ、イスカリオの国王は変人ですからね。アスティン攻めに飽きて、気まぐれに我が国を攻めたのかもしれません」

 

 帝国領であるアスティンには、十月までデスナイト・カドールと剣聖エスクラドスが守備に就いていた。二人とも『帝国四鬼将』に数えられる強者である。そして、イスカリオの王ドリストは、強い者と戦うことを何よりの喜びとしているらしい。それだけのためにこの大陸の戦乱に参加したという話もある。特に、アスティン攻めではカドールと何度も激しい戦いを繰り広げたそうだ。

 

 だが、オークニーやエオルジアなど帝国北西部の戦闘激化に伴い、カドールもエスクラドスも北西の城へ移動することになった。ドリストがアスティン攻めに興味を失い、逆にナイトマスター・ディナダンが守備に就くハーヴェリーに目を付けたというのも、十分ありうる話だ。

 

「まあ、戦況はめまぐるしく変わりますからね」シェラはまた湯呑を持った。「今はこうしてのんびり過ごせていますが、明日には敵国から攻められて、忙しくなるかもしれません。だったら、今のうちにのんびり過ごしておきましょう。休める時に休むのも、騎士の大事な務めです」

 

「いやいやいや、そのようにのんきに構えていては、この戦乱の時代、生き残ることはできませんぞ。帝国南部の守備が手薄になったのなら、こちらから攻める絶好の機会ではないですか。今のうちに、我が国の領土を拡大すべきです」

 

「それをわたくしに言われてもどうにもなりませんよ。わたくしにそんなことを決める権限はありませんからね。作戦を決めるのはカイ様です。今度カイ様が来られた際に直談判されてみても良いですが、まあ、許可されないでしょうね。今の我が国の騎士には、そこまで余力がありませんから」

 

「いえ、新たに仕官した騎士が数人いると聞きましたぞ」

 

 昨年八月、ミリアという旅の画家がカーレオンに仕官した。カイの妹であるメリオットの友人らしい。そのミリアは大陸各地にルーンの加護を受けた知り合いがいるらしく、先日、新たに二人の騎士を連れて来たそうだ。

 

「その話はわたくしも聞きましたが、前線であるこの城に派遣されていないということは、まだまだ戦力としては数えられない、ということでしょう」

 

「一人は旧アルメキアの神官騎士団に属していたという話ですが」

 

「アルメキアの神官騎士団の方なら、なおのことこの城には来ないでしょうね。わたくしたちの知らない旧アルメキアの内部事情に詳しいでしょうから、カイ様から、徹底的に情報を引き出されるはずです」

 

「では、我らに今できることは、特に無いと?」

 

「そういうことですわね。まあ、来るべき時に備え、身体を鍛えるくらいでしょうか」

 

 そう言うと、シェラは二杯目のお茶も飲み干した。納得のいかないシュストだったが、シェラの言うことはもっともである。二人は王より直々にこの城の守備を任されている。やることがないからと言って勝手に動くのは騎士道に反する。仕方なく訓練場に向かおうとしたシュストだったが。

 

 バタン、と会議室のドアが開き、兵が一人入って跪いた。「急報です! 南東のザナスよりイスカリオ軍が出撃し、このソールズベリーへ進軍しているとのことです」

 

「なにぃ! ついに来たか!」シュストは手のひらに拳を打ち付けた。

 

 のんきに構えていたシェラの表情も一気に引き締まる。「敵将に関する情報は入っていますか?」

 

「はい! 総大将は狂王ドリスト、他、キラードール・イリアや、狂戦士バイデマギスなど、イスカリオで名のある騎士が参戦しております!」

 

「ぬおお! 狂王自らお出ましとは! 腕が鳴るぜ! シェラ殿! すぐに迎撃の準備をしますぞ!」

 

 はやる気持ちを抑えられないシュストは、すぐに部屋を出て行こうとした。シェラも席を立つ。

 

 しかし。

 

「いえ、出撃はしません。すぐに撤退の準備を。我々は、ハーヴェリーまで下がります」シェラは、落ち着いた口調で言った。

 

「バカなッ!!」と、シュストは振り返った。「戦わず撤退などしては、陛下に合わす顔がありませんぞ!!」

 

「大丈夫です。他ならぬ、陛下の御命令ですから」

 

「なんですと!?」

 

 シェラは懐から一通の封書を取り出した。すでに開封されているが、裏には、しっかりとカーレオンの紋章で封をされていた形跡がある。それはつまり、王命であることを意味する。

 

 シェラは封書の中身を取り出し、シュストに見せた。「『ソールズベリーがイスカリオ王ドリスト率いる部隊の侵攻を受けた場合、決して戦わず、すみやかに撤退せよ』との厳命です」

 

「それは、城を明け渡せということですか!? なぜ陛下はそのような御命令を!?」

 

「さあ? そこまでは書かれてありませんが、まあ、カイ様のことですから、何か、深いお考えがあってのことでしょう」シェラは封書を元に戻し、また懐に収めた。「と、言うことですので、わたくしは撤退いたします。シュスト殿、出撃すれば、命令違反になりますわよ?」

 

 命令違反と言われ、シュストは「ぐぬぬ……」と唸った。「納得いきませんが、俺はカーレオンの騎士。陛下の御命令とあらば、しかたありません」

 

「結構です」シェラは視線をシュストから跪いている兵に向けた。「すぐに、全軍に撤退の旨を伝えてください。これは王命です。決して反することのないように、と、念を押してくださいね」

 

「はッ! かしこまりました!!」

 

 兵はもう一度頭を下げると、入って来た時と同じ勢いで出て行った。

 

 

 

 

 

 

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