ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第八十二話 エライネ 聖王暦二一六年一月上 ノルガルド/フログエル

 ノルガルドの首都フログエルの王城の最も奥まった一角に、ひときわ警備の厳しい部屋がある。その部屋に行くことが許可された者はごくわずかだ。部屋へ続く廊下や周辺一帯は多くの兵で警備され、入室を許可された者も警備兵から何度も厳しいチェックを受ける必要がある。さらに、その部屋は扉の前に二人、室内に一人の計三人で警備されているが、いずれもルーンの加護を受けた騎士である。開戦以降ノルガルドの戦線は拡大し続け、前線では騎士が何人いても足りないほどの状況にありながら、戦場から遠く離れた王城内で貴重な騎士を三人も護衛に就けるのは異例とも言えた。王ヴェイナードやブランガーネ姫の部屋ですらここまで厳重な警備はされていない。

 

 ノルガルドの新米騎士エライネは、部屋の外に設置された椅子に緊張した面持ちで座っていた。あまり物事に動じない性格のエライネだが、ここはどうにも居心地が悪い。

 

 扉の前には二人の騎士が立っている。いずれも前王ドレミディッヅ時代からノルガルドに仕えており、現王からも信頼が厚い騎士である。二人ともまっすぐ正面を見据えて立っているものの、注意は常にエライネの方に向けられている。もしここで少しでも不審な動きをしようものなら、たちどころに取り押さえられるだろう。エライネはノルガルドの重臣ロードブルの一人娘で、護衛の騎士とも顔見知りだが、それはこの場では関係ない。相手が何者であろうと警戒は怠らない。それが、護衛騎士の務めなのだ。

 

 部屋の扉が開いた。護衛騎士は一歩横に下がり、中から出てきた人物に道を譲った。エライネは椅子から立ち上がり、出てきた人物を出迎える。

 

「――ブランガーネ様。ご面会は、終わりましたか?」

 

 部屋から出てきたブランガーネは「ああ」と頷き、「……まったく。たかだか数刻の面会に、手間をかけ過ぎだ」と、不機嫌な口調で言った。

 

「それは仕方ありませんわ。この部屋にいらっしゃるリオネッセ様は、ヴェイナード陛下の后になられる方。この国の王妃様なのですから」

 

「フン。ただの政略婚だ。王妃など形だけのもの。これほど厳重に警備する意味があるものか。それに、あやつもルーンの加護を受けた騎士。自分の身は、自分で護ればよかろう」

 

「そういう訳にはいきませんよ。なにやら、得体のしれない刺客に狙われているらしいですし。それに、ブランガーネ様も、リオネッセ様の身を案じていらっしゃるからこそ、何度も面会されているのでしょう?」

 

「バカバカしい。誰があやつの身など案じるものか。くだらぬことを言ってないで、帰るぞ」

 

「はい。申し訳ございません」

 

 エライネはペコリと頭を下げると、ブランガーネの後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 エライネは、ヴェイナードが王になった後仕官した騎士だ。昨年九月、当時レオニアとの国境だった東のハンバー城の守備に就き、ブランガーネの指揮下に入っていた。とは言え、今だ戦闘の経験はなく、仕事はもっぱらブランガーネの世話を焼くことである。言わば侍従のようなものであり、ルーンの加護を受けた騎士がやる仕事ではない。そもそも前王ドレミディッヅの娘であるブランガーネには本来多くの侍従がいるのだが、気性が荒いブランガーネは些細なことで怒鳴りつけたり、あるいは物を投げて暴れたりするため、彼女に仕える侍従は耐えられずすぐにやめてしまうのだ。

 

 ブランガーネはエライネに対してもすぐに怒鳴ったり暴れたりするのだが、エライネはこのテの人物の扱いには慣れており、特に苦痛には感じていなかった。なぜなら、彼の父であるロードブルもまた、ブランガーネと同じような性格だったからである。さすがに暴れて手を上げたりすることはないものの、些細なことで怒鳴ったり、机や壁を叩いて威嚇することはしょっちゅうであった。母親が流行り病で早くに亡くなったため、エライネは十歳の頃よりこの父の世話をしていた。家に帰ると仕事の愚痴ばかりこぼす父を、時には励まし、時には聞き流し、時には叱ったりするうちに、上手く父をコントロールできるようになったのだ。この経験が、ブランガーネの下に就いてから発揮されているという訳である。

 

 この功績(?)が認められ、エライネはノルガルドの重臣達より、ブランガーネ専属護衛騎士を任命されたのである。

 

 仕官後わずか一年ほど女性が王族専用の護衛騎士に任命されるのは、ノルガルド始まって以来の快挙である。いかにその実態がただの侍従であろうと、エライネは、男尊女卑の考え方が根深く残るノルガルドに、大きな一石を投じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 入る時同様のチェックを出る時も受け、散々不満を漏らすブランガーネを適当に諌めながら、エライネとブランガーネは元レオニア女王リオネッセの居住区を後にした。外へ通じる廊下を歩く二人。と、正面から近づいて来る人影に、エライネははっとなる。そして、その人物に見えないようさっとブランガーネの陰に隠れると、髪型や服装に乱れが無いかを確認し、さっと飛び出して廊下の脇で頭を下げた。

 

「……お前、(わらわ)のことを盾か何かと思っておるのか?」怒りよりも呆れが勝る声のブランガーネ。

 

「お控えください姫様。陛下の御前ですよ?」

 

「ふん。あやつ相手に、控える必要など無いわ」

 

 ブランガーネは視線を正面から来る人物――白狼王ヴェイナードに向けた。

 

「――これはブランガーネ姫。ご機嫌麗しゅう」

 

 ヴェイナードは小さく頭を下げたが、ブランガーネは何もしなかった。これではどちらが王か判らないわね、と、エライネは内心呆れる。

 

 ヴェイナードは頭を上げた。「フログエルで何をされているのです、姫? 姫は、ハドリアンの守備に就いているはずでは?」

 

 ハドリアンは、フォルセナ大陸の南東にある砦だ。南北を険しい山に挟まれた狭地にあり、大陸でも屈指の守りの堅さを誇る拠点である。かつてはレオニアとイスカリオの国境地帯であったが、現在は勢力を伸ばしたノルガルドとエストレガレス帝国の国境地帯となっている。

 

「どこにいようと妾の勝手だ。そなたには関係ない」ブランガーネは挑発的な口調で言った。

 

「そうはいきません。勝手に持ち場を離れては作戦に影響しますし、いつかのように、また命を狙われてはたまりませぬからな」

 

 いつかのように、というのは、昨年の七月下旬のことである。このとき、ブランガーネはいつまでたっても出撃命令を出さないヴェイナードに腹を立て、兵を率いて持ち場を離れ、フログエルの王城へ迫った。そして、己の力を示そうと、王に決闘を挑んだのである。これ自体は王のはからいにより不問に付されたが、ブランガーネの部隊が持ち場を離れた隙に、ハンバーはレオニアから攻められることとなった。

 

「そなた……まだそのことを言うか!」

 

 喧嘩腰の口調になるブランガーネ。このままではまた厄介なことになりかねない。そう思ったエライネは。

 

「ブランガーネ様は、リオネッセ様を訪ねておられたんですの」

 

 と、言った。王族二人が話している時に一騎士が口を挟むなど不敬に当たるが、エライネは気にせず続ける。「レオニアの併合以降、姫様は、リオネッセ様のことを大層心配されておりまして」

 

 ブランガーネが、キッ! っとエライネを睨んだ。「貴様、余計なことを言うでない!」

 

「はい、申し訳ございません」

 

 さらっと受け流すエライネ。ブランガーネの怒りの矛先がエライネに向いたおかげで、なんとか厄介な事態にならずにすんだ。

 

 ブランガーネはヴェイナードに視線を戻す。「言っておくが、勝手に動いたわけではないぞ? グイングラインの許可はとってある」

 

 現在ブランガーネが守備に就いているハドリアンの西には、アスティンという城がある。本来はイスカリオの領土だが、現在はエストレガレス帝国が支配している。このアスティンを取り戻そうとイスカリオは連日侵攻しており、帝国は防衛に徹していた。

 

「今の帝国にハドリアンを攻めるメリットは皆無と言って良いだろう」ブランガーネが言った。「仮に攻めて来たとしても、妾の兵は部下に任せてある。ハドリアンの守りの堅さを考えれば、部下でも十分防衛できるはずだ。万が一防衛できなかったとしても、北のグルームまで下がれば、被害は最小限で済む」

 

「……と、これらはグイングライン様の判断ですけどね」また口を挟むエライネ。

 

「だから、貴様は余計なことを言うな!」

 

「はい、申し訳ございません」

 

 エライネはまたさらっと受け流した。

 

「そういうことなら、まあ良いでしょう。しかし、油断は無きようお願いします。敵は国外ばかりではありません。国内にも、不穏な動きがありますからな」

 

「『レオニア解放軍』のことか?」ブランガーネは腕を組んだ。「その話は聞いている。まだ『軍』などと呼べるほどのものではないがな」

 

 ノルガルドとレオニアの併合は、レオニアの民にも受け入れられている。昨年末の帝国の侵攻によりレオニアは重大な危機に陥ったが、ノルガルドが援軍を送ったことで危機を脱した。レオニアはノルガルドによって救われたため、併合もやむなしと考える民がほとんどなのだ。しかし、それを快く思わない者もいる。最近になって、併合に反対する者たちが集まって過激な行為に及び、事件に発展する例が多発していた。それが『レオニア解放軍』である。調査が進んでいないため実態はまだ把握できていないものの、旧レオニアの騎士が関わっているとの情報もある。解放軍と名乗ってはいるが、規模はまだ小さく、騎士と一般兵を合わせても百人程度の集まりと見られている。しかし、ノルガルド軍の補給部隊を襲ったり、前線での戦闘に備え召喚したモンスターを野に解き放ったりと、各地で少なからず被害が出ているため、軽視できない存在となりつつあった。

 

「妾の方でも調査を進めているゆえ、実態はすぐ明らかになろう。まあ、所詮は賊程度の襲撃しかできぬ連中だ。すぐに片がつく。それより、そなたの方こそ油断するでないぞ?」

 

「ほほう? 姫が私の身を案じてくれるとは、嬉しいですな」

 

「たわけめ。誰がそなたの心配などするか。あやつのことだ」ブランガーネは廊下の奥を指さした。リオネッセの居住区がある方向だ。「レオニア解放軍とやらは、女王のことを『レオニアをノルガルドに売り渡した魔女』などと言い、命を狙っているそうではないか。女王を暗殺されでもしたら、旧レオニアの民も黙っていないぞ。ヘタをすれば暴動が起こる」

 

「ご心配なく。そのために厳重な警備をしいておりますので」そう言った後、ヴェイナードは小さく笑った。「しかし、姫がリオネッセ妃を心配しておられるとは意外でした。以前は、王の素質は無い、軟弱者、などと仰り、嫌っておりましたのに」

 

 王のこの言葉に、姫様はまた喧嘩腰の口調で返すのでは……と、エライネは心配したが。

 

「あやつはレオニアという国を守れなかった。その点において、王の素質は無かったと言わざるをえまい」

 

 意外にも、ブランガーネは落ち着いた口調で話す。「しかし、あやつは――リオネッセは、レオニアがエストレガレスに侵攻された際、敵国であるノルガルドに頭を下げ、己の命を差し出す覚悟で我らに助けを求めた。リオネッセは国を守れなかったが、レオニアの民は守ったのだ。その点は、見事であったと言う他ない。妾も学ぶべきところがあると思ってな。いろいろと話をしているのだ」

 

 ヴェイナードは、「ほう」と、感心したように頷いた。「姫も、精神的に成長されましたね。喜ばしいことです」

 

「妾のことはどうでもよい。それより、そなたはどうなのだ? リドニーでの失態、どう責任を取るつもりだ?」

 

 ブランガーネの言葉に、ヴェイナードの顔から笑みが消えた。

 

 先月、ノルガルドはかねてより準備を進めていた帝国領リドニー要塞侵攻作戦を決行した。この作戦は、事前の徹底した模擬戦で九割以上の勝率を出し、ヴェイナードも自信をもって挑んだのだが、わずか一日で撤退するという大敗を喫した。その原因は、リドニーにヴェイナードの実姉であるエスメレーが守備に就いたからだ、と、兵たちの間で噂されている。恐らくそれは間違いのないところであろう。姉の出現にノルガルド軍の総大将であるヴェイナードが動揺し、結果、指揮系統が大いに乱れたのだ。

 

「あれほど大口を叩いておきながらこの失態。姉が戦場に現れただけで平静を失うなど、将としてあってはならぬこと。そなたはノルガルドの恥だ!」ブランガーネは厳しい口調で言った。

 

「お黙りなさい姫様! 言葉が過ぎます!!」エライネがまたまた口を挟む。

 

 またまたエライネを睨むブランガーネ。「貴様は誰の味方なのだ!」

 

「もちろん、ヴェイナード陛下です!!」

 

 ためらうことなく答えたエライネに、完全に毒気を抜かれてしまったブランガーネは。

 

「……誰だ、このような者を妾の護衛に就けたのは」

 

 と、あきれ果てた口調で言った。

 

「リドニー侵攻の件は、返す言葉もございません」ヴェイナードは、目を伏せて言った。「現在、兵力の再編を行っております」

 

 ブランガーネは腕を組んだ。「フン。再編したところで、エスメレーがリドニーの守備に就いている限り、結果は同じではないのか?」

 

「ご安心を。次回のリドニー侵攻は、他の者に任せます」

 

「なに?」

 

「誰に任せるかはまだ決めておりませんが、恐らく、グインかモルホルトが指揮を執ることになるでしょう。姫にも出撃をお願いするかもしれませんので、その時は、よろしくお願いします」

 

「……そなたはどうするのだ」

 

「私はソレスタンに向かいます。西アルメキアが侵攻してきておりますゆえ」

 

「ソレスタン!? 西の端ではないですか!?」エライネが声を上げた。「陛下がそのような僻地に配置されるなんて、不当です!! 許せません!!」

 

「妾はソレスタンどころではない僻地に配置されておるが、それは許すのか?」と、ブランガーネ。

 

「陛下は陛下、姫様は姫様です!」

 

「どういう理屈だ、それは」

 

 ヴェイナードは自嘲気味に笑った。「リドニーでの失態を考えれば、当然の処置です。それに、侵攻してきた西アルメキア軍には、旧パドストーのコール老王が入っているとか。ならば、我が国も王自ら出向き、歓迎せねばなりますまい」

 

「フン。まあ、今のそなたにはお似合いだ。せいぜい僻地で反省してくるのだな」

 

「はい。では、失礼いたします」

 

 ヴェイナードは軽く頭を下げると、執務室の方へ歩いて行った。

 

 エライネは王の背中を見つめながら、祈るような格好で両手を組んだ。「陛下、おかわいそうに。あんなに一生懸命されてましたのに……」

 

「お前は何様のつもりだ」

 

 後ろでブランガーネが言ったが、エライネは無視し。

 

「陛下、ここが頑張りどころですわ!」

 

 両手で拳を握り、ブンブンと振って応援した。

 

「……おい。誰か、この者をどうにかしろ」

 

 ブランガーネは誰ともなしに言った。

 

 

 

 

 

 

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