ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

85 / 165
第八十五話 コール 聖王暦二一六年一月下 西アルメキア/アリライム

 旧パドストーの老王にして現在は西アルメキアの一騎士であるコールは、ノルガルド領から西アルメキア領となったアリライム城の北門をくぐり外へ出た。降り続く雪と冷たい風に思わず身を震わせる。夜明けとともに降り始めた雪は周囲一帯の平原を覆いつつある。アリライムはノルガルド領の中では比較的気候は穏やかだが、冬が深まると雪に埋もれるのは避けられない。そして、戦場に降り積もった雪は、確実にノルガルド軍を有利にする。北国ノルガルドの民は雪の中での生活に慣れている。当然、雪の中での戦闘もお手のものだ。ノルガルドとの戦いは、この雪と風のごとく厳しいものになるだろう。

 

 北東へと延びる街道の先には巨大な槍斧を携えた騎士が待ち構えている。そのはるか後方には五万の兵が布陣しており、開戦の時を待っていた。コールは一人、待ち構えている男のもとへ向かう。戦場で開戦前に騎士同士が言葉を交わす儀式・戦義である。今回はノルガルド側の騎士がコールを指名し、コールはそれに応じたのだ。戦義は必ずしも応じる必要は無いが、あの男からの指名とあれば、応じないわけにはいかなかった。

 

 槍斧の男の前に立ったコールは小さくため息をついて言った。「白狼か……ただでさえ寒さが身に染みておるのに、この上野獣の相手をするのは、老体には堪えるのう」

 

 槍斧の男――ノルガルド王ヴェイナードは、コールに向かってわずかに頭を下げた。「お初にお目にかかります、コール公。もっとも、先王からさんざん愚痴を聞かされておりましたので、あまり初対面という気はしませんが」

 

「ドレミディッヅの小僧か。あやつも憎たらしいヤツであったが、死ぬには少し早すぎたよのう」コールは髭をさすりながら言った。

 

 ノルガルドの先王ドレミディッヅはいくさ好きの男だった。王でありながら王宮に留まることはなく、常にいくさの最前線に立ち続け、旧アルメキアとの戦いに明け暮れた。アルメキアと同盟国であったパドストーも幾度となくドレミディッヅの標的となった。コール自身は戦場に立つことはなかったため面識こそないが、当時はその名を聞くだけで頭が痛くなる存在だった。しかし、聖王暦二一四年二月。ドレミディッヅはアルメキア領リドニー要塞をめぐる戦いでゼメキスとの一騎打ちに敗れ、この世を去った。

 

 ヴェイナードは一度頷いた後言った。「先王のいくさ好きには我らも困り果てておりましたが、ノルガルドにとっては必要な存在でした。戦乱の世となった今こそ、その力を発揮できたでしょうに。ご存命であれば、我らも心強かったのですがね。もっとも、先王の死があったからこそ私は王となることができた。結果ノルガルドが安泰となったのですから、むしろこれで良かったのかもしれません」

 

「ほほう? それは、どういう意味かの?」

 

「先王は武将としては優れておりましたが、王には明らかに不適格な方でした。百万の兵をもってしても滅ぼせぬ大国も、一人の暗君によって滅びることもありますからな」

 

 コールは髭を揺らして笑った。「ほっほっほ。噂通りの男じゃな、そなたは。大きな自信と、そして野心。じゃがな、白狼。大きすぎる自信と野心は危険じゃ。闇に飲まれ、そなた自身が暗君となるやもしれぬぞ?」

 

「そうなれば私がそれだけの男だったということ。しかし、私よりも、コール公こそ気を付けた方がよろしいでしょう」

 

「なに?」

 

「聞けば、パドストーの全権を旧アルメキアのヘンギスト王のご子息に譲られたとか。此度の我が国への侵攻も、その者の発案と伺っております。愚王の子の言いなりでは、国の行く末が心配です。実際、そちらの作戦は失敗に終わっているようですし」

 

 ランスが発案した三都市同時侵攻作戦は、アリライムとエオルジアへの侵攻は成功したものの、オークニーへの侵攻は失敗に終わった。オークニー城の守備に就いていた剣聖エスクラドスの前に、西アルメキア軍の総大将メレアガントと副将ゲライントが破れたのだ。

 

 だが、西アルメキア側は、これを作戦の失敗とはとらえていなかった。

 

「ほっほっほ。案ずることはない。確かにオークニーは落とせなかったが、あの三都市同時侵攻作戦、もとよりすべてうまく行くとは思っておらん。アリライムとエオルジアを落としただけでも、成果としては十分よ。負けることも、想定の範囲内じゃて」

 

「そうでしたか。それは何より」

 

 白狼は小さく笑った。

 

 オークニーを落とせなかったのは想定の範囲内。それは間違いない。

 

 しかし。

 

 ――もっとも、我らの要請にカーレオンが動かず、逆にイスカリオにソールズベリーを奪われたのは、完全に想定外であったがのう。

 

 コールは胸の内で苦笑いした。

 

 西アルメキアは、三都市同時侵攻作戦と合わせて、同盟国である魔導国家カーレオンに帝国領オルトルートを落とせないか打診していた。オルトルートはエオルジアの南東にある城で、ここをカーレオンが抑えれば、エオルジアは南東からの侵攻に備えなくてよくなる。結果として、帝国との戦いを有利に進めることができるはずだった。しかし、カーレオンはイスカリオから侵攻を受けたことを理由に、西アルメキアの打診に応じなかった。さらに、カーレオンが昨年六月に帝国から奪った城ソールズベリーがイスカリオの侵攻を受け、カーレオン軍はこれを守りきれず撤退。ソールズベリーはイスカリオの領土となった。イスカリオが今後どう動くかは不明だが、もしそのまま西アルメキア方面へ侵攻してきたとしたら、戦況はかなり混沌とし、先が読みづらくなるだろう。

 

「――さてコール公」と白狼が言った。「このたびはこのような北の大地にまで足を運んでいただき、嬉しく思います。我々も精一杯歓迎いたしましょう。ノルガルド流ではありますがね。ご老体と言えど容赦は致しませんので、お覚悟のほどを」

 

 白狼の言葉で、コールは考えを中断した。「もとより覚悟はできておる。来るが良い!」

 

「楽しみにしております。では、後ほど」

 

 ヴェイナードは一礼すると、後方に控える兵のもとへ戻っていった。

 

 その背をしばらく見つめた後、コールも自陣へ戻る。

 

 西アルメキアとノルガルドとの、本格的な戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。