フォルセナ大陸の南部は、エストレガレス、カーレオン、イスカリオ、そして、ノルガルドの四国が国境を接する激戦地だ。開戦直後より、ソールズベリーやアスティン、ハドリアンなどの城をめぐり、各国が激しく戦いを繰り広げている
二一五年十一月以降、この地域に大きな変化があった。
まず、二一五年十一月下旬にイスカリオがカーレオン領ハーヴェリーに侵攻。このいくさはカーレオンが勝利したものの、翌年一月上旬にイスカリオはカーレオン領ソールズベリーへ侵攻し、これを制圧している。これに勢いを得て、イスカリオは昨年七月からエストレガレス帝国に奪われたままだったアスティンを奪還。さらに、帝国軍の主力が西部の戦いに集中している隙を突き、アスティンの北カーナボンをも制圧したのだった。
数ヶ月で大きく領土を広げたイスカリオ。エストレガレス帝国は今だ西アルメキアとの戦いに主力を注いでいるし、カーレオンは騎士が不足しているため他国への侵略に消極的だ。ノルガルドは帝国北部の砦リドニーやオークニー・西アルメキア領アリライムやゴルレといった城を攻めており、ハドリアン方面から進軍してくる気配はない。イスカリオの勢いは、今後も続いていくものと思われた。
――のだが。
「――いやぁ、さすがは陛下! わずか二ヶ月で三つも城を占領するとは! これほどの領土拡大は、イスカリオの歴史上はじめてのことでしょう! その戦略眼、いやはやこのキャムデン、誠に感服いたしましたぞ!」
帝国から奪取したばかりのカーナボン城の会議室で、イスカリオの自称宮廷魔術師にして死刑囚のキャムデンは、揉み手をしながら得意のおべっかを披露した。見え透いたお世辞だが、王ドリストはまんざらでもない様子で上機嫌に笑った。
「んっふっふ~、まあ、オレ様がチト本気を出せばこんなモンよ。戦略なんていうほどのモンじゃねぇ。弱いヤツは負ける、それがこの世界の心理だ」
「なるほど~。勉強になります。ささ! どうぞもう一杯!」
キャムデンはドリストが持つ杯に酒を注いだ。いま行われているのは戦略会議だが、なぜ酒が用意されているのか……というのはこの国では愚問だ。イスカリオにおいて戦略会議とは酒盛りのことを意味する。会議にはドリストとキャムデンの他に、狂戦士バイデマギスや万年金欠剣士ダーフィー、イスカリオの自称政務補佐官にして死刑囚のアルスターなどイスカリオの主戦力と言っていい騎士が参加しているが、酒を飲んでいないのはドリストの後ろに影のように控えているキラードール・イリアだけだ。普段はこのようなバカ騒ぎを止める立場のアルスターも、今日ばかりは酒を片手に一緒に盛り上がっている。キャムデンの言う通り、ここまで領土を拡大したのはイスカリオ始まって以来のことなのだから。
「がーっはっはっはー!」と、狂戦士バイデマギスがいつものように豪快に笑った。「しかしお頭ぁ、帝国の連中にはちょいとガッカリしましたぜ。どいつもこいつも腑抜けたヤツらばかりで、あっしは全然暴れ足りませんぜ!」
バイデマギスはもう一度豪快に笑うと、「なあ! あんちゃん!!」と、隣に座っていたアルスターの背中をバシンと叩いた。思わず飲んでいた酒を吹き出すアルスター。バイデマギスの馬鹿力で叩かれては、酒どころか内臓まで吹き出してしまいかねない。
バイデマギスの言ったことは誇張ではない。実は、長い間帝国の南部を守っていたデスナイト・カドールや剣聖エスクラドスは、皆、西アルメキアとの戦場である西部へと移動し、南部を守るのは帝国内でも位の低い騎士ばかりになったのだ。イスカリオが勢力を伸ばせたのは、この点が大きい。
「まあ、オレ様の強さの前には、デスナイトも剣聖もビビッて逃げ出すってこったな。クーックック!」
ドリストも機嫌よさ気に笑い、杯の酒を飲み干した。
「さすがは陛下! あの帝国四鬼将さえも恐れる強さ! ヨッ! 大陸最強の男!!」すぐさまヨイショするキャムデン。
「しかし陛下、油断はできませんぞ」アルスターはテーブルに吹き出した酒を手ぬぐいで拭きながら言う。「帝国がこのまま黙っているとは思えません。もし、四鬼将が戻って来たり、皇帝ゼメキス自ら南部へ移動して来たら……ごばぁ!」
テーブルを乗り越え、ドリストの飛び蹴りがアルスターの顎にヒットした。「たわけが! 誰が来ようと、このオレ様が負けるわけがねぇだろ!!」
「その通りでございます陛下!」すかさずキャムデンがおべっかを言う。「ゼメキスが出て来たら、むしろチャンスでございましょう。皇帝の首を獲れば、もはやいくさは勝ったも同然。イスカリオの大陸制覇は、もう目の前ですぞ!」
そんな甘い相手ではないと思うが……と、アルスターは内心思ったが、今この場でそれを言っても痛い目を見るだけなので黙っている。
ドアがノックされ、「失礼します」と、若い騎士が入って来た。イスカリオでは数少ない良識派の騎士・ミゲルである。
「陛下、気になる情報が入ってまいりました」
「あん? 何だぁ?」
「帝国領オークニーを守っていたゼメキスが、兵を率いて南東方面へ移動しているとのことです。いまのところ行先は不明ですが、恐らく、カーナボンやソールズベリーの奪還のために動いたと思われます」
勝利と酒におぼれて上機嫌だったドリストの表情が、一気に引き締まった。他の騎士たちの間にも緊張が走る。
ゼメキスは、オークニー城をめぐる戦いで、旧アルメキア軍で五本の指に入る軍師だったモルホルトや、旧パドストーのコール王の嫡男メレアガントが率いる部隊を次々と退けている。今回の大陸全土を巻き込んだ大戦において、ゼメキスは負けなし……いや、それ以前のアルメキアへの反乱、及びアルメキアとノルガルドとの戦争においても、負けなしを誇っている。
ドリストは小さな笑みを浮かべた。「……フン。ようやく来やがったか」
「へ……陛下……いかがいたしましょう……」アルスターは恐る恐る訊いた。
「腰抜けが! ビビるんじゃねぇ! 誰が来ようと関係ねぇって言ってるだろうが!」
「がーっはっはっはー! お頭ぁ! 面白くなって来やしたねぇ!」バイデマギスが立ち上がり、一気に酒を飲み干した。「ちょうどモノ足りないと思ってたところです! 一緒に暴れ回りましょうや!」
「皇帝ゼメキスか……悪くねぇな」と、万年金欠剣士ダーフィーも立ち上がる。「そいつの首を獲れば、たんまり報酬が出るんでしょうねぇ。こりゃ、やりがいがあるってもんだぜ」
「……誰であろうと、陛下の敵は倒す」それまで一言も発しなかったイリアも、静かな口調で言った。
「んっふっふー。いい返事だ」ドリストは満足げに頷くと、アルスターを見た。「……ということだ。アルスター、てめぇはどうする?」
会議室内の騎士を見渡すアルスター。誰一人、ゼメキスの名に脅えていない。普段は飲んだくれてばかりで頼りない騎士ばかりだが、戦いのウデに関しては皆超一流だ。その点においては、アルスターも全幅の信頼を置いている。エストレガレス皇帝ゼメキス――強敵だが、大陸制覇を目指すならいつかは戦わなければならない相手。今、イスカリオが勢いに乗っているのは間違いない。恐らくこの国にとって勢いは最も重要だ。ならば、今のうちにゼメキスを、そしてエストレガレス帝国を叩いておくのは、非常に有効な戦法だ。
「……判りました、このアルスターも、腹をくくりましたぞ!」アルスターは立ち上がって拳を振り上げた。「陛下! ゼメキスを倒し、そのまま一気に帝国を滅ぼしてやりましょう!!」
「フン、てめぇにしちゃいい覚悟だ。褒めてやるぜ」ドリストは大きく頷いた。「ようし! そうと決まればここで待ってる必要はねぇ! こっちから会いに行ってやるぜ!!」
ドリストはテーブルの下に隠していた愛用の大鎌を取り出し、くるくると振り回した。バイデマギスやダーフィーたちも愛用の武器を持つ。皆、今すぐにでも戦える状態だ。そのままドリストを先頭に会議室から飛び出そうとしたが。
「ああ、陛下。少々お待ちを」キャムデンが止めた。
「あん? なんだぁ?」ドリストが振り返る。
キャムデンは懐から手帳を取り出し、パラパラとめくった。「このところいくさで忙しくすっかり忘れておりましたが、来週、王都カエルセントにて『第五百四十九回全国美味いもの大食い選手権』があります。こちらは、いかがいたしましょう?」
――キャムデン殿! この大事な時に、大食い大会などどうでもよいではありませんか!
と、アルスターが言うよりも早く。
「おお! すっかり忘れてたぜぇ!」ドリストの鋭かった目が、みるみる子供のように純真な目になる。「んっふっふ~。前回チャンピオンであるオレ様が出ないわけにはいかんからなぁ」
「お待ちください陛下! あのゼメキスが迫ってきているのですぞ!? それなのに、大食い大会の方を優先するなど……ゲボォ!」
ドリストのつま先がアルスターのみぞおちに食い込んでいた。
「たわけがぁ! てめぇはこの大会を何だと思ってやがる! 我がイスカリオが代々行ってきた伝統ある行事だぞ! それをオレ様の代で中止なんぞしたら、ご先祖様に顔向けできねぇだろうが!!」
気まぐれに貴族制度を廃止したり勝手に戦争を始めたり……ご先祖様に顔向けできないことをさんざんやってきたのはドリスト陛下でしょう……という言葉を、アルスターは飲み込んだ。
「と、いう訳で、オレ様は王宮へ戻る。アルスター! オレ様がいない間にもし城を奪われなどしたら、即刻死刑だからな!!」
「では、『第五百四十九回全国美味いもの大食い選手権』にはご参加されるということで」キャムデンは手帳にさらさらと予定を書き込んだ。
「がーっはっはっはー! お頭ぁ! 今年こそは負けませんぜ!」前回準優勝のバイデマギスもやる気満々だ。
「もちろん、俺もお供させていただきますよ」と、ダーフィー。「タダで酒が飲めてウマイ物が食えるんだから、こんなに美味しいイベントは無いぜ」
「……どんな戦いであろうと、陛下の敵は、倒す」もちろん、イリアはドリストのそばを離れない。
「よし! ヤローども! 行くぜ!」
ドリストの号令で、イスカリオの腕利きの騎士たちは大食い大会へ向けて出陣した。