ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

88 / 165
第八十八話 ゲライント 聖王暦二一六年二月上 エストレガレス帝国/オークニー

 西アルメキアの君主ランス立案による三都市同時侵攻――帝国領オークニー・エオルジア、そして、ノルガルド領アリライムへと同時に侵攻する作戦は、エオルジアとアリライムの制圧に成功したものの、オークニー攻めは失敗に終わった。西アルメキアの武の要とも言えるメレアガントとゲライントの二人が、オークニーの守備に就いた剣聖エスクラドスの前に敗れたのである。

 

 もっとも、西アルメキア側はこの敗北を作戦の失敗とは考えていなかった。作戦を立案したランスは、まだまだいくさの経験こそ浅いものの、エストレガレス帝国とノルガルドの二大強国を相手に全てが思い通りに進むと考えるほど楽天的ではない。オークニーの制圧に失敗しても、その先の作戦も考えていた。

 

 二月、帝国・イスカリオ・カーレオンが激しく戦闘を繰り広げる大陸南部で大きな動きがあった。狂王ドリスト率いるイスカリオが、ソールズベリー・アスティン・カーナボンの三つの城を次々と落とし、大きく領土を広げたのである。帝国は西アルメキアやノルガルドとの戦闘に軍の主力を注いでおり、南部には手が回らない状態だったのだ。

 

 これを受け、帝国は皇帝ゼメキスや剣聖エスクラドスの部隊を南の戦場へ移動させた。イスカリオの侵攻を食い止め、奪われた領地を奪い返すための、軍総帥ギッシュの判断だった。

 

 これにより、今度は帝国西部の守りが手薄となる。西アルメキアが待ち望んだ状況だった。

 

 傷が癒えたメレアガントとゲライントは、再び兵を率いてオークニーへ攻め込んだ。オークニーを守るのはローコッドという名の騎士だ。アルメキア時代は神官騎士団長を務めていた男で、決して侮れない力を持ってはいるが、ゼメキスやエスクラドスとは数段劣る騎士と言ってよい。そもそも神官騎士団は戦闘に特化した部隊ではない。その任務は王都ログレスやアルメキアの各地で布教活動を進める教会の司祭・僧侶を護衛することであり、常に戦場の最前線で戦い続けたゼメキスやエスクラドスとは経験が違いすぎる。また、山間部に位置し、難攻不落の城で知られるオークニーだが、それはあくまでも北からの攻めに対してだけだ。アルメキア時代、敵国は北のノルガルドのみで、西のパドストーとは同盟関係にあった。ゆえに、オークニーは西からの攻めを想定しておらず、さほど強くないのである。今回のオークニー攻めは、西アルメキアが圧倒的有利で進むものと思われた。

 

 

 

 

 

 

 西アルメキアのオークニー攻めが始まって半日。前回帝国は防衛戦にもかかわらずゼメキスとエスクラドスの部隊が城外へ打って出ていたが、今回は全ての部隊が城内に留まり、籠城戦を行っている。神官騎士は治療などの白魔法を使う者が多く、どちらかといえば防衛戦向きの騎士が多いため、帝国側のこの戦い方は定石といえた。よって、西アルメキア側も定石通りの城攻めを行っている。

 

 剣士ゲライントはオークニー城の南側へと回りこみ、そこから城壁を攻めていた。城壁には何本もの梯子がかかり、兵が次々と壁上へ上がっている。敵の防衛部隊も必死に反撃を試みているが、押しているのは完全にこちら側だ。ゲライントは部隊の後方でその様子を見ながら、次々と入って来る他の部隊の情報も精査し、今後の展開を思い描く。現在ゲライントの部隊と戦っている敵は魔術師が中心だった。ゲライントは、相手が魔術師の部隊と知って、初めは大いに警戒した。帝国で名のある魔術師といえば、魔術師団の長で現在は軍総帥の座に就いているギッシュ、あるいは、魔導の名門カールセン家の当主であるランギヌスの名が思い浮かぶ。この二人が兵を率いていた場合かなりの強敵となるが、いま、ゲライントの部隊と当たっている敵は、あまりにも手応えが無さすぎた。ゲライントはめまぐるしく変わる戦況に応じてさまざまな手で攻めるのだが、敵側はこちらの動きの変化に対応が遅れ、序盤から大きく攻め込まれる形となっている。この部隊を率いているのはギッシュやランギヌスではない――ゲライントはそう確信していた。このまま戦い続ければ、この一角を制圧するのは時間の問題だろう。

 

 一方で、別の戦場で戦っているメレアガントの部隊はやや苦戦しているようだった。報告によると、帝国側の総大将であるローコッドの部隊と当たっており、守備の堅さに攻めあぐねているようである。メレアガントの武の力は西アルメキアでも特に秀でているものの、籠城する神官騎士の部隊を突破するのは、そう簡単ではないだろう。

 

 ならば、このいくさの勝利は我が部隊にかかっている――ゲライントはそう判断した。

 

「――全軍前進! 陽が暮れる前に、敵部隊を叩くぞ!!」

 

 ゲライントは兵達に命令し、自らも武器を持って突撃した。

 

 さらに数時が経った。総攻撃を開始したゲライントの部隊を前に、帝国側からは大した反撃もなく、オークニーの南壁の制圧は目前だった。ここを制圧できれば、メレアガントが苦戦しているローコッドの部隊の背後を突ける。そうなれば、メレアガントの部隊も勢いに乗る。オークニー城の制圧が見えてきた。ゲライントは南壁を守る敵将の首を獲るべく、自ら本陣へ切り込んだ。

 

 そこで、思わぬ相手と再会した。

 

 はじめ、ゲライントはその男を騎士だとは思わず、ただの兵の一人だと思って見逃がすところだった。まして、その男がいま戦っている敵部隊を率いている将だと思うはずもない。

 

 だが。

 

「……ゲ……ゲライント……」

 

 名を呼ばれて振り返り、ようやくその者の存在に気が付いた。茶色の法服を身にまとい、フードを目深にかぶった男。もみあげから顎にかけて髭を生やしているが、その容姿にコール公のような威厳は感じられなかった。戦場で、敵であるゲライントを前にしても、その目に覇気のようなものは宿っていない。背は決して低くないものの、その見た目からずいぶんと小さな印象を受ける。その冴えない姿、そして声に、ゲライントは大いに心当たりがあった。

 

「……アイバン……アイバンなのか?」ゲライントは、アルメキア時代の友人の名を口にした。剣を下ろし、なぜここにいる? と訊きかけて、はっと気が付いた。「……まさか、この部隊を率いているのはお前か?」

 

 アイバンはゲライントから目を逸らし、ためらいがちに「そうだ」と答えた。

 

 小さくため息をつくゲライント。なぜこのことに気が付かなかったのか。敵の部隊が魔術師中心で、しかし率いている将がギッシュやランギヌスでないのなら、当然、アイバンである可能性を考えておくべきであった。もしかしたら、自分でも気づかないうちに考えまいとしていたのかもしれない。

 

 アイバンは、旧アルメキア時代に魔術師団に所属していた騎士だ。ゲライントとは長く友人関係を続けている。アイバンは騎士としては極めて凡庸――というよりは、はっきり言えば他の騎士と比べるとかなり劣っていた。魔術師ゆえに武術はさっぱりで、専門の魔力も並以下、魔物を統べる力・統魔力においても優れているとは言えない。それでも、魔術師団の中ではそれなりの地位を得ていた。決して優秀な人物ではなかったが、当時のアルメキア王宮では優秀な人物ほど疎まれ、叩かれる傾向にあったのだ。戦場で幾多の戦果を挙げるも処刑の命が下ったゼメキスが良い例だろう。アイバンは、王宮内においてそれなりの地位を得ながらも、決して上の者から目を付けられることがなく、それでいて無能と切り捨てられることも無い絶妙のラインを保つ術に長けていたのである。当時の腐敗しきったアルメキア王宮内において、実は最も重要な能力であったのかもしれない。

 

 そんな男だったから、ゼメキスのクーデター後、帝国の騎士になっていたのも、ある意味では当然と言えた。

 

「アイバン、やはり帝国の騎士になっていたのか」ゲライントは無念さを言葉ににじませた。

 

 アイバンは目を伏せたまま「すまん……」と言った後、顔を上げ、訴えかけるような目を向けた。「だが信じてくれ。ワシは、なりたくて帝国の騎士になったわけではないのだ」

 

「だろうな。お前は昔から、決断力に乏しいところがあった。大方、情勢に流されたのであろう」

 

「そ……そうなのだ。ワシはアルメキアを裏切るつもりなど無かったのだ。だが、魔術師団を率いていたギッシュ様がゼメキス陛下に味方し、仕方なく――」

 

「ならばすぐに帝国を捨て、西アルメキアへ来い。ランス様には、うまく話を通しておく」

 

 アイバンは目を大きく見開いたが、再び目を伏せ、首を横に振った。「それはできん。ランス様とゼメキス陛下では、ゼメキス陛下の方が圧倒的に強い。ならば、帝国に身を置いていた方が生き残る可能性は高い。誰に何と言われようと、ワシはこの乱世を生き残りたいのだ」

 

「アルメキアへの忠義よりも、己の命を優先すると言うのか……騎士には時として命よりも大切なものもあろう。それがお前に判らぬとは残念だ」

 

「ゲライント……」

 

「判った。お前がそう言うのであれば、俺はお前と戦うしかない」

 

 ゲライントは、剣をアイバンに向けた。

 

 顔を上げたアイバンは、大きく目を見開いた。「な……何を言うんだゲライント。このワシを……友人であるワシを、斬るとでも言うのか!?」

 

「確かに、お前は良き友人であった。しかし、お前があくまでもゼメキスに組し、ランス様に仇なすのであれば……友が間違った道を歩むのであれば、それを正すのも友人の役目」

 

「ワシが間違っていると言うのか? 帝国の騎士となったワシが、間違っていると?」

 

「無論だ」

 

「だが、ゼメキス陛下は、アルメキア時代に多くの敵を退け、国を守ってきたのだぞ? アルメキアは、そんな陛下を処刑しようとした。お前は、ゼメキス陛下が処刑されるのが当然だったと言うのか? そんな愚かな処刑命令を出したヘンギスト様の方が正しかったと言うのか?」

 

「――――」

 

「国を出たお前は知らぬかもしれんが、エストレガレスの国民の多くは、ゼメキス陛下を支持しているぞ。こんな戦乱の時代でも、愚王の時代よりははるかにましだ、と。だからこそ、アルメキア軍や魔術師団に属していた騎士のほとんどが、帝国に残ったんじゃないのか?」

 

「……だが、ゼメキスのクーデターで家族や友人を失い、ゼメキスに反する者もいるはずだ!」

 

「確かにそうだ。帝国を脱した者も少なくはない。だが、そのうち何人がランス様の元に駆け付けた? 軍師モルホルト様や近衛騎士シュトレイス殿は、ノルガルドのヴェイナード王に仕えていると聞いたぞ?」

 

「…………!」

 

 痛いところを突かれ、ゲライントは言葉を失う。ゼメキスのクーデターから脱し、旧パドストーの力を借りて、『西アルメキア』として挙兵したランスとゲライント。アルメキアの王太子であるランスを擁すれば、旧アルメキアの騎士や兵が多く集う、と、ゲライントは考えていた。彼だけでなく、コール老公をはじめとするパドストーの重臣達も、同じように考えていたに違いない。

 

 しかし、軍師モルホルトをはじめとする帝国を脱した騎士のほとんどがノルガルドやカーレオンに仕官しているという話は、ゲライントも聞いていた。ゼメキスのクーデターから間もなく一年。西アルメキアに、名のある騎士は一人も集まっていない。

 

「ゲライントよ、お前は、それでもランス様が正しいと言えるのか? 自分が正しいと言えるのか?」

 

 ゲライントの目を真っ直ぐに見据えて問うアイバン。その姿に、さっきまでの冴えない男の印象は無い。そこには、間違いなく騎士の強さが宿った男がいた。

 

 ゲライントは、ふっと頬を緩めた。「……お前と話をしたのは間違いであった。お前は、騎士としての能力に優れた点は無いが、武力や魔力や統魔力など一切使わずに己の身を守ることができる男だ。その術に関しては、誰よりも秀でていたからな」

 

「なにを言うんだゲライント、ワシは、友としてお前の身を案じて――」

 

「もういい何も言うなアイバン! お前が何と言おうと、俺が剣を奉げるのはランス様のみ!! 覚悟せよ! アイバン!」

 

 ゲライントは剣を振り上げ、かつての友に斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。