西アルメキアの君主ランス立案による三都市同時侵攻作戦により、一度は西アルメキア領となったエオルジア。しかし、翌一月、西アルメキア軍はオークニー城より南下してきた剣聖エスクラドスの部隊に敗れ、エオルジアは再びエストレガレス帝国領となっていた。
だが、ここで帝国軍に大きな動きがあった。オークニーやエオルジアを守っていた皇帝ゼメキスや剣聖エスクラドスの部隊が、帝国南部の戦場へ移動したのである。南部では狂王ドリスト率いるイスカリオが勢力を伸ばしており、これに対抗するためのものだった。
西アルメキアは、この機にもう一度エオルジアへ侵攻しはじめた。兵を率いるのは君主ランス、そして、幾度となく皇帝ゼメキスと互角の戦いを繰り広げた女騎士ハレーだ。
エオルジアへ進軍する途中、先行して戦場の情報を集める斥候部隊から急報がもたらされた。しばらく所在が不明だったデスナイト・カドールがエオルジアの守備に就いたというものだった。無論、それで進軍を止めるわけにはいかないが、より慎重に作戦を練る必要があった。
帝国は防衛側であるが、恐らくカドールの部隊は城の外に打って出る可能性が高い。ならば、こちらは一部隊でカドールを引きつけ、残りの部隊が城を攻め落とす作戦が有効だろう。問題は、誰がカドールの部隊を引きつけるか、である。皇帝ゼメキスの腹心にして『帝国四鬼将』の筆頭であるカドールと戦うのは、多くの血を流す覚悟が必要だ。
ハレーは、この役を自ら買って出た。ルーンの騎士でありながら長らくどこの国にも仕えてこなかったハレーは部隊を率いての戦闘には不慣れだが、それでも十二月のオークニー侵攻でゼメキスの部隊を相手に互角の戦いを繰り広げた。カドールと戦うのに不足は無い。総大将であるランスは、これを認めた。
エオルジアの西の地形――街道の北を深い森に、南を広い湖にはさまれた狭地に布陣する西アルメキア軍。帝国軍は、予想通りカドールの部隊が城外へ布陣している。そして、戦義の希望もなくいきなり正面から突撃してきた。西アルメキア軍もハレーの部隊を前進させ迎え撃つ。その間に、ランスの部隊は森へ迂回して城を目指す手はずになっていた。
敵部隊は総大将であるカドールを先頭に進軍してくる。ゼメキスの腹心だけあって、やはり同じような戦い方をする。ならば、こちらも同じように戦うまで。ハレーも自ら先頭に立ち、敵部隊へ突撃した。
「――あなたがデスナイト・カドールね」
開戦直後にもかかわらずいきなり敵総大将と対峙したハレーは、悪魔の骨面の男に槍の穂先を向けて構えた。
「……見慣れぬ顔だな。何者だ?」
「ハレー。ただの流れ者よ。訳あって、今は西アルメキアに身を寄せているけれど」
その名を聞き、カドールは小さく笑う――無論、その表情は悪魔の骨面に隠され見えないが。「そうか。貴様が流星のハレーとかいうふざけた名の騎士か。ゼメキス陛下の手を二度も煩わせたとか。面白い。その腕前、見せてもらおう」
カドールも、身の丈を超える戦斧を構える。
「待って。戦う前に、あなたに訊きたいことがあるの」踏み込もうとするカドールを、ハレーは制した。
「なに?」
「八月の、エストレガレス帝国によるレオニア侵攻に関してだけど、あの作戦を発案したのはあなただと聞いたけど、本当?」
「……それがどうしたというのだ」
「あのレオニア侵攻は、作戦としてはあまりにも不自然なものだった。どういう意図があったのかしら?」
「…………」
沈黙するカドール。
ハレーは、カドールの骨面の上から唯一表情を知ることができる目の部分をじっと見つめ、その胸の内を探るために問う。「あなたがレオニアへ侵攻する直前、レオニア女王はブロノイルという魔導士の襲撃を受けている。その魔導士は、いくさに積極的ではないレオニア女王が邪魔だったそうよ。その襲撃は失敗したのだけれど、その直後に、あなたたちがレオニアへ侵攻した。それも、領土を広げる戦いではなく、まっすぐに女王のいる聖都ターラを目指して」
「なにが言いたい?」
「あなたとブロノイルは、裏で繋がっているんじゃないの? 聞けば、この戦乱の発端となったアルメキアのクーデターも、あなたがゼメキスをそそのかしたからだとか。あのクーデターで魔術師団や神官騎士団がゼメキスの陣営に就いたのは、裏でブロノイルの暗躍があったからだと私は考えている。違う?」
カドールは何も答えない。だが、骨面の奥に光る眼には、わずかな心の乱れが現れた気がした。
「沈黙は肯定ととらえるわ。まあ、そう考えるのが一番つじつまが合うもの。判らないのは、あなたたちの目的が何か、ということ。ゼメキスのクーデターを成功させ、大陸全土を巻き込んだ戦乱を起こし、さらに戦乱を煽ろうとしている。その先に、いったい何があるの? ブロノイルは何を企んでいるの?」
「……そのような問いに、答える必要は無い!!」
吠えると同時に一気に間合いを詰め、斧を振るうカドール。ハレーは槍でその一撃を受け止めたものの、あまりに重い一撃に身体ごと大きく弾き飛ばされた。
「そう……判ったわ」体勢を整えたハレーは、再び槍を構える。「なら、力づくでも言わせてみせる!」
ハレーも一気に間合いを詰め、槍を突き出す。その鋭さから『流星』と称されるハレーの槍は、しかし、カドールの戦斧に受け止められた。続けざまに二撃、三撃と繰り出すも、カドールの斧はその大きさからは想像もつかない速さでハレーの攻撃を防ぐ。そしてわずかな隙を突き、刃がハレーを襲う。ハレーは一度間合いを外して斧をかわすと、再び間合いを詰めて槍を突き出す。
ハレーの槍とカドールの斧。双方とも中距離での戦いに特化した武器だが、その戦い方は決定的に異なる。速さを活かした戦い方を得意とするハレーは息もつかせぬ連撃を繰り出し、力を活かした戦いを得意とするカドールはわずかな隙を突いて強烈な一撃を繰り出す。ハレーの攻撃は一撃一撃の威力こそ弱いものの、数を繰り出すことで徐々に追いつめていく。対するカドールの攻撃はまさに一撃必殺だ。ハレーはカドールの斧をかわしつつ槍を繰り出すものの、その穂先は全てカドールの斧に防がれ、かすり傷さえ負わせることができない。カドールの斧もまた、ハレーの素早い動きを捕えることができない。お互い刃のみが交わる戦いが、数刻続いた。
刃を交えているうちに、ハレーは胸の内に不思議な感覚を抱いていた。どういう訳か、カドールの動きが判るのだ。カドールがどこを狙い、どこを守るか。それが、手に取るように判る。通常なら、敵の動きが判れば有利になるはずだが、それでもこちらの攻撃は当たらない。恐らくそれは、こちらの動きも相手に読まれているからだ。カドールもまた、ハレーがどこを攻撃するか、どこを守るかが判っている。そうでなければ、これほど長い間どちらも傷を負わずに戦い続けられるはずがない。ハレーとカドールはここで会うのが初めてだが、すでに何度も刃を交えたことがあるかのような感覚。家族や友人や仲間と、何度も繰り返し稽古をしているような錯覚を持ってしまう。
いや、それがもし錯覚でないとすれば……?
流れ者のハレーに家族や友人はいない。ルーンの加護を持ちながらもどこの国にも仕官しなかったため、修行仲間もいない――たった一人を除いて。
「……リーランド」
思わずその名を口にする。声というほどのものでもない。不意に思い出し、思わず口から洩れただけだ。自分以外の者に聞こえるはずもない言葉だったが。
「リーランド……?」
同じ言葉を、カドールも口にした。
その瞬間。
「…………!?」
突然、カドールが頭を押さえて地に片膝をついた。戦斧さえ手放し、苦しむ。
そして。
「……ハレー……リー……ランド……シューティング……スター……」
うめきとも独り言ともしれぬ声で呟く。
はっとして目を大きく見開くハレー。
リーランド、そして、シューティングスター――それは、魔導士ブロノイルによって奪われた愛する者の名と、その形見の品。
なぜそれを、この男が知っているのか。
「――あなたは何者なの!?」
叫ぶように問う。大きな隙が生じているカドールへの攻撃さえ忘れて。
カドールは。
「……俺は……デスナイト……貴様ごときには……負けぬ!!」
再び踏み込み、斧を振るう。
しかし、その一撃はあまりにも軽く、ハレーの槍に大きく跳ね返された。