レオニア女王リオネッセとの会見を終え、ノルガルド領ハンバー城へと帰還するヴェイナード王とブランガーネの部隊。国境を超え、ノルガルド領に入ったところで、ブランガーネは隊列を離れ、先頭を進むヴェイナードの隊列まで馬を進めた。
「――おい、
ブランガーネの呼びかけに、隊列の中央で白馬に乗るヴェイナードが振り返る。「これはブランガーネ姫。白狸とは、何のことです?」
「フン。くだらぬ企みに妾を巻き込みおって。貴様など白狼王ではなく、白狸王で十分だ」
「たとえ狸でも私のことを王と認めていただけるなら大きな一歩です、姫」
「ふざけるな! 妾はまだそなたを王などと認めてはおらぬ! それより、レオニア女王の前で妾にあのような芝居をさせて、一体何が目的だと訊いておるのだ!!」
先ほど、レオニア領のダマス城にて、ノルガルド王ヴェイナードと、レオニア王リオネッセの会見が行われた。ヴェイナードは兵五万でダマス城に迫り、レオニアに属国となることを要求したが、リオネッセはこれを強く拒否。その姿を見たブランガーネは独断で兵を退却させたが、これは、事前にヴェイナードが立てた計画を実行したにすぎなかった。
「すばらしい演技でしたよ、姫」ヴェイナードは、小さく笑いながら言う。「いっそ、舞台女優を目指してみては? 私の部下に、昔、舞台で歌を歌っていた者がおりますゆえ、ご紹介しましょう」
「愚弄する気か、貴様! 妾は武人であるぞ!!」
「フ……冗談ですよ。姫の名演技のおかげで、レオニアとの戦は、我らの思惑通り進みそうです」
「あのくだらぬ演技と戦がどう関係あると言うのだ? あれでは、我がノルガルドが一枚岩でないことを、ヤツらに教えたようなものではないか」
「そう思うのならば私に対する反抗心を少し抑えて頂ければ良いのですよ、姫」
「それはできぬ相談だな。ノルガルドは独裁国家ではない。王に意見することは認められている――そなたを王と認めているわけではないぞ」
「いちいちおっしゃらずとも判っておりますよ」ヴェイナードは小さくため息をついた後、続けた。「あの芝居は、種を撒いたのです」
「種を撒いた?」
「はい。レオニアという国を手に入れるための種です。今は種ですが、やがて成長し、我らに勝利を実らせることでしょう」
「訳の判らぬことを……まさか貴様、あの芝居で、レオニアが我らに対して油断するとでも言うのか? そんな小さなことのために、妾にくだらぬ芝居をさせたのか?」
「まあ、油断させるのも目的のひとつではありますが、撒いたのは、もっと大きな種です」
言わずものがなという口調で話すヴェイナードだが、ブランガーネには、白狼が何を言おうとしているのか判らない。
「貴様とここで禅問答をするつもりはない。さっさと話せ」
「簡単なことですよ。姫の名演技のおかげで、レオニアの女王は、姫に対しての敵対心が和らいでいるはずです」
「――なに?」
「レオニア女王があのような大口をたたくのは正直予想外でしたが、それでも、あの者は、まだまだ戦の経験など無いただの小娘。今頃、姫とは戦いたくない、などと、甘えたことを考えているでしょう。女王の心に迷いがあれば、付け入る隙もあるというものです」
「フン。あやつならあり得る話だが、そのような策を講ずとも、妾の部隊は決して負けはせぬ。何にしても、くだらぬ考えだな」
「ですから、種なのですよ」
「何だと?」
「姫のおっしゃる通り、今はまだくだらぬ策にすぎません。しかし、やがてその種が実れば、我らは最短の時間と、最少の被害で、レオニアを手にすることができましょう」
「――――」
「もちろん、種が実るかどうかは私にもまだ判りません。もし実らなければ、その時は、姫の武力とやらに期待しております」
「……結局意味が判らぬが、まあ良い。貴様が何を企もうと、妾には関係ない。レオニアは、妾の力で落として見せる! ヴェイナード。そなたには、武勇のなんたるかを教えてやろう」
「それは楽しみです、姫。しかし、我が指示には従っていただきます。武人たる者、決められた作戦を忠実に遂行するのは、最も重要なことですからな」
「いちいち言われるまでも無い。命令には従う。だが、それは武人としての心構えだからだ。貴様を王とは認めた訳ではないぞ!」
不敵な笑みを浮かべるヴェイナードを残し、ブランガーネは隊列を離れた。