ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第九十二話 ハレー 聖王暦二一六年三月上 西アルメキア/オルトルート

 大陸西部の戦いは、西アルメキアが大きく勢力を伸ばしていた。

 

 ランス発案の三都市同時侵攻作戦以降、エストレガレス帝国と一進一退の攻防を繰り返してきた西アルメキアだったが、皇帝ゼメキスや剣聖エスクラドスが南部の戦場へ移動したのを機に、オークニーとエオルジアの二城を制圧。特に、エオルジアでの勝利は非常に大きかった。エオルジアを守っていたのはゼメキスの腹心にして大陸最凶の異名を持つデスナイト・カドール。ゼメキスのクーデターより始まった今回の戦乱で、西アルメキアだけでなくイスカリオやレオニアとの戦闘においても負け無しだったカドールを、流星のハレーが見事退けたのである。これに勢いを得たエオルジア侵攻軍は、さらに南東へ進軍しオルトルート城をも制圧した。

 

 西アルメキアは、開戦当初より王都ログレスの奪還を第一に掲げてきた。今回の領土拡大で、奪還へ大きく近づいたことになる。オークニーの東にあるカドベリ-・ディルワース、もしくは、オルトルートの北東にあるトリア、この内いずれか一つでも落とせば、その先は念願の王都ログレスだ。

 

 このまま王都を奪還し、一気にエストレガレス帝国を滅ぼすほどの勢いに乗ってきた西アルメキアだったが、ここで思わぬ横槍が入った。ソールズベリーを制圧していた南の国イスカリオが、オルトルートへ兵を向けて来たのである。西アルメキアとイスカリオは国が離れていたため開戦以降も刃を交えたことは無い。西アルメキアとしては、今は帝国との戦いに集中したいところであり、イスカリオと事を構えるつもりは無かった。イスカリオも帝国との国境の城をめぐる戦いが長く続いているため、まさか攻めて来ることは無いだろうと考えていたのだが、さすが君主ドリストは狂王の異名を持つだけあり、予想外の行動を起こす。無駄な戦いは極力避けたいが、いまオルトルートを失うわけにはいかない。西アルメキアは、君主ランスと流星のハレー、そして、リゲルという新米の弓騎士で、イスカリオを迎え撃つことになった。

 

 開戦前より城外へ布陣していた流星のハレーは、開戦と同時に敵部隊へ突撃した。オルトルートは大きな湖に突き出た半島上に建つ城で、城内に立てこもっての戦闘に極めて強い天然の要塞だ。だが、籠城戦は決着までに時間がかかるのが欠点だ。帝国との戦いに集中したい西アルメキア軍は、城外へ打って出る短期決戦に挑んだ。ハレーは、仕官以降ゼメキスやカドールという突撃戦法を得意とする騎士とばかり戦ってきたため、いつの間にか彼らと同じような戦い方を得意とするようになっていた。ハレーに続き、ランスとリゲルの部隊も出撃する。

 

 イスカリオ軍は事前に誰がどの部隊と戦うかを決めていたらしく、三部隊がそれぞれ狙った相手に向かって来た。ハレーの部隊にはキラードール・イリアの部隊が、ランスの部隊にはダーフィーという剣士の部隊が、そして、リゲルの部隊へは敵総大将であるミゲルという騎士が、それぞれ向かっている。

 

 ハレーは、敵味方それぞれの戦力を冷静に分析する。自分はもちろんイリアの部隊に後れを取るつもりはない。ここまでの帝国との戦いでめきめきと力をつけてきたランスの部隊も、恐らく問題ないだろう。憂いがあるとすれば、リゲルの部隊だった。

 

 リゲルは、騎士となってまだ三年に満たない新米弓使いである。ここまで実戦の経験は無く、これが初陣という話だった。君主であるランスと共に戦う騎士としては正直言ってかなり力不足であるが、このところの快進撃によって西アルメキアの戦線は拡大し、加えて、帝国との戦いにおいては西アルメキア側の騎士にも少なからず負傷者が出ているので、どこの戦地も人手不足気味なのである。よって、新米騎士といえど戦場へ出てもらわなければならない状態なのだ。リゲルの経験不足は否めないが、そこはハレーとランスで補うしかない。ハレーは、いち早くイリアの部隊を仕留め、リゲルの部隊へ合流するつもりでいた。幸いと言うべきか、イリアもゼメキスやカドールと同じく自ら先頭に立って突撃するタイプの騎士だ。

 

 これにより、またもハレーは開戦直後に敵将と対峙することになる。

 

 

 

 

 

 

「――あなたがイリアね?」

 

 イリアと対峙したハレーは、槍を携えたまま、挑発するようにあごを上げた。

 

 対するイリアは、槍の穂先をハレーに向け、わずかに腰を落として構える。「お前が放浪の騎士・ハレーか。陛下が戦って来いと言った相手。覚悟」

 

 感情の起伏のない、淡々とした喋り方だった。

 

 ハレーは、小さく笑った。「ふふ。さすがにキラードールとあだ名されるだけのことはあるわね? あの狂王の命令が、そんなに大事?」

 

「陛下の命令は絶対だ。陛下が戦えと言えば戦う。戦うからには私が勝つ」言うと同時に、イリアの目が鋭くなる。

 

「…………」

 

 ハレーは、イリアの目をじっと見つめる。

 

 キラードール・イリア――狂王ドリストに影のように付き従い、その命令にはきわめて忠実、表情ひとつ変えることなく敵を葬り去ることから付いた呼び名だ。

 

 イリアの目を見るハレー。いい目をする――そう思った。そこには、確かな『意思』が感じられる。王の命令を確実に遂行しようとする強い意志。感情を持たない人形ではありえない。それは、立派な騎士の目だった

 

「……どうやら、少し思い違いをしていたようね」ハレーは挑発的な口調を改めた。

 

「…………?」

 

「世間の噂通り狂王の操り人形なら適当に相手をしようと思ってたけど……いいわ、お手並み拝見しましょう。かかってらっしゃい」

 

 ハレーは槍を構えた。

 

「……誰にどう思われようと興味はない。私は、お前を倒すだけだ」

 

 間合いを詰め、槍を突き出すイリア。ハレーは、その攻撃を自分の槍で受け止めた。激しく火花が散り、両手に強い衝撃が伝わる。イリアは続けざまに槍を繰り出した。ハレーは、二撃、三撃と、後退しながら受け止める。反撃はしない。刃を交える前に言った「お手並み拝見」の言葉通り、まずはその力量を図るつもりだった。

 

 イリアの一撃一撃は、予想していたよりもはるかに重い。イリアが使う槍は、一般的な棒の一端に刃を取り付けたものではなく、両端に細長い円錐形の金属を取り付けたかなり特殊なものだ。重量があるため一撃の重さが増すが、その代わり、どうしても速さは犠牲になる。速さを活かした戦いを得意とするハレーには、受け止めたりかわしたりすることは容易だった。そして、武器の重さは防御にも大きく影響する。ハレーはイリアの攻撃を大きく弾き、そこから素早く突きに転じた。イリアは弾かれた槍を戻し受け止めようとするが、一瞬遅い。ハレーの槍はイリアの肩を掠めた。

 

「その武器、あなたに合ってないんじゃないの?」ハレーは槍を止めて言った。「あなたの速さ、武器の重さのせいで殺されてるわよ?」

 

「…………」

 

 イリアは肩に受けた傷を気にした風もなく、さらに連続して槍を突き出す。そのすべてを受け止め、あるいはかわし、隙を見て反撃に転じるハレー。イリアの槍はハレーを捉えることができず、ハレーの槍は致命傷こそ与えないものの確実にイリアを捉え続ける。そのような攻防が、しばらく続いた。

 

 戦いを続けるうちに、ハレーはイリアに対して奇妙な思いを抱くようになった。イリアの攻撃には変化がない。それは単調な攻撃という意味ではなく、動きが衰えないのだ。相変わらず速さは無い。ハレーを捉えることはできていない。逆に、ハレーの槍は確実にイリアを捉えている。ひとつひとつの傷は決して大きなものではないが、傷つけば血が流れるし、血が流れれば体力を失う。どんなに戦いに集中しようと痛みは感じるだろうし、痛みを感じれば恐怖を覚える。

 

 だが、イリアには、それらが一切感じられないのだ。

 

 身体のいたるところが傷つき、多量の血を流しているにもかかわらず、全く動きに乱れがない。さらに傷つくこともいとわず攻撃を繰り返す。傷つくことを恐れていない。それはすなわち、死を恐れていないということ。

 

 死への恐怖は、戦闘の修練や経験によってある程度克服することはできる。だが、どんなに屈強な肉体と精神を持つ騎士であっても、完全に克服することはできない。いや、むしろ完全に克服する必要は無いものだ。死への恐怖は、決して弱点ではない。人は、死への恐怖があるからこそ生きる力を得ることができる。死への恐怖を持たない者は生きる力の無い者――ただの死に体でしかない。

 

 そう――ハレーは今、まさに死体と戦っているような錯覚を抱いていた。どんなに血を流しても動きが衰えず、死への恐怖を持たないイリア。それは死体だ。戦う前、イリアの目には王の命令に従う強い意志を感じた。人形ではありえない、騎士としての強さ。しかしその戦い方は死体も同然。

 

 死体と騎士――デスナイト。

 

 ハレーはふと、デスナイト・カドールのことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

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