長らくエストレガレス帝国に奪われていた領地アスティンを奪還し、続いてソールズベリーとカーナボンの城を制圧したイスカリオ。着実に勢力を伸ばすも、君主ドリストや狂戦士バイデマギスなどイスカリオの主だった騎士が、王都にて開催の『第五百四十九回全国美味いもの大食い選手権』へ参加し、前線の戦力は大幅に低下。この機を逃さぬ帝国の反撃により、カーナボンを奪い返されてしまう。このままではソールズベリーも危ういと死刑囚アルスターは王都へ援軍を要請するも、ドリストは援軍を送るどころか、よせばいいのに西アルメキアへちょっかいを出す命令を下す。この命を受けたキラードール・イリアが万年金欠剣士ダーフィーらと共に西アルメキア領オルトルートへ出撃。しかし、「君主ランスの首を獲る」と鼻息も荒かったダーフィーが開戦後数時も経たずあっさりと敗北し、撤退。イスカリオの勢いは、完全に止まってしまった。
しかし五月。大食い大会が終了したことでドリストやバイデマギスらがようやく戦線に復帰。ドリストは、腹ごなしとばかりにさっそくカーナボンへの再侵攻を始めた。
「――それでは、今回の作戦の概要を説明させていただきます」
ソールズベリーからカーナボンへ続く街道上へ布陣したイスカリオ軍。死刑囚アルスターは、今回出撃する騎士たちに作戦の説明を始めた。カーナボンは、帝国領と旧レオニア領を分断する数千メートル級の山々が連なる山脈のふもとに立つ城だ。この地形上、防衛側の背後に回り込むのは非常に困難で、城攻めの定石とも言える包囲戦は行えない。ゆえに、戦力を分散させず一点に集中する作戦を立てたのだが。
「がーっはっはっはーっ!!」と、今回出撃する騎士の一人である狂戦士バイデマギスが、いつものように大口を開けて豪快に笑った。「あんちゃん! 俺らに作戦なんてモンはいらねぇよ! 目の前の敵をブッ飛ばすだけだ!」
そう言った後、バイデマギスは「行くぜぇ! ギャロ!」と、相棒の旅芸人騎士に呼びかける。ギャロは、「了解でやんす~」と陽気な声で応じる。
「ああ、ちょっと――」
というアルスターの声など、もちろん届かない。二人は兵を率い、勝手に突撃していった。まったく、せっかく寝る間も惜しんで立てた作戦なのに、と、アルスターは大きくため息をついた。
「――邪魔だ、どけ!」
後ろからお尻に蹴りを入れられ、つんのめって倒れるアルスター。振り返ると、愛用の大鎌を肩に担いだドリストが、薄ら笑いを浮かべてカーナボン城を見つめていた。ドリストは今回のいくさの総大将だ。出撃する騎士にバイデマギスら選んだのも彼である。
アルスターはお尻をさすりながら立ち上がった。「ああ、陛下。今回の作戦はですね……」
「けっ。てめぇのこざかしい作戦なんぞ知るか。オレ様のこのルインサイスで目の前の敵を叩き斬る、それだけよ。てめぇはここで、オレ様の昼寝用の幕舎でも建ててろ。戻るまでに準備できてなけりゃ、死刑だからな!」
そう言うと、ドリストも兵を率いて突撃していった。
大きくため息をつくアルスター。ダメだ。一国の君主である陛下ですら、筋肉バカのバイデマギス殿と同じ思考だ。こんな様子で、本当にこの国は大丈夫なのだろうか? まあ、三人がまっすぐ城へ突撃したことで、結果的に作戦通りの一点集中攻撃になったのは不幸中の幸いだったが。
やれやれ、と肩を落とすアルスター。気を取り直し、命令通りドリスト用の昼寝専用幕舎の設営を始めた。
――が。
出撃から一時も経たず、ドリスト達は戻ってきた。
「へ……陛下。これはお早いお帰りで。幕舎はもうすぐできあがりますので、少々お待ちを」
アルスターはお尻を蹴られることを覚悟しつつ設営を急ぐ。が、予想に反して蹴りは飛んでこなかった。なにやら難しい顔をして考えている様子のドリスト。そう言えば、戻って来るにしては随分と早いように思う。ドリストはどんなに有利な戦況でも昼寝の時間を優先するため突然の撤退は珍しくないのだが、昼寝の時間にはまだ数時もある。
「えっと、陛下はどうされたのでしょう?」アルスターはギャロに訊いた。
「それがですねぇ……城に敵がいなかったんでやんすよ」ギャロは首をひねった。
「はい? 城に敵がいない?」
「ええ。完全にもぬけの殻でやんした」
「がーっはっはっはー!」と、バイデマギスが笑う。「大方、俺らにビビって逃げ出したんだろうよ!」
今回の出撃はドリストの突然の命令で始まったため事前の情報収集が万全ではなかったものの、カーナボンには帝国軍総帥のギッシュや剣聖エスクラドスが守備についていると思われた。『帝国四鬼将』と呼ばれる猛者の内の二人であり、ビビって逃げるような騎士ではない。
アルスターも首をひねっていたら、西の方向から「へいか~へいか~」と、慌てた様子でドリストを呼ぶ声がした。見ると、死刑囚で太鼓持ちの魔術師キャムデンが、ものすごい勢いで走って来る。そしてドリストらの前で土埃を巻き上げながら急停止した。
「……へ……陛下に……急報で……ございます……」
息も絶え絶えに言うキャムデン。キャムデンは一見すると王に媚びへつらう小物だが、実は侮れない魔力を持っている。最も得意とするのが疾風のごとく走ることができる魔法だ。この魔法を使えば馬よりも早く走ることができるため、急報の伝達には大いに役に立つ。もっとも、彼がこの魔法を使うのは、もっぱら敵から逃げる時なのだが。
キャムデンは息を整えると、懐からメモ帳を取り出し、パラパラとめくった。「エストレガレス帝国の皇帝ゼメキスが兵二十万を率い、トリアより西アルメキア領オルトルートへ侵攻、あっという間に制圧してしまいました」
「に……二十万!?」思わず声を上げるアルスター。かつて大陸最強を誇った旧アルメキア軍を引き継いでいる帝国とは言え、そうやすやすと率いる兵力ではない。オルトルートは、現在イスカリオ領となっているソールズベリーの北西にある城だ。そこから兵を分け、イスカリオ側に侵攻してくる可能性が高い。
「陛下! ソールズベリー防衛のため、すぐに戻りましょう!」と、アルスターは提案するが。
「それが――」と、キャムデンが報告を続ける。「ゼメキスは制圧したオルトルートを放置し、そのまま全兵力で北西のエオルジアへと侵攻して行きました。現在オルトルートは、もぬけの殻です」
この報告に、ドリストの目が鋭くなった。
せっかく落としたオルトルート城を放置? どういうことだろう? この情報が間違いでないのなら、ソールズベリーから攻め込めば簡単に制圧することができる。だが、誤報であることはもちろん、なんらかの罠である可能性も考えられる。安易に攻め込むのは危険かもしれない。
「……へ……陛下……いかがいたしましょう?」アルスターは恐る恐る指示を仰いだ。
ドリストは、しばらく鋭い目で沈黙していたが、やがて、唇の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた。「クックック……ゼメキスのヤツ、やるじゃねぇか」
「……はい? それは、どういう意味でしょうか……?」
「あん? なんでもねぇよ」と言った後、ドリストは続ける。「まあ、敵がいないんじゃぁしょうがねぇ。ヤローども! 出直すぜぇ! おいアルスター! てめぇは残ってカーナボンを制圧しときな!!」
そう命令すると、ドリスト達はアルスターを残し、ソールズベリーへと戻っていった。