二人に肉薄したフローレスは、まずは小手調べに横薙ぎにクレイモアを振るう。単調で鈍重な一撃ではあるが、その一撃の威力は計り知れず、危機感を覚えた二人はそれを間一髪で回避する。
そのままクレイモアは大理石の柱に直撃し、凄まじい破壊音と衝撃波を引き起こす。
「貴様は我輩にとって実に興味深い。是非ともその力を我輩にもっと見せてくれ」
「クソッ!」
クレイモアを振り抜いたフローレスは、振るった勢いそのままに、標的を両儀式に切り替えるとそのまま両儀式に接近し猛攻を仕掛ける。
「我輩は疑問に思うのだ。貴様の体から感じる魔力の全ては貴様の物の筈なのに、その魔力の何処かに僅かな違和感を感じる」
「どういう意味だよ!?」
「つまりこう言う意味だ。
「はぁ?」
「貴様の体の中に、もう一人別の貴様がいるということだ」
「生憎と何の話かさっぱり分からねぇな!」
クレイモアの一撃一撃を避け、ナイフでいなしながら両儀式は隙を見て魔眼を用いてフローレスの鎧を切り裂かんと反撃する。
「(硬ぇ…)」
しかし、鎧の装甲は両儀式が思っていた以上に頑丈で、斬りつけている両儀式の腕が痺れを感じる程だ。
それでも魔眼を使い、彼女はフローレスから浮かび上がっている筈の死の線を探すが、フローレスから死の線は全く浮かび上がっておらず、彼女は攻めあぐねていた。
「もう一人の自分がいるのに何故そいつは体の危険に反応しないのか…。貴様が単に出てきて欲しくないと命令しているのか、はたまた本当にそれを自覚していないのかの二択になるな」
「だから本当に何の話なんだよ!」
両儀式をクレイモア片手で、そして背後から攻撃を仕掛けてくる三蔵を素手でいなしながらフローレスは考えを巡らせる。両儀式の口振りから察するに、彼女自身は本当にそれを自覚していない。ではどうすれば彼女はその力を発揮してくれるのか。
「ではもう一人の貴様を引き出すために、貴様の生存本能を刺激してみよう」
「グゥ…!」
「両ちゃ…きゃあ!」
両儀式への何度目かの攻撃の後、フローレスはクレイモアを振ると見せかけ回避しようとした両儀式の腹部に蹴り飛ばす。その光景を見て思わず彼女を助けようと動いた三蔵を、フローレスがすかさず魔力弾で吹き飛ばす。
柱を2、3本巻き込みながら吹き飛んでいく彼女を一瞥した後、腹を抱えて悶絶する両儀式に近づき、首を掴むと自分と同じ目線になるように持ち上げる。
「どうだ?これで少しは貴様の生存本能が刺激されたのではないか?」
「ハッ!この…程度で…刺激される訳…ねぇだろうが…クソッ……タレの…髑髏野郎が!」
「…そうか、つまらんな」
フローレスの問いかけを罵倒で返す両儀式。その様子にフローレスが落胆を見せた瞬間、クレイモアが両儀式の腹を深々と貫いた。他ならぬフローレスの手によって。
「ガァァァァっ!」
「最早貴様に興味は無い。敗者は敗者らしく地を這いつくばっていろ」
激痛に絶叫する両儀式に淡々と言い放ちながら、フローレスは最後の最後に彼女自身に何か起こらないかと一縷の望みを抱きながら彼女の顔を覗き込み、全身の魔力の流れを隅々まで観察する。
だが、それでも両儀式自身に何らかの変化はなく、肩を落としたフローレスは、両儀式からクレイモアを引き抜くとぞんざいに彼女を地面に投げ捨てる。
「せっかく楽しい闘争になりそうだったのにとんだ興醒めだな。酷く不愉快だ…
…気晴らしに奴を軽く血祭りにあげておくか」
「ッ!」
両手で傷口を押さえながら両儀式は、フローレスの言葉に反応し、フローレスの視線の先にいるマシュと藤丸の姿に、目を鋭くして彼を睨む。
「もしそれが嫌なら今貴様が持ちうる全力でかかって来い。そうすれば我輩の気に留まるやもしれんぞ」
「テ…メェ!」
両儀式は出血をものともせずに駆け出し、上段から力一杯ナイフを振り下ろすが、それは素手でいとも容易く受け止められてしまう。
「弱い、あまりにも弱い一撃だな。ここまで我輩が闘争の為に殺さず手加減してやったのにその程度とは片腹痛い。雑魚は大人しく己が殺されるのを黙って待っているがよい」
彼女の持っているナイフを握り砕くと、両儀式を近くの柱まで殴り飛ばす。しかし、いつの間にか両儀式の後ろに回りこんでいた三蔵が両儀式を受け止めたことによって、柱に衝突せずに済んだ。
「大丈夫両ちゃん!」
「うっ…せぇ……なぁ…。後、両ちゃん…言うな。安心…しろよ、この程度で…死ぬかってんだ。」
「お腹刺されたのに安心なんて出来る訳ないじゃない…!」
両儀式の腹部の傷を服の布を引き裂いて手当てする三蔵に、両儀式が目を向ければ、彼女の体も所々に擦り傷や火傷が残っているかなり酷い状態だった。そんな体なのに助けに来てくれた三蔵に、両儀式は思わず破顔する。
「三蔵、頼む手を貸してくれ」
「手を貸してって、無理よ両ちゃん。だってその傷じゃあもうこれ以上戦闘は…」
「いいから!オレを信じろ、まだあいつに一泡吹かせるだけの作戦がある。それに、この作戦が上手くいけば皆助かるかもしれねぇんだよ」
傷を抑えながらなんとか立ち上がった両儀式は、三蔵に協力を乞う。彼女からの突然のお願いに、三蔵は困惑したものの、ボロボロの両儀式の体を見て、冷静に両儀式を諭そうとする。
しかし、両儀式の覚悟を決めた目に見つめられ、彼女は諦めたかのような一つ溜め息を吐く。
「…分かったわ。因みに、それってどんな作戦なの?」
「それはーー」
両儀式からの簡単な作戦の詳細を聞いた三蔵は、途中で一度険しい顔をして両儀式を見つめたものの、何も言わず最後まで両儀式の作戦を聞き続けた。
◆◆◆◆◆◆
投擲された複数のナイフは、フローレスの頭部や首に吸い込まれるように接近し、フローレスの振り向きざまの一撃によって全てが粉砕される。
「ほう、その体でまだ動けるとはな。しぶとさだけならそこいらの雑魚よりかは幾ばくか上か」
「黙れよ髑髏野郎」
「減らず口が良くほざく」
後ろに振り返ったフローレスの視線の先には、如意棒を構えた三蔵と、傷口を抑えながらナイフを構える両儀式の姿があった。
「今更その体で我輩とどう戦う気だ小娘共。これ以上は時間の無駄だと何故分からない」
「生憎とオレは往生際が悪くてな。負けっぱなしは性に合わねぇんだよ!」
両儀式の言葉を皮切りに二人は走り出し、先に三蔵がフローレスの頭部目掛けて如意棒を突きだす。フローレスはそれを当然のように左手で受け止め、強引に投げ飛ばそうとするが、それよりも早く両儀式のナイフがフローレスの眼の部分を深々と突き刺す。
「…そこにナイフを刺したからと言って、我輩を殺せる訳ではない。それが分からない程馬鹿では無いだろう?」
「当たり前だ。それに、オレの狙いはそこじゃねぇ!」
フローレスの眼に深々と突き刺したナイフを手放した両儀式は、如意棒を掴んでいるフローレスの左腕に手を伸ばしながら、魔眼を極限まで集中させ、
「なんと…!」
フローレスは初めて驚きの声を上げた。両儀式が掴んだナイフによって、左腕は引き千切れ、引き千切れた腕はそのまま地面に落下し、辺りに硬質な音を響かせたのであった。
「へっ、どうだよ」
「…貴様、何時からそのナイフを我輩の腕に…」
「やっぱり気付いてなかったんだな。最初だよ最初」
両儀式はナイフをフローレスに突きつけながら睨み付ける。睨まれたフローレスは眼に刺さったナイフを右手で引き抜きながら無言で両儀式を見つめ返す。
「これはテメェが障壁を解除したって言ったとき、オレが投げたナイフの一本さ。自分の鎧に余程自信を持ってたのか知らねぇが、投げた後に鎧の状態を確認しなかったのが仇になったな。まぁオレも、テメェに首掴まれてなきゃ気付かなかったけどな」
「……フッ、フフ…ハッハハハハハ!!そうかそうか、つまり我輩は、わざわざ貴様に勝機を与えてしまったと言うことか!これは我輩が一泡吹かされてしまったようだ!愉快、実に愉快であるぞ両儀式!」
両儀式の解説を聞いたフローレスは大きな声で笑い声を上げ、とても楽しそうに両儀式を称賛する。フローレスの予想とは別の反応に、両儀式と三蔵は若干困惑する。
「故に残念だ。本当に残念でならない」
「はぁ?どういう意――」
両儀式が言葉を続けようとした瞬間、フローレスがその場から消え、両儀式と三蔵は腹部への衝撃で吹き飛ばされる。三蔵は近くの柱に激しく打ち付けられ、両儀式は床を滑るように減速する。両儀式と三蔵が立っていた場所の少し手前に、片足を上げた状態のフローレスが立っていた。
「こんな形での幕引きなど、我輩は微塵も望んでいなかったのだがな」
「待っ……ぐぅ!」
「貴様はそこから動くな」
足を下げ、そのまま両儀式へと近づくフローレス。右手に持っていたナイフは、ふらつきながら立ち上がろうとする三蔵の手の甲に深々と突き刺し、柱と縫い合わせる。
「正直、この特異点に来てからある程度貴様には期待していた。ここでの戦闘で一度貴様に失望したが、貴様は我輩に一泡吹かせる為に短時間で作戦を練り上げ、見事我輩に一泡吹かせた。誇るが良い」
「…そいつぁどうも」
跪くような体勢の両儀式の真正面に立ったフローレスは、静かに両儀式に言葉をかける。両儀式も、それが心からの称賛だと理解すると、ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、自然と口元が緩んでしまう。
「貴様は我輩と言う強敵を相手にここまで食い下がった。我輩も貴様の粘り強さに敬意を表し、貴様をここで倒す事でこの戦いを終わりにしよう」
「そいつは願ったり叶ったりだ。オレを倒したら、他の仲間には手出しすんなよな」
「我輩は嘘は言わん。必ず守ろう」
フローレスが右腕を上げると、先程までフローレスのいた場所の床に刺さっていたクレイモアがひとりでに宙に浮かび、フローレスの手元に戻ってくる。
「さらばだ両儀式。また、戦おうではないか」
「テメェの相手なんてもう金輪際したくねぇよ」
フローレスがクレイモアを高々と振り上げるのを見た両儀式は、ゆっくりと瞼を閉じ、頭を垂れる。そして、振り下ろされたクレイモアは、無情にも両儀式を頭から切り裂き――
「…ん?」
しかし、クレイモアを振り下ろした先にいつの間にか両儀式の姿はなく、フローレスは辺りを見回し、自身の背後にいる少女が目に映る。そこには、長髪に白を基調とした着物を着た、両手に刀を持つ両儀式と同じ顔をした少女の姿があった。
「…そうか、両儀式貴様。今になってやっと『反転』したのか」
「……」
両儀式と呼ばれた少女は、フローレスの問いに何も答えず、無言で刀を構える。フローレスも、それに答えるようにクレイモアを構える。
「面白い。ならば延長戦と洒落こもうではないか、両儀式!」
フローレスはとても愉快そうに、仮面越しに嗤いながら両儀式に突撃する。
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