「どうやらキミはここに来るべくして来たらしい
な」
皮肉をぶつける。
普段は誰も訪れない学園長室。つまりは私の部屋だ。
部屋を構成するものは全て私の趣味で選ばれ、私の思うように置かれている。
この政治家とかが座っていそうな回転椅子も自分で選んだものだ。確かフランスとかで作られたものだったと記憶している。
そんな私の世界と言っても過言ではない部屋に、異物があった。
異物である彼は、学園長である私に呼び出されているのにも関わらず、なんら緊張していない様子である。私のオーラが見えんのか。職員室で畏れられているだろう私のオーラが…論点はそこでは無いか。
「来るべくして、って僕は呼び出されの身なんですけど」
ふてぶてしくこう言い出す始末である。
私が学園長だと理解しているのだろうか。
授業を受け持っているであろう国語の主任が、
「アイツは、問題のない問題児ってところですよ」
と、気障ったらしくヤケに自慢げに私に言ってきたから、どれほどかと思えば。
天里纏理という生徒は、担当した教師から概ねそのような印象を与えるらしい。職員室が「それ分かる〜」と盛り上がった。校長と私はなんのことだ、と顔を見合わせることになった。
さて、実力を見せて貰おうか。
「説教があるなら学園長の過去の面白い話と絡めながらお願いします。」
ほぼ無表情で言うので、おそらくジョークのつもりではない。ちょっと、人を喰ったような態度が過ぎるんじゃないかね。
早くも彼の将来が心配になって来る辺り、職業病だな。
早くも前言を撤回したくなってきた。なんで呼んじゃったの、と後悔が始まる前に。人格矯正を施したくなる前に。会話を進めてしまうとしよう。
「用件が何だか、予想がつくかね?」
頭の回転はどうだろうか。悪くは無いだろうと思うが。
「たぶん、希望する部活動の欄が無回答だった件だと思うんですけど。正直、外れてて欲しいです」
まさか寸分違わず言い当てるとは思っていなかったので意外だった。
呼び出された用件が分かってないから、慇懃無礼な空気を発しているのかとも思ったが、どうやら素らしい。余計にタチが悪い。
長い間、人を見る仕事をしていたが、あまり見たことのない、珍しいタイプだ。
10年に一度の逸材、とか呼ばれるタイプだ。
「残念ながら予想は正解だ、おめでとう天里くん。人形いるかね?」
引き出しから某クイズ番組の人形を引き出しながら言う。
あ、眉根が寄った。学園長室に入ってから、全く表情が動かなかったので、少しホッとする。
ずっと無表情の人間と対面するのは、誰だって得意じゃないだろう。
「固辞させてもらいます。学園長もあの紙を見るって、本当だったんですね」
本当にイヤな顔をする辺り、腹芸とかは下手そうだ。
あと、私のポリシーはしっかり伝えておこう。しっかりと息を吸い込んで、
「私は嘘が好きではないからな。単なる脅しの文句として使われるのは頭に来るんだ」
すると彼は目を見開いた。そして言った。
「その考え方、いいですね。参考にさせて貰います」
「あ、あぁ」
唐突にヨイショしてくるものだからビックリした。全くその気配が無かったもんだから、返事も適当になってしまう。
くそぅ、年齢では三倍くらい差があるだろうが、一瞬、舌で押し負けた。
この分だと担任とか、教科担当とかかなり苦労してそうだが。座談会でも開くべきか。めちゃくちゃ盛り上がるのが目に見えた。
左の指でこめかみをトン、と叩く。必要なのは冷静さ。思い出せ、ここは私のホームじゃあないか。
ポン、と拳を手のひらに打ち下ろす音が部屋に響いた。そして、今思いついたかのように語り出す。
「部活動の件で言い・・・聞きたいことがあるんですけど」
「・・・何かね?」
今、彼は何かとんでもないことを言い掛けたが流そう。あー、今年こそ流しそうめん会やりたいなぁ。大きな竹をどこかから調達せねば…。
「創部って何人からでしたっけ?」
え?と言い掛けて止める。なんとか思いとどまった。音飛びしたCDを聞いた気分だった。思いっきり別の話が始まってしまったような。
それが顔に出ていたのだろう。彼の追撃、もとい補足が入る。
「あ、説明しますね。僕は部活に入らない気満々だったんですけど、学園長から呼び出しを受けるってことは、入らないと不味いってことですよね、でも入りたい部活が無かったので、創部条件に人数の問題があったらイヤだなぁと。見たところ校則とかにも載って無かったので、もう聞いてしまおうって」
「・・・・・・・・・」
言い分はぶっ飛んでいるはずなのに、ちゃんと論理が通ってるあたりが厄介である。彼の言うとおり、創部に関しては特に条文が無いのは確かである。
しっかりと校則読んでるんだ。意外。
しかも、それ、私に、学園長に聞いちゃうの。
ちょっと意地の悪いことを言おう。不安になるだろう一言を。
「創部を私に直談判しに来たのは、創立してから初のことだ」
「あ、ありがとうございます」
何故か頭をかきながら言う。シラミでも居たのか。いやいや違うって。なんとなく彼のことが分かってきた。
ーーー天里纏理は決定的に、何かがズレている。
まるで、事故でネジを一個失くしてしまった、ネコ型ロボットのように。もういっそのこと、彼のことはポンコツだと考えよう、そう決めた。
さっきのも褒められたと勘違いして照れたのだろう。
「で、学園長。一人からでも創部を認めて貰えますか」
認めない理由は、特に無い。とりあえず「部活加入率100%」とパンフレットに書きたいだけであるので、部活をしてくれるのはこちらとしても願ってもないことだ。
てっきり部活に入らない、とか言い出すものとばかり思っていたからな。しかし、問うべきことはある。
「キミは何の部活を作るつもりなんだ?」
今日一の鋭い目、キリッとした雰囲気を纏い、ノータイムでこう答えた。
「オカルト部です」
「そうか。して、どのような活動を?」
お前が十分にオカルトだよ、と言いかけたのを飲み込んで聞いてみる。純粋に興味もある。
「オカルト部をやってたら、自然と彼らの方からやって来て貰えるかな、と思いまして」
予想の斜めを行くだろうことは読めていたので、動揺はしなかった。ちょっとふざけ返そう。
「つまり、君がオカルト部を構えることによって、宇宙人や幽霊がこんにちはしてくる、そういう想定ということかな」
「…いや、そんな気軽に挨拶してくるような不可思議存在はちょっと引きますね。まぁでも大体合ってますよ。そんな気分です」
一瞬は考えるようなそぶりを見せたが、ここまで来れば嫌でも分かってくる。
あんまり考えて喋ってない。脊髄反射で喋ってやがる。
だから、人よりも会話スピード及び思考スピードが早いんだろう。
普通の人ならちゃんと相手の言ったことを脳まで運んで、吟味してから自分の言葉を返すだろうところを、こいつは文面を特に噛み砕くこと無く飲み込んで返事を返している。
バカにされているような気がする。本人に悪気は無いのかも知れないが、看過して良いものでもあるまい。注意すべきかと、頭を抱えたくなった。
「学園長、部の創設を認めて欲しいんですけど」
「あぁ、それについては安心してくれていい。キミはこれからオカルト部の人間だ。大々的な宣伝活動に出てもいいぞ」
私の言葉に驚いたようで、目がとても丸くなっている。一本取れたような気がして、心に気持ちいい風が吹きつけるような、そんな感覚を覚えた。
やってやったぜ。
そして、風は良いアイデア、もちろん困らせるようなものを運んで来た。即ぶつける。
「なら一つ、私から調べて欲しいことがある」
「何でしょう」
ここで狼狽えて欲しかったところであるが、まぁいい。こっからが難題だ。きっと、彼は散々困ることになるだろう。
「この学校の、七不思議について調べてみたまえ。それなりに面白いだろう」
聞くや否や、どこからともなくメモ帳、真っ黒なメモ帳を取り出してメモを始める。
「やってみます。レポートとかにまとめた方が良いですかね?」
「あんまり小さい文字にしてくれるなよ」
ハッとしたような顔をして、
「了解です。あ、僕の用件は以上ですけど、学園長はまだ何かあります?」
「無い。とっとと部活にでも励みたまえ」
「では、失礼します」
綺麗な礼をして、天里纏理は去っていく。あぁ、ホントだよ。ホントに失礼だった。
学園長に自分の用件を突然に突きつけやがって。アポを取れよアポを。学園長が何なのか分かっているのか。
そこらへんは私は生徒といえど容赦しないんだからな。全く。
私は椅子に座ったままだったハズなのに、おそらく立ったままより疲れただろう。
五十肩が再発しそうな雰囲気があった。
ペン置きに立ててあった、モヤットボールみたいな肩を叩くやつで、凝った肩を叩く。
ああ〜効く〜。
久しぶりに生徒と正面からやりあった。
…どうにも現役だった頃の職業病は、未だに抜け切らないらしい。
「三つ子の魂百まで」とは言うが、一度手につけた職にも同じことが言えるのかも知れない。
そう考えると、天里纏理は将来何になるんだろうか。いや、何になってしまうんだろうか。
忌々しく思いながら、ちょっと気になってしまっている私が居た。