それでも大丈夫。もしくは『ジーク・カイザー・スルト』な方は本文をお楽しみください。
スルトは暗闇の中を漂っている。死の王という存在によって暗闇の世界に囚われた。一緒にいた友はいない。幻影とわかっていても、友を巻き込みたくなかったから暗闇に囚われる瞬間に突き飛ばした。
「……スルツェイの奴め。怒っておったな」
驚くでもなく、自分を連れて行かないことに怒りの表情を浮かべていた友の幻影。その辺りも本物にそっくりだ。
死の王を名乗る謎の声も一喝して消しとばした。すると残ったのは暗闇の世界に囚われたスルトだけだった。
どれだけこの世界にいるのかわからない。あるいはこの暗闇の世界に永遠に囚われるのか。そんな問答がスルトの頭に浮かぶ。
「ふん、埒もない。私は死んだ。それだけが真実であるというのに」
「その言葉は一方で正解で一方では不正解だな」
暗闇の世界に死の王とスルト以外の声が響く。驚きと共にスルトはその声の方向に振り返る。
そこにいたのは胡散臭い笑みを浮かべた白いフードの男であるヴァイス・ブレイブの召喚士と、複雑そうな表情を浮かべた自分の国王時代の軍師・ロキであった。
「貴様もついに死んだか」
「残念ながら俺は生きているよ」
「ならば何をしに来た。ここは死後の世界ではないのか?」
スルトの言葉に召喚士は胡散臭い笑みを浮かべながら口を開く。
「ここは死後の世界ではないさ。あえて言うなら死後の世界の一歩手前と言ったところか」
「……なに?」
スルトの訝しげな言葉に召喚士は相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「スルト。あんたの肉体は死を迎えた。だが魂は死を迎えずに死の王に取り込まれる予定だった」
「どう言う意味だ」
召喚士はここで初めて感情を見せる。それは心底愉快そうな笑みだった。
「死の王はあんたの魂を取り込んで強力になるはずだった。だが、あんたの魂は死の王という器に収まる魂ではなかった。これは愉快だよ。あの自分の思い通りになると思っている愚かな存在はあんたの魂の器を計り間違えたんだ。そして奴は恐怖した。ムスペル国王スルトをな。だからこの世界にあんたを閉じ込めた。いつか魂が摩耗して取り込めるようになるまでな」
スルトはどこかで納得した。道理でたまに映像が流れると思ったら己の起こした戦争で命を落とした者達の映像だった。
スルトはそれを鼻で笑う。
「笑わせてくれるわ。私は王になった時に悪意も怨みも悪名も……全てを受け入れる覚悟をしている。あの程度の映像では私の意思は揺るがん」
スルトの言葉に召喚士も愉快げに笑う。
「その通りだ。あんたの意思は揺るがないだろうさ。だが、死の王はそれがわからない。超越した存在だからこそ『ムスペル国王スルト』という個人が理解できない。どうしても『ムスペル国王スルト』という存在を『人類』という大きな括りで見てしまう。それがあれの愚かなところとも言えるが……そこが一番愉快なところとも言える」
そこまで言って召喚士は心底愉快げに笑う。それは『死の王』という存在を侮蔑しているような笑いだった。
その笑いを見ながらスルトは不快そうに召喚士に問いかける。
「それで? 貴様は何をしにここに来た? いや、それ以前にどのようにここに来た?」
スルトの言葉に召喚士は先ほどまで浮かべていた侮蔑の笑みを消して、胡散臭い笑みに戻る。
「まず後者の質問。これは単純だ。この世界にはちょっとした魔法で侵入することが可能だ。まぁ、単独でできるのは俺が知る限りとある世界の花の魔術師くらいだがな。俺はロキの協力があって来ることが可能なだけだ」
召喚士はそう嘯く。
「よくぞそこまで口から出まかせが出るものよな」
「おや? これでも交渉の時には誠実の二文字を大事にしているつもりなんだがな」
「それならば『ロキの協力があって来ることが可能』などという嘘をつく必要はあるまい。貴様は単独でここに来ることが可能であろうに」
「何を根拠に?」
「国王としての勘よ」
スルトの返答に召喚士は再び愉快そうに笑った
「ハハハハ! これはいい! 実にいいよ前ムスペル国王スルト! なるほど、ロキが言っていた通りだ。あんたが生きていたら間違いなく世界平和の妨げになるだろうな。そして死の王があんたの魂を取り込もうと躍起になるのも理解できる。あんたという魂を取り込めればあれは前回よりさらに強力になる」
「……貴様。死の王を知っているのか」
「おっと、つい口が滑ったな」
口ではそう言いながら少しも困った様子を見せない召喚士。つまりは死の王と召喚士が知り合いだということがスルトにバレても問題はないということだろう。
「召喚士。あれはなんだ?」
「さぁ。今はまだ答えられないな。なにせ俺もまだ推論の域を出ていない。不確定情報を根拠に動くのは軍師としてやりたくない」
「減らず口のなくならない男よな。どこぞの女狐とそっくりだ」
スルトがチラリとロキを見ると、どこかロキは困った笑みを浮かべている。国王時代に見れていればヴァイス・ブレイブの連中によって溜まっていたストレスが少しは軽減できていたことだろう。
「それで? 前者の質問に答えをもらってはおらんのだが?」
スルトの言葉に召喚士はフードを外す。そこから出てきたのは生真面目そうな片眼鏡をかけた青年。とりわけ美形というわけでもなく、かと言って醜いというわけでもない。どちらかと言えば軍師ではなく駆け出しの学者のような顔つきである。
突如頑なに隠し続けていた顔を出したことにスルトは驚きながらも表情には出さない。その反応も召喚士は予想通りだったのか特に表情を変えるわけでもなく口を開く。
「前ムスペル国王スルト。ヴァイス・ブレイブに来ないか?」
スルトは召喚士の言っていることが一瞬理解できなかったが、すぐに聡明な頭脳が召喚士の言ったことを理解する。だが、理解したところで困惑が深まるだけだ。
「……意味がわからんな。確かに貴様らヴァイス・ブレイブは私に対しての怨みは浅いだろう。だが、ニフルの王女達は私を許すことはないだろう。何せ親の仇だ」
「当然の疑問だな。だが、公式文書であんたは死んでいる。そして死体もまた晒された。ニフルの国民があんたを生きているなんて思っていないだろうよ。フィヨルムとスリーズに関しては問題ない。一国を代表する立場の人間として、個人の感情を優先させるような輩だったらニフルには不要だろうさ」
そこで初めてスルトの背筋に冷たいものが走る。目の前の男は国に損をさせるような王族だったら消すと言ったようなものだったからだ。
スルトの考えに気づいたのか、召喚士は相変わらず胡散臭い笑みを浮かべながら口を開く。
「勘違いしないで欲しい。俺は『国』という枠組みを守りたいわけじゃない。『民』という存在を守りたいのさ」
「……信じられんな。ムスペルを追い詰めるためにその『民』すらも利用した男の言葉なぞ」
「その通りすぎて何も言えないな」
スルトの言葉に愉快そうに笑う召喚士。
「単刀直入に言おうか。前ムスペル国王スルト。俺はあんたを利用したいのさ。あの愚かな『死の王』という存在を消すためにな。ロキはあんたの魂の器がわかった。そしてそれが取り込まれれば『死の王』が不死に近くなる。それを防ぐためにあんたを俺に殺させた。俺だったらあんたの『覇王の器』を危険視して魂を焼却させると読んでな」
召喚士の言葉にスルトの視線がロキに向かう。そこには生前には見たことがない沈痛な表情を浮かべた元軍師がいた。
その姿を見て召喚士は愉快げに笑って言葉を続ける。
「俺は自分が利用されることが大嫌いでね。だからあえてあんたの魂を焼却しなかった」
「理解できませんわ。貴方様は『死の王』を知っている。そして誰よりも『死の王』の存在を危険性もまた理解している。なのになぜ『死の王』を強くするような真似をするのか……」
そこにいたのは見慣れたロキではなく、世界の行く末を案じた女の姿だった。
そんなロキの言葉を召喚士は鼻で笑う。
「だったら素直に俺に協力すればいい。下手に利用しようとするからこうなる。まぁ、俺もスルトの『覇王の器』がこれほどとは思っていなかったがね。素直に賞賛するよ。前ムスペル国王スルト。ここに囚われた人間は大半が『死の王』に取り込まれる。あんたは数少ない例外だ」
「……理解できんな」
「安心しろよ。俺はあんたに理解して欲しくてこの話をしているわけじゃない。『スルト』っていう強力な駒が欲しいからこの話を持ちかけている。魂が無事だったら肉体は用意することが可能だ。つまりは蘇生できるってことさ」
そこまで言って召喚士はスルトに手を差し伸べる。
「どうだ前ムスペル国王スルト。もう一度生きるチャンスが欲しくはないか?」
召喚士の言葉にスルトは頭が沸騰する。
「笑わせるなよ小僧!! この私が!! このムスペル国王が!! 我が身可愛さに蘇ることを肯定すると思ったか!!」
スルトの一喝も召喚士は胡散臭い笑みを変えない。
「あんたがそのつもりならそれでいいさ。だがな、スルト。現在のムスペルはヴァイス・ブレイブの監視下にあることを忘れていないか?」
召喚士の言葉にスルトは振り上げていた手を止める。それは召喚士の顔面スレスレであったが、召喚士は表情を変えない。
「私が断ったとき、貴様はムスペルに何をする気だ……!!」
「さて、何をするかね」
スルトの問いに召喚士は胡散臭い笑みを浮かべたまま、ずれた片眼鏡を直す。
スルトは一度だけ大きく深呼吸をして気分を落ち着ける。
「……1つだけ聞かせるが良い」
「なんだね?」
スルトの問いに召喚士は相変わらず感情の読めない笑みで返してくる。
「貴様をそこまでの『絶望』に追い込んだのはなんだ?」
スルトの問いに召喚士の表情が完全な『無』となる。だが、スルトはそれを無視して言葉を続ける。
「貴様のその瞳は全てに『絶望』した者の瞳だ。いや……違うな。期待していた者に『絶望』した者の瞳だ。貴様の根底にあるのは『狂気』と『絶望』だ。何が貴様をそこまで追い込んだ」
スルトの問いに召喚士は答えない。ロキも黙っているために暗闇の空間に静寂が訪れる。
そしていつもの胡散臭い笑みではなく、自嘲の笑みを浮かべながら召喚士は口を開いた。
「別に追い込まれちゃいないさ。俺が勝手に『人』という存在に『希望』を見出していて、1人で旅に出て『人』の本質を知って勝手に『人』という存在に『絶望』しただけさ」
「……貴様らの仲間でそれを知る者はいないのか?」
「リンだけさ」
召喚士の「あのバカ2人にも気づかれてはいないんだがなぁ」という呟きをスルトは聞き逃さなった。
スルトには王となってもスルツェイという掛け替えのない友がいた。そして自分を慕ってくれる娘達や家臣達がいた。
だが、自分の娘と同じ年頃の青年にはたった1人しか理解者がいないのだ。それはどれほどの苦痛であろうか。たった1人にしか理解されず、ただ『絶望』し続ける。それがどれほどの地獄であろうか。
そう考えてスルトの覚悟は決まった。
「我はスルト。死の国に堕ちた我すらも隷従させる……それを成し得るのはやはり、貴様しかおるまい」
そう言ってスルトは召喚士の前に立つ。一瞬だけ呆気にとられた召喚士だったが、すぐにいつもの胡散臭い笑みに戻る。
「俺に利用されることを認めるのか?」
「それは違うな。私も貴様を利用してムスペルを守るのだ。お互いに利用しあう……貴様もこちらの方がわかりやすかろう」
スルトの言葉に召喚士は愉快そうに笑って手を差し出してくる。スルトもその手を握り返す。
スルトは願わずにはいられない。この誰よりも『人』に希望を見出している青年に『救い』があることを。1人の『大人』としてこの『大きな子供』が救われることを願ってしまう。
スルトでは不可能だ。人々の縁に恵まれたスルトでは彼を完全に理解することはできない。おそらくは彼のことを1番理解しているリンという人物も不可能だろう。
(だから彼が本当に救われるその日まで。その近くにいてやることもまた一興であろう)
そう考えながらスルトはシンモラを担ぎながらロキが開いたゲートから暗闇の世界から出ていくのであった。
スルト
前ムスペル国王。作者は『死者が蘇るとか御都合主義展開許さねぇから』と考えていましたが、作者のムスペル愛の前にはそんな考えは塵のようなものでした。我がヴァイス・ブレイブのスルト陛下は迎撃隊形を継承させたので反撃で敵を滅殺してくれます。天空もつけてあげたいなぁ……
召喚士
作者の脳内設定を出していくスタイル。烈火時代の設定も色々作ってますけどきっと出てくることはない。
ロキ
FEHのおっぱいさん。原作ではきっと悪い立場での暗躍でしょうが、こちらの世界では本当に世界平和のために暗躍しているスタイル。独自設定も作っているので生かせる機会があれば出して行こうかと思っています。
結局何が言いたいの?
スルト陛下は偉大で、召喚士がラスボスってことさ
そんなわけで前ムスペル国王スルト陛下復活編でございます。賛否両論はあるでしょうがこの作品ではこのような展開で復活していただきました。召喚士の設定を少し出しましたが、今後に生かされる予定は一切ありません。いつも通りに頭の悪い話を投げていく予定。
スルト陛下復活によって第3章のストーリーメンバーも決定しました。陛下、レーギャルン、ロキ(あと1人は適当に)のムスペル降伏組です。ヘルビンディかレーヴァテインがいればどちらか使うんですがねぇ。ですが原作はともかくこの作品でのヘルビンディは陛下の忠臣なのでそのうちすり抜けでやってくる気もしてます。