ハリー・ポッターと呪われた瞳ーInnocent Red   作:轟th

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お久しぶりです、轟thです。
以前申し上げました通り、こちらは前作のリメイク版になります。
手直しをしましたので、別物じゃんと思われるかもしれません。
それでも宜しければ、このままお進みください。

後、久しぶりの更新なので色々と忘れています。
変なところがあったら、ご指摘ください。訂正は時間がかかりますが。

では、本編をどうぞ。


名前を持たない少女

 物心つく頃、それがいつを示すかは個人によるだろう。

 

 

 厳密な定義はないが、記憶と一緒に何らかの感情が芽生え始める時期とされる。

 

 

 それを小学校に入ってから、あるいは幼稚園に通っていた頃からと言う者もいるだろう。

 

 

 だが、“彼女”がそれを抱いたのは、一歳になって間もなくだった。

 

 

 目も眩む程の緑色の閃光と、母親が叫んでいた言葉。

 

 

 その二つが彼女にとって、最初に記憶。

 

 

 そして彼女が抱いた感情は―――絶望だった。

 

 

 

 

 

「………また、か」

 

 いつだって、あの夢を見た日の翌朝は気分が最悪だ。

 これまで飽きるほど見た光景だと云うのに、一向に慣れる気配がない。いや、悪夢に魘されて飛び起きては煩いと殴られていた頃に比べれば、マシになったと考えるべきなのだろうか。あの脳裏に焼き付いた光景が何を意味するのかは分からないが、いい加減にして欲しいと思ってしまう。ただでさえ眠れる時間は少ないのだから。

 ため息をこぼし、枕元にある古ぼけた置時計に視線をやる。

 

「二度寝の暇は……ないか」

 

 そう呟いた直後。

 ドンドンッと、部屋の戸が外から強く叩かれた。

 

「何してんだい! いい加減に起きてきな!」

 

 扉の向こうから、嗄れた老女の声が響く。

 何も知らない人が聞けば何事かと思うだろうが、こちらは既に慣れたものだ。これ以上待たせると立て付けの悪い木戸が本当に壊れかねないので、ギシッと軋む簡易ベッドから降りて手早く支度を整える。普通なら年齢を問わず女性の身支度は総じて時間がかかるものだが、こと彼女に関しては例外と云えるだろう。

 何しろ行うのは肩に触れる程度の長さの髪を適当に纏めるだけ。部屋の片隅にある古い洋箪笥の中に入っているのは年頃の女の子らしく可愛らしい洋服……ではなく、ゴムの伸びきった灰色のTシャツと擦り切れたジーンズが何点かのみ。下着は比較的新しい物が入っているが、飾り気の欠片もないシンプルな白のみ。

 履き潰されたローファーを履き、ズボンの裾を引きずりながら部屋を出る。

 

「遅い!」

 

 開口一番がそれだった。

 部屋の前で仁王立ちし、両腕を組んだ老婆は皺の入った顔をより歪ませていた。

 ここで反抗的な態度を取ろうものなら頬を打たれるか、あるいは暴言を吐かれることは少女も長年の経験から分かり切っているので何も考えないようにしながら素直に頭を下げる。

 

「ごめんなさい、ロージャー」

「全く、この穀潰しが! 誰のおかげで生活できると思っているんだい!?」

「ロージャーのおかげです」

「分かってるなら、さっさと仕事に取り掛かりな!」

「はい」

 

 老女はそう吐き捨てると、背を向けて去っていく。

 この場面を見ただけでも少女と老女の関係が最悪であることは一目瞭然であり、奴隷に近い扱いを受けながらも反旗を翻さないのは少女が老女に養われているからだ。ロージャーと呼ばれた老女は孤児院の院長であり、そして少女は赤子の頃から孤児院で暮らしている孤児だ。

 付き合いとしては五年ほどになるが、ロージャーは一度として優しさを見せることはなかった。それは少女だけに留まらず他にもいる孤児たちに対しても同じであったが、その中で少女への当たりが一番酷いのは決して彼女の気のせいではない。

 ロージャーは確かに、少女に厳しく当たっていた。

 しかしそれも仕方ないことだと、彼女も受け入れていた。

 

「……我ながら、気持ち悪い」

 

 窓ガラスに映った自分を、卑しめる。

 手入れの行き届いていないボサボサのくすんだ黒髪に、ルビー色の右目とエメラルド色の左目を持った頬のこけた少女。

 少女の瞳はヘテロクロミアと呼ばれる、左右の眼で虹彩の色が異なる虹彩異色症だ。虹彩の色はその内部で生成されるメラニン色素の量によって決まり、量が多ければ黒人や黄色人種に多く見られる濃褐色、少なければ白人に多く見られる青や緑色などの虹彩をもつことになる。これは先天的にも後天的にも発症する可能性のある症状だが、少女のものは少し特殊だ。彼女の目は後天的に変化したものだが、病気や外的衝撃、手術などの外的要因なしに起こった。それこそ、ある日目が覚めたらぐらいの感じで。

 最も、老女が忌避するのは眼だけが原因ではないが。

 

「何ボーッとしてんだい! さっさと仕事をしな!」

「はい、ロージャー」

「フンッ、全く気味の悪いガキだよ。あのバカも面倒事を残しやがって」

 

 機械的に返答する少女に、老婆は悪態をつく。

 ロンドンの片隅にあるこの孤児院は、かつて別の人物により管理が行われていた。

 その人はとても出来た老人であり、身寄りのない子供たちを引き取っては我が子のように愛情をもって接していた。国の助成金や有志による寄付などにより経営は成り立っていたが、決して裕福とは云えない生活ではあった。それでも少女を含め孤児たちは、自分たちを人として扱ってくれた老人を心から慕っていた。

 しかし穏やかな日々も、彼が病死したことで音を立てて崩れた。

 病死した彼の代わりにやってきて、新しい院長となったのがロージャーだった。話によれば前院長の実の姉に当たる人物らしく、遺言から弟の残した孤児院を引き継ぐことになったらしい。

 それから経営方針は変更となり、孤児たちの生活は一変した。

 食事は朝夕の二回から夕方の一回、風呂も五日に一回のペースに減らされた。そして元々孤児たちで出来る範囲での掃除は手伝っていたが、全ての雑務をこなさなければならなくなった。更に定期的に大通りで行っていた募金活動も、今までは集まったお金はある程度は子供たちで自由に使って良かったが、全てロージャーに回収された。

 まるで奴隷のように毎日こき使われる日々に子供たちは不満こそ抱いていたが、例え老女をどうにかしたところで何も意味はなく、かといって孤児院を出て行ったところで宛がある訳でもないので黙って受け入れるしかなかった。

 所詮、自分たちの居場所はここにしかないのだと。

 ならば、ここで耐えている方が最低限生きていられる。

 

「Time changes things……」

「何ブツブツ言ってんだい、人形娘(ドール)!」

 

 忌々しそうに、老女は罵倒する。

 少女には元々きちんとした名前があったことは何となく覚えているが、五年近くも呼ばれずにいれば誰だって忘れてしまう。ロージャーがわざと名前ではなく人形娘と呼ぶようになったのは、それは少女があまり感情を表に出すことのない子供だったからだ。別に感情がない訳でも、感情が理解できない訳でもない。老女に殴られて腹も立ったし、前院長が亡くなった時には悲しいと感じていた。

 不気味な少女への恐怖心を誤魔化す為に、口汚く罵ることで平静を保っていたのかもしれない。

 いずれにせよ、ロージャーがどう呼ぼうと少女には関係なかった。

 

「とっとと仕事に取り掛かりな!」

「はい、ロージャー」

 

 そして今日も、少女は淡々と仕事にこなす。

 胸中に、明日への夢も希望も抱かず生きていく。

 

 

■■■■■

 

 

 その日、一人の男性がロンドンを訪れていた。

 まだ茹だるような暑さでないにせよ、季節外れにも重たげな漆黒のローブを纏った奇妙な男性だった。肩まである黒くねっとりとした髪は前側で左右に分けられ、そこから見える顔は土気色をしている。中でも特徴的なのは大きな鉤鼻だろう。

 不健康そうな表情から分かる通り、彼は普段は自分の研究室に篭もり気味の人間だ。本当なら今頃は部屋で来季から始まる新学期に向けての準備をしなければならないが、とある事情からこうして重い腰を上げて外に出てきたのだ。

 

「よりにもよって、この場所とは……」

 

 そこは、帝王が育った場所。

 事情を知る者ならば、誰もが忌避して近付こうとしない場所。

 “母親”の仇が暮らしていた同じ建物に、“彼女”の娘が暮らしている。

 

「やはり、吾輩にはあの方の考えは理解できぬ」

 

 ふぅっ、と首を振る。

 そこで男性は、自分に向けられる視線に気がついた。

 

「………」

 

 いつから、そこにいたのか。

 手入れのされていないボサボサの黒髪をした、見窄らしい姿の子供がこちらを見ていた。庭の手入れでもしていたのか、手には抜き取られた雑草が入ったちりとりがあり、その指先や頬には土汚れがついている。

 少女は男性に怯えることもなく、かといって子供らしく好奇心に満ちたものでもなく、ただ無機質に男性のことを見詰めている。

 直接会ったことも写真を見たこともなかったが、彼には一目でわかった。

 誰に言われずとも、“彼女の娘”を見紛う筈がない。

 

「……初めまして、お嬢さん」

 

 意を決し、男性は少女の前に立った。

 出来るだけ怖がらせないよう、腰を屈めて視線を落とす。

 笑顔を浮かべないながらも、普段の仏頂面をなるべく抑える。

 

「………こんにちは」

 

 少女は軽く会釈する。

 表情こそ無表情であったが、光の灯った瞳は真っ直ぐに見つめてくる。

 

「申し訳ないが、ここの院長に会わせてもらえないだろうか?」

「……誰?」

「ああ、吾輩の名はセブルス・スネイプ。《ホグワーツ》にて教鞭を執っている」

「教鞭……先生、ですか?」

「その通り。お嬢さんの名前を教えてもらっても構わないかな?」

「名前……忘れた。ロージャーはドールって呼ぶ」

「まさか……何てことだ」

 

 少女の返答に、男は愕然とした。

 「やはり十年前に止めておくべきだった」と、心の中で強く後悔した。

 

「仕事をサボって何してんだい!?」

 

 そこへ施設からロージャーが出て来る。

 どうやら廊下の窓から少女が立ち止まっているのを見掛け、怒鳴りに来たようだ。ただ、直ぐに男の存在に気が付くと、こちらは隠す様子もなく不審者を見る目で男を睨みつけてきた。不躾な視線にも男性は姿勢を戻すと、軽蔑するような冷たい目で見降ろした。

 

「誰だい、アンタは」

「吾輩はスネイプ教授。ホグワーツよりダンブルドア校長の名代で参った」

「ふんっ! その教授様が、こんな場所に何のようだってんだ!」

「この度、こちらの少女に対して、我が校への入学説明の手紙を持ってきた」

「入学だって? アンタ、いつそんなのを受けたのさ!」

 

 ロージャーに詰め寄られたが、少女は首を横に振った。

 この学校へ入学するには試験を受ける必要はなく、ただ“ある素養”を持った十一歳になる少年少女へと送られる物なのだから。だから少女に身に覚えがないのも当然であり、老女から責められる理由は一つとしてない。

 

「こんな、自分の名前もろくに書けないガキが入学できるわけないさね!」

「その子には“ある素養”が見出された為、許可が下りたのだ」

「素養ぉ? 不気味悪いだけの小娘に、何ができるってんだい!?」

「貴様には関係のないことだ。疾く、失せるがいい」

 

 そう言って、スネイプは腕をふるった。

 するとロージャーの目が虚ろとなり、のそのそと建物の中へと戻っていった。

 

「これで邪魔者はいなくなった。これを受け取るがいい」

 

 少女の前に差し出されたのは封筒だ。

 少女は手に持ったちりとりを置き、手の汚れを服で拭ってから恐る恐る受け取る。

 封を切って中を確認すれば、中には二枚の羊皮紙が入っていた。

 

『親愛なるマリア・エバンズ殿。

 この度は、ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお慶び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。新学期は九月一日から故、お間違いなきよう。お会い出来ることを楽しみにしております。

                ホグワーツ魔法魔術学校 校長 アルバス・ダンブルドア』

 

 一枚目を読み終え、少女は首を傾げる。

 意味がよく分からなかったのでもう一度読み直すが、意味がよく分からない。

 

「魔法、魔術学校?」

「左様。君のように魔法使いの素養がある者を教育する機関だ」

「魔法使い……お伽噺じゃないの?」

「マグルの世界では架空の存在だが、魔法使いは確かに実在する。そして間違いなく、君もまた吾輩と同じ魔法使いなのだ。例えば君が怒った時や怖かった時、何か不思議なことは起こらなかったかね?」

「……うん」

 

 少女には、身に覚えがあった。

 例えば、懐いていた猫が傷付いていたのを助けたいと願った時、何故か一晩で元気になっていた。

 例えば、同じ孤児の少年が自分のことを虐めてきた時、その子はいつの間にか屋上の上に移動していた。

 例えば、腰まであった黒髪を目障りと老女に切られた時、翌朝には元の長さにまで戻っていた。

 どういう理由からか、少女の感情が高ぶると決まって不思議なことが起こった。

 それを幾度となく目の当たりにしたロージャーは少女を化け物と恐れるようになり、他の孤児からも畏怖の目を向けられるようになった。元々は相部屋だったのが一人部屋に変わったのも、誰一人として彼女と同じ空間に居ることを拒否したからだ。

 これらの出来事が魔法によるものだったと、この男性は告げる。

 

「身に覚えがあるようだな。それが魔法だ。とは言っても、未だ魔力の正しい使い方を知らない故に強い感情にだけ反応している。しかしホグワーツに通い、そこで御する術を学べば魔法は君の思いのままに使うことができるであろう」

「でも、何も知らない」

「大丈夫だとも。何しろ君は彼女の――」

 

 そこまで言いかけて、彼は口を噤んだ。

 男性が何を口にしようとしたのか分からないが、“彼女”とは誰のことだろうか。

 

「兎も角、手紙は確かに渡した。同封されているリストに必要なものが書かれている。吾輩も何かと多忙な身なのでな、代わりの者が同行して買い物に付き合ってくれる。一応、必要な物は事前に確認しておきたまえ」

「あ、あの……!」

「何かね?」

「お金……持ってない」

 

 年齢を問わず、学校に入学するには金が掛かる。

 勉強する上で教科書や筆記用具に始まり、制服や着替えも準備する必要がある。それらを全て学生の方で揃えるとなれば、それなりの金銭を用意しなければならない。そんな大金を孤児に用意できる筈もなく、ましてやロージャーが立て替えてくれる訳もない。

 そんな少女の心配をよそに、男性は想定通りと云わんばかりの反応を返した。

 

「費用の心配はない。君のご両親が、ちゃんと遺産を残してくれている」

「……両親?」

「だから心配する必要はない。それと言い忘れたが、誕生日おめでとう」

「誕生日?」

 

 思わず首を傾げてしまう。

 その反応に男性は少女が何を不思議がっているのか分らなかったが、直ぐに理由を察した。

 

「……まさか、自分の誕生日を知らないのかね?」

「知らない」

「歳は?」

「ん……10歳くらい?」

 

 少女の答えに、ショックを受けた。

 この子は、この偉大なる少女は自分のことを何も知らないのか。

 

「いいかね、マリア。君の誕生日は7月31日だ」

「明々後日?」

「そうだ。その日を以て、君は11歳になる」

 

 そうなのかと、少女は他人事のように頷いた。

 まるで喜ぶ様子もない少女に男性は口を開けたが、直ぐに閉ざした。

 

「では吾輩はこれで失礼させてもらう」

 

 パチンッと音を立て、まるで霧のように目の前から消え去った。何も知らなければ手品か何かと思っただろうが、あれが魔法なのかと少女はいいようのない喜びを感じていた。いつか自分も同じことが出来るのかと。

 

「………ボク、親がいたんだ」

 

 遺産が残されている、と云うことは。

 自分は捨てられたのではなかったのだろうか。

 いや、ここで考えたところで詮無きことだと直ぐに思考を切り替える。

 

「マリア・エバンズ……それが、ボクの名前」

 

 正気に戻った老女が飛んでくるまで、少女はその名を繰り返した。

 

 

 




リメイク版は如何だったでしょうか?
スタート地点からすら前作とは異なったモノと相成りました。まぁ、前から愚兄と一緒なんて幼女が可哀想すぎると言われてきましたので、もう最初から別の場所から始めようと考えました。
こちらの方が、愚兄が暴走しやすいんだけどね!

クリック? クラック! また今度!
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