ハリー・ポッターと呪われた瞳ーInnocent Red 作:轟th
何だか年を取るごとに、時間の過ぎる感覚が短くなっていく。
そして不意に、自分は何をしているのだろうかと考える瞬間がある。
あー、可愛いことイチャイチャしたい。
では、本編をどうぞ。
はぁ、と寒さで吐き出した息は白く染まる。
ホグワーツは周囲を山々に囲まれた場所にあり、校舎から見える大きな湖は凍てつき冷たい鋼のように張り詰めている。厚みとしては数十センチにも及び、その上で多少暴れまわったところで割れはしないだろう。流石にこの時期になると昼間ですら外気に触れれば肌寒く、当然ながら日が落ちれば寒さは一気に増すことになる。
「うぅっ、寒い」
廊下を歩く足は、自然と早る。
本来なら寮に帰っていなければならない時間帯に、マリアは一人で校内を歩いていた。
向かう先は職員室、用件のある相手は魔法薬学のスネイプ先生。理由としては図書館にて借りていたジグムント・バッジ氏の著書、『魔法薬之書』の内容で分からないところが合ったので聞くためだった。時間を考えれば明日にするか、あるいは物知りなノエルに訊ねるという手もあったが今回はそうしなかった。前者は単純に気になって寝れそうになかったから、後者に至っては聞こうにも聞けない状況にあった。
彼はマルフォイから貰ったものを食べて、カナリアに変身してしまったのだ。どうやら『カナリア・クリーム』なる悪戯用のクリームが塗られていたらしく、それに引っかかったノエルは喋られず澄んだ美しい声でさえずるしか出来なくなった。下手人いわく、暫くすれば元に戻るとのことなので今は大人しく談話室でさえずっている。
つまり、マルフォイが悪い。
「あれ、誰もいないのかな?」
職員室のドアをノックしてみるも、反応はない。
先に訊ねた地下室にある魔法薬学の教室には先生の姿はなかったので、てっきり職員室にいるとばかり思ったのだが。いや、もしかしたら何らかの作業に集中するあまり、ノックの音が聞こえなかったのかもしれない。
そう思いつつ、ドアを少し開けて中を伺ってみると。
「先生……いたけど」
中にはスネイプ先生の姿のみが見える。
しかし何らかの作業に従事している様子ではなく、先生はガウンを膝までたくし上げて顔をしかめていた。目を凝らせば、片方の足がズタズタになって血だらけになっていた。まだ傷が塞がっていないのか、傷口からは鮮血が流れている。
拙い物を見た、と思ってドアを閉めようとしたが。
「誰だ、そこにいるのは!?」
気配を感じたのか、スネイプ先生がドアの方を睨む。
気付かれた以上は仕方がないと、マリアは大人しくドアを開けて中に入る。
「エバンズ!」
スネイプ先生は慌てた様子でガウンを戻し、足を隠した。
「エバンズ。こんな時間帯に何故、寮から出ているのかね? 事と次第によっては、如何に我輩の管理する寮の生徒とて罰せなければならない」
「すみません。読んでいた本の中で分からない場所があったので、先生にお尋ねしようと思いました」
「……ルカニアに尋ねなかったのかね?」
「ノエルは、その、ちょっと話せない状況でして」
「………吾輩も今は手が離せない。質問なら明日答えるので、今日はもう帰りなさい」
「分かりました。おやすみなさい、先生」
「ああ、良い夢を」
会釈し、職員室から出る。
スリザリン寮へと戻る途中で管理人のフィルと鉢合わせたが、スネイプ先生の元に包帯を運ばなければならなかったらしく、急いでいたので夜に寮を抜け出していることを見逃された。そうして寮へと戻る道すがら、ふとマリアはあることが気になった。
「あんなに酷い怪我なら、保健室に行けばいいのに」
保健医のマダム・ポンフリーなら、あっと言う間に怪我を治してくれるだろうに。
そうせず、わざわざ包帯を巻くのは怪我をしている事実を他人に知られたくないからだろうか。
「………事情はどうあれ、早く良くなるといいな」
先生を思いやり、マリアはそう呟く。
寮へと戻ってきたマリアを出迎えたのは既に人に戻っていたノエルだった。彼はしなやかで細長い胴体に短い四肢をもち、鼻先がとがった顔には丸く小さな耳がある見覚えのない真っ白な毛並みの
余談だが、翌日マルフォイの顔色は極めて悪かった。
「え、スネイプ先生が?」
ある日の放課後。
いつものように図書館に来ていたマリアは、そこでハーマイオニーからそう告げられた。
「ええ、私も信じられなかったけど、事実なのよ」
グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合のことだった。
試合の最中、ポッターの乗る箒がまるでロデオマシーンのように激しく震え、彼を振り落とさんと異常な軌道をとっていた。それが呪いによるものだと考えたハーマイオニーが競技場内を双眼鏡で見渡せば、スネイプ先生がポッターから目を離さず絶え間なくぶつぶつと何かを呟いているのを見付けた。
そこでハーマイオニーが機転を利かせ、気付かれないようにスネイプ先生のローブの一部を燃やしたのだ。これにより妨害は成功となり、箒の制御を取り戻したポッターは金のスニッチを掴み取ることでチームを勝利に導いた。
「………正直に言えば信じられないかな。別にハーマイオニーを嘘つき呼ばわりするつもりはないけど、幾らポッターを毛嫌いしているスネイプ先生だからってそんな生徒を危険な目に合わせるようなことをするとは思えないよ」
確かにスネイプ先生には不公平な所がある。
特にグリフィンドールに対しては顕著であり、何かあれば直ぐに減点してくる。
「話は変わるけど、クリスマスも近いのに何をそんなに調べているの?」
平行線になると思ったのか、マリアは話題を変えてきた。
対面に座るハーマイオニーの周りには棚から引っ張ってきた分厚い本が何冊もつまれていた。
「実はある人について調べているの。ニコラス・フラメルって名前に聞き覚えはない?」
「ニコラス・フラメル?」
訊ねられ、マリアは思考を巡らせた。
ハーマイオニーもさる事ながら、マリアも図書館にある本は入学して以来それなりの数を読破している。マリアの場合は勉強や興味の持ったもの以外だと生きていく上で役に立ちそうなタイトルを見つければ目を通すようにしているが、残念ながらそれらしき人物には覚えがなかった。そもそも名前だけでは探すのは難しい。
「ちょっと覚えがないかな。他に何か特徴的なものはないの?」
「ええ、名前しか分からなくて。出来れば休暇に入る前に見つけておきたかったのだけど」
「ハーマイオニーは帰省するの?」
「ええ。マリアは帰らないの?」
「んー……特に必要性はないかな」
元より、帰っても居場所などない。
どうせロージャーにこき使われるのが目に見えているので、帰省する気は最初からなかった。
「それより、準備は済んでるの? 休暇は明日からだよ?」
「あっ! フラメルのことに夢中になってて忘れてた! 急いで準備しないと!」
ハーマイオニーは大慌てて本を片付けると、図書館から飛び出していった。
それと入れ違いになる形で入ってきたノエルは、マリアに気付くと先ほどまでハーマイオニーが座っていた席に腰を落とす。
「ハーマイオニーが何やら慌てた様子で出て行ったが、どうかしたのか?」
「帰省する為の準備を忘れてたから、今からやりにいったんだよ」
「あー、成る程」
納得し、ノエルは懐から取り出した古い手帳に目を落とす。
いや、眼帯のせいで実際のところは分からないが、顔の向きからしてそう思える。
「ねぇ、前から気になってたけど……眼帯しているのに、見えてるの?」
「ん? ああ、見えてるぞ。これは只のアイマスクじゃなくて魔法具の一つでな、付けていても周囲がきちんと見えているんだ。周囲からは見えないがな」
分かりやすく例えるのなら、マジックミラーだ。あれは入射してくる光の一部のみを透過して一部を反射させることにより、明るい側からは鏡に見えるのに暗い方からは向こうが見えている仕組みになっている。
「初めて会った時は付けてなかったよね? なのに今はどうして?」
「……ちょっと俺が他人と“目を合わせる”と面倒なことになりかねないんだ。あの時は急いでいたから忘れたんだ」
「そうだったんだ。あっ、ノエルはニコラス・フラメルって名前に聞き覚えある?」
「ニコラス・フラメル? ああ、『賢者の石』の創造した人のことだろう」
「なにそれ?」
ノエルはため息をこぼし、説明を始めた。
錬金術とは物質のあらゆる構造を解き明かし、それらを以って新しい物質を生みだそうという学問を指す。人間を含め世界とは不完全に満ち溢れているから、より高みを目指すべく完全なるものに到達することを目的としている。
その中でも賢者の石とは錬金術における至高の物質。鉛や錫などの卑金属を黄金に変え、不治と呼ばれる病も如何に死に瀕した傷をも瞬く間に癒し、薬として飲めば決して老いることも死ぬこともない肉体を与える。無数の名前を持ち、形状についても諸説ある。錬金術師の至上命題はこの石の製造と、それによる金の錬成である。
「フラメルはこの石を製造した現存する唯一の錬金術師だ。錬金術に携わる者なら誰もが知っているぞ」
それがどうした、と訊ねられる。
マリアは正直にハーマイオニーに聞かれたことを伝えた。
「アイツ、錬金術に興味でもあるのか? 因みにフラメルはダンブルドアの友人らしい」
「へぇ、そうなんだ?」
「今は忙しいだろうから、後で時間があったら教えておいてやれ」
「うん、そうする」
そのまま二人は思い思いに時間を過ごした。
もし貴方が賢者の石を手にしたら、どうしますか?
その力をもって、苦しんでいる人たちを癒し救う聖人になりますか?
その力をもって、巨万の富を生み出して贅沢三昧な大富豪になりますか?
その力をもって、死も老いも知らぬ仙人になりますか?
私は――。
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