ハリー・ポッターと呪われた瞳ーInnocent Red 作:轟th
それと本来ならもう少し長くなる予定だったのを、執筆可能時間を鑑みて丁度よい所で切って投稿することにしました。おそらく、そうしなければ次の投稿が来月になりかねなかったので。
では、本編をどうぞ。
そうしてクリスマス休暇が始まった。
ホグワーツに在籍している生徒の殆どが休暇を楽しむべく、ホグワーツ特急に乗って実家へと帰省していた。しかし強制ではなく希望制なので、一部の生徒は帰らずにホグワーツに残って冬を過ごそうとしていた。マリアもまた後者に当たり、彼女は人気のない談話室にて図書館で借りてきた本を読んでいた。
他の学生は同じ寮生と一緒にチェスなり外で雪合戦などをして過ごしているが、マリアには生憎とその手の遊びを一緒にする相手はいない。同じスリザリンの女子生徒はマリアとどう接したらいいのか分からず、他の寮に至ってはスリザリンという理由で忌避されてしまっている。
だが、決してボッチではない。
「流石に、誰もいないと……肌寒いな」
普段は喧騒とした談話室も、今は静寂に包まれている。
聞こえてくるのは暖炉で燃える薪が立てるパチパチという音とページを捲る音のみ。
「……ノエル、まだ帰ってこないかな」
現在、友人であるノエルもまた寮にはいない。
彼は荷物を取りに行くために帰省しており、本人が云うには今日中には帰ってくるとの話だが。もう夜の19時を過ぎてしまっている。
「どうやって帰ってくるのかな? ………あれ?」
と考え込んでいると、急に暖炉の火が燃え上がった。
誰も新しい薪を投入した訳でもないのに、炎は独りでに勢いを増していた。
何事かと見詰めていると、炎をかき分けるように中から人が出てきた。
「……ノエル?」
「ん? ああ、マリアか。ということは、ここはスリザリンの談話室か」
ふぅっ、と荷物を置いて手近の椅子に座る。
状況がよく分からないマリアは本を置くと、ノエルの近くに移動する。
「ノエル、どうして暖炉から出てきたの?」
「魔法使いの家の暖炉はネットワーク化していて、『
「じゃあ家からホグワーツに移動してきたの?」
「いや、俺の家は繋がってないから漏れ鍋から飛んできた」
「そうなんだ。用事は済んだの?」
「ああ、必要なものは取ってきた……悪い、疲れたからもう休むわ」
ノエルは反動をつけて立ち上がると、荷物を持って階段を上がっていく。
マリアも適当に時間を潰し、適当なタイミングで部屋へと戻っていった。
翌朝、マリアが目を覚ますとベッドの足元にはプレゼントが堆く積み上げられて山を形成していることに気が付いた。それが何であるのか最初は理解できなかったが、意識がハッキリすると直ぐにそれがクリスマスプレゼントだと察した。
無論、マリアはこれまでにクリスマスを含め、誕生日にも贈り物を貰ったことは一度としてなかった。よく「良い子にしていたらサンタがプレゼントをくれる」という話を聞くが、マリアは幼くしてサンタクロースなる存在が架空であることを理解していた。夢も希望もあったものではなかったが、それが現実だった。
だからこそ、プレゼントが贈られたことが信じられなかった。
「誰からだろう……」
プレゼントの前に腰を下ろし、一つずつ手に取る。
最初に手にしたのは白色の包装紙に緑色のリボンが施された箱、中にはお洒落なティーカップとソーサーが一組入っていた。素人目に見ても高価な代物なのが分かり、落とさないように慎重に箱に戻してから差出人を確認すれば、贈り主は友人のマルフォイだった。
「嬉しいけど……何処で使おう?」
一先ず置いておき、次のプレゼントに取り掛かる。
ハーマイオニーからは羽ペンとインクのセット、クラッブとゴイルはお菓子の詰め合わせ。後は名も知らない男子生徒たちからのプレゼントが混じっており、どうしてかと思わず首をかしげた。
「あれ、ノエルから……ない」
何度見直しても、ノエルからのプレゼントはない。
別に約束をしていた訳ではないので仕方ないが、やはり貰えないのは哀しい。
「………ご飯、食べに行こう」
落ち込んでいても仕方がないので、私服に着替えて部屋を出る。
何処か重い足取りで階段を下りてゆけば、まるでマリアを待っていたかのように私服に着替えているノエルが談話室にて立っていた。
「おはよう、マリア」
「うん、おはよう」
無表情って便利だなと、マリアはこの時思った。
でなければ今頃、己のタイミングの悪さに頬を引きつらせていたことだろう。
「後五分遅かったら、夜にしようと考えてたんだが」
どうやら後五分遅ければ、鉢合わせずに済んだらしい。
思わず、運の無さに嘆きたくなる。
「メリークリスマス。これは俺からのプレゼントだ」
差し出されたのは、細長いケース。
受け取って蓋を開けてみれば、中に入っていたのは銀色に輝くチェーンの付いた小さなペンダントだった。シルバーのクロスの中央には、小ぶりながらも煌くエメラルド色の宝石が嵌め込まれていてるのが分かる。
「前に約束した品だ。これを身に付ければ、呪詛は多少は弱まる」
「ありがとう。あの……付けてもらっていい?」
「ああ」
ノエルはペンダントを受け取ると、チェーンの留め具を外してマリアの首に回す。
カチッと留めれば、くるっと回ってマリアはノエルの方を向いた。
「………どう?」
「似合ってるよ、マリア」
褒められ、顔が熱くなるのを感じる。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ノエルは話を切り出す。
「悪いがちょっと出掛けてくる。調べ物だが、遅くなるかもしれない」
「? 解った」
ポンポンと頭を撫ぜ、ノエルは荷物を手に部屋を後にする。
スリザリン寮を抜け出したノエルは、真っ直ぐに上を目指した。
目的の部屋の前に立つと、彼は注意深く周囲に人影やゴーストがいないことを確認してそっと扉を押し開けた。僅かに開いた隙間から身体を擦るように室内へと入り、開けた時と同様に音を立てないように戸を閉める。
これで第一条件はクリアだ。
「さて、入口は……あそこか」
扉を潜って目の前にある、大きな手洗い台。
人がいないことは確認済みだが、念の為にと杖を手に洗面台へと静かに歩み寄る。
台の前に立ち、空いた手で蛇口の周囲を触れば蛇の刻印がされているのが分かる。試しにハンドルを捻ってみるも、壊れているのか蛇口からは水は出てこない。
「これだ、間違いない」
『そこにいるのは、誰?』
咄嗟に杖を構える。
人の気配はなかったのに、確かに声が響いてきた。
しかし、杖を向けた先には人影はなく、何かが動いた形跡もない。
「………気のせい、か」
『ばあっ!』
「っ!」
振り返った直後、目の前に少女の顔がドアップで出現した。
反射的に後ろに飛んだノエルは、その
「はぁ……ゴーストか」
『そうよ。私の名前はマートル、ここに住み着いている亡霊』
「ここって……トイレに?」
『ええ。かれこれ50年になるかしらね。それで、貴方は
暫し考えた末、ノエルは素直に答えることにした。
ゴーストは基本的に死んだ時の状態を保っている。このマートルと名乗った亡霊は見た目からして十代半ばから後半、その瞳から察せられるように好奇心旺盛だろう。なのでここで無碍に扱おうものなら、自分のことを言い触らす可能性がある。
この時のノエルの考えは、ある意味で当たっていた。彼女は『嘆きのマートル』と呼ばれ、数いるゴーストの中でもトイレに住み着いている奇妙な幽霊だ。彼女は癇癪持ちであり、事あるごとに騒ぐので女子生徒たちの間では有名だった。因みにノエルは警戒していたが、ここを利用しようと考える生徒は殆どいない。
リスクは出来るだけ避けるべきだ。
「俺はこの父の手記に書かれた場所を探りに来た」
『ふーん……それが、何で女子トイレに繋がるわけ?』
「違う、逆なんだ。元は入口があった場所に、女子トイレができてしまったんだ」
『何で?』
「詳しくは知らないが、マグルの文化を取り入れた結果らしい」
『それで? あんたはそれを調べて、どうするつもりなの?』
「さてな。正直、奥になにがあるのか皆目検討もつかん」
『そうなんだ。まぁ、いいわ。用が済んだらさっさと出て行きなさいよ』
そう言い残し、マートルは去っていった。
一先ず邪魔されずに済んだことに安堵し、ノエルは再び作業に取り掛かった。
「さて………――“開け”」
ノエルから発せられた音に反応し、手洗い台が時計回りにスライドしていく。そのまま床の中へと収納されていき、そこに現れたのは――孔。
覗き込んだ所で底など見えないほどに、暗く昏く冥い孔。
「
とある哲学者の言葉。
鬼が出るのか蛇が出るのか、ノエルは意を決して孔へと飛び込んだ。
最後に書いたのはフリードリヒ・ニーチェ著の「善悪の彼岸」に出てくる一文です。
最初にこの言葉を聞いたときは意味が分かりませんでしたが、ある程度大人になってから改めて考えてみて、その通りだと思いました。
必死に怪物を倒そうとする己は、相手から見れば自分を殺す怪物。
正義とは悪であり、悪もまた正義である。
「戦争はどちらにとっても正義である」とは誰の言葉だったでしょうか。
クリック? クラック! また今度!