METAL GEAR NEXISーNew generation gearー 作:saver
今回は過去話と棗の設定周りが中心ですが、少し短めです
「つ、疲れた……」
試合の後、ピットに帰還した私はISを解除し、備え付けの長椅子に突っ伏す
ネイキッドモードは装甲やシールドの維持に使用していたエネルギーを最低限に留めて残りを全て速度に回した、謂わばリミッター解除形態のようなものである
故に、私と[ヴァイパー]は物理的接続を行なっているため、とても疲れるのだ
「お疲れ様、ほら、スポーツドリンク」
「うむ、良い試合だった……しかし改めて見ると、いや、すまない、余計だったな」
「言ったでしょう?今更気にしていませんて……それと、ありがとうございます、一夏さん」
打鉄を使用していた時の全身スーツとは違い、今の私はハイネックのスク水のようなISスーツを着ている状態だ
だがそれでも神経接続をする上に四肢のサイボーグ部位をISのパーツに置換する関係上、NCMS接続プラグが存在する頚椎、脊椎、骨盤、鎖骨といった部位はどうしても露出する事になる
「へぇ〜こんな風になってるのか、サイボーグをこんな間近に見るのって初めてだ」
「うむ、私もテレビで見ただけだからな、新鮮だ」
「……あの、一夏さん?箒さん?」
「む、どうした?」
「なんだよ棗」
主任を筆頭に、テキサス支部のみんなには一糸纏わぬ姿ですら晒したことがある私である
この身体を見られること自体は大したことはない、と思っていた
「……いえ、気にしていないとか慣れてるとか言った手前アレですけど、流石にそんなジロジロ見られると恥ずかしいのですが……」
赤の他人とまでは言わないが、2人とは知り合って数日である
しかも、タイプではないとは言っても同年代の男性にここまで凝視されると流石に恥ずかしさが込み上げてくる
あ、わかった
一夏さんって唐変木とか朴念仁とかって言われるタイプの人だ
「うぇ!?あ、すまん!」
「す、すまない棗」
「いや、まあ、いいんですけどね?」
「あーいや、なんて言うか、機械と生身の調和っていうかさ、綺麗だなーって思ってさ」
「「!?」」
「えっ」
いま、なんと言った?
え?綺麗?私が?
「綺麗、ですか?」
「ん?ああ、無骨だなあとも思うけど、どちらかって言えば俺は綺麗だと思うぜ」
「そ、そうですか……」
凄いとか、カッコいいとか、そんな風に評価されることは多々あった
だが、綺麗だなんて言われたのは初めてだ
「……は、初めてです、そんな風に、言ってくれたのは」
「そうなのか?」
「は、はい……」
「なら、今までの奴に見る目がなかったな」
「……口説いてるんですか?」
「へ?なんでそうなるんだ?」
「……はあ」
ああ、一夏さんって朴念仁な上に天然ジゴロか、これはなんとまあ、タチの悪い
箒さんがあんなに必死になるのも頷ける
「時に一夏、屋上に行こう、少し話したいことがある」
「そうか、わかった
じゃあ俺は行くから、ゆっくり休めよ!」
「はいはい、休ませてもらいますよ」
……お話、無事で済めばいいですけどね
しかしまあ、なんというか
「……きれい」
顔が熱い
サイボーグの掌からも伝わる熱
これはまさか、噂に聞くーー
「これが、恋――?」
「正直キモいのでおやめになった方がよろしいかと」
「げえ、セシリアさん」
「人を関羽雲頂みたいに言うのやめてただけます?」
ピットの奥から姿を現したのはセシリアさんだった
汗ばんだ身体に学園指定のジャージを着て、タオルを首から下げつつストローでスポーツドリンクを飲む様はどこか扇情的である
「……」
「な、なんですの?」
「いえ、別に」
ジャージの上からこれでもかと張り出し、動くその都度たゆんたゆんと揺れて自己主張する巨乳が羨ましくて仕方がない
いったいぜんたい、何を食ってどんな生活をしたらあんな胸が育つのか気になる、英国淑女の嗜みとでも言うのだろうか
「てゆうか、人をゴキブリ扱いしておいてその言い草は流石ですよね、例えが人間なだけ感謝してほしいものです」
「あんな髭面の男に例えられるのは死んでも御免です――って、そんなことはどうだっていいのです、今回はお話に来ましたの」
長椅子に横たわる私を見下ろして宣言する姿は威風堂々というか、なにか憤っているように見えた
「私は特に話すことなんて無いんですけど?」
「あら、ご自分の台詞をお忘れになって?
その身体のことについて“追々話す”、と言ったばかりではないですか
あの身体とIS、私の考えが正しいのであれば――私はあなたが今後ISを使うことに反対です」
なるほど、説明するまでもなく私の秘密に辿り着いたらしい
……一夏さんや箒に話している以上、秘密もクソもないのだが
「……場所を変えましょうか、学内のカフェテリア、一度行ってみたかったのです」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学内の一角に設けられたカフェは国家予算が潤沢に投資されているIS学園なだけあって随分と立派なものだ
麻布十番や青山にあっても顔負けしないお洒落な内装、教育の行き届いた店員、まだ一口しか飲んでいないがコーヒーの味も確かなものだ、セシリアさんが買ったダージリンもそれなりの味わいなのだろう
だが、休日や昼休みであればパソコンを持ち込んで何がしかの作業に没頭する生徒、お喋りに夢中な生徒で賑わうであろうこの場所も、こんな時間となれば人気は疎らだ
そんな店内の一角にあるソファー席に陣取り、ややあってから話し始める
「で、私の体に関することでしたね」
「はい……アレ、真っ当な技術ではないでしょう?」
ISの操作系統は二つある
一つは腕部パーツ内部に存在するコンソールから手動で行うマニュアル操作、もう一つは脳波を感知することで操作するイメージ・インターフェースだ
基本的には肉体の動作に付随させてマニュアル操作を行い、その補助としてイメージ・インターフェースを利用する
だが、それだとどうしても人間の知覚能力、判断能力に依存してしまい動作にラグが生じてしまう
「ISはその量産性の皆無さやパイロットの確保しにくさ、その他諸々の点から兵器失格ですが、それを伴って余りある性能――具体的には戦闘機に勝る速度、戦闘ヘリに勝る機動性、戦車に勝る耐久性、そしてそれら既存兵器を圧倒する火力がウリです
IS技術が持つ可能性は正しく無限大ですが、コアの生産が不可能な上にパイロットの数が制限される以上、既存兵器のようにトライアンドエラーを繰り返す反復研究は不可能だとは言いませんが限界があります
ならば、パイロットでトライアンドエラーを繰り返す方向に持っていくのは、誰しもが一度は考えることでしょう
世の中には、世代遅れの量産機で最新鋭機を圧倒するパイロットだっているのですから」
織斑千冬が良い例である
最近ではISに殆ど乗っていないようだが、彼女は一度国家代表が駆る最新鋭の専用機に対し、打鉄で勝利を収めているのだ
「表沙汰に出来ないだけで、何がしかの形でどの国でもやっている事だと思いますよ?
一騎当千のエースは貴重で重要な戦力です、それが沢山いればその国が有する軍事的アドバンテージは確かなものとなるでしょう」
それこそ、嘗て遺伝子操作技術とクローニングで最高の兵士を作ろうと画策した恐るべき子供たち計画のようにだ
数で戦力を伴うことが不可能ならば、質でそれを伴うしかない、これは各国の共通認識だろう
「2年前、この技術は我が社で産声をあげました
強い人間を産み出すのではなく、何でもない普通の人間に手を加えて強くする方法を採用したのは昔取った杵柄というか、経験からですかね」
そうして産まれたのがISと人を繋ぐ歯車、
人体にISと物理接続するプラグを移植し、ISと人体を完全に同調させてあたかもISを身体の一部のように扱う新世代操作システム
人と繋ぐのだから、通常の操作系統と同様に隙は生じるのだが、既存システムよりも圧倒的に早い反応を可能にしたもので、
「ですが、そう簡単には行かなかったんですよね」
「……失敗したのですか」
「結果的に言えばそうですね、技術は完成し、術後経過も順調、残すは実戦のみ
そして迎えた実施試験、場所は中東、任務内容は某国よりメガトン級核弾頭を奪取したイスラム過激派組織の殲滅、並びに核の奪取でした
結果、組織は跡形も残さず全滅……ですが」
順調に見えた試験は思いもよらぬ結果となった、組織はあろう事か核による自爆を選択したのである
無論、核自爆を止めようと奮闘した――だが、その時に事故は起きた
「幾らISと言えどメガトン級核弾頭の爆心地では絶対防御の発動は必須
それも、流石にその規模の核爆発では絶対防御で助かる保証などありません
しかも運の悪いことに、どこからどう手に入れたのか知りませんがクソのような固さに定評がある拠点防衛型メタルギアが10機ほど出張ってきた上、核の殺傷圏内に非戦闘員どころか無関係の民間人が多く住む街まで存在する始末でした
そんな状況だったので、あの時は嘗て無いレベルで必死だったんですよね
作戦は成功したんですけど、ちょっと無理し過ぎちゃいまして」
あの時起きた事故、それは神経接続による弊害――パイロットへの情報過供給である
NCMSはパイロットと機体間で情報交換速度を飛躍的に上昇させるものだ
だが、この時の私は必死になるあまりISと一つになり過ぎた
ISとのシンクロ率が100%を超えた段階でパイロットへの負担が許容値を超え、情報セーフティを破ってしまうのである
詰まる所、パイロットとISのシンクロ率が高過ぎた為、本来膨大な処理の果てに取捨選択されたごく一部の情報を受けるだけの筈が全ての情報が脳に流れ込んだというわけだ
「作戦行動中はめちゃくちゃ頭が痛いのと、目やら鼻やらから血が出てエゲツない顔になる程度だったので問題なかったんですが、帰還後にISを解除した途端にこう、テレビが消えたみたいになりまして、そりゃもうパニックですよ」
高すぎるシンクロ率がパイロットを殺す可能性、これはとても無視出来るものではなかった
だが、その事故を防ぐ為にシンクロ率を安全なレベルに制限すると通常の操作と大差ない精度まで落ちてしまう始末である
「私、昔は金色ではなく黒い瞳だったんですよ」
前髪をかき上げ、義眼を通常モードから解析モードへ切り替える
セシリアさんには瞳がレンズがフォーカスを繰り返しているように見えているはずだ
「……その話から察するに、あなた被弾の際にダメージのフィードバックを受けていますわね?」
「ご明察です」
ISと人体を繋ぐ、これは非常に痛みを伴う行為だ
身体をサイボーグだらけにするなんてちゃちな理由じゃない
ISに乗って戦うその都度、常に死の危険がつきまとうからだ
ISは既存兵器と毛色がだいぶ異なるが、それら既存兵器の延長線上に存在するのは自明の理である
過去に一度、ISパイロットの養成所へ行ったことがあるがアレは酷いものだった
アレは兵器と向き合う者の姿勢ではない、その先に待つ者、待ち受ける現実も知らず、ただただ強い力に惹かれてやってきた子供の集まりだ
ISは競技用のオモチャなどではなく、戦場の行く末を左右する礫とした兵器であり、己はそれを駆るパイロットであり、一度戦場に出れば殺し殺される立場となる事を理解していない
最初はそれでいいのかもしれない、徐々に現実と向き合って成長すれば良い
だが、訓練を始めて数年以上のベテランと教育者がそんな状況では話にならない
撃墜されれば死の危険が付き纏うのは当然、そんな事も分かっていない
確かに撃墜されただけでは死にはしないだろう、それだけ絶対防御というライフセーフティは強力なのだ
だが、その後はどうなるだろう
友軍が駆けつけて助けてくれる保証なんてない
敵に捕まり、ISを奪われ、拷問され、身も心も凌辱されるかもしれない、そして藁のように死ぬ
絶対防御は便利だ、しかしその存在がどうしてもパイロットと関係者を“死”という概念から遠ざけてしまう
一方、NCMSはISと神経接続を行い、通常の操作ではなし得ない精度と速度を手にする技術だ、これを使っていればISの手であやとりですら可能なのである上、普通ならば感じることはない地面を踏みしめる感触や掴んだ物の感触、表面装甲を撫でる風まで感じられるシロモノだ
だが、その代償としてダメージフィードバックが存在する
一定以上はカットするとはいえ、ISが受けたダメージをパイロットにも感じさせてしまうのだ
別に怪我をする訳ではないのだが、被ったダメージが脳に信号として送られ、現実のような痛みを感じてしまう、その信号が大きければ大きいほど、量が多ければ多いほど、パイロットの脳へかかる負担は強くなる
その先に待ち受けるものは死か、一生残り続ける疵痕だ
「正しく“ISと人を繋ぐ歯車”、と言ったところですわね」
「“それがメタルギア・ネクシスだ”とは、開発主任の談ですよ」
「狂気の沙汰としか言いようがありませんわね……どうせ言ったって聞かないでしょうが、改めて申し上げておきます」
怒りからだろうか、カップを掴む手を震わせながら、セシリアさんはキッと此方を睨みつけ、言い放つ
「これ以上アレを使うのはお辞めなさい
これは、友人としての忠告です」
「……忠告、痛み入ります」
「では――」
「ですが、それは土台無理な話です
私には、アレを使わなければならない理由と目的があります」
一つ目は、私が本来有するIS適正の致命的な低さ
過去に受けた適性検査では“今時珍しいくらい才能がない”、と言われたのは苦い記憶である
私は、NCMSの恩恵を受けて漸く戦えるようになったのだ
「そうまでして、なぜ戦うのです?
“目指すはブリュンヒルデ”と言いましたが、アレどうせ建前でしょう?」
「……喋りすぎましたね
しかし今日は厄日でしょうか、まさか同じ質問を二回もされるなんて……でも、あなたになら話していい
……私は四肢と両親を事故という建前のテロで亡くしました、これだけ言えばお分かりでしょう」
「……仇討ちをする気ですのね」
二つ目の理由、それは織斑先生に語ったように復讐の為だ
「この手と足、ヴァイパーは奴らを根絶やしにするためのモノ
ブリュンヒルデは、その過程にすぎません」
「……そこまで言うのです、相手の見当はついているのでしょう?」
「それ、はーー」
“奴ら”の根は深い
どこに奴らの手のものがいるかわからない以上、おいそれとあの事件の事を話すわけにはいかないのだから
セシリアさんがそうである可能性はゼロに近い
だが、ゼロではないのだ
「まあ、喋りたくない、あるいは喋れないと言うのであれば無理に聞きはしませんわ」
「……感謝します」
冷めかけたコーヒーをぐいっと飲み干し、一息つく
「それはそうとセシリアさん」
「なんですの?」
「一夏さんの事、どう思います?」
「どう、と言いますと……ハッ、まさかあなた、あのお猿さんに本気で惚れ込んで」
「惚れたかどうかは分かりませんが、あんなタラシな台詞吐かれたら動揺の一つや二つもするというものです」
「……いったいどんな台詞を吐いたんですの、あのお猿さんは」
「黙秘します」
それ程に、“綺麗”という言葉は衝撃的だったのだ
心に大砲でも撃ち込まれた気分だった、思い出すだけで俯いてしまう程に恥ずかしい
「セシリアさんも気をつけた方がよろしいかと、一夏さんは天然ジゴロと朴念仁が悪魔合体した神様みたいな男です」
「それは滅ぼすべき悪なのでは?」
「そんな事したら地獄の底まで織斑先生と箒さんが追ってきそうです」
「……それは、嫌ですわね」
かのブリュンヒルデと、天才にして天災と謳われた篠ノ之博士の妹から全力で追跡される未来というのはあまり想像したくはない
「根が誠実なのは分かるんですけどね、一応初心者脱却を目指して稽古をつけていましたが、今時珍しいくらい男らしいというか」
「……まあ、確かに
今思えば支離滅裂であったとはいえ、私の言葉に対してあんな風に返してきた男は初めてです」
何か思うところがあるのだろうか、セシリアさんは思案顔だ
「兎に角アレです、コロリとやられないように注意した方が良いと思いますよ」
「胸に刻んでおきますわ
まあどうあれ、明々後日に控えたあなたと織斑一夏の戦いを見て判断しますわ」
「あ、それについてなんですけどね」
「?」
そうして私は、今一番の問題について切り出した
その時のセシリアさんの顔は今までで一番面白かったと思う
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、廊下に張り出されている学内新聞は昨日の国家代表候補生同士のクラス代表決定戦が一面を飾っていた
『日本対英国、1-1クラス代表決定戦!!』
『織斑一夏と戦う権利は謎の格闘家、日野棗に!』
そんな見出しには棗とセシリアの戦いが事細かに綴られた文章が踊っている
いったいどれだけ高価なカメラを使ったのか、一部は肉眼では到底捉えきれなかった[ブルーティアーズ]と[ヴァイパー]の熾烈な戦いが写真に収められていた
「すごいなぁ」
「明日にはお前が戦うんだぞ、気を抜くな」
「分かってるよ」
昨日何故かキレ気味の箒に引っ叩かれ、赤く腫らした頰を撫でつつ方位の叱咤に答える
明日の放課後に棗との試合――A組クラス代表決定戦の決勝が行われる
初心者からだとシード枠を貰っているのが些か複雑であるが
「それで、あの戦いから盗めたものはあったか?」
「……正直、高度過ぎてなにも参考にならなかった」
勝利者である棗、その専用ISである[ヴァイパー]の特性は掴むことができた
極近接戦闘特化型である[ヴァイパー]はその尖りすぎた性能から射撃戦に弱い、だがそれを伴って余りある機動性、柔軟性を有したISだ
基本的に殴る、蹴るといった格闘戦を主体としているが、ワンオフアビリティかなにかであろう、ハイパ―センサーに干渉する閃光弾や両肘から繰り出した刃、アーム付きのテールユニットといった特殊な武装も使用しているし、格闘だけというワケではないのだろう
……しかし、それだけだ
「何も知らんよりはマシだと割り切るしかないだろう」
「まあな」
「世は常に暗雲に包まれています
一歩先は闇であったとしても、一筋の灯りを頼りに進むしかないのですよ」
その上、納品が遅れているという己のISが一体どういった仕様なのか、それすら分からない状況では対策も何もない
そんな事を考えていた矢先、音もなく後方に現れたのは棗だった
「おはようございます、一夏さん、箒」
「おう、おはよう棗」
「おはよう、昨日の疲れはとれたか?」
「はい、問題はありません……私は」
「私はって、どういう事だ?」
「いやあ、申し上げ難いのですが……」
本当に申し訳なさそうに、頰をかきながら告げらえた言葉は衝撃的なものだった
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「棄権!?」
「おい、それどういう事だよ棗!」
――クラス代表決定戦決勝戦なんですが、棄権しようかと
申し訳なさそうな態度とは裏腹に誤魔化す事なく単刀直入に切り出した言葉は衝撃的なものだった
「いや、正直セシリアさんとの試合で燃え尽きたと言いますか」
「燃え尽きたって……」
「まさかあそこまで全力でやらないといけないとは思ってもみなかったんですよねえ
被弾も多かった上にリミッター解除形態とでも言うべきネイキッドモードまで使ってしまったので、消耗部品の交換とか諸々の整備が間に合わないんですよ……あの子、ピーキーな機体故だいぶデリケートなので」
今の今まで、圧勝するかボロボロになるかの二択しかなかった故の盲点だったと言えるだろう
あの後にセルフメンテナンスをした所、[ブルーティアーズ]との戦闘で関節部品を筆頭に消耗部品の磨耗や劣化が著しく進んでいたことが発覚した
通常形態での戦闘だけならばこうはならなかったのだが、ネイキッドモードの使用によりお釈迦になりかけている部分が散見されたのである
元より人機一体である[ヴァイパー]はそのコンセプトとは裏腹に非常にデリケートな機体だ
故に、こればっかりはISの自己修復機能を逸脱したものである上、本社としては今後の予定にあるクラス対抗トーナメントに向けて万全を期したいという意向もあり、耐久性向上を念頭に入れた新部品を送るとの事だ
そんなワケで、朝イチで申請した補給物品の到着と専門スタッフによるオーバーホールを待つ他にない、しかも到着が五日後ときた
「それで、装甲の修復と予備のビットを持ち出すだけで済む私が代理出場するというわけですわ
まったく、あんな大見得切っておいて情けない」
「いやあ、今回ばっかりは面目ない」
軽口を叩きながら青いサーモマグを手に現れたのはセシリアさんだった
「ですが、今回の戦闘で問題点がわかりましたし、次は一方的にコテンパンにしてあげますから楽しみにしていてくださいね」
「何を言っていますの?
昨日の戦いであなたの戦闘データは取得済み……いくら性能を向上させようと私の勝利は揺らぎませんわ
ま、データがあるという点ではあなたも同じですがーーっと、それはそうと、織斑一夏?」
「なんだよ」
一夏さんに向き直ったセシリアさんは何処か恥ずかしそうにしていたが、一度深呼吸をしてからはキッと表情を引き締め、言葉を紡いだ
「先ず、入学初日の一件については言葉が過ぎました、謝罪します」
「!」
深々と頭を下げ、謝罪するセシリアは新鮮であった
セシリア・オルコットは今や絶滅危惧種かと思われた金髪縦ロールとお嬢様言葉、その上リアル英国貴族出身という属性役満である事からも分かるように、高慢ちきとまでは言わないが非常にプライドが高い女である
決して性格が悪いとかではない、ただ誇りとかそういったモノが服を着て歩いていると言っても過言ではない人間だと思っていたが、こういった殊勝な態度も取れるのかと驚いた
「な、なんだよ、急に」
「いえ、改めて振り返ってみればなんともみっともない姿を晒したものだと猛省しただけです……故に、謝罪を」
それは一夏さんと箒も同じようで、今までと一変したセシリアさんに動揺しているようだった
「……おう、そこまで言うならあの事を掘り返すことはしないけどさ」
「そう言っていただけるとありがたいですわ」
「でも、そんなこと言ったって明日は手加減はしないぞ」
「無論、それとこれとは話が別です
私も未だ候補生とはいえ英国を背負う身、これ以上公然の場で醜態を晒すわけにはいきませんから……時に、あなたは棗さんに師事を受けているそうですわね?」
「ああ、そうなるな」
師事した、と言われる程大した事をしたつもりはない
ただ、仕事の都合と個人的感情がマッチしたからスパルタ式で最低レベルまで鍛えただけだ
「くれぐれも、棗さんの顔に泥を塗る戦いをなさらないでくださいね?
幾らルーキーとは言っても国家代表候補生の教えを請うたのです、無様な戦いなどしようものならばタダじゃおきませんわ」
「当たり前だ、勝とうが負けようがーーいや、絶対に勝ってやるから首洗って待ってろよ」
「その威勢、言葉だけにならないよう期待しています」
そう言って、セシリアさんは華麗に立ち去るーーが
「あっつ」
「どうしてこう、最後に締まらないんでしょうかあの人は……」
サーモマグの中身、おそらく紅茶が熱くて火傷でもしたのだろう
見た所新品のようだし、普段はお付きの執事なりメイドなり、一般人からすればファンタジーな存在に任せていたのを自分でやったのだろう
普段やらない癖に慣れない事をするからだ
「……セシリアって実はいい奴なのか?」
「性格は基本的にひん曲がってますけど良い人ですよ
ノブリスオブリージュって奴ですかね、面倒見もいいですし、あらゆる意味で教育者向きの人だな、とは思います」
事実として、ISの教育者への道も有望視されていると聞いたことがある
あくまでも代表候補生として結果を出せなかった場合、という話であるが
「へぇ……なんか意外だな」
「まあ、あのナリと性格はでは仕方がないかと」
属性役満なセシリアさんは第一印象があまりにもキツい
正直、あの見た目だけでもなんとかすればもう少しマシになるのではと思うが、そうすると今度はセシリアさんのアイデンティティ的なものが死ぬ気がするので、それはそれでどうなんだと思うが
「まあ彼女のことはどうでも……良くはないですが、今考えるべきはあなた自身の事です
一夏さんは明日、一世一代、世界中全ての男、その沽券に関わる戦いに挑むわけですが」
「……そりゃ責任重大だな」
「ええそうです、トトカルチョで正直馬鹿にならない金額を賭ける予定である私の食生活の為にも、あなたは勝ってもらわなければなりません」
「おいちょっと待てそんなことやってるのか!?」
「あれ、知らなかったんですか?私とセシリアさんの時もやってたんですよ?
……まぁ、それだけこの試合に注目してるってことですよ、私や学園の生徒のみならず、様々な人々がこの試合に注目しています
ちなみにオッズですが、私の予想ではオルコットさんが9、一夏さんが1ですね」
昨日は会場でトトカルチョを運営していたのがバレて生活指導部からキツいお灸を据えられた事から学んだのか、各クラスに配された報道部員が票を纏め、部室にて極秘裏に集計を行なっているらしい
あの手の賭けはどうやっても元締めが美味いように出来ているのであるが、ああも勝った時の分配がデカいとやってみたくもなるというものである
「そ、そんなにか……」
「オッズはどうあれ、ガチガチに緊張しちゃった一夏さんにアドバイスですよ」
「緊張させたのは棗だけどな」
「病は気から、なんて言うように精神の状態は肉体に大きな影響力を持ちます」
「話聞けよ」
「普通、国家代表候補生の相手が、付け焼き刃の知識と技術を得ただけのルーキーなんて不相応も良いところです
それは、かのブリュンヒルデの弟であろうと変わりません」
天賦の才なんて言葉があるように、トレーニングを重ねずとも一定の成果を出す天才は存在する
だがそれはあくまでも一定のレベルを超えないものであり、ごく一部の例外は除いてそれ以上は努力を重ねたものに軍牌が上がる
だが、その天賦の才を有するものが努力をすればどうなるか……それを体現しているのがセシリア・オルコットという少女だと言える
「ですから、せめて想像してください
普通に戦って敵わない相手なら、勝てる状況、勝つ為に必要なものを想像し、それを現実とする為の一手を掴むんです
少なくとも、私はいつだってそうしてきたし、そうやって勝利をもぎ取ってきました
イメージの中ですら勝てない敵なんて存在しません、そしてイメージ出来るならば既にそれは実行可能な筈
こういった状況において常に想定すべきは最悪の状況ですが、常に想像するのは最強の自分です
これを忘れなければ、少なくともセシリアさんが言うように無様を晒す事もないでしょう」
「……わかった、やってやるさ存分に」
「その意気です――っと、では私はこの辺で」
「そろそろはHR始まるぞ?」
「いえ、少々野暮用を思い出しまして、それでは」
そう言うが早いか、その場を立ち去る
その後ろでは――
「織斑くん!なんか明日のクラス代表決定戦の相手が変わったって聞いたんだけど!?そこんとこ詳しく!」
「うぇ!?あっ、棗の奴逃げたんだな!」
私達の会話をどこからか聞きつけたんだろう
報道部の部員がカメラ片手に押し寄せてきていた
アレに巻き込まれるのはゴメンだ
「……それでは見せてもらいますよ、ブリュンヒルデの実弟にして世界唯一の男性IS操縦者である“織斑一夏”、この世界を変革するかもしれない可能性の獣……その力を」
本音を言えばあと5,000文字は書きたかったのですが、ここいらで妥協しないといつまで経っても進まない上に、詰め込みすぎても分かりにくいかなーと思って10,000文字程度に収めてみました
文体が堅苦しくて読みにくい、と昔評価を貰った事があるのですが、如何でしょうか
感想、評価等頂ければ幸いです
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
誤字修正、一部加筆しました