METAL GEAR NEXISーNew generation gearー 作:saver
翌日、アリーナには先日以上に人が集っていた。
やはり世界唯一の男性IS操縦者というネームバリューは大きいらしい上、ルックスも良しとあって予想よりもずっと票が多かった事から、愚弟は思いのほか期待されているらしい。
それでもオッズは7:3である事から、冷静な判断ができる人間はそれなりにいるようだ。
……そもそも、本当に冷静ならばトトカルチョなどには参加しないだろうが。
「流石、織斑先生の実弟が戦うとだけあって凄いですね」
「お前とオルコットの試合も本当なら内輪だけでやる予定だったのだがな
しかし、国家代表候補生同士の戦いは良い教育材料になった」
コーヒー片手に隣へドカッと座り込んだ棗は、いつもの昼行灯然とした笑顔を崩さない。
千冬的にはどうにも先日の一件が脳裏を過ぎるが、彼女がこうして気楽にしている以上蒸し返すべきかどうか、悩んでいた。
「お褒めに預かり光栄ですよ、ところで一夏さんは?」
「ズブの素人がプロに挑んだ結果どうなるのか、付け焼き刃の知識と技量で挑めばどうなるか、その見せしめという意味がある
お前らも公衆の面前で恥をかきたくなければ練習しろ、とな」
「流石はブリュンヒルデ、実にお厳しい事で」
「お前も人のことを言えんだろうに」
「はて、何のことやら」
「惚けるなよ、お前が奴に課したメニューが代表候補生錬成コースの一部であるのは知っているんだ」
棗が一夏に課していたIS鬼ごっこは世界各国のIS機関で採用されている訓練項目の一つだ。
アレ一つで初歩的な対IS戦闘機動に必要な技術をが学べるのだから、間抜けな名前に反して有用な訓練である。
だが鬼ごっこの名を冠しているだけで何故か楽しくなってきたりするもので、やっている本人達からは概ね好評のようだった。
「ふむ、流石にわかりますか」
「私をなんだと思っているんだ、一応教師だぞ」
「一応とか言っちゃうあたり、自分でも似合ってないとか思ってません?」
「日野、私のことが嫌いか?」
「昨日の一件さえなければ少なくとも偉大な先達くらいには思ってましたね」
「今はどうなんだ」
「深刻な悩みに月並みなことしか言えない年増ですかね」
「ほう……?」
「ふふふ……」
隣りあいながらも妖しげな笑みでお互いを威嚇する二人は異様な雰囲気に包まれていた。
笑顔とは本来威嚇行動であるとはよく言ったもので、周囲の生徒も喧騒で内容こそ聞き取れなかったが、身の危険を本能で察した勘の良い生徒に連られて逃げ出している有様である。
しかし、千冬は不敵な笑みを真剣な眼差しに変え、心の片隅に影を落としていた一言を吐き出した。
「……昨日はすまない、お前の深い所へ簡単に踏み込むべきではなかった」
「……急に真面目な顔になったかと思えばソレですか
その事ならもう気にしてませんよ、私も年甲斐なくキレちゃったのでお互い様という事でひとつ」
「そう言ってくれると助かるな……だが、アレは私の、教師としての本音でもある」
思い出すのは、嘗ての教え子に少なからず存在した“鬼”になる事を選んだ者たちだ。
「私も職業柄、お前のような子供をゴマンと見てきた
そしてその多くは内に燻らせる復讐心に潰れるか、その対象に逆襲され人生をフイにしていたのだ
私自身、一時はそういった感情に振り回された時期があったから尚更だ……修羅の道など、真っ当な歩みではない」
織斑千冬は、復讐とは人間の尊厳を保証する最も残酷な権利であると認知している。
復讐者が抱く憎悪の形や理由は千差万別であるが、鬼となる事を選んだ者の末路は権利と同様かそれ以上に残酷だ。
「怒るな恨むなという意味ではない、お前に限らず、人の未来は可能性に満ちている
それを復讐のみに費やすべきではないと、私は思う」
復讐とは当然の権利だ。
毒をもって毒を制す。
目には目を、歯には歯を。
犯されたならば、犯しかえす。
己を犯した相手を許せなど、とてもできるものではない。
無慈悲に過ぎる時間は、罅の入った心を癒してなどくれない。
だが、人の歩みとはそれだけに費やされるものであろうか。
千冬の脳裏に過るのは話に聞く“毒蛇”の逸話だ。
仲間を、帰る場所を、守るべき子供を、己の人生すらも敵の手により破壊され、その果てに作られた蛇。
「教師とは子供の未来を定める者ではないが、子供が望む未来へ道標を建て、導いてやることは出来る
だからもう少し大人を頼れ、私とて長い訳ではないが、少なくともお前よりは“年増”なのだからな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
意外だった。
正直、織斑千冬についてはそこいらの大人達と大して変わらない人物だと判断していたからだ。
それ程に先の一件が響いていたのだが、この人はあらゆる意味で大人であるらしい。
教師と生徒、元とはいえ
ここ最近そういった事で驚かされてばかりだな、と思う。
「……そういえば、年増って言ったの気にしてます?」
「私とて女だ、気にしないやつがあるか
少し前まで学生だと思っていたら、いつの間にか三十路が見えてきたのだぞ……」
「それは失敬」
「ここ10年程は善悪の意思は兎も角として、ご機嫌を伺う連中ばかりだったからな、年増呼ばわりされるなど思ってもみなかった」
うっかり口走ってしまったが、やはり年上の人間にとって年齢の話題は地雷であったか。
「……そういえば日野」
「なんでしょうか」
「お前は、一夏をどう見る?」
……そりゃあ、まあ
「そうですね、天然ジゴロと朴念仁が悪魔合体した畜生かと
まるで女の子を泣かせる為に産まれて来たのかと錯覚するほどに」
「……すまない」
「分かっているなら、早急になんとかした方がよろしいかと
IS学園中の女性を意図せず泣かせるのも時間の問題です」
こちらの発言から“実弟がなにかやらかした”と理解してくれたらしい。
口角がヒクついているあたり本人にも思うところがあるのだろうか、というか被害者の一人なのかもしれない。
女教師属性の実姉まで誑し込むとは、一夏さんの女誑しっぷりは底なしなのか。
「真面目な話をするならば、そうですねぇ……可能性の獣、私はそう評価しています」
「可能性の獣?」
「ふむ、流石に詩的が過ぎましたか」
一夏さんは意図せずともISを起動した事により、この世全ての男にとって正に旗印となった。
その結果、水面下では様々な団体が動いている。
それこそ国家、非合法組織関わらず、この世の中に少なからず不満を抱いている者全てがと言っても過言ではない。
彼は女性にしか動かせないという致命的欠陥にして、世界の軍事的均衡をギリギリの所で維持しているセーフティを外し、撃鉄を下ろし、戦争への引き金を引くことが可能な唯一の人物でもある。
だが、それはあくまでも可能性、言うならば机上の空論の域を出ない。
しかし可能性である故に、推測は出来ても予知はできない……まるで自由奔放な獣のように。
「故に、可能性の獣……か」
「はい、良くも悪くも、ですがね」
反IS団体は一層活気を増したようだし、各国は我先にと第二の男性操縦者を探し出そうと必死だ。
新しい男性操縦者が発見されれば、それが神が二物を与えた事による奇跡の産物でないと分かり、各国の軍事ドクトリンから経済情勢に至るまで、その影響は計り知れない。
「今日の試合も可能性に満ちています
世界唯一の男性操縦者、ブリュンヒルデの実弟……まだまだ未熟ですが、アレは磨けば磨くほど光るダイヤモンドの原石みたいなものですよ、与えられるISもどんな化け物が出てくることやら」
「……それなんだがな」
その一言を最後に織斑先生は黙り込む。
なんと言ったものか分からない、とでも言いたげな表情だ。
「ポンコツだったよ」
「……一夏さんがポンコツなのは今に始まった事ではないですが」
「……いや、与えられた機体がな、どうもな」
「……いやいやいや、ないない、それはない」
いや、そんなまさか。
世界で唯一の男性操縦者の機体だぞ。
本人の性格はアレとしても、かの織斑千冬の実弟だぞ。
「先程納品されたから、奴に与える前に点検をしたのだ
どんなものかと蓋を開けてみれば、世界でも類を見ないーーいや、恐らく世界で唯一、未来永劫産まれないであろうポンコツ機体でな……いや、だがアレのコアの事を鑑みればある意味当然の帰結とも思うがいやしかし」
最後の方は喧騒に紛れてよく聞こえないが、織斑先生が頭を抱える程のポンコツとは、一周回って気になってくる。
「……私、ピットに行ってきますね」
「……私も行く」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お待たせしましたぁ!すいませんチェックとか登録とか書類とか色々ありまして!」
アリーナのIS用ピットにて待つ事十数分、セシリアは既に用意を完了している故、これ以上待たせるのも忍びない。
最悪、専用機の到着を待たずに[打鉄]か[ラファールR]でやるかと腹を括り始めた頃、大慌てで駆け込んできたのは山田先生と数名の整備課生徒だった。
「これが、一夏君に与えられる専用の第三世代IS、型式番号XX-01、個体名称[白式]です!」
その言葉と共に整備課生徒がIS用移動ハンガーにかけられていたシートを剥がす。
この時の感情は一生経っても忘れない。
この時、俺は眼前に佇むISに見惚れていたのだ。
――そこには“白”があった。
まるで白無垢のような、純白の装甲を纏ったISがそこにいた。
「……こいつが」
「はい!なんだか色々あったようで遅れましたが、正真正銘一夏君のISですよ!」
今まで見てきた[打鉄]や[ラファールR]、棗の[ヴァイパー]やセシリアの[ブルーティアーズ]とも違う。
純白のそれは、まるでこの時を待っていたかのような気がする。
俺自身も、この時の為に産まれてきたかのような錯覚さえする。
山田先生に言われるまでもない、体と心で実感した、これはーー俺のISだ。
「なんとか間に合ったようだな、それと惚けている暇があればさっさと装着しろ、フォーマットとフィッティングを行う必要がある」
「そのままISに座って体を預けてください、あとはISが勝手にやってくれます」
「は、はい!」
そんな時、ピットに入ってきたのは千冬姉と棗だった。
急かされるまま、ハンガーに佇む[白式]に身を預けた。
≪待機モードで最適化処理を開始、終了まで残り5分≫
軽い機械音と共に装甲が閉じ、瞬く間に全身を[白式]が包み、産まれた時から一緒だったかのような一体感と共に[白式]と繋がった。
ハイパーセンサーが起動すると、まるで世界が広がったかのようである。
「……すごい」
「ハイパーセンサーは問題なく動いているようだな、気分は悪くないか、一夏」
「問題ない、すこぶる良いよ千冬姉」
「そうか」
そう呟く千冬姉の声には、ハイパーセンサーがなければ分からないほどのブレがあった。
名前で呼んでくれたし、心配してくれているのだろう。
≪最適化、完了≫
≪
一次移行――確か、機体が
[白式]に言われるがまま、空間投影画面に映し出された確認ボタンを押す
すると、全身を包んでいた[白式]は一度消え、甲高い機械音と共に再び機体を再構築し始める。
一次移行前でさえ惚れ惚れするような機体であったのに、それがより洗練され、鋭く変化していた。
「おお……これが」
「一次移行は済んだようだな、これでやっと戦えるようになる」
未だ薄く発光する装甲は白というよりはパールホワイトのようで、変化した装甲は何処か騎士を思わせるものであった。
「よし、武装の確認をし、取り出してみろ
慌てるな、教えた通りにやれば良い」
「ああ……って、なんだこれ!?」
武装一覧を参照するとーーいや、一覧というのは語弊がある。
なにせ武装は、近接ブレード一本しかなかったのだから。
「ちょ、[ヴァイパー]よりピーキーじゃねぇか!」
「それどういう意味です?」
「一夏、名前をよく見てみろ」
「名前……?ちょ、これって」
表示されている武装は、分類上は葵と同様の近接ブレードである。
だが、その名前が問題だった。
「[雪片弐型]って……」
「ああ、私が過去に使用したIS、[暮桜]の武装と同じ名前だ」
取り出したブレードの全長は1.6mほど、色は装甲と同じ純白である。
だが、[白式]から頭に流れ込んでくるこれの使い方は一般的なIS用物理ブレードとは異なるものだ。
「零落、白夜……」
思わず呟いたそのワンオフアビリティ、その名は[零落白夜]。
千冬姉をブリュンヒルデ足らしめる要因の一つ、全てを一刀両断する必殺の一撃。
通常、ワンオフアビリティはその機体だけのものであるが、[白式]には[暮桜]と同様のものが備わっている。
不思議と、何故こんなものがとは思わなかった。
やけにしっくりくる握り心地、こうして俺が構えているのが自然だと言わんばかりのフィット感がある。
「当たりさえすれば防御不能なバリアー無効化攻撃、シールドエネルギーを分解するエネルギー光波発生システム……なんてゆうか、世のIS開発者が聞いたら卒倒しますね、これは」
「ああまったくだ、作った奴のしたり顔が浮かぶようだよ
奴め、トンデモないブツを寄越してくれたな」
千冬姉と棗が察した作った奴……それが誰なのか俺には分からない。
だが、これは意地でも、死んでも負けられない試合になってしまった。
「……」
この剣を振るう事は、千冬姉の誇りを背負う事と同意だ。
だが、これは千冬姉の為の戦いではない。
俺が俺である為に、俺のエゴを通す為の試合だ。
だから、俺は俺の為にこの剣で恥を晒したりはしない、してはいけない。
……覚悟は決まった。
「行ってくるよ、千冬姉、箒、棗」
「気張れよ」
「勝ってこい、一夏!」
「応援していますね……私の明日の為にも」
「……ヨッシャ、いっちょ決めてくる!」
棗が一言多かった気がしたが、そんな事はなかったぜ!
握り締めているトトカルチョの半券とか、記憶よりも薄くなってる財布とか、俺は何も見ていない!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『皆さん大変長らくお待たせしました!織斑選手の専用機が到着、諸設定を全て完了したとの報告、只今をもちまして選手入場です!』
ワアァッ、と歓声が湧き上がる。
予定時間より20分遅れての選手入場宣言に会場のボルテージは最高潮だった。
『赤コーナー!先日の勝者である日野選手の専用機[ヴァイパー]の整備難航に起因したIAT社の戦術的判断に基づく棄権により、セシリア・オルコット選手が繰り上がりで代理出場です!』
ピットから[ブルー・ティアーズ]が飛び出し、先日と同様に静止してポーズを決める。
だが、[ブルー・ティアーズ]は先日と装いが異なっていた。
『オルコット選手の[ブルー・ティアーズ]も[ヴァイパー]の猛攻によりかなりのダメージを負っていた筈ですが……』
『ビットと装甲パーツに予備が用意してあり、それへ換装するだけで済んだとの事です、備えあれば憂いなしってやつですね!』
本来、青を基調としたカラーリングから全体的にグレーが多めなカラーへと変化している。
予備であったモノを引っ張り出して取り付けた故か、塗装が間に合わなかったのだろう。
『続きまして青コーナー!世界が注目する世界唯一の男性ISパイロット、織斑一夏!』
その放送と同時に[白式]がピットから飛び出す。
練習で使用していた[打鉄]と違い、一夏専用にチューニングされた[白式]は音もなく静止する。
その手には既にただ一つの得物である雪片弐型が握られていた。
『実姉はかのブリュンヒルデであると同時に1-A担当教諭、織斑千冬!
噂によれば泣かせた女は星の数、お前は今まで食ったパンの枚数を覚えているのか!?甘いマスクから放たれる甘言に要注意とのこと!』
「おいなんだその紹介!」
『情報源はプライバシー保護の観点から黙秘させていただきます!』
『専用ISは[打鉄]で有名な倉持技研製の第三世代、XX-01[白式]
詳しい性能は伏せられていますが、相当なものである事は容易に想像できますね』
『はい!一見近接戦闘型のようですが、どの様な戦いを繰り広げてくれるのか楽しみです!
では、カウント開始です!』
そうしてカウントダウンが始まり、ゴングが鳴る。
しかし、2人は動かなかった。
一夏としては主兵装であるライフルかビットで射撃をしてくるものだと予想していた為、拍子抜けしたのもある。
だが、セシリアは一向に攻撃の気配を見せなかったのだ。
ややあって、セシリアは冷たい瞳で一夏を睨んだまま言葉を紡いだ。
「……織斑一夏」
「なんだよ、やらねーのか?」
「最後通告です、あなたにチャンスをあげましょう
国家代表候補生と少し齧っただけの素人では勝負の行く末など見えたもの……平伏なさいな、そうすれば全て水に流します」
スターライトMk-Ⅲの銃口を下げたまま発せられたのは勝利宣言、そして降伏勧告だった。
「なんだお前、言うに事欠いてそれかよ
力の差だとか経験だとか関係ねえ、これは男の矜持って奴だ、二言はない
俺はお前に勝つ……昨日も行った筈だけどな」
「……」
銃口を下げたままのセシリアとは対照的に、一夏は雪片弐型を構え、切っ先を向けた。
その瞳に曇りはなく、迷いはない。
感じられるのは必ず勝つという強い想いと、泥を啜ろうと地を舐めようと、胸に抱いた誇りを汚しはしない、そんな感情だ。
すると、セシリアは表情を一変させて微笑む。
「ふふっ」
「な、なんだよ調子狂うな」
「……いえ、流石に意地が悪かったですわね
すいません、確認をしたかっただけなのです」
「なに?」
「私、人を見る目はあるつもりですの
一度は節穴になりかけましたが、結果的に狂いがなくて良かったと、そう思っただけです」
「……なんだよ、意味わかんねーぞ」
「分からなくとも結構、これはあくまでも個人的な想いですので、お気になさらず」
「……?」
「――では、いい加減始めましょうか
ギャラリーが退屈してしまいます」
そう言うが早いか、スターライトMk-Ⅲを構え、ビットをクレイドルから射出するーーその数、6機。
「さあーー
「踊りなんざ、盆踊りしかしらねぇよ!」
遂に、青と白が激突した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
[ブルー・ティアーズ]の先制攻撃が始まりを告げた1-Aクラス代表決定戦決勝。
片や英国国家代表候補生、セシリア・オルコット。
片やブリュンヒルデの実弟にして世界唯一の男性ISパイロット、織斑一夏。
セシリアが言い放ったように、本来ならば力の差は歴然である。
幾ら特訓によって最低ラインの戦力は確保したとは言っても、その間には覆し難い差があるのが現実である。
正直なところ、師事した棗自身ですら十分保てば良い方で、その時間内にセシリアを打倒する事が叶わなければ敗北を喫するのみであると考えていた。
「うおぉぉおッッ!!」
「猪口才なァ!」
だが、一夏はその予想に反して20分以上もセシリアの猛攻に耐え、セシリアは一夏が予想以上に食い下がる事に驚き、苦戦を強いられていた。
これは[白式]が有するポテンシャルの高さ、性能に依存したものであるが、一夏が[白式]の使い方を弁え、棗が戦った際の情報を精査し、戦術をコピーし、受け取ったアドバイスを忠実に守っているのが大きい。
「([白式]は雪片しか武装がない、ならば取れる戦法は一つしかない)……寄って、切る!」
[ヴァイパー]と同様どころか、それ以上に近接戦闘特化型である[白式]を扱う上での極意は“寄って切る”、これに限る。
そして一夏は、雪片弐型以外の武装が存在しない上、一撃必殺の零落白夜を扱うには適切且つ的確なエネルギー管理が肝要だと即座に理解し、覚束ない足取りながらも着実にセシリアを攻めていた。
「この短時間で対策を完成させたと……!?一体どれだけの演算処理を!」
「思いつきを数字で語れるかよ!」
「冗談でしょう!?」
一夏が棗とセシリアの試合から学んだ事は、“セシリア本人の視界”から失せ、死角へ回り込む事だった。
ハイパーセンサーは360度全方向を認知可能であるが、棗のように神経そのものをISと繋げ、己の目を完全に同期させる事はできない。
故に本来持ち得る視覚以外からの情報は、通常の認識動作よりもプロセスが多くなるのが常である。
更に、セシリアが行うビットとスターライトMk-Ⅲによるオールレンジ攻撃は決して同時射撃ではなく、それぞれの射撃には僅かながらにラグが存在し、安定性確保の為に射撃の際には静止する事を見抜いていた。
「クッ……しかし私とて英国を背負う身、そう簡単には!」
セシリアとて馬鹿ではない。
彼女自身が言ったように、英国の看板を背負う一角である以上は一夏がある程度の対策を練ってくるであろう事は把握していた。
ただ、一夏はセシリアが予想する以上に対策を土壇場で完成させており、掌握してから間も無いISでそれを実行してみせるだけの胆力と実力を持ち合わせていた。
それがセシリアが一夏に対しての誤算、その一つだったのだ。
そして、ついに一夏は攻めに転じる。
「決めるぞ、[白式]ッッ!!」
その掛け声に呼応するように、[白式]のジェネレーターが莫大なエネルギーを吐き出す。
スラスターの出力も跳ね上がり、セシリアに向けて一気に肉薄するが、それだけではない。
一夏が、[白式]が有するただ一つ、唯一にして最強の得物へとエネルギーが収束していく。
その刹那、雪片二型の刀身が割れ、生じた隙間から紫電を纏うエネルギーが溢れ出し、発動したのは対IS用決戦兵装、零落白夜だ。
一夏は零落白夜を発動させた雪片二型を振り回し、己に向かって殺到する攻撃を全て消滅させる。
「そんな、零落白夜ですって!?」
[ブルー・ティアーズ]のハイパーセンサーが捉えた情報は、セシリアを驚愕させるに十分なものだった。
「まずいっ……!」
「逃すかよ!」
ISを扱う者ならば知らぬ者はいないその名前。
嘗てブリュンヒルデが振るい、立ち塞がる敵をその一太刀で切り捨てて来た最強の代名詞、その一つ。
織斑一夏は織斑千冬の弟である、故に一夏がそれを使う事自体はなにも不思議はない。
だが、搭載されているコアによってその特性や性格がまるで異なるISにおいて、姉が使用していたISと同じ技を繰り出してこようなど、セシリアは微塵も思っていなかった。
「こうなれば!」
「今更本気かよ!最初っからそうしてろってんだ!」
セシリアはなりふり構ってられないと言わんばかりに、棗の時と同様に狙撃を中止しスターライトMk-Ⅲをショットガンに変形させ、制圧射撃を開始する。
ビットのパターンも当初の静止動作が無くなり、荒くも熾烈な攻撃に変化した。
「ここ、まで、はァ、織り込み、済み、だってェの!」
本気となったセシリアが繰り出す4機のビットに加えてクレイドルから発射されるAISミサイル、スターライトMk-Ⅲによる拡散レーザーの雨。
それらを一夏はフィールドを縦横無尽に駆け抜け、迎撃と回避を繰り返す。
零落白夜を発動した事により、シールドエネルギーは被弾せずとも減っていく、その上に回避迎撃が間に合わなかった攻撃が当たり、更にシールドエネルギーの減少は加速する。
「くぅッッ……!」
「クルクル避けるだけなら、お人形さんにも出来ましてよ!?」
ただ愚直に、一見すれば滅茶苦茶に、一夏は回避と迎撃を繰り返す。
その行動は自殺行為に見えるが、それは違った。
「(見極めろ……最高の瞬間で、最高の間合いで、最高の一撃を叩き込み、一気に全部叩き斬るんだ!)」
一夏は棗のアドバイスを思い出す。
常に最悪の状況を想定し、常に最強の己を想像する。
勝利を掴みとるのに必要なものは何かを考え、それを現実とすべくイメージし、行動する。
その先に、勝利の未来がある。
「こ、こ、だァッッーーーーーー!!!!!」
「しまァッ!?」
フィールドを周回する様に回避機動を取っていた一夏は、突如としてセシリアに突撃する。
この時セシリアは直感した、“やってしまった”と。
「ぜェやァーーーーー!!!」
「一振りで……全てを……!」
一夏が突撃を仕掛けたタイミングとは、ビットが全て一太刀で斬り伏せられる瞬間だ。
セシリアは近接戦闘型の一夏に対し、ビットを己より前に配置する事で攻撃と防御を兼ねる盾として運用していた。
一夏は逆にそれを利用し、ビットの配置がある程度円形であり、尚且つその半径が雪片二型の刃渡り以内に収まる瞬間、或いは突撃した際の直線上に並ぶタイミングを待っていたのだ。
「うぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!」
「インターセプタァーーーッッ!!!」
拡散弾用に短くなったとはいえ、それでも小さめの大砲の様なスターライトMk-Ⅲの銃身が零落白夜を発動した雪片二型に切り裂かれ、量子へと還っていく中、セシリアが叫んだのは申し訳程度に搭載していた近接兵装である大型ナイフであった。
セシリアはこの刹那、名前を言わなければ呼び出せない程度にしか使ったことがなかった己を呪いつつ、一夏へ向けてナイフを振り抜く。
――キィン、そんな音が響きいた。
[白式]は袈裟に振り降ろした雪片二型を構えたまま、[ブルー・ティアーズ]はインターセプターを前方へ突き出したまま、お互いに得物を振り抜いたまま、佇んだ。
そして次の瞬間、ISのシールドエネルギーが尽き、
『こ、これは……両者同時、相打ち、でしょうか?』
『……いえ、0.46秒差です!0.46秒差で、[白式]のシールドエネルギー残量0!
勝者、セシリア・オルコット!』
10時頃に一度投稿していたのですが、致命的なミスをしていたので一旦消してからの再投稿です。
一夏vsセシリア戦はモノローグで済ますくらいにしようかと考えていたのですが、そりゃあんまりだろうと思って書きましたが棗との戦闘に比べて字数半分以下でアッサリしちゃいました。
だってイッチーの戦闘書きにくいんだもの……。
セシリアも原作より強くなってますが、一夏も一夏で棗からのアドバイスやら一次移行が済んでるやらで原作よりは苦戦してません。
あと、可能性の獣って表現はまあ、声優繋がりなのもありますがその言葉が含む意味としては十分かなあと思います。
それと、プロローグの前に設定関連の文章を載せました。
叛逆堂さんによるイラストも掲載されていますので是非。
誤字報告、感想その他お待ちしております。
10月11日
誤字修正しました。