アニメ1期11話、再オーディションからホール練終了後までを書いてみました。
未だにちらほら読んで頂ける方がいらっしゃるようで、ありがたいやら申し訳ないやら・・・。
うだうだやっているうちに原作は完結してしまいました。
最終楽章の感想ブログも何とか書いております。
https://ch.nicovideo.jp/mumip/blomaga/ar1778872
お暇でしたらぜひご一読下さい。
一応、府大会くらいまでの展開は考えてるんですが、これまたいつになるやら・・・。今年中を目標に頑張ります!
滝が座席に揃った部員に告げる。
「両者が吹き終わった後、全員の拍手によって決めましょう」
滝の視線が舞台上に移る。
「いいですね、中世古さん」
「はい」
「高坂さん」
「はい」
舞台上に立つ2人のトランペッターは、顧問からの問いかけに淡々と返事をする。
「ではまず、中世古さん。お願いします」
「はい」
香織は返答し、トランペットを構えた。
ブレスののち、香織の繊細で柔らかな音楽が、ホールいっぱいに広がった。高音部分も、滑らかに吹くのが難しい音と音とのつなぎ目部分も、すべてが完璧な演奏だった。欠点が何ひとつ見当たらない。キラキラとまばゆい彼女の音色。目を閉じて彼女の音楽に耳を委ねれば、独奏の後ろから伴奏が脳内で独りでに再生される。それでいて伴奏に埋もれる事が絶対に無いと確証が持てるハキハキとした音。
「ありがとうございました」
演奏が終わったのち、彼女はそう言って頭を下げた。多くの部員が柔らかな笑顔と共に彼女に拍手を送った。
「では次に、高坂さん。お願いします」
「はい」
麗奈は返答し、トランペットを構えた。
麗奈は大きく息を吸い込む。
最初の一音目がラッパから飛び出た瞬間、臼井の耳は明確に先ほどとの差異を感じ取った。高音が空気を揺らし、臼井の耳へと突き刺さる。迫力のある音色は、しかし美しい響きを保ったまま、まっすぐにホールを駆け抜けていく。そのしびれるような音に、臼井は思わず唾を呑んだ。継ぎ目を感じさせない滑らかなメロディ。その音にまとわりつく、熱をはらんだ余韻。麗奈はこの一週間で、明確かつ圧倒的な成長を遂げている。臼井はそれを明瞭に感じ取った。
「ありがとうございました」
演奏が終わり、麗奈は謝礼と同時に頭を下げる。ホールはしんと静まり返っていた。
「では、これよりソロを決定したいと思います」
滝が部員達に告げた。臼井は目を泳がせた。決められない。演奏技量は圧倒的に麗奈の方が上なのは明らかだ。技術も表現力も、麗奈の方が完全に優れている。こんなにも優れた奏者の、こんなにも優れた演奏を、コンクールという場において発表する事が出来ないなんて事があって良い訳が無い。ならば、香織のあの包み込むような優しい音色を、間違いなくこれ以上ないほど伴奏と調和する事が容易く想像される演奏を、"技量が劣っていた"という理由で"不合格"の烙印を捺すのか。音楽に優劣を付けるというのは、それによってどちらか一方の奏者を選定するというのは、こんなにも残酷で不条理な事なのか。
「中世古さんが良いと思う人」
滝の無情な一言が、部員達に選定を促す。体が動かない。こんなの、こんなの選べない。どちらかを選ぶなんて。
すると、視界の右斜め前の人物がすくっと立ち上がり拍手を送った。優子だ。それを見た香織の表情が悲し気にほころぶ。どこからか、もう一人の拍手も聞こえる。選択肢が2つの問いに対して、香織への投票数は2票。つまり・・・。
「では、高坂さんが良いと思う人」
今度は、視界の左斜め前の人物が立ち上がり拍手を送った。あれは、ユーフォ1年の黄前さんか。それを見た麗奈は、微笑みながら静かに目を閉じる。僅かにもう一人の拍手も聞こえる。
「はい」
滝の声で投票が締め切られる。麗奈への投票数も2票。つまり、4人以外はどちらにも投票していない。香織への拍手が2人だった時点で、雌雄が決したはずだったのに、結果多くの部員が投票を棄権した。臼井もその中の一人。嫌な汗が胸元を流れる。これ以上ないほど居心地が悪い。目の前に座っている純子を見やる。俯き加減の頭は微動だにしない。重い重い重い空気が客席に充満する。
「中世古さん」
「はい」
「あなたがソロを吹きますか?」
その瞬間、臼井の心臓は熱湯をかけられたような心地を覚えた。客席がごく僅かにどよめく。何人かが振り返り、部員達の後方に立つ滝に視線を移す。ステージ上の2人は、どちらも硬く沈んだ表情を浮かべている。名指しされた香織も、名指しされなかった麗奈も。
「・・・吹かないです」
数秒の沈黙を破り、香織は呟くように意思表明をした。
「吹けないです。ソロは高坂さんが吹くべきだと思います」
ハッキリと、言い聞かせるようにそう言って、麗奈に顔を向けた。応じるように麗奈も顔を合わせる。二人の目線がスルスルと交じり合い、そして香織は、先ほどまでの硬い表情を崩し穏やかな笑顔を浮かべた。
「・・・せんぱい・・・、うぅ・・・、わああああああ!」
耳をつんざく号泣が、客席から会場全体に放たれる。優子は人目を憚ることなく、堰を切ったように大声を上げて泣き叫ぶ。
「高坂さん」
「はい」
「あなたがソロです。"中世古さんではなく"、あなたがソロを吹く。いいですか」
「はい!」
ホール練習を終えて学校に戻る。
トラックから楽器を楽器室に運ぶ。パーカス等の大型楽器は男子部員が率先して運ぶ。
音楽室でのミーティングを終え、荷物を纏める。
臼井は、純子と弓菜と共に3人で帰路に着く。
自転車を漕ぎながら3人で他愛のない話をする。
「じゃ、また明日ね~」
「お疲れ様~」
大口宅の前に着き、臼井と純子が弓菜に手を振り別れを告げる。
「また明日~。純子!臼井に襲われないように気を付けてね!」
「ちょ、ちょっと!変な事言うなよ」
「大丈夫~、襲ってきたら強くパンチするから!」
「あはは、じゃあ安心だ。じゃ、明日ね~」
後ろ手に手を振りながら、大口家の敷地内に入って行った。
「まったく弓菜は・・・」
「ま、臼井が私を襲うなんて絶対無いってのは、私がよーく知ってるから。あはは」
「純子まで変な事言うなよ~」
「ははは、ウケる」
お互いの自宅に向けて再び進み始める。数秒会話が途切れる。
「今日は疲れたね~」
純子がおもむろに話し始める。
「一日中ホールで練習してたからね」
「なんかさ、私、香織と高坂さんがちょっと羨ましかったな」
「え?」
臼井が思わず純子の方に顔を向ける。
「だってさ、ソロを争うなんてバスクラじゃ有り得ないじゃん。なんかいかにも『青・春!』って感じだったなって」
「まぁ、バスクラはソロなんて滅多に無いもんね。でも僕は、ソロは吹きたいと思った事ないな…。ソロの伴奏なら喜んでやるけどね」
「あはは、臼井らしい」
空には今日も、住宅街をうっすらと照らす月と、決して多くは無い数の星々。静寂を背景にしてそこにある音は、どこかの住宅から微かに漏れ出るテレビの音声と、2人のバスクラ奏者の会話。
帰宅し、一先ず自室に荷物を置き、遅い夕食を摂る。
風呂に浸かったのち、ジャージに着替える。
荷物の整理もそこそこに、床に就く。
明日はチューバ・弦バスと一緒に自由曲のあの所を練習しようかな。
臼井はそんな事を考えながら、気付かぬうちに眠りに就いた。