とある世界の選択異譚《ターニング·リンク》   作:タチガワルイ

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お待たせしました、超電磁砲×シュタゲ、クライマックスです!!


偶発分裂のコンフュージョン

__2010.8.10.12:41:30__

 

「でんわレンジ···」

 

「カッコカリ····?」

 

「電話レンジ(仮)だ。····もっとも、今は『電話レンジ(仮)mk-弍号改』となっているようだが」

 

「何よそのゴテゴテした名前」

 

俺が口にしたその単語に、御坂さんと初春さんは首を傾げた。

 

「それはどう言ったものなんですか?」

 

「あぁ、それはだな──」

 

「岡部」

 

口を開いた俺を紅莉栖が窘める。

そのニュアンスから「内容は伏せて」と言った意思が伺えた。

学園都市に明かしたくないのか、それとも彼女達に明かしたくないのか。

どちらにせよここは科学の牙城、外部で作った科学技術などそう簡単に漏らせるものでもないと言うのも確かだ。

 

「······分かった。詳細は伏せるが、とにかく俺達は『驚異的な装置』を作った」

 

「それが学園都市とどう関係してんのよ?」

 

「分からない。分からないが·····その技術を学園都市が嗅ぎ付けたとすれば、俺たちを狙う理由にはなるんじゃないか?」

 

かなり真剣に言ったつもりだったのだが、学園都市側の2人は首を傾げるばかりだった。

 

「そもそも学園都市と暗部って、無関係だと思うんですが」

 

「というか、そんなにすごい装置なら普通に買収しそうだけど」

 

「仮に学園都市──統括理事会の誰がその装置とあなた方を欲したのなら、正式に招待状なり雇用契約書なりの手続きがあって然るべきと思いますし····」

 

「間違っても、ばら蒔いたチケット握って訪れた観光客を拐おうって発想にはならないわね」

 

······たしかに、言われてみればそうだ。

それは、考えれば当然の事だ。

『科学の牙城』、学園都市。その相手の規模と力を目の前にして、どうも実感が湧いていなかったのだ。

単に現実味が無さすぎたという事もそうだが、今までSERNやストラトフォーが非正規部隊を使っていた先入観から『俺達は電話レンジ(仮)がバレれば秘密部隊に拉致される』という意識が先に来ていた。

彼女達の言う通りだ。

東京西部の1/3を占有し、そこに白亜の壁を築き上げて周囲と隔絶し、その中で20年、30年先の科学を実用化しておきながら──それがなんの違和感もなく受け入れられている世界。

それだけのことを実現するには莫大な財力が必要だが──それだけではなかったはずだ。権力、人脈、影響力、経済力、発言力。人が社会で持ちうる全ての力を掛け合わせても出来るかどうかの難行にして異業。

それが行われたという事は、それだけのものを、或いはそれ以上を『学園都市(このまち)』が持っているという事だ。

学園都市を束ねているらしい『統括理事会』がわざわざお膝元の東京23区秋葉原、その片隅で蒸し風に晒されながら月額1000円の家賃に喘ぐお遊びサークルにここまでの本気を出すものか。

SERNは、秘密隠蔽の動機があった。

DARPAは、技術独占の目論見があった。

ストラトフォーは、情報公開による抑止力化を目標にしていた。

ロシア、アメリカ、その他も独占するのが目的だった。

 

それぞれ『表沙汰に出来ない、秘密裏にやる』理由があったのだ。

だが、学園都市にはその必要が無い。

何故なら、『科学の牙城』というダルの言葉が正しければ既に彼らは''科学''という『分野』のトップに君臨しているのだ。わざわざ秘密裏に動かずとも、『その研究、学園都市でやらないか』と誘いの手紙1つ送ればいいのだ。

まだ俺はこの世界線に来て数時間しか経っていないので詳しいことはわからないが──ラボメンの様子を見る限りそういったことは無い。

大体、『学園都市にいた』という紅莉栖がラボに来ていてその話が一切持ち上がらないのも不自然だ。ならば、誘いは来なかったと見るのが妥当。····まぁ、電話レンジ(仮)の進捗を見る限りDメールの容量が増えた程度のものだ。タイムリープマシンには程遠いし、SERNが存在していないのならばそもそもタイムリープ理論が成立しない。その程度ならば、流通はしていなくても学園都市内なら実証段階に進んでいてもおかしくないだろう。

そういう面から考えても俺達が学園都市内に入った途端に襲われる──この事実と照らし合わせると筋が通らない。

 

「で、でも僕ら実際襲われたっつーか!ここは事実として変わんないわけだが!」

 

ダルの切羽詰まった物言いに、現実へと意識が引き戻される。

 

「そうね、岡部の説が間違いで、原因が別にあったとしても、私達が狙われたのは事実。····むしろ、余計に謎が深まったと見るべきね。アレが目的でないなら、何故私達を、····学園都市に籍を置いているはずの私まで目標に入れて狙ったの?」

 

「そこなんですよね····なんで牧瀬さんまで狙ったんでしょう?」

 

全員が首をひねった所で、そろそろ疑問になっていたことを口に出してみた。

 

「なぁ、初春さん。ひとつ聞きたいんだが」

 

「なんですか?」

 

「······助手とは、どう言った関係なんだ?」

 

部屋に入ってきた時の反応と言い、呼び方と言い、それに紅莉栖も『知り合い』と言っていた。

何かしら関係があるのは確かだが、如何せん俺はここの事情を知らない。今までタイミングがなかったが聞いておきたかったのだ。

 

「あぁ、牧瀬さんですか。牧瀬さんには『虚空爆破(グラビトン)事件』」で能力解析をお手伝いしてもらいまして。それから『幻想御手(レベルアッパー)』についてもちょっと意見を求めたことがあったんですよ」

 

「あの時はごめんなさいね、外部講習のATF出発前日だったからメールでしかやり取りできなかったけど。·····あの事件、今どうなってるのかしら?」

 

「なんとか先日解決しました!無事····とは言わずともなんとか····えへへ」

 

「そう、良かったわ」

 

「·····ぐ、ぐらびとん?れべるあっぱーとは····?」

 

大変厨二マインドくすぐられる単語だが当たり前のように出されても困る。

『学園都市マジパネェっす』と鼻息荒くするダルの横で手を上げると、初春さんは····なんと顔が青ざめたではないか。

 

「あ、えっと!他言無用ですよ!機密事項なので!」

 

「初春さん····」

 

真っ赤な顔で両手で×を作る初春さんと、それを呆れた表情で眺める御坂。

 

「初春たんマジ天使」と呟く変態を無視して、話を続けることにした。

 

「依然謎が多いが、俺達が望んでいるのはひとつ。速やかに、かつ安全にこの街を出ることだ。その為に──」

 

「───それなんだけど、ずっと引っかかってんのよね」

 

御坂の一言に、全員が言葉を止めた。

いつもの調子より一段低く発せられた声は、さながら誰かを糾弾する時のようで。

 

「なんでアンタ達はそんなに早く出たがってるワケ?」

 

「決まっているだろう、誰に狙われるとも知れないこんな場所、好き好んでいたくはない」

 

「それだけじゃないんじゃない?」

 

妙に、冴えた一言だった。

 

「ずっと考えてたのよね。なんでアンタ達が狙われたのか。アンタ達は『自分たちの技術を狙ってるから』と言ってたけど·····私には違うように聞こえた」

 

「·······それは、どういう?」

 

真意を測りかねた俺は、訝しみながらもそう返すしかなかった。

例えそれが、決定的な一言を引き出す結果になったとしても。

 

「アンタ達·····もしかして、学園都市の技術を『盗みに来た』んじゃないの?」

 

空気が止まった。

なにを、言っている?

言葉を理解出来ないで絶句する俺達を置いて、御坂は次々に推理を展開していく。

 

「それなら筋が通るのよ。アンタ達は過去に一度、学園都市から技術を盗んだ。そして外の自分がいる研究所(ラボ)に持ち帰り、電話レンジ(仮)なんてものを作った。そして、その開発に行き詰まったアンタ達は、再び技術を盗むために見学者を装って学園都市に訪れた。──その事に学園都市統括理事会の誰かが気づいたか、もしくは研究所の誰かが気づいたか。誰にせよ、アンタ達から技術を取り返す為に『暗部』を雇って襲わせた──つまり」

 

つまり、これは。

この一連の出来事が示すのは。

 

「アンタ達──産業スパイでしょ」

 

今度こそ、空気が凍った。

産業スパイだと?何を馬鹿な、そう言いかけてはたと止まる。

ここに来る前、『未来ガジェット研究所(ラボ)』で自分が言ったセリフを思い出す。

 

『現時刻を以て、『主神の導き作戦(オペレーションフリブスキャルヴ)』を発動させる!全員、学園都市を隅から隅まで分析し、我が電話レンジ(仮)の更なる改良の糧とするが良い!』

 

······たしかに俺はこう言った。図らずしも学園都市に来た理由は、言い当てられていたのだ。

更に····あの電話レンジ(仮)にはAmabeusがいた。

あれがどこの技術か紅莉栖からは聞いていないが····もしもそれが、例えば『学園都市』製の技術という事になっていたとしたら。

────最早言い逃れは出来ない。

なるほど、産業スパイ。狙われる理由としては十分すぎる。

生唾を飲み込んだ紅莉栖と、俯いたダル、そして息を呑んだ俺の反応を見て、御坂は嘆息すると、初春さんに向き直った。

 

「ボロを出したわね。····初春さん、通報お願い。コイツらは私が見とくから」

 

「そんな──」

 

「まっ、待って!今のは誤解だわ!」

 

いち早く状況から復帰した紅莉栖が慌てて立ち上がり声を上げる。

 

「岡部のサークルはただのお遊びサークルよ!正式な研究所じゃない!」

 

「そ、そうだお!ちょっと皆でガラクタ作ってるだけっつーか、それが偶然すげー事になっただけなんだお!僕らは学園都市の技術なんぞ盗んでないお!」

 

「それを証明できるの?」

 

御坂の冷ややかな反論が果てしなく高い壁としてそびえ立つ。

 

「そ、そんな·····嘘ですよね、牧瀬さん?牧瀬さんが外に出たのって──」

 

「こいつらと会ったのは『外』に出てからよ、それまでは無関係だった!」

 

「でっ、でも貴女は『学園都市』の研究者です!偶然にしろ、出会ってから何かしらの技術を提供すれば、それは『漏洩』だと言われても反論できませんよ!?」

 

「····!」

 

紅莉栖の目が見開かれ、一瞬泳ぐ。

その瞬間、初春さんの思考は『知り合い』から、『風紀委員(ジャッジメント)』のそれに切り替わった。

 

「········そう、ですか。──御坂さん、彼女達の身柄をお願いします。あと、あの白いシスターさんとまゆりさんも無関係じゃないかもしれません」

 

「まっ、待て!まゆりは無関係だ!」

 

今度は俺が狼狽する番だった。

 

「まゆりはただ着いてきただけだ!ラボの研究も知らない、専門知識も持ち合わせていない!電話レンジ(仮)だって──」

 

そう言い募りながら席を立ち、テーブルの向こう側へと踏み込みかけたその時。

 

雷が落ちた(・・・・・)。比喩ではない。

 

突如天井付近から光の柱が突き立てられ、俺達と、御坂達を隔てるテーブルを真ん中からへし折った。

轟音が事務所を揺らし、衝撃波に叩かれて3人は背中を強かに打ち付けた。

 

「技術を盗んだだけじゃ飽き足らず、また盗みに入っておいてまだ言い訳がましく····!──そう言うのね、一番頭に来んのよっ!!」

 

ズバチィ!と暴力的な紫電を撒き散らした御坂が怒鳴る。

殺気や気配などといった抽象的な圧ではない。

放電というどこまでも即物的で、物理的な圧力。

それを全面に迸らせた少女が、俺達を見下ろしていた。

 

 

※※※

 

 

いつの間にか放電は消えていたが──それに気づけないほど放心していたのだと気づくのに、しばらく時間を要した。

顔を上げると彼女はいなかった。『オカリンは、そんな事しないのです!』と抗議するまゆりの声がやけに遠くに聞こえる。

隣を見ると、紅莉栖が俯いて震えていた。

 

「·····泣いてるのか?」

 

「泣いてない!泣いてなんかないわよ······」

 

そう言うが、声が湿っているのでバレバレだ。

ダルは·····戦意どころか意識すら喪失していた。完全に白目を剥いて崩れている。

 

「·······すまない。全て俺のせいだ」

 

終わった。何もかも終わっていた。

世界線の謎を解くために、この世界線の俺に便乗する形で『学園都市』へと踏み込んだ。それこそが間違いだった。

入った途端に組織には追われ、産業スパイ容疑をかけられ、そして今の閃光だ。

もう訳が分からなかった。

これら全ての事態が、俺のあの''試み''に端を発するのだとしたら、自らの手で制御できない世界を作ったに等しい。

世界が火の海に包まれたあの世界線には、まだ『自分は何もやっていない』と言い訳できた。

だが今回は正真正銘『自分が変えた世界線』だ。

そこにはどんな言い訳も意味を為さない。

それ故に───もう、どうしようもなかった。

 

「軽率だった。俺が馬鹿だった。あれほど、あれほど繰り返してきたはずなのに──俺は最後まで学ぶことが出来なかったらしい」

 

「いいえ、違うわ」

 

そう即座に切り返した紅莉栖は、こぼれ落ちるまま言葉を続けた。放心したままなのに、口が勝手に動いている。そんな印象を受けた。

 

「私にも責任はある。好奇心に負けて重大な過ちを犯した」

 

「·····『Amabeus』、か?」

 

「馬鹿よね。初春さんに言われるまで、まるで意識の外だった。言い訳できないわ。私がやったことは──正真正銘、技術漏洩よ」

 

自嘲気味に肩を震わせた紅莉栖の懺悔が、虚しく空気に溶ける。

 

「本来なら、やっぱりやるべきではなかったのよ。例えそれが先輩から託されたものだったとしても──」

 

「ま、待て、紅莉栖!?」

 

流しかけた一言に、聞き捨てならない単語が混じっていた。

自分のしでかした事は棚に上げてどの口が。

そんな棘が僅かの痛みを残して脳裏を通り過ぎていく。それをやり過ごし、俺は紅莉栖の両肩を掴んだ。

 

「先輩?いま先輩(・・)と言ったか?」

 

「きゃっ!?ちょっと、おっ、岡部····!?」

 

「なんて先輩だ?」

 

「え?」

 

「お前にAmabeusを託したのは、誰なんだと聞いている!」

 

「そ、それは──」

 

紅莉栖の言葉は最後まで続かなかった。

直後に飛び込んだ、聞き覚えのない誰かの声(・・・・・・・・・・)が紅莉栖の声を覆い被せたのだ。

 

「──『暗部』ですわッッッ!!」

 

「外にワゴン車が1台停まってたわ!しかも、『スピーカー』を乗せて!」

 

暗部と言った声とはまた別の誰かがそう言った瞬間、突如部屋中に甲高い金切り声のような──モスキート音に近い高音が響き渡る。

思わず俺も紅莉栖も耳を塞いで顔を顰めた。

音の出どころを探ろうと立ち上がった時、目の前で起こっている出来事に目を疑った。

 

「がっくぅ·····!?」

 

「あ、ぐ·····ッ!」

 

「く、くろちゃん、かざりちゃん!?頭痛いの!?」

 

「短髪!ねぇどうしたの短髪!?」

 

先程、あれほどの圧を見せつけた御坂を始め、受話器を片手に持った初春さん、そして紺のベストを着た見知らぬ少女が床に倒れ込んで頭を抱えて悶絶していたのだ。

更に、扉に体を預けた──初対面の華奢な少女もまた頭を抑えて脂汗を流している。

 

理解が一瞬で置き去りにされた。

 

何が起きた?何がどうなっている?

頭の中を真っ白のクエスチョンマークが埋めつくし、あっという間にバグとエラーが思考を乗っ取っていく。

決して答えが出ないと分かっていながらも猛烈に思考が空転するのを止められない。止めるためにまた考え、更に空白を加速させる悪循環。

どうする、どうするどうするどうする──!?

 

「──カリン、オカリン!」

 

ハッ──と。悲痛な、叫びに似た声に叩かれて意識が状況へと引き戻された。

 

「どうしよう、このままじゃみんなが····!」

 

そうだ。こんな所で硬直してどうする。

産業スパイもアンチスキルも関係ない。今この場を切り抜けなければ全員が地獄へ堕ちかねない。

予感に過ぎずとも、『暗部』に捕まれば脱出は愚か真相を調べる自由も与えられないかもしれないんだ。そうなれば、俺はなんの責任も取れずに、世界線を引っ掻き回すだけ引っ掻き回したただのクズに成り下がる。

───それは。許されない、絶対に。

 

「──大丈夫だ、まゆり。なんとかする!」

 

潤んだ目で見上げるまゆりにそう言うと、立ち上がったまま口元を抑えて棒立ちになっている紅莉栖に振り返り、怒鳴りつけた。

 

「助手よ!緊急事態だ、ダルを起こせ!」

 

「え···?」

 

「急げ!ダルを引っぱたいてバリケードの準備にとりかかるんだ、早く!」

 

彼女は、まるで声に叩かれたように目を見開くと、力強く頷いた。

 

「まゆりとインデックスは机や椅子を持ってこい、バリケードを築く!『暗部』を入れるな!」

 

「お、オカリンは!?」

 

「扉を抑える!」

 

狼狽えるまゆりに騒音に負けじと大声を出し、扉を抑えている──というより凭れかかっている華奢な少女と入れ替わる。

 

「休んでいろ、俺が替わる」

 

それを聞いた華奢な少女は目を見開くが、すぐに力なく首を振った。

 

「いいえ、それには及びませんわ」

 

「だがもうフラフラだ──」

 

『おーい、開けてくれませんかねぇ!?道に迷ったんですけどー?』

 

俺の言葉を遮って扉の向こうから白々しいセリフが聞こえてきた。直後に扉がドン!と叩かれる。蹴破る気だ。

 

「ぐっ、私達(わたくしたち)風紀委員(ジャッジメント)ですの、真っ先に守るべき対象──貴方方(あなたがた)を危険に晒す訳にはいきませんの!」

 

「既にここは危険の真ん中だ!」

 

「っ、」

 

「俺たちだけが逃げられる状況か?部屋は2階、なんの準備もなく飛び降りれば骨折は免れない。

上に逃げるにも、下へ逃げるにも唯一の出入口は今塞がっているそこしかない!

さらに大通りにはワゴン車が停まってるんだったな。外の様子は分からないが二、三人の規模では無いはずだ。そこを俺たち『一般人』が切り抜けられると?加えるなら君たちは全員たってもいられない状況で、極めつけはこの音波攻撃だ!今のままでは確実に『詰んでいる』。誰かを見捨てて、誰かを捨て駒にして切り抜けられる状況では無いんだ!」

 

「···········」

 

「俺はこの街を全く知らない。故に反撃の手は君らが考えてくれ。バリケードが出来るまでの間、俺はこの扉を抑える」

 

「······わか、りましたわ。お願い致しますの····」

 

ズルズルと少女がへたり込むのと入れ替えに、俺が扉に背中を扉に押し付ける。

直後に、再び扉に衝撃が走る。

 

「うぐ·····バリケードはまだk──ってうぉあ!?」

 

「オカリンどいて〜!」

 

視線をあげると、目の前でまゆりが車輪付きのデスクを押して突っ込んでくるではないか。

沈みこんだ少女を抱えて転がるように扉から退避、同時にデスクが扉を塞ぐように激突する。間一髪であった。

 

「お、オカリン!今北産業!!」

 

「遅い!襲撃だ、とにかく重しになるものをデスクの上にありったけ積んでいけ!バリケードで時間を稼ぐ!」

 

「牧瀬氏が『暗部だ』とか言ってたけど、ここ交番みたいなとこっしょ?そんな横暴出来るん!?」

 

「現実そうなってる!急げ!」

 

「お、オーキードーキー!」

 

指示を出してから「備品を勝手に動かして良いのだろうか?」と不安が過ったが、今はそんなことを拘泥している暇はない。

華奢な少女を床に寝かせると、横たわる学園都市の女子達に話しかけていた紅莉栖を呼んだ。

 

「助手よ!」

 

「なに?」

 

「彼女らが行動不能に陥った理由は分かるか?」

 

「今それを固法さんから聞いたところよ。原因もメカニズムも分かった。あとはどう攻略するかだけ!」

 

流石我が助手、仕事が早い。

 

『くっそ、アイツらバリケードでドアを塞いだぞ!』

 

『仕方ない···上から回れ!』

 

扉の向こうから不穏な会話に背筋に寒気が走る。

慌てて紅莉栖の方へ駆け寄った。

 

「それで、助手よ。攻略法は?」

 

「それを考えているのよ·····音波の発信源は間違いなく大通りのワゴン、スピーカーの形状からみておそらく指向性···それなら部屋の一部でしか聞こえないはず。なのにこの騒音は部屋全体に響いている。どこかに子機が?いえ、この事務所にはオーディオスピーカーの類はない。PC付属のスピーカーではキャパシティダウンほどのモスキート音は流せないはず····それに、子機があるなら親機はスピーカーではなく送信機であるはず。スピーカーという事は····''何か''が第2のスピーカーとして同じ働きをしていると見るのが妥当···!」

 

紅莉栖が窓の方へと顔を向けるのに吊られて、俺もまた窓を見た。

ビリビリと小刻みに震えている窓ガラス。

それをしばらく見つめて、紅莉栖と顔を見合わせる。

 

「「これだ(よ)!」」

 

「ガラスが共振板で、この部屋はさながら共鳴箱か」

 

「一旦ガラスに音を当てて、ガラスの振動音がキャパシティダウンと同じ音波を撒き散らした····これなら説明がつく!」

 

「ふむ、つまり窓を割れば一応キャパシティダウンは攻略できる、という事か·····?」

 

「そうなるけど、キャパシティダウン『そのもの』を破壊した訳じゃない。ただ効果を弱めただけよ。彼女達が窓際に近づけば同じ頭痛に悩まされるわ」

 

「となると、キャパシティダウン攻略にはもう1手必要で、さらに攻略と同時に脱出を図るべきだな····」

 

それに、キャパシティダウンのみ無力化したところで『暗部』が引くと考えるのは楽観に過ぎるだろう。

先程、『上から回る』とも聞こえた。あれから何分経ったか全く確かめていないが、今こうしている間にも着々と突入準備が進んでいるに違いない。

バリケードが突破されるのも時間の問題。連中から逃れるには、迎撃だけでは足りないのだ。

ダル達の方をちらりと見ると、未だ作業の途中であった。

一瞬ダルを呼ぶことも考えたが、すぐさま振り払う。

今はバリケードに集中してもらおう。

 

「岡部、脱出は彼女達の力を借りるしかないと思う」

 

「·····と、言うと?」

 

「固法さんはレベル3、白井さんはレベル4で御坂さんに至ってはレベル5よ。キャパシティダウンが無効化出来れば彼女たちも自由に動ける。能力も通常通りに使えるはずだから·····キャパシティダウン攻略の隙をついて全員で逃げ出せば、行けるはず」

 

「まっ、待て。いきなり知らない専門用語を並べるな。『レベル』ってなんだ?能力?そもそもこの騒音の反応で彼女らと俺達ではこうも症状が違うのか、という所から既にわかってないんだ!」

 

「あ〜もう····1から説明している暇はない、これはOK?」

 

「お、OKだ。今の状況に必要なことだけ教えてくれ」

 

そう言うと、紅莉栖は1つ嘆息して、踵を返し、窓の方へと歩いていく。

背後では未だにダル達が奮闘している。

 

「まず、彼女たちは全員何らかの異能に目覚めている。理由やメカニズムは聞かないで、長くなるわ」

 

「···分かった、能力がある。それで?」

 

「その能力には格付けがあって、レベル5が1番上、レベル0が1番下よ」

 

「先程はレベル3や4····1番上の5もいるのか!?」

 

「御坂さんの『雷』、見たでしょう?アレが彼女の能力──『超電磁砲(レールガン)』よ。そのものズバリ、電気に関することなら何でもござれね。電流、電圧はもとより電磁力、電波···操作圏は枚挙に暇がないわ」

 

「とんでもないな·····」

 

だとすれば、彼女の『雷』はほんの片鱗で──しかも1番簡単な部類に入る。それだけで空気をぶち抜く高電圧を瞬時に発生させたのだ。

これが脅威と言わずなんという。

 

「次に白井さんはレベル4の『瞬間移動(テレポート)』文字通り、テレポートする能力ね」

 

窓際下でしゃがむ彼女に合わせて中腰になる。紅莉栖はそっと手を伸ばし、ガラスに触れて振動を確かめなが声を張る。ここまで近づくと鼓膜が麻痺しそうな程の大音量。まともな声では話が聞こえない。

 

「その『白井さん』とはあの中のだれだ?」

 

床に伏している4人の少女──そのうち『約2名』、顔も名前も分からない、つまり先程まで居なかった顔ぶれが増えていた。

 

「あぁ、そうか──さっき扉抑えてた子がいるでしょ?彼女が白井黒子さんよ。で、もう1人の髪が短いメガネの人が固法美偉さん。固法さんはレベル3の『透視能力(クレアボイアンス)』。まぁ、文字通り透視ね」

 

「透視···つまり15年前に失踪した少女の行方を──」

 

「普通に壁抜き程度よ、霊視じゃあるましいし、そんなご都合が通るわけないじゃない」

 

「霊視は無理か····」

 

俺にとっては透視能力の時点で十分ご都合なのだが。瞬間移動に至ってはチート枠だぞ。

そんなものが至極当たり前な常識のように扱われている、という現実がこの世界の異常さを雄弁に語っていた。

 

「·····ともかく。脱出を考えるなら白井さんが一番早いわ。····けど、すぐにとは行かないでしょうね。特にこの大人数····転移しきるには早く見積っても1〜2分はかかるわね」

 

「そんなにかかるのか?」

 

「11次元上に座標設定し直す必要があるから、演算項目が膨大なのよ。それに、もう何分もこの音に晒されてる。頭痛が収まるのに早くて1分と見積もっても、演算可能なレベルになるまでは更にかかるわね」

 

それなりのデメリットもあるようだが·····さっぱり理屈がわからん。11次元の座標計算などスパコンの仕事ではないのか?いやそもそも──どんな式を並べれば『11次元』という高次元の『場所』を特定するといのか。しかも、『移動』出来ている辺り、恐らくそれを3次元に設定し直す作業までセットなのだろう。それを暗算で、しかもほんの僅か(・・・・・)1分強で完了させてしまうのだ。この街は技術力だけでなく人まで化け物揃いなのか?

 

「ちょっと岡部、聞いてる?」

 

「んあ?あ、あぁ····すまない。少々頭がついて行かなくてだな」

 

「無理もないわね。····ふむん、やっぱりガラスが共鳴板か」

 

「──しかし、瞬間移動が出来るまでに一、二分では『スキ』と言うには遅すぎるぞ」

 

ガラスの振動で痺れたのか、手を握ったり開いたりして感覚を確かめている紅梨栖に声を強めた。

 

「そうよね。だから二手に別れるしかない」

 

「······『瞬間移動(テレポート)』と、『超電磁砲(レールガン)』か」

 

「その通り。だけど問題は──」

 

「''超電磁砲(レールガン)が納得するな否か''、か?」

 

「それもあるけど、''御坂さんが私たちを連れてどうやって脱出するか''の方が重要度は高いわ」

 

「·····なるほど」

 

超電磁砲(レールガン)』は、恐らく最大火力の比喩だ。放電現象を反射的に引き起こせるほどの力を持つならば、それを全て『物体の放射』に向ければ『超電磁砲(レールガン)』の再現くらい訳ないだろう。

だが、紅梨栖は『電気に関することならなんでもござれ』と言った。電力、電圧に加えて磁力までも制御の範疇だと。

·····それならば『電気制御(エレクトロンマスター)』の方が正しい気もするのだが、まぁ''この世界線''には独自の能力命名法があるんだろう。

それならやれることは多いはず──と思うのも1種の罠。逃げる際に必要なのは火力ではない。例え連中を真正面からなぎ倒したとして、それから逃げ出しては遅い。完全にマークされ、追跡を振り切るのは不可能に近くなる。

連中は中学生程度(ただし化物揃い)しかいないような交番と言えど──『治安維持組織』に喧嘩を売りに来る連中だ。まともな方法では安全は確保出来ない。

であれば、彼女頼みで籠城を続けるのか?

それこそ論外だ。体力問題はもとより、何より俺達は現状『産業スパイ』だ。あれ程怒った人間が、そんなやつを守る為に''ここに残って助けてください''などと言う虫のいい話を承諾するとは思えないし、やりたくない。

ならば、御坂さんにはどう動いてもらうべきか──。

 

そこで、1つ閃いた。

───これなら、やれるかもしれない。

そう思うと、気が軽くなり、『いつものペース』に戻れるような気がしてきた。

 

そう、ようやく俺のターンが回ってきたのだ。

 

「ククク·····どうやら天は俺たちに微笑んだようだぞ、助手よ」

 

「今厨二やってる場合!?」

 

「今だからこそ重要なのだ!それも解せんからいつまでも助手止まりなのだ助手ゥー?」

 

「ちょっとはマシになったかと思った私がバカだった·····!」

 

で、天が何!?と噛み付いた紅梨栖に不敵な笑みを返すと、俺はしゃがんだまま、ひしゃげたテーブルの近くで破片を被っていたリュックを手繰り寄せた。

 

「『瞬間移動(テレポート)』の白井と『超電磁砲(レールガン)』の御坂の2手に別れて脱出する。

白井班は特に指定はしないが──御坂班は正面の窓から逃げる」

 

「どうやって?窓をとっぱらっても『キャパシティダウン』は健在だし、下には『暗部』がワゴン車で──あ」

 

気づいたらしい紅梨栖の思考を継ぐように、リュックを漁りながら言葉を続ける。

 

「そう、ワゴン車だ。御坂の『超電磁砲(レールガン)』は磁力をも操るんだろう?ならば、車の1台浮かすこと位訳ないはずだ。車をゴンドラ代わりにして2階から1階に脱出する」

 

「確かに、脱出後に御坂さんにワゴン車を壊してもらえば、相手の追跡手段も断てて一石二鳥よ。····けど岡部、肝心の『キャパシティダウン』はどう攻略するの?──ってか、いい加減リュックで何漁ってるか聞きたい訳だが」

 

「焦るな助手よ、キャパシティダウン攻略の鍵は──これだ」

 

そう言って取り出したものは、一見飯盒(はんごう)にも似た、ずんぐりとした箱──そう、クレイモア地雷。

 

「モアッド、スネーク····?なんで持ってきてんのよ!?」

 

「こんなこともあろうかと、な」

 

軽く振ってみるが、カラカラと乾いた音しかしない。どうやらルカ子が起爆した事実はこの世界線でも生きているらしい。中身を再充填せねばならないな。

 

「嘘ね、どうせ学園都市の工具で改造とかするつもりだったんでしょ。よく検査に引っかからなかったわね」

 

「まぁ自分で言うのもなんだが、ガラクタ同然の代物ばかりだ。ここの科学力からすれば玩具以下のゴミなんだろう」

 

「それは事実だけど·····」

 

「とーもーかーく!こいつを窓から放り捨てると同時に起爆、蒸気で音波を撹乱させる。同時に本体がアンテナに当たってくれれば儲けものだ。聞く限り、周波数がわずかでもズレれば効果は発揮しないと見た。ならば、この程度であっても窓際での拘束力は格段に下がるはずだ」

 

「そうね、確かに····ならキャパシティダウンの問題は解決、か」

 

「あとは攻略後の段取りだな」

 

御坂班と白井班に別れることは決まった。問題は誰をどちらに振り分けるか、という問題だ。

 

「白井の瞬間移動、能力復活後に、1、2秒···長くて5秒以内に何人飛ばせる?」

 

「それは白井さんに聞かないとなんとも」

 

「概算でいい」

 

「そうね····ワンタッチ目で2人、ツータッチ目で本人ごと飛ぶとして、多く見積って4人、かしら」

 

「ダル、まゆり、助手、初春、固法、インデックス、俺····御坂を除いて7人か。ならば御坂班の枠は3人だな。ワゴン車をゴンドラにするとしても、屋根の広さ的に考えて、ついていけるのは3人が限界だ」

 

まず、最優先で即座に脱出するべきは紅梨栖とまゆりだ。

次点でダル、インデックス、初春さん、固法の非戦闘員。

俺は御坂さんについて行くとして、あと二人をどう人選すべきか。

まず、インデックスはこちらに来てもらいたい。

彼女は現状生粋の巻き込まれた被害者だ。こちらの都合で警備員(アンチスキル)に捕まるのも可哀想だ。『上条当麻の寮』に送り届ける約束が生きている以上、先に遂行しておくべきだろう。

次は····。

と、そこで紅梨栖が思わぬことを言い出した。

 

「岡部、私も御坂さんについて行くわ」

 

「正気か?表に直接打ってでるんだぞ、最悪これを読んで『暗部』が待ち伏せしているかもしれない!」

 

「だとしても、冷静に考えて白井さんが5秒以内に飛ばせる人間は自分含めて5人よ。橋田、まゆりさん、初春さんと固法さんの4人。ここにインデックスさんを入れてしまえば、この時点で定員オーバーになる。彼女はただの巻き込まれた一般人なのに、『警備員(アンチスキル)』に保護されれば、彼女は無関係なのに間違いなく事情聴取を受けて、長時間全く関係の無い私達のせいで長時間拘束されることになるわ。──それは、『人助け』どころか、ただ迷惑かけただけよ。だから送り届けないと」

 

どうせ、岡部はそのつもりでインデックスちゃんを連れて御坂さんの方について行く気だったんでしょう?と続けた紅梨栖に、ただため息をつくしかなかった。

全てお見通しとは、な。

 

「そのつもりだったさ。他に選択肢が無いからな。──が、御坂がそんな『寄り道』を許すと思うか?答えはNOだ。彼女からすれば、俺達は『産業スパイ』の主犯格。みすみす逃がすとは思えん。だから最悪俺とインデックスだけなら撒けると──」

 

「甘すぎワロタ」

 

真顔で流れるよう紅梨栖のにツッコミが炸裂する。

が、こちらも黙ってはいない。

 

「さっきからちょいちょい漏れてるぞ、栗ご飯」

 

「っ!!〜〜〜んん!とにかく!」

 

目を見開き、ぼふっと顔を爆発させ、俯いて震え、大袈裟に咳き込むフルセット。中々に忙しい反応を見せた紅梨栖は炎上した顔をぷいっと背けて早口に捲し立てた。

 

「御坂さんには逃げるよりも説得した方が早いし確実よ、それに関してはアテがあるから心配しないで、私と岡部とインデックスちゃん、御坂さんの4人は正面窓から、それ以外は白井さんの『瞬間移動(テレポート)』、いいわね!」

 

「貴様、俺の台詞を──」

 

「い、い、わ、ね?」

 

「あ、はい」

 

ID真っ赤だぞ、という言葉をすんでで飲み込んだ。これ以上話を脱線していると本気で間に合わなくなる。

 

「はぁ·····よし、ならば助手は今の作戦概要を御坂たちに通達。頭痛で聞き取れんようならダル達から先に説明してくれ。俺はモアッドスネークの中身を再充填する」

 

俺はクレイモア地雷─モアッドスネーク─をカランと鳴すのと、紅梨栖がダル達へ駆け出したのは同時だった。

 

 

 

※※※

 

 

 

そこからは、意外にも事は早く運んだ。

なんと、俺達が相談している間に、風紀委員(ジャッジメント)の面々は頭痛に苦しみながらもこちらと概ね同じ結論に達しいたのだ。「反撃手段はそっちに任せた」という一言が効いたらしい。

それによって作戦会議は大幅に進行、俺がモアッドスネークを再充填して戻った頃には、班わけが完了していた。

早速動けない彼女らをそれぞれのポジションへと移すことになり、ダルとまゆりはそれぞれ固法、白井の2人を出来るだけドアから引き離し、俺と紅梨栖で御坂を窓際まで運ぶことになった。

「アンタらに肩借りるなんて····!」を牙をむき出していたが、静電気以下の微弱な痺れしか来なかったことが、どれほどこの騒音が「異能者」に対して効果が高いかを雄弁に語っていた。

 

「だ、ぁ!」

 

完全に脱力した人間は、存外に重い。御坂は決して体重が重い方ではないはずだが、もやしと実験バカの体力無し2人組には重すぎる荷だった。

息も絶え絶えに窓際まで運び、壁に背を預けた時には完全に息が上がっていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ······岡部、モアッド・スネーク(ソレ)を早く!」

 

「分かっている!インデックス、いるな!?」

 

「もちろんなんだよ!いい加減このうるさいのなんとかして欲しいかも!」

 

同じように壁際に座り込んで耳を塞ぎっぱなしのインデックスが、大声でそうかえす。

 

「そうだな····ダル!そっちはどうだ!」

 

彼女に頷くと、最終確認をダルへ飛ばした。彼らが準備出来ていなければ、この作戦は成功しない。

 

『準備万端だってばよ!白井氏もスタンバってるお!』

 

──時は満ちたらしい。

 

「よし、これより『噛み穿つ大顎作戦(オペレーション・フェンリル)』を実行に移す!集合場所は『警備員(アンチスキル)』詰め所だ!──みな、生きて会おう!」

 

そう叫び、リュックを背負ってからモアッドスネークのピンに括りつけた紐を握る。

そして恐る恐る窓の外を覗き込み、窓を開けた──瞬間。

 

反射的に飛び込むように伏せた。

 

直後、ガッシャァァァァァア!と、豪快に窓ガラスを突き破って飛び込んで、テーブルの向こうにある書類棚を押し倒したのは人間大サイズの影。

もう、一々それが何か気にする余裕など欠片もなかった。

 

「い、けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!」

 

ガラスと衝撃波に叩かれた体を、ありったけの力をふりしぼって引き起こし、吐くような咆哮で『モアッドスネーク』を窓から放り捨てる。

モアッドスネークが窓から落ちるのと、背後で気配が蠢くのは同時だった。

 

『動くな、──もう詰みだ』

 

先程の影は、人だった。

2階から上がった別働隊の1人か。

俺達の策は、内側に入られる『前』に逃げるというものだ。

先手を打たれた以上、俺たちに勝ち目はない。

 

───などと、思っているのだろうな、貴様は。

 

「ククク····銃など突きつけた程度で勝ったつもりか?雑兵」

 

『····?』

 

窓の真下から、くぐもった音が一瞬破裂する。

それを見届けた俺は仰々しく振り返った。

目の前にいた黒い特殊部隊仕様の防弾服の男はフルフェイスのヘルメットを身につけていたが──そのヘルメットは両サイドが大きく膨らんでいた。丁度、何かで耳を塞ぐように。

 

「俺達の籠城は失敗し、なんの策も講じることが出来ないまま哀れにも侵入を許したのだ!能力者達は強指向型『キャパシティダウン』によって行動不能となり、残っているのは取るに足らない一般人『のみ』だ、故に1人でもこの部屋の中に入ってしまえば自ずと籠城戦は瓦解し、速やかに拉致できる───そう考えた、違うか?」

 

『窓は破られ、俺が入った。こちらには銃があるが、お前達にはない。籠城されてからここに踏み込むまで15分弱。俺たちの勝ちだ』

 

「そうだな、その通りだ。だが····貴様らは致命的に見落とした」

 

ここに来て尚、不敵に微笑む岡部の形相に、徐々に圧されている事に暗部の男は気づいた。

何故だ?目の前にいるのはただの一般人だ。

なのに何故、俺の脳内では警告信号がけたたましく鳴っている·····!?

 

「貴様が飛び込むのがもう少し遅いか、或いは突入時に、キャパシティダウンをカットする為に耳を完全に塞いでいなければ、気づいたかもしれないが──もう遅い」

 

怪訝そうに首を傾げた男に、『聞こえていない』とわかっていて尚、俺は最後の通告を発した。

すなわち、勝利宣言を。

 

 

「───キャパシティダウンは破られた。時間は稼いだぞ、御坂美琴、白井黒子ッ!!」

 

 

防弾服の男は一瞬、何が起きたか分からなかった。

それはそうだ。

なにせ、突然手にした拳銃が弾け、(・・・・・・・・・・)ヘルメットの視界が(・・・・・・・・・)ブラックアウトしたのだから。(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「はぁー······あー、やっと完全に戻ったわ。昨日といい、今日といい、散々私に騒音浴びせて····今度こそ根こそぎよ」

 

ゆらりと、立ち上がった彼女はバヂイ!!と前髪から紫電を迸らせ、額に青筋を浮かべながらそう唸った。

まるで手負いの獣のように髪の毛が漂うも一瞬、金属製の窓枠を歪ませて全てのガラスを粉々に砕くと、眼下のワゴン車に意識を集中させる。

ワゴン車横のカーゴ扉には、ロッド状に伸びた『キャパシティダウン』の指向性スピーカーと、その先端にアンテナを水蒸気まみれにしてショートさせた『モアッドスネーク』が引っ掛かっていた。

 

「脱出だ、行くぞ!」

 

それを合図に、演算を復活させていた白井黒子が、『では、後ほど!』と叫んで消える。

見送った頃には、ワゴン車の屋根が目の前に浮かんでいた。

 

「乗るんでしょ、早く!」

 

「お、おう····!」

 

「岡部、怖気づいてるの!?」

 

「──そんな訳があるか。インデックス、いくぞ!」

 

「うん!」

 

ワゴン車の屋根には静電気がバチバチと放電していた。

靴底がゴムで助かった。うっかり手で触れたりしないように、慎重に、かつ急いで飛び乗る。

紅梨栖も飛び乗り、あとはインデックスを受け止めるだけとなった時、ついに扉のバリケードが吹き飛んだ。

 

「急げ、インデックス!」

 

「ちょっと、この格好じゃ難しいかも·····!」

 

「と、とにかく窓枠に乗って、飛び込むの!こっちで受止めるから!」

 

「アンタらっ、急がないと下にも群がるわよ!」

 

ちらりと下を見ると、表に戻ってきた連中がこちらにバズーカのようなものを構えていた。

──アイツら、撃ち落とすつもりか!?

 

「っ、く·····だぁー!手を伸ばせ!」

 

「え!?」

 

連中は白井たちがいないのを確認すると、真っ先にこちらへと駆け出した。

 

「こっちから引っ張り込むんだっ、いいから手を伸ばせ!」

 

ワゴン車の縁まで行くと、窓枠に足をかける。

丁度ワゴン車と窓枠に跨いだ所で姿勢を整え、インデックスの腕をとり、その勢いで窓枠を蹴る。

インデックスをワゴン車へ引っ張り込むのと、隊員達の手が空を切るのは同時だった。

 

「急速離脱だ!御坂!」

 

「分かってる!」

 

中に浮かぶワゴン車がぐらりと揺れ、僅かに斜めに滑空して、117支部の入口を塞ぐように着地。外へ捌けていた隊員達にのしかかると、ワゴン車はゆっくりと横転する。

バランスを崩さぬように屋根を滑り降り、アスファルトに着地。僅かにつんのめった紅梨栖とインデックスを支えて振り返ると、御坂が暴れていた。

 

「これで──トドメ!」

 

まるでワゴン車をウォーハンマーのように縦に振り下ろし、117支部の入口前の隊員が叩き潰す。

完全に沈黙して、黒煙を吹き上げるワゴン車をみて、満足げに額の汗を拭った御坂は、振り返ってこう言った。

 

「さぁて、アシは潰した。行くわよ」

 

俺は、顔が引き攣るのを全力で抑えながら、「お、おぉ····」と言うしかなかった。

 

 

───俺は、本当にとんでもない人物を怒らせたらしかった。




~多分古すぎて忘れてるでしょう原作設定注釈会~

・キャパシティダウン
アニメ『とある科学の超電磁砲』第1期15話にて登場。''騒音で脳を混乱させ、演算を阻害する''というテレスティーナ姉さんお手製の対能力者デバフ兵器ですね。
超電磁砲年表によると、彼女がゲス顔を披露してくれたMAR事件が解決したのは8/9、そしてこの作品は8/10なので、彼女たちは2日連チャンで、キャパシティダウンを食らったことになります。ご愁傷さま····(合掌)
本作では、範囲を限定させる為の強化版(特化型?)として『強指向型キャパシティダウン』を出させていただきました。オリジナルです。申し訳ない。

・未来ガジェット4号機:モアッドスネーク
外見はクレイモア地雷で、タンク内に水を入れることで、内部の電熱コイルが急加熱し、水を瞬時に沸騰、周囲に水蒸気を撒き散らす『瞬間加湿器』。
本編で何気に電話レンジ(仮)の次に活躍しているのではないか疑惑のある未来ガジェットです。

多分読者が1番謎だったでしょうコイツの登場。
決して真田さんではありません。2話か3話を読み返して頂ければ、オカリンがちゃっかりリュックに過去の未来ガジェットを持ち込んでいるのがおわかり頂けるかと。
出来れば回収したかったのですが、御坂さんが暴れたのでご臨終となりました······。

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