とある世界の選択異譚《ターニング·リンク》   作:タチガワルイ

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あけましておめでとうございます!

·····と、言うのも随分遅い時期であありますが、しかし今年入って最初の投稿なので敢えて言わせていただきましょう。
あけましておめでとうございます!本年もこの拙作を楽しんでいただければ幸いです!

さて、もう半年近く前なので適当におさらいしときますと、今話は前作で上条があっちこっちでエンカウントしている間、と同時にジャッジメント117支部から脱出した直後のオカリンサイドとなっております。
それでは『因果逢瀬のシンクロニシティ』、どうぞ!



因果逢瀬のシンクロニシティ

__2010.8.10.13:01:49__

 

「で───アンタ達ってホントに産業スパイなの?」

 

御坂が唐突に口を開いたのは、路地裏で一息着いた時だった。

 

暗部の魔の手より辛くも脱出を遂げた俺達は、御坂先導の元路地裏を右へ左へと走り抜け、支部があった所とは別の通りを目指していた。

それが目前に迫った所で御坂が振り返ったのだ。

 

本当に産業スパイなのか、と。

 

産業スパイ───我が心に響く、実にダーティな言葉だ。

スタイリッシュ且つ闇も感じさせるこの呼び名は、厨二病を自称する者には堪らなく魅力的に聞こえるだろう。

 

 

だが答えは無論、''NO''である。

 

 

機密情報を盗むような能も、それを売る関係先も存在しない。

ここで得た情報や理論すら『電話レンジ(仮)』への改良以外に使う予定は無い。

その情報や理論とやらにしても、俺が期待していたのは精々がインスピレーションや新しい発想程度だ。

つまるところ、俺達の認識は気分転換に等しい。

’’俺個人’’としての目的は別にあるのは確かだが、それこそ産業スパイから最も程遠いのだ。

 

しかし、それでも『情報を外部へ持ち出す』目的で来た、と言われれば反論は出来ず、金銭が絡まずともそこを突かれれば''産業スパイ''と呼ばれても文句は言えないのも確かだ。

何より、紅梨栖の言葉が正しければ『Amadeus』は学園都市製であり、紅梨栖が''先輩''とやらに渡されて外部へ持ち出したもの。

「そのつもりがなかった」と言い募ろうとも『情報漏洩』自体は既に犯してしまっている。

 

果てしなくクロに近いグレー。

冷静に今の状況を分析すれば、我々の置かれている状況はその一言に尽きる。

 

故に、ここは慎重に言葉を返さなくてはならない。

ここはひとつ、俺が華麗なる話術を披露せねば──

 

「私達は産業スパイではないわ。ここへは正規の手続きを踏んで入ったし、言った通り私達のラボは所詮お遊びサークル。権限以上の機密情報に触れるつもりは無いし、そのために貴女達に接触した──なんて事は、絶対にない」

 

······助手が全てをかっさらって行った。

 

助かりはするのだが。助かりはするのだがその横目で「アンタは口出ししないで」と釘刺してくるのはやめろ。こんなところで厨二病を演じるほど俺は馬鹿じゃない。

そんなふうに拗ねるのも一瞬、「急にどうしたの?」と首を傾げるインデックスに「黙ってろ」と嗜めると、紅梨栖は先頭の御坂に1歩近づくと、紅莉栖は怪訝そうに首を傾げた。

 

「····けど、その前にひとつ。なぜ今更それを私達に聞くの?」

 

一瞬その問いの意図が図りかねたが、気づいた。

俺達からすれば、判決は出てしまっている。『暗部』の横槍があったとはいえ、今の俺たちは被疑者。そして現在護送されている身だ。

俺達から彼女を納得させられる弁明は不可能。そう腹を括った矢先で飛び出したのが、今の『本当にやったのか』発言なのだ。

既に固まった容疑の確認を、なぜ今ここで改めて繰り返すのか?

紅莉栖の意図はそんなところだろう。

まぁ大方、御坂の方は動機や経緯を粗方話させた上で、治安組織である『警備員(アンチスキル)』に引き渡そうという算段なのだろう·····と、思ったのだが。

 

問われた方はビクリと肩を震わせると、何故か気恥しそうに目線を逸らし、頬を掻きながら零したのだ。

 

「·········さっきのは、ちょっとやり過ぎたかなって」

 

「····えーと?」

 

「あの『雷』のことよ。あと、のっけから犯人扱いしたのと。──ここ最近、立て続けにアンタ達みたいに、頼りにしてた科学者が事件起こしてたのよね。その時に初春さんとか黒子が裏切られてて···ちょっと、過敏になってたっていうか」

 

マジか。

 

「····『虚空爆破(グラビトン)』と、『幻想御手(レベルアッパー)』のこと?」

 

「·····それも、ある」

 

紅梨栖の慎重過ぎるほど声の落ちた問いかけに頷きながら応えると、彼女は「昨日は昨日でその黒幕とやり合ったばっかりでさ。ちょっと熱が抜けてなかったのかも」と続けた。

 

·····とんでもない街だな、ここ。

自分もまた『しでかした側』とは言え、事件の頻度おかしくないか。

昨日って事は、事件が解決してまだ一夜明けたばかりである。

そんな立て続けに科学者連中が裏切り行為のような事件を起こせば──。

そこまで考え、やっと彼女が''過敏''と言った理由が分かった。

紅梨栖も察したらしい。

彼女の声は、少し落ちていた。

 

「·····つまり、私····いいえ、私達はまた(・・)''裏切った''、と言う訳ね」

 

「私はいいの。でも、初春や黒子が裏切られるのは許せなかった。アンタ達の言い分も、あの時はのらりくらりとした言い訳にしか聞こえなかったわ。反論も弁明もできないのに、身内だけは擁護しようとして、って。

······だから、初春が席を立った時に慌てたのをみて、つい──カッとなっちゃったのよ」

 

それは、今聞けばある意味当然過ぎるほど当然の反応だった。いや、むしろそうでなくてはならない。

彼女の言によれば、この事件は昨日の今日だ。

昨日裏切りにあったばかりでありながら、今日は今日で、事件の『アドバイス』を行っていた科学者が、如何にも怪しげな連中を連れてきて『街の外へ出たい』と言い出したのだ。

彼女の中で『産業スパイ』という可能性が浮かんだ時点で、それを振り払う理由などどこにもなかったに違いない。

むしろそれを警戒しなければならない。

俺もまた逆の立場であれば、俺達の席に座っていた1団がなにかしでかす前に、拘束する。

なるほど、言い訳無用問答無用か。

となれば益々先ほどの確認は無駄では?

そんな風に決めてかかっていたが、意外にも御坂は「でも」、と言葉を続けた。

 

「····さっきの脱出の事とか、まゆりちゃん?とかそこの子への態度見てて、思ったのよ。アンタ達はテレスティーナとは違って····どっちかって言うと木山先生かなって。

身内の擁護とかじゃなくて、仲間を守ろうとしてただけで····ただ私が『怪しい』と決めてかかってただけなんじゃないかって」

 

それに、さっきだってアンタ達が動いてくれなきゃ抜け出せなかったしさ──と気まずそうに続ける彼女を見て。

 

一体、貴様は何歳なんだ?

安心や安堵の前に、真っ先に思ったのはそれだった。

立ち直りというか、顧みるのが早すぎる。

見たところ中学生らしいが、とても中学生のメンタルではない。

これが学園都市第3位──『超電磁砲(レールガン)』の頭脳、という訳か。

それとも、事件慣れしているのだろうか?

何れにせよ──中学生にしては客観視が上手すぎるような、そんな心配にも似たような感情を抱いてしまう。

紅梨栖はどう思ったのか、背中越しなので伺い知れない。

 

「だから、このまま連れてく前に聞いとこうと思って。もっかい聞くわよ。──アンタ達、ホントに産業スパイなんかやったの?」

 

言外に、「やってないならそう言って」と縋るようなその問いかけに。弁明のチャンスとしては千載一遇とも言えるこの機会に。

しかし、紅莉栖は一言「ありがとう」とだけ、言った。

 

「そして、ごめんなさい····私は、やっぱりあなた達を裏切ってるかもしれない」

 

·····やはり、言うのか。

紅莉栖ならば言うとは思ったが。

その一言で、御坂の視線の温度が再び落ちる。

 

「····産業スパイじゃないんじゃなかったの?」

 

「それは事実よ。私達は『学園都市』の情報を誰かに売り渡すような目的で訪れたわけじゃない。····だけど、私達のラボがお遊びサークルだと自称しても、それが本当って証拠を今揃えることはできない。ラボの写真はあるけどそれがフェイクって可能性を捨てきれないのも事実よ。『心当たりがある』時点で限りなくクロに近い。そうでしょう?それに何より──」

 

不自然に止まる言葉に、御坂が「なにより?」と先を催促する。

──不味い。

紅梨栖、それを今言うのはマズい。

ちらりと紅梨栖が背中越しに俺を見る。──その意思は、制止。

止めるなと、その眼は語っていた。

だが、と一歩踏み出す前に。

 

紅梨栖は言った。

 

「──なにより、''機密漏洩''は、私はもう犯してしまっているのよ。御坂さん」

 

 

 

※※※

 

 

 

ざわざわと騒がしい大通りの歩道を、俺達4人は歩く。

俺はただ、無言で先頭を行く御坂の背中を眺めていた。

思い出されるのは、先刻の話し合い。

 

紅梨栖の告白に、御坂は見るからに動揺していた。

目を大きく見開き、視線が泳ぎ、脳内で様々な感情が行き来する。

それら全てをぶちまけること無く封じ込めた彼女は──目を伏せたまま、たった一言「····わかった。行きましょう」とだけ漏らし、さっさと踵を返して大通りに出てしまった。

 

何となく着いてきてしまったが····もう、弁解は不可能だな。

横で歩いている紅梨栖は、憔悴しきったように目を伏せて歩いていた。

彼女を心配そうに振り返って仰ぎ見つつ、何を言っていいのか分からない、と言った表情でオロオロするインデックスに「前を向け」と視線を投げかけてから、紅梨栖に言った。

 

「····助手よ、何故言った」

 

「···········しょうがないでしょ」

 

どこかつっけんどんに返すと、紅梨栖は小さくため息をついた。

 

「言うしかないじゃない。現状私たちは産業スパイ。昨日の今日で裏切られたかもしれないって直後に、それを『聞いときたい』って最大限の譲歩までしたきたのよ。···そこで’’裏切れ’’って言うの?」

 

「だが、''裏切られた''と怒ってる彼女相手にあんな事を言えば、もう何も聞いてくれなくなるのは予測できたはずだ」

 

何も今でなくても良かったのでは?そう言ったが、紅梨栖は首を横に振った。

 

「逆に聞くけど、あそこで誤魔化せると思う?····弁明なんか出来ないわよ。·····私たちはそれを受け入れるべき」

 

受け入れるべき、か。

確かにそうかもしれない。

俺達は技術漏洩してしまっている。

その点については反論も弁明も出来ない。

恐らくこのまま『警備員(アンチスキル)』の詰所行きだろう。

だが、そうなれば──。

 

「····そう言うが、インデックス(彼女)はどうするのだ」

 

「?」

 

後ろで名前を呼ばれた気がしたのかティーカップが小首を傾げるのを視界の端で捉えながら、俺はさらに言い募った。

 

「彼女は生粋の部外者だ。このまま詰所に行けば彼女も巻き添えを食う。’’それは迷惑だから’’とこっちに来たのだろう·····これでは逆効果だぞ」

 

「分かってる。····今それを考えてるのよ」

 

未だに状況を理解できないまま、蚊帳の外に置かれてむくれている白いティーカップのような少女を見やる。

どうやらあまり土地勘がないらしい彼女は、俺達の前─御坂を先頭とする列の真ん中─でしきりに首を左右に振ってあたりの景色を確認しているらしい。

彼女だけはなんとか、上条とやらの元へ帰したいのだが。

しかしもうそれも手詰まりだろう。

かくなる上は。

 

「·····詰所まで着いてきてもらって、そのうえで私達が説明するしかないわね」

 

「··········もはや、それしかあるまいな」

 

彼女は学園都市の住人だ。街に入った時には我々と接点がないことは、恐らく街の監視カメラが証明してくれる。

学園都市の住人なのだから認識IDか、それに準ずる学生証も持っているだろう。

彼女は無関係の行きずり。それが『警備員(アンチスキル)』側に伝われば、彼女は『容疑者』から『迷子』に変わる。そうなればそれこそ警備員(あちら)の仕事。

迅速且つ的確に保護者か寮の部屋へと帰される。

 

そう考えれば、知らない街中を右往左往行くよりも幾ばかマシに思えてきた。

 

なら、そうするか。とインデックスに声をかけようとした時。

 

「あー!あった!あの路地裏なんだよ!」

 

唐突に大通りの対岸を指さしてインデックスが叫んだのだ。

あまりに突然の声に一同体が硬直する。

真っ先に立て直したのはやはり紅莉栖。

 

「インデックスちゃん、路地裏がどうかしたの?」

 

「うん、ずっと見覚えのある路地の形を見渡して探してたんだけど、やっと見つけたんだよ!あの路地裏通った先に行けば、帰れるかも!」

 

あ──···。

目線を合わせた紅莉栖の視線が揺らぐと、俯く。

 

「くりす?」

 

「·····ごめんね、インデックスちゃん。貴女のこと保護者のいる寮まで送るって言ったけど──」

 

「──え?一緒に来たんじゃなかったの?」

 

と、ここで今度は御坂が横槍を入れてきた。

 

「さっきの子達と一緒に学園都市に入ったんじゃあ···?」

 

御坂は───混乱している。つまり好機!

俺は鋭敏に感じ取ると、すかさず前に出て畳みかけた。

 

「この子は単にこの近辺で知り合っただけでな!元々道に迷って行き倒れていたのを保護しただけなのだ!ジャッジメント117支部(あそこ)へ行こうとしたのも彼女の所在を確かめたかったからで、ただの行きずりだ!」

 

「え····そうなの?」

 

「そうだ!故に彼女は俺たちとは何ら関係がない、つまりひとまず彼女を保護者のいる寮まで送り届けてやっても構わんだろう!」

 

バサァ!

·····と、勢いのままに白衣を翻すが、しかし。

この中学生、冷静であった。

 

「·····と、証明できる証拠は?」

 

「うぐ」

 

「この期に及んで身内擁護····を疑うつもりは無いけど。私からは判断できないのも事実なのよね」

 

「ぐ···」

 

「だから、それは無理ね」

 

「くっ····!」

 

コイツホントに中学生か····!?

呆気なく鳳凰院式交渉術(フェニックス·ネゴシエーション)を打ち破った『超電磁砲(レールガン)』に慄く間もなく。

御坂は素っ気なく踵を返して「さ、行くわよ」と歩き出す──が。

 

「ねぇ、インデックスちゃん。寮の家主の名前って、確か’’とうま’’だったわよね?」

 

その一言で、何故か御坂の動きが止まる。

なんだ?

紅莉栖へと振り返ると、彼女の口元には小さく笑みが作られていて。

その笑みは予測が当たった時に彼女がする、生粋の’’学者’’としての笑みだと気づいた時、思い出す。

それは、117支部内で脱出の段取りを決めていた時。

 

──’’御坂さんには逃げるよりも説得した方が早いし確実よ、それに関してはアテがあるから心配しないで’’

 

アテとは、まさか。

 

「うん、とうまの寮なんだよ!今頃きっと、ほしゅうとかおわってるかも」

 

「とう、ま····?」

 

ギチギチと、御坂の首が動く。

しかも補修とな?と若干口調の怪しい呟きを背中越しに聴きながら、目の前のやり取りを見ていると、紅莉栖と目が合った。

 

お・し・き・る・わ・よ。

 

案外貴様、抜け目ないな····。

先程までの消沈具合はどこへやら、完全に流れに乗る気でいる代わり身の速さにたじろぐ。

 

「とうまって、苗字はなんて言うの?」

 

「かみじょうだよ!私がいないといっつも危ないところに行っちゃうんだよ。だから早く帰らなきゃ」

 

「かみじょう····とうま···ですっ、てぇ·····?」

 

紅莉栖、なぁ紅莉栖。’’かみじょうとうま’’が琴線に触れてるのは分かった、分かったんだが。

 

背後みるのがこわい。

 

もうビンビンに気配が伝わってくるのである。

呟きにも聞こえない呟きが重低音で耳に触れていくのである。

時たま『アイツなんでこんなちびっ子を』『こういうのが好みなの』『どういうつもりよ』とか聞こえるのである。

怖いよ。

この人こわいよほんとに。

 

それを知ってか知らずか紅莉栖とインデックスは際限なく絨毯爆撃を加えていく。

 

「へー、じゃあ’’かみじょう’’さんが心配なのね」

 

「うん!」

 

「で、寮はあの路地裏の先だったかしら」

 

「そうなんだよ!あの路地裏を通って、左に曲がって、信号渡って右に行って、2番目の角を曲がって真っ直ぐ行った先の団地のななかいがとうまの部屋!」

 

イカン、それ以上はイカンよクリスさん!

地雷を踏み抜き続けてる気しかしない俺の予測は、当然のように。

 

「───ねぇ、インデックスちゃん」

 

遂に背後からやけに明るい声によって裏付けされる。

しかしこれすら織り込み済みなのだろう?紅莉──あ、こめかみに冷や汗垂れてる。

そこで再び目が合った。

 

や・り・す・ぎ・た

気づくの遅いわ!

 

「その’’かみじょうとうま’’って、右手でなんでも打ち消しちゃったりしないかしら?」

 

その一言に、インデックスが意外そうに目を丸くした。

 

「短髪、とうま知ってるの!?」

 

「·····やっぱりか。やっぱりそうなのね」

 

「短髪····?」

 

怪訝そうに眉を顰めるインデックス。

恐る恐ると言った風体で振り返る俺と、みたいやら見たくないやら複雑に顔を青くしてる紅莉栖。

 

その視線の先で俯き、瞑目する御坂は、毅然と顔を上げると、「よし!」と勢いよく拳を握った。

 

「インデックスちゃん!」

 

「う、うん?」

 

「私も行くわ、そこに」

 

「え、うん···え?」

 

「いいのか?」

 

色々前提や棚上げを忘れて思わず聞き返してしまった俺に、御坂はキッパリと、謎の焔を瞳の奥でくゆらせて放った。

 

「えぇ、ちょっとアイツに2、30個聞きたいことが出来たから」

 

 

 

※※※

 

 

 

「···············」

 

「···············」

 

先頭をずんずん行く御坂と、その隣で道を案内しているインデックスの後ろで、俺と紅莉栖は無言で俯いていた。

お互い、何となく言いたい事は察している気がした。

ただ双方、いたたまれないのである。

片や煽った側と、片や煽った風を何倍にも大きな竜巻にして返した側と。

 

やりすぎたのでは?

 

そんな悲哀とも後悔ともとれる感情が、重たく背中にのしかかる。

 

「················助手よ」

 

「···············ごめんなさい」

 

「そっちでは無い。あのタイミングでなければこの路線に乗ることなど不可能だった。まぁ、すこし·····煽りすぎたという気はしなくもないが」

 

「····加減を知らない、私の悪い癖ね」

 

「「············」」

 

再び会話が途切れてしまう。

その間にも、先頭でインデックスと御坂はギャイギャイと騒いでいた。

どうも様子を見るに御坂が質問攻めにしているらしく、インデックスはその迎撃に終始しているようだが。

黙りこくってしまった紅莉栖をちらりと見下ろす。

今にも消えてしまいそうなしょぼくれ具合であった。

 

「で·····貴様の言っていた『アテ』が、’’かみじょうとうま’’だったようだが·····」

 

びく、と紅莉栖の肩が震えた。図星か。

想像以上の爆発力を発揮した’’かみじょうとうま’’なる人物。

上條、上条····’’とうま’’は当麻、だろうか?変な名だ。

 

「彼は、アイツらにとってどんな奴なのだ?」

 

「·······正直、突きつけるまではあんまり分かってなかったわ」

 

しぼんだまま、紅莉栖は口を開く。

 

「ただ、御坂さんからチラッと『上条当麻』って人の話····愚痴?を聞いた事があって、で、インデックスちゃんも’’とうま’’って言ってたから·····同じ第7学区で、寮住まいという事は中高生ってことまで分かってた。それに補修って聞いて御坂さんも『上条当麻』については補修と言っていたから····元々珍しい名前だし、共通点が多いな、とは思ってたの」

 

「なるほど·····」

 

「だから、知り合いか友達位には思ってたんだけど····」

 

「······あれを見る限り、少なくとも彼女らからは友達とは想われてないらしいな」

 

それ以上だ。

紅莉栖も小さく頷く。ただでさえ縮こまっていたのがさらに小さくなっていく。

そんな様子に、俺は見かねて嘆息した。

 

「気にするな。煽った俺が言うのもなんだが、事前に調査でもせん限り予期など出来ん」

 

「でも····」

 

「少くとも、彼女らはお前を責めていない」

 

は、と紅莉栖が目を見開く。

 

『──てことはずっとアンタはアイツのベッドで寝てんの!?』

『とうまったら私は場所をあけてるのにちっともはいろうとしないんだよ。少しはさっしてほしいかも!』

『察する問題じゃないわよこのハレンチシスター!』

『にゃ、にゃにおう!?そーいう短髪だってずっととうまのこと追いかけ回してるんでしょ!そういうの、すとーかーって言うって私しってるもん!』

『ス──ストーカーですってぇ!?』

『ニャー!』

 

「········な?」

 

「な、·····じゃないとは思うわよ」

 

些かげんなりしつつも、紅莉栖は咳払いすると、今度こそ背筋を元に伸ばした。

 

「確かに上条とやらにどんな修羅場が待ち受けるのか、そこは申し訳ないとは思う。だが、それに対し今気に病んでも仕方なかろう」

 

「······そう、ね。私が気にしても、もうどうしようもないものね」

 

「そういうことだ」

 

精々、上条当麻が超電磁砲で串刺しになる事態は避けねばならんな。

とはいえこんな泥沼作り上げた家主、上条当麻とはいかなる人物なのか。

余程のイケメンなのか、インテリジェンス····が補修を受けるべくもないか。

ともかく。

 

「攻めてもの罪滅ぼしは、上条当麻への被害を最小限にくいとめることだろうさ」

 

「えぇ·····そうね」

 

『着いたよー!』

 

紅莉栖が息を整えたと同時、インデックスが駆け出し、背の高い団地の一棟を指さした。

いつの間にか路地裏、大通、脇道を通過して団地にまで来ていたらしい。

ぴょんぴょん飛び跳ねながら腕振り回すインデックスが叫ぶ。

 

「ここのななかいに、」

 

 

ッダァァアン──·······!

 

 

突如、蒼穹を鋭い号砲が切り裂いた。

銃声!?

 

一瞬にして身が竦む。

全員が中腰にしゃがんで周囲を見渡す。どこだ、どこからの銃声だ?

2発、3発目が叩き込まれることを想定したが──しばらく経っても、2発目が放たれることは無かった。

 

「が、学園都市は銃社会なのか·····?」

 

「そんなわけないでしょ、携帯が許されてるのは基本的に『警備員(アンチスキル)』だけ!」

 

俺の揺れたつぶやきを小さく紅莉栖が窘める。

 

「銃声は上のほうね·····インデックス、アイツの部屋って何階だって言ってたっけ?」

 

いつの間にか呼び捨てるまでの間柄になっていたらしい御坂が、インデックスにそう訊ねる。

 

「ななかい!····てことは、とうまのへや!?」

 

「いや、その判断には早すぎる。そもそも銃声が『上』から響いた以外何もわからん、6階かもしれんし8階かもしれん!ここは慎重に行こう」

 

恐慌するインデックスを、今度は俺が窘めると中腰のまま、急いで非常階段へと向かおうとする。

が、その前を御坂が悠々と歩いて行った。

 

「お、おい貴様!撃たれても知らんぞ!?」

 

「大丈夫よ、あの銃声は多分ハンドガン、それもマグナムとかではないわ。つまり最低6階からでもまず届かないし当たらない。それも2発、3発目が来ないってことは私たちを狙ったものじゃないって事でしょ。ならこっちは警戒以外にすることは無いし──」

 

パリ、と髪の毛から紫電をチラつかせて振り返る。

 

「最悪弾が飛んできても、私なら弾き返せるわ」

 

 

 

※※※

 

 

俺達は慎重に階段を上がり、7階へとたどり着いた。

その間1度も銃声はなく、また怪しい人影も飛び出しては来なかった。

もしかすると、この棟ではなかったのかもしれん。

それにしても·····と。

先頭を行く御坂の背中を改めてまじまじと見つめてしまう。

コイツ本当に中学生か?

もう幾度繰り返したかも分からないこの問いを、改めて浮かべてしまう。

中学生でありながら『超能力(レベル5)』にたどり着き。

精神的には直情的すぎる面もあるが····客観視も同様に上手すぎる。

そして今の銃に関する知識。

まるで·····実際の銃声を聞いたことがある上に···’’聞き慣れた’’ような、あの躊躇いのなさ。

出会って2時間と経っていないが、彼女の特異性は十分すぎるほどにまざまざと見せつけられた。

そして俺は、未だに彼女を’’怖がっていい’’のかすら、掴めていない。

こんな得体の知れない心情は、初めてであった。

 

「ここ、この部屋!」

 

俺の脇を走り抜け、インデックスが1枚のドアの前に立つ。

やっとか。

長い旅がようやく終わったような、そんな安堵の横で、いよいよ御坂のマグマが煮え滾り始めていた。

 

「いよいよね、どういうことかしっかり説明してもらうんだから!待ってなさ···い·····よ·····」

 

·······ん?

 

何故か尻すぼみになっていく語尾に、首を傾げて改めて横を見ると。

 

「え、つまり来ちゃった····?待って待ってホントに来ちゃったの?アイツの家に?え、うそ!ちょ、ちょっと心の準備が····」

 

···························あぁ、中学生だな。

何かが俺の中でストンと腑に落ちた。

 

一方インデックスはドアノブをガチャガチャと回す。

 

「あれー?とびらあかないよ」

 

鍵が掛かっているのか。

 

「外出中ではないのか?」

 

ふと思いついたことを言ってしまう。

 

「それか、貴様を探して行方不明、とか」

 

まるきり冗談のつもりだったのだが、インデックスは割と深刻に顔を青ざめさせてドアノブから手を離してしまう。

 

「有り得·····そうなんだよ·····」

 

「ちょ、バカ岡部!インデックスちゃん不安にさせてどうすんのよ!」

 

「いや、俺はあくまで可能性のひとつをだな!」

 

割り込む紅莉栖にあわてふためいて言い返す横で、御坂がついにアオハルメーターを振り切ってオーバーヒートを起こした。えぇいポンコツ中学生め!

 

「こ、こうなったら私達も探しに行かなきゃなダメかも!」

 

「迷子になった貴様が探しに行ってはまるで無意味だろう!?」

 

「そ、そそそうね!ここは大人しくアイツの部屋に上がって待ちましょう!」

 

「おい中学生!まずはメルトダウン寸前の頭を冷やせ!」

 

バチィッ!

 

「おっかないな!?」

 

「漏電現象····ふむん、やはり彼女の能力は感情に左右されやすい側面があるわね。それが能力に起因するのか、それとも感情に起因するかは考証の余地が」

 

「助手、帰ってこい!処理を放棄するな!」

 

誰かこの地獄を止めてくれ!

三者三様それぞれが暴走し始めたとき、内側から金属音が響いた。

ガチャリ、と。

 

そう、丁度ドアの内鍵を中から開けるような(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

全員が静まり返り、ドアの1点に視線が集まる。

ほんの一瞬の何気ない動作が、まるで俺にはスローモーションのように、ゆっくりと見えた。

 

ドアが内側から押し上げられる。出来た隙間から、色落ちしたつっかけと、学生服の黒ズボンに、白いシャツ、そしてウニか何かのように先端をとがらせたツンツン頭。

 

「──インデック····ス、と····」

 

ティーカップを捉えて顔を輝かせた少年が、こちらを見て尻すぼみになっていく。

 

扉から出てきたのは、1人の少年だった。

どこにでも居そうな、冴えない顔つき。

彼から、俺達の表情はどう映っていたのか、もう自分では確認しようも無いが。

 

少なくとも、少年がたじろぐ位には威圧がかかっていたらしい。

少年が時間を巻き送る。

硬直した時間倍率が、再び等倍へと戻る。

 

「あ、えーとインデックス(彼女)を送ってもらって、ありがとうござ──「とーうーまーーーー!!」

 

瞬転、インデックスが少年の腹にスクラムタックルを食らわせて部屋の中へと押し倒した。

 

「とうま!さっきおっきい音なったんだよ!また危ないことしたんじゃないよね!?」

 

「あ、あーアレね·····ちょっと知らにゃいかな····」

 

「·····とうま?」

 

「し、知らない知れない言えない三段活用!俺にはなんの心当たりもありませんのことですよ!」

 

「’’言えない’’って、どういうことかな、とうま?」

 

「あっ······」

 

しまった、と思う隙すらなく。

ガッチン、という擬音すら幻聴し。

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

「不幸だアァァァァァァァァァァァァァァァ──······!」

 

寮に、銃声よりも悲しい叫びが木霊した。

それから目を逸らしながら、俺はケータイの時刻を見る。

 

2010年8月10日、午後1時12分。

 

それは、運命の歯車が着実に、確実に、けれど元へと狂い出す時間であった。




恐らく過去多の文字数である11218字を最後まで読んでいただき有難うございます!



や、やっと·····やっと主人公同士が合流したぁ····!
長かった!ホントながかった!約3年ですよ約三年!
普通クロスオーバーモノって真っ先に主人公同士会うのが常識でしょう!なんでここまで遅くなったんだと私が1番怒りたい。
さてさて、なんというかやっと本題に入った感のあるΦ世界線。
どうかこのまま訳の分からぬワンダーワールドを楽しみいただければ幸いです

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