とある世界の選択異譚《ターニング·リンク》   作:タチガワルイ

20 / 20
·····想像以上に早いこと書き上がってしまったので、まさかの連日投稿です。
今までで1番『禁書っぽい』話になったのではないかと思うのですが、如何でしょうか。



永劫回帰のヒエロファニー

__2010.8.10.13:28:12__

 

「·····なんだって?」

 

ステイルと神裂まで動員してドッキリとはこの悪友も随分と手の込んだことをやるんだな、と上条は本気でそう思う位には理解を放棄していた。

それはそうだ。世界がヤバいと言われて「はいそーですか、なら助けなきゃなんねーな!」と言えるのは相当メンタルが強靭なアメコミヒーローか、真に頭空っぽなおバカさんかの2択だ。

しかしそんなことは気にしないのが土御門流。まずはふっかけ、相手を飲み込み、ペースに巻き込みながら状況を否応にも分からせる。

そっちの方が手っ取り早いのだ。

 

「とりあえず上がるぜい、おーじゃまー」

 

「いや、玄関から入れよ!」

 

「?玄関はこっちだろ?」

 

「お前ら魔術師は窓=玄関なのか!?」

 

「違うのか?」

 

「ちげぇよ!」

 

「······無駄話もそこまでです」

 

土御門に続いて神裂もウェスタンブーツを脱いで部屋に上がり込む。

ステイルはそもそも取り合う気がないのか、それともベランダが好きなのか部屋に上がる素振りを見せない。我関せずとタバコに火をつけていた。

 

「今玄関から周り込めば’’無関係な一般人’’と鉢合わせることになりますので、そのリスクを避けただけです。それ以外の意図はありません」

 

無関係な一般人、が誰を指すのかは言わずとも明白だった。

なるほど、ビリビリならば確かに首を突っ込みに戻ってきかねない。

 

「かんざきも、ステイルも久しぶりなんだよ!」

 

’’知り合い’’に駆け寄ったインデックスに、神裂は律儀にも一礼する。

 

「今回はご迷惑をお掛けします」

 

「なんでもどんと任せるといいかも!」

 

神裂の心中は分からない。けれどその一礼にどこか他人行儀を感じてしまった上条には、すこし胸が引っかかる。自分もまた彼女らを’’知らない’’が故の、その溝に。

 

「今回って、そんなにやばい案件なのかよ」

 

気持ちを切り替えるつもりで土御門に水を向ける上条。

土御門は相変わらずの調子だ。

 

「あぁ、特大メガクラスにマジヤバだぜい。下手すりゃ全世界巻き込みかねないってんだからにゃー。最大主教(アークビショップ)直々のご指令で、任務期間は今日中だ、と言えば切羽詰まってる感は伝わるかにゃ?」

 

「えらく急なんだな·····」

 

「それも仕方が無いよ。相手がしっぽを出すのは今日しかないんだから」

 

土御門の話を引き継いだのは、部屋に再び戻ってきた鈴羽だった。

インデックスの消えない警戒の眼差しに、困ったように頭をかく。

それを見兼ねた神裂が助け舟を出した。

 

「阿万音鈴羽は今回のアドバイザーです。彼女は今のところ、必要悪の教会(われわれ)の外部協力者として同行を最大主教(アークビショップ)に許されています」

 

「ローラ曰く、『彼女が全ての情報源だ。しっかり助言は聞くように』との通達だ。全く不本意だが最大主教(アークビショップ)である彼女がそう念を押す以上、僕達があれこれ疑っても始まらない」

 

ポケット灰皿にタバコをねじ込みながら、ステイルがそう補足する。よほど気に入らないのか、いつの間にかポケット灰皿には気の毒なほど大量のタバコがねじ込まれていた。

 

「口調までちゃあんと再現するべきだぜい、ステイル」

 

「貴様が吹き込んだあのなんちゃって日本語を?殺すぞ」

 

土御門の茶々にも乗っかからないほどこの14歳は不機嫌だった。

 

「ふーん······?じゃあさっきの十字教連合反乱軍『ワルキューレ』 英国教区、’’元’’イギリス清教第零聖堂区《必要悪の教会(ネセサリウス)》ー、っていうのはなに?」

 

「それは彼女の’’設定’’だ、あんまり気にするもんじゃねーぜい」

 

インデックスの嫌疑に、土御門はサラリと返す。

そのせいでますます三白眼に凄みが増していくインデックス。

鈴羽は諦めたように首を振って、口を開いた。

 

「──さて、メンツも揃ったことだし、頭から説明して行くよ。いいかな?」

 

だれもどうぞ、などというわかりやすい催促はしなかった。

だが土御門はサングラスのブリッジを押上げ、神裂は壁に寄りかかって腕を組み、ステイルは何本目かのタバコを取り出し、インデックスは腰に手を当てたまま動かず、そして上条当麻は固唾を飲む。

それを聞く姿勢とみなした鈴羽は言葉を続けた。

 

「今回の任務は、学園都市内で保管されている霊装──『ヒエロファニーの懐中時計』を今日中に確保、ないし破壊するものだよ。この霊装は学園都市ごと世界を破壊しかねない。だから──」

 

「待った、ストップ、質問!」

 

早速上条が手を挙げる。質問は最後まで聞いてから、という原則を忘れたと言わんばかりの速攻挙手だった。

しかし鈴羽は怒らない。丁寧に続きを促す。

 

「どうぞ」

 

「そのひえろふぁにー何とか、ってなんなんだ?」

 

ヤバさが分からねぇ、と。そういうことらしかった。

 

「『ヒエロファニーの懐中時計』とは、’’協定’’違反の霊装だよ。’’懐中時計’’とあるように、時計になんらかの魔術的意味を付与しているんだ」

 

「な、なるほど····。じゃあ」

 

顎に手を当ててふむふむを頷く上条。

幾らか納得出来たのか、彼は続けてこんなことを言った。

 

「そのヒエロファニーってやつが持ってる懐中時計が、その協定?違反だから奪って壊そうってのか?」

 

············。

部屋に沈黙の雪が降りた。

 

「あー····と、そもそもヒエロファニーってそういう意味じゃないんだよね·····」

 

「えっ」

 

「’’ヒエロファニー’’って言うのは、宗教用語だよ、とうま」

 

鈴羽の遠慮がちな指摘にインデックスが補足すると、壁によりかかったままの神裂が引き継ぐ。

 

「最も簡単な意味は『聖なるものの顕現』。とある宗教学者が提唱した宗教概念の1つです。同時に顕現のための媒体も表し、その範囲は広大すぎるので割愛しますが····端的に言うと、ヒエロファニーとは『宗教的存在が現れる』ことそのものを指します」

 

そういうこと、とインデックスも満足気に胸を張っていた。

 

「······つまり、なんだ?『聖なるもの』が現れる懐中時計·····?」

 

「ま、直訳するとそういうことになるね。だから問題なのさ」

 

上条のたどたどしい結論に、鈴羽は及第点を付けた。

 

「その懐中時計は、なんらかの細工をして『聖なるもの』が現れるための条件を整えていると考えられる。問題は、この『聖なるもの』が何なのか、ってこと」

 

「なんなんだ?」

 

「まぁわかりやすいところで言えば、’’天使’’かな?」

 

「·····天使なんて、いるのか?」

 

「正確には、『天使がいる位相もある』、と言った方が正しいかもしれないが····まぁ上条当麻、貴様には分からないだろうな」

 

「お前一々煽らないと会話できないのか?」

 

「話の腰折らないでよ、ステイル·マグヌス」

 

「····フン」

 

不貞腐れてタバコを吹かす不良神父に慈悲はない。

気を取り直して鈴羽が説明を続ける。

 

「天使はこの世界にはいないけど、別の世界にいるんだよね。で、そういう存在は莫大なエネルギーを持っている。いや、逆かな?『莫大なエネルギーを持つ存在』を私たちは’’天使’’と呼んでいるんだ」

 

「なるほどな····それならなんかしっくりくるかも」

 

「納得してもらえて何よりだね」

 

「となると、その時計ってのは天使を降ろすための霊装、って事になるのか?」

 

「ま、現時点で分かることで言えば、そういうことになるにゃー」

 

そう言うと、土御門は親指で壁際の神裂を指して続けた。

 

「物体ってのは、どんなものでも許容できる魔力量、ってのがあるもんなんぜよ。例えばねーちん。彼女は『聖人』として、天使の力を扱えるんだにゃ。ねーちん、今ここで『唯閃』抜きで天使の力をフル開放したらどうなる?」

 

はぁ、とため息が漂った。

神裂としては、分かりやすくても例えの槍玉に挙げられるのは好ましくないらしく、極めて淡々と語った。

 

「まぁ、テレズマに耐えきれず、私の体が弾けるでしょうね」

 

「そういうこった。だから許容量を超える魔力をモノに注ぐと、そのエネルギーのせいでそのモノが自壊する羽目になるわけなんだぜい」

 

「さらっと今とんでもないこと聞いた気がするんだが!?聖人って何!?」

 

「ねーちんシクヨロー」

 

土御門の丸投げに、神裂は小さく嘆息した。

この男のどうしようもない軽さが、時々癇に障る。

 

「聖人とは先程も言った通り、身体的特徴が神の子と似ているが故に、天使の力─テレズマを借りる形で行使できる人間のことです。その気になれば音速も越えられますが、肉体は飽くまでヒトのそれなので、急停止すると体が空気と衝撃波に挟まれてへしゃげることになります」

 

「げ、げぇ······」

 

「·····ドン引きしないでください」

 

上条の顔が引き攣るのを見てとって、神裂は目を瞑って声を低くする。

 

「わ、悪い····」

 

バツが悪そうに頬を掻く上条に、神裂も「いえ。私も言いすぎました」と答えるが、なんともぎこちない空気は拭えない。このようにお互い気まずい沈黙に陥った時、1番効果的なのは空気を読まない連中だ。

 

「ま、そんなわけでねーちんを怒らせたり泣かせると、あのワガママボディが超音速でダイナマイトしてくっから、気をつけるんだぜい、カーミやん♪」

 

「な、何に気をつけりゃいいんだよ····?」

 

「そりゃあフラグk「つーちーみーかーどー····?」こんな風にな!」

 

「はいはい話続けるよー、2人ともイチャつかないでくれるかな」

 

「「イチャついて(ねぇし/ませんし)!!」」

 

「息がピッタリで何よりだね」

 

うんうん、と頷く鈴羽に土御門は満足気に両手を頭で組み、神裂は調子が狂ったとばかりに乱暴に壁に背中を投げ出す。

上条は思った。

本当にこのメンツで大丈夫なのかと。

 

「さて、話を戻すけど。土御門元春の言う通り、物体にはそれが許容できる魔力量というものがある。で、’’天使’’を象るテレズマはそれこそ厖大かつ莫大なんだよ。それこそ、そこの神裂火織だけじゃない、『聖人』と呼ばれる人間の特色は天使の力を『引き出す』のではなく、『制御する』ことにあるように。

『ヒエロファニーの懐中時計』は、天使の力、テレズマを時計という物質に宿らせる性能を持つ可能性がある。

で、その莫大なエネルギーの塊であるテレズマを、『懐中時計』なんていう小さな小さな物品に無理やり注ぎ込むと、どうなるか」

 

このタイミングで、視線を上条当麻に投げかける。

上条は視線を受け取ると、しばし考えた後にハッとなった。

 

「··········まさか、時計が爆発する?」

 

「そういうこと!つまり、アレはテレズマを用いた核爆弾だと言えるんだよ」

 

テレズマの核爆弾。

上条にもようやくことの事態が読めてきた。

その懐中時計が起動すれば、その瞬間に懐中時計は自壊し、辺り一面にテレズマの爆風を撒き散らす。

核だとすれば、おそらく学園都市’’だけ’’では済まないかもしれない。

 

「それって、かなりヤバいんじゃ·····」

 

「まぁ、相当ヤバいわな。核なんてもんじゃねーぜい、テレズマは」

 

「·····吹っ飛べば、どれくらいの被害が?」

 

「さぁ?」

 

土御門は両手を頭に組んだまま、返答を投げ出す。だが投げやりに予想は口にした。

 

「少なくとも、日本は地図から消えるんじゃね?」

 

「なっ·····!?」

 

「それに、仮に天使を降ろすとなれば、その影響は爆発だけじゃないんだよね」

 

鈴羽がそう言い差すと、ステイルがふと思い出したように言った。

 

「属性配置の歪みに····あとは、御使堕し(エンゼルフォール)か?」

 

「アレとは少々毛色が違うと思うのですが·····」

 

「まぁなんにせよ、そんなモン使われたら影響は全世界に響き渡るだろう。──いや、’’響き渡った’’と言うべきなのか?阿万音鈴羽」

 

なんでここで鈴羽にパスを?と上条が土御門に視線で問いかけると、土御門は鈴羽の方に顎をしゃくる。

つられて視線を振ると、鈴羽の口から笑みが消えていた。

 

「へぇ、そこであたしにパスするんだ、土御門元春」

 

「そりゃあ’’自称未来人’’を名乗るんだ、炸裂した’’後’’の地獄の一つや二つ位見てるんじゃないか、そう思ったまでだよ」

 

いつの間にか土御門からふざけた語尾が消えていた。

サングラスの奥でうかがい知ることができた出来ないが、きっと目も笑ってない。

土御門は試していた。神裂から連絡が来たのはほんの15分ほど前。1時の頃だ。

最大主教(アークビショップ)からの任務で、『ヒエロファニーの懐中時計』という霊装を回収することになりました』

妹を人質に取られてやらされた177支部の襲撃に失敗した直後に、今度は魔術サイドの厄介事。

アレイスターもローラも好き勝手言いやがると思った矢先に、変な一言を付け加えられたのだ。

 

『そして今回、自らを『未来人』だと名乗る阿万音鈴羽という術者がアドバイザーとして同行するらしい』、と。

 

聞けば、未来の宗教組織’’十字教連合反乱軍《ワルキューレ》’’という組織に属すると主張する魔術師らしかった。

ぶっ飛んだ設定も来たもんだ。

四半信過半疑のアドバイザー。今回の任務は話を聞けば極めて大規模な任務だが、本当にその通りなのかすら疑わしい。

そこにこんな怪しい奴をアドバイザーにだと?

これはスパイとしての勘に近い。

けれど、土御門は確かめておかなければならなかった。

この女が敵か、味方か。

未来人なのは本当なのか、それとも嘘なのか。

そして嘘ならば───彼女は、’’危険’’だ。

 

「なる、ほど。確かにそうだね、私の経験も語っておかなきゃ、か」

 

そう独り納得したようにごちた鈴羽は顔を上げる。

 

「ちょっと長くなるけどいい?」

 

「手短に頼む」

 

「分かった」

 

すぅ、と小さく息を吸う。呼吸を落ち着かせ、頭の中を整理する。

鈴羽は今一度、自らの使命を顧みた。

この行いは決して間違いではない。

この証言は、未来を変えるための布石になる。

きっと、そのはずだ。

 

「───あぁ、地獄だったよ。文字通りね」

 

鈴羽はそう切り出した。

 

「学園都市は、ロシア相手に第三次世界大戦を引き起こした。そして、その時ロシアで放ったのさ、『ヒエロファニーの懐中時計』を」

 

「·····どう、なったんだ?」

 

「さぁ?これは私が生まれる7年前のことだから、その瞬間は知らないんだ。だけどひとつ言えるのは」

 

不意に視線を窓に移す。

青い空、セミの鳴き声。それら全てが──’’目新しい’’。

 

「ロシアは北極海ごと消えてなくなり、属性のバランスが致命的にまで歪み、位相に混乱し’’魔術’’の法、そのものが支障をきたし始めた」

 

その内容に、誰もが息を飲んだ。

上条はロシアが消えたという事実に。

魔術師4人は『魔術の法、そのものが支障をきたした』ことに。

 

「·····それで、どうなっちまった」

 

上条が絞るように続きを促す。

そう、これはまだ鈴羽が生まれた年の’’7年前’’の出来事だ。

まだ彼女が生きた時代を聞いていない。

 

「学園都市は、この戦勝を機に、次々に魔術勢力を駆逐して行った。──位相ごと、破壊していくことで」

 

「位相を、破壊····!?そんなのできっこないもん!」

 

「学園都市は’’出来た’’んだよ。どうやったかは分からない。分からないけど、まずイギリス清教が攻め落とされた。この時に十字教の位相は全て破壊されたらしい。そしてローマが、ついでその残党が·····。そして、あたしが生まれた頃」

 

一旦言葉を切ると、再び部屋の中に視線を戻す。

あたしの語る未来に信憑性は関係ない。

だが決して嘘はない。それが伝わらなければ──あたしの使命はきっと、ここで途絶える。

 

「’’権利’’という言葉は、死語になっていた。学園都市によるディストピアだよ。アレイスター=クロウリーによる一極独裁さ。自由なんてものは無くなっていた」

 

だから、と彼女は続けた。

 

「あたしは····あたし達は、立ち上がった。位相に代わる’’異世界’’を見つけるか作り出し、そして『学園都市』を打倒するため、各国の宗教は連帯し、レジスタンスを組織した」

 

「······それが、十字教連合反乱軍、ってやつか」

 

上条が確認するように尋ねると、鈴羽は頷いた。

それを聴きながら、土御門は静かにサングラスのブリッジを押し上げる。

アレイスターによって、未来で宗教は破滅したか。ヤツらしい復讐だな。

属性バランスの崩壊、位相の破壊、そして学園都市のディストピア····。

彼女の語る未来は、突拍子のないものばかりだ。

だが、『懐中時計』が爆弾と考えた場合の被害範囲や、その後の時代の推移は、アレイスターがやるであろうことをおおよそトレースしている。

また、魔術が従来の方法では使用できなくなり、さらには『十字教』という枠組みまでも破壊されたとなれば、宗教が徒党を組み反乱’’軍’’となるのもまた、不自然な流れとは言えない。

信じるかどうかの確証の部分はともかく、信用はしてみるべきか····?

 

「──これで答えになってるかな、土御門元春?」

 

思考の沼に沈みかけた土御門に、鈴羽の声が割り込んだ。

数瞬考え、結論を出す。

──疑っても始まらない、と。

 

「·····あぁ、悪かったぜよすずちー。辛い経験思い出させちまったみたいだにゃー、すまんかったですたい!」

 

「全然思ってないでしょう」

 

神裂の冷ややかなツッコミにも土御門は笑っていなすだけ。

鈴羽は首を振ると、「いいよ、信じて貰えるならね」とだけ返した。

そこに、長い間沈黙を守ったインデックスが口を開いた。

 

「ねぇ、すずは」

 

「なんだい、インデックス姐さん」

 

「姐さ····ンン!ひとつ教えて欲しいかも」

 

「うん、なんでも聞いて」

 

なら、遠慮なく。

インデックスは真っ直ぐに鈴羽を見据えると問い質す。

 

「位相がこわされて、属性バランスはくずれた。そこまでは呑むとして、じゃああなたは何故’’魔術師’’を名乗っているの?あなたの術式は、一体何?それを教えて欲しいかも。

あとそうだね、学派と、魔法名も」

 

未来で作られたとされる魔術。それを見せろと、インデックスは要求していた。

また見せるのか····弾はできるだけ温存しておきたいんだけどな。いや、そうも言ってられないか。

鈴羽は「わかった」とだけ言うと、ポーチから一丁の拳銃を取り出した。

 

「あたしの霊装は、これ。実はさっき上条当麻にも似たようなこと言われて見せたんだよね」

 

「そうなの?」

 

「····あぁ、狙ったところに必ず当てる術式だっけか」

 

インデックスの問いかけに、上条が居住まいを正してそう返す。

 

「思いっきり’’協定’’違反の代物だな·····」

 

ステイルがそうつぶやき、

 

「アウト中もアウト、アレイスターかローラにバレたら即刻処分対象だぜい?すずちー」

 

土御門がそうからかい、

 

「先にこちらから処理すべきでは?」

 

神裂がスっ、と目を細め、

最後にインデックスが

 

「霊装でもなんでもないよ!!」

 

と盛大にツッコミを入れた。

 

「あたしの魔法名はmutare545(岐路を変えるもの)。学派はなし、術式名は『魔弾の射手』。対象界はオペラだね。上条当麻の言った通り、『銃口の向き関係なく、狙った場所に必ず当てる』術式と、その霊装だよ。未来においては十字教含めた、宗教由来の術式は全滅しているから、それ以外の概念を取り入れるしか無かったんだ」

 

だからこうなった、と鈴羽は続けた。

 

インデックスは悩んでいた。

彼女の常識において、宗教世界が崩壊した後の法則など考察しようも無いものだ。

ましてやオペラなど、そんな位相はあってないようなものに等しい。

だが確かに、彼女の拳銃には、自分が知っているあらゆる宗教様式をも見つけることが出来なかった。

拳銃という外見を差し置いても、少なからず彫刻や装飾で宗教記号を付与することも出来るはずだ。それが、一切見当たらない。

だが同時に、魔術的意味は拾えるような調整が施されているのも見て取れた。

全く奇妙な気分にさせられる拳銃だった。

宗教的世界を排した魔術霊装。おそらく未来では’’霊装’’の意味すらも変質している。我々の世界では、この拳銃を’’霊装’’とは呼ばない。

総合して、インデックスは「自分の知識の外にある魔術である」と結論づけた。

つまり、判断がつかない。

 

「うー····!」

 

「インデックス姐さん、無理かもしれないけど、信じて欲しい」

 

「うぅぅ〜〜〜······!こんな変なの起動するわけないもん!」

 

「いや、してたぞ。そこで叩き割れてるちゃぶ台、鈴羽が撃ったもんだし」

 

上条が部屋の隅を指さす。

そこには真っ二つに割れたちゃぶ台がよせて転がされていた。

神裂がちゃぶ台にしゃがみこむと、破片をひとつ拾い上げる。

なるほど、確かにちゃぶ台のちょうど中心に弾丸が垂直に突き刺さったらしい。神裂が手にしたのはへしゃげた弾丸だった。

 

「上条当麻、彼女はどうやってこれを?」

 

「窓の外に銃口向けて、1発撃ったらちゃぶ台の真ん中に突き刺さった、感じだった。こう···弾丸が曲がった?みたいな」

 

弾丸を見つめながら尋ねる神裂に、彼は手探りで答えた。最後に「そんな感じであってたか?」と鈴羽に視線を送ると、彼女は「その通りだね」と返す。

インデックスは、諦めたように肩を落とした。

 

「····とうまが言うなら、そうなのかなあ···。って!結局さっきのじゅうせいこの部屋だよね!?」

 

「あっ、バレた」

 

「バレるかも!」

 

うがー!と再び顎のトラバサミを起動しかけるのを、上条は必死になつて止める。

 

「ストップ!悪かったって!けどあん時御坂もいたし···!」

 

「上条当麻なりに魔術と科学の境界線を守ってくれたんだ、あんまり責めるもんじゃないよ、インデックス姐さん」

 

「姐さん····そうだね、私はお姐さんだから特別にとうまのこと許してあげちゃうかも!」

 

「自分で洗脳してるぜよ·····」

 

「何か言ったかな?」

 

「いえ、なにも」

 

土御門は危機回避能力に長けていた。鈴羽に『姐さん』呼ばわりされるのがすっかり気に入ったらしいインデックスは、胸を張って寛大な処置を言い渡した。

 

「だからとうま、1週間ご飯五割増ね!」

 

「重っ!?」

 

 

※※※

 

 

「で──肝心の『ヒエロファニーの懐中時計』、それって結局どこにあるんだよ?」

 

自分の財布の埃を数えながら、話題転換──もとい軌道修正のつもりで尋ねる。

鈴羽は断言した。

 

「まだ不明だね」

 

「マジかよ」

 

これだけ引っ張っておいて肝心な情報が不明だという。

流石に必要悪の教会(ネセサリウス)の面々もピクリと鋭い視線を鈴羽に浴びせる。言葉には出さずとも、「説明しろ」と物語っていた。

故に、彼女は「だから」と続けた。

 

「今から情報源に聞くんだよ」

 

そう言いながらベランダに出る鈴羽。一堂が見送ると、何かを担いで帰ってきた。

それは、巨大な黒いはんぺん。

鈴羽が上条の部屋に乗り込んだ際に持ち込んだ、あの死体袋であった。

 

「検死でもするのか?」

 

「バカ言わないでよ土御門元春。死んじゃいないよ、まだね」

 

そう言いながら死体袋のジッパーを開けると、中身を引きずり出す。

ぐったりとした、黒いライダースーツの女が顔を出した。

栗色のウェーブがかった髪に、グラマラスな体型。

しかしその瞳はとじられており、顔は火照っている。

 

「コイツは?」

 

「桐生萌郁。暗部組織の一員だよ。未来の情報によれば──今日、『ヒエロファニーの懐中時計』はこの女の部隊が『窓のないビル』から別の場所に移送する予定だったんだ」

 

「なるほどな。そりゃいいぜよ。──と言いたいところだが」

 

土御門は萌郁の顔を覗き込み、首筋に手を当てる。

 

「····なぁ、すずちー。この女····」

 

「最初暴れて仕方なかったからね。熱中症にした」

 

しれっと鈴羽はとんでもないことを言い出した。

 

「早いこと水飲ませて体を冷やさないと、早晩死ぬね」

 

「分かっててやったってのか。悪だねすずちー」

 

「回復術式があるでしょ」

 

簡単に言ってのける鈴羽に、インデックスがむっとなって返す。

 

「簡単に言うけど、この人が能力者だったら副作用で死んじゃうかもなんだよ」

 

「そこら辺は大丈夫、彼女は身体的には一般人だ。月詠小萌と同じだよ」

 

「こもえも知ってるんだよ·····」

 

「未来人ですから」

 

で、問題は熱中症に対する治癒魔術なのだが、これはインデックスが担当することになった。

「この人結構深刻だから、集中したいかも」ということで、上条以下魔術師の面々は一旦外へ。ステイルもベランダから玄関へ移動することを強いられた。

 

『じゃ、出来たら呼ぶからまってて欲しいかも』

 

「おう、頼む」

 

上条の返事で、インデックスの足音が遠のいていく。玄関前に締め出された五人衆は、ぽつねんと真夏の寮を眺めることになった。

最初に口を開いたのは、上条だった。

 

「·········なぁ、鈴羽」

 

「なんだい、上条当麻」

 

「·····アンタは、あの最悪の未来を変えるために未来からここに来た。そうだよな」

 

そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、鈴羽は一瞬キョトンと目を丸くすると、緩く微笑んで首肯した。

 

「····そうだね。未来を変え、みんなが笑って自由を謳歌できる世界をにする。岡部倫太郎や上条当麻だけじゃない、ミーシャ=クロイツェフやオルソラさん、インデックス姐さんに····それにパパだって。学園都市から自由を勝ち取るために、皆戦って死んだんだ。それはいやだった。もしも根本からやり直せるのなら。もしもそうなる未来を変えることができるなら。あたしはなんだってやる。あたしの魔法名は、その為に刻んだものだから」

 

Mutare545──『岐路を変えるもの』。

 

彼女の魔術は邪道中の邪道である。

宗教が破滅し、位相が崩壊し、これまでの『信じるもの』か全て灰燼に帰した後に生まれでた、異端の急造品。

土御門もステイルも、そして神裂も口には出さずともわかっていた。

彼女の術式は極めて不安定で、そして限定的で『弱い』。

治癒魔術を自分で施さなかったのがいい例だ。

やらなかったのではない。恐らく、「出来ない」のだ。

未来人と名乗る以上、タイムトラベルは恐らく魔術ではなく科学技術で引き起こしたのだろう。

協定違反の、外道魔術師。現代ではそう言われても仕方の無い、そんな彼女の術式。

けれど、だけど。

魔法名を刻み、その願いを胸に、こうして過去に降り立った。

その行いは、その心根は、まさに届かぬ奇跡にそれでも手を伸ばそうとした、我々と同じものなのではないか。

神裂はそっと自らの魔法名を思い出す。

 

Selvere000──『救われぬものに救いの手を』。

 

誰もが救えぬと断じたものにこそ、この手を差し伸べる為に魂に刻んだこの名前。

私は──彼女を疑うべきなのか?

それとも信じてやるべきなのだろうか?

合流してから一日と経っていないが故に、鈴羽の心を覗こうとすればするほど分からなくなってくる。

迷えば敗れる。そう覚悟していながらも、この刀を抜く時は来るのかと、来ていいものなのかと神裂は思慮せずにいられない。

 

「迷うなよ、神裂」

 

「····!」

 

隣の不良神父──ステイルの呟くような声に、肩がはねる。

 

「僕らの仕事は汚れ仕事だ。信用も信頼もあってないようなものだろう。君が組織を抜け出せば僕は君を焼き殺すし、反対に僕が彼女を連れ出せば君が追って僕を殺す。この組織はそうやって回ってる。違うか?」

 

「·····ですが、」

 

「阿万音鈴羽はきっと裏切るよ」

 

ステイルは断言した。

 

「····だが、『まだ裏切っていない』。だから僕は阿万音鈴羽を殺さない。君が動かずとも、僕が勝手にカタをつけるさ」

 

情け容赦のない仕事口調だったが、神裂は意外そうな顔でこう返した。

 

「·····もしかして、心配してくれているのですか?」

 

「違う」

 

神速で切り返すと、シガーケースからタバコを取り出す。

ライターに火をつけながら、忌々しそうに一言返した。

 

「ただ単に横でうじうじ悩まれるのが嫌だっただけだ。こっちの思考まで邪魔されるのは勘弁願いたいからね」

 

この男は、いや少年はそうやっていつも本音を偽悪で隠そうとする。

上条当麻くらい真っ直ぐに心配してくれれば返しようもあると言うのに、ステイルはこういう時いつも1歩引いたところから言葉をなげかける。全くかわいげのない──そんないじらしい天才少年に、神裂は思わず苦笑する。

 

「···なんで笑う?」

 

「いえ、なんでもありません。ただ···」

 

『わー!ちょっと!ちょっと落ち着くんだよ!暴れないのー!』

 

突如として部屋から響く絶叫に玄関組の身が一瞬で引き締まる。

 

「っち!あの馬鹿女もうちょっと大人しく目覚めてよね!」

 

「死なせた方が楽だったかも、だな!」

 

扉を蹴破る勢いで開け、土御門と鈴羽が先行して部屋に雪崩込むと、丁度桐生萌郁が両手の拳をハンマーのように組んで、押し倒したインデックスに振り下ろそうとしていたところだった。

 

ステイルが真っ先にルーンカードを構え、

ついで土御門が拳銃を引き抜き、

それと同時に鈴羽がリボルバーを構え、そして神裂が七天七刀に手を添えて──。

それら全てを追い抜いて、最初に萌郁に届いたのは上条だった。

 

「──離れろぉ!!」

 

情け容赦のない、上条のタックルのように身を屈めて放った右拳が萌郁の左頬に突き刺さる。

ッゴォ!!と。鈍く重い音が炸裂し、萌郁の体は簡単にベランダまで放り投げられる。

 

「インデックス!!」

 

「う、うーん····私は大丈夫····」

 

一顧だにせずインデックスを抱き上げて呼びかける上条を尻目に、鈴羽と土御門は速やかに萌郁を組み伏せて再び意識を奪う。

 

その惨状をみて、ステイルが独りごちた。

 

「·····仕事が増えるなぁ」

 

 

※※※

 

 

「····、んっ····」

 

頬に感じる鈍い痛みで目が覚める。

 

「目が覚めたな、桐生萌郁」

 

萌郁が目を開くと、目の前の土御門が視界に入った。その瞬間、やはり迷いなくその首を刈り取らんと腕を振り上げた。

正確には、振りあげようとした。しかし、動かない。

身動ぎするが、1ミリも体を動かせない。

体を見下ろすと、肩、腰、両膝と両足。何かでキツく縛られていた。ワイヤーのような、細い糸で。

 

「申し訳ありませんが、拘束させて頂きました」

 

そう冷ややかに声を浴びせるのは神裂だった。手には七天七刀が握られている。

上条とインデックスは対角線上の部屋の隅で並んで仁王立ちしており、目の前に鈴羽と土御門、そして油断なく中距離にステイルがルーンカードをチラつかせている。

視線をめぐらせると、なるほど、萌郁を中心に何枚も似たデザインのカードが貼り付けられていた。

窓からも玄関からも1番遠い、部屋の角。そこに立てかけられるように座らされているらしい。

その状況を見てとって、桐生萌郁は口を開いた。

 

「······何、するつもり」

 

「尋ねたいことが二、三ある。それだけだぜい、そう構えなくてもいいぜよ」

 

「·····」

 

土御門は萌郁の目の前で胡座をかくと、単刀直入に尋ねた。

 

「──今日、とある物品を『窓のないビル』から運び出す予定だったはずだな。その物品はどこにある?」

 

桐生萌郁の回答は決まりきっていた。

 

「·····しら、ない」

 

「本当に?」

 

「知っていたとして、····吐く気はない。殺すなら殺せ」

 

「なら質問を変えようか」

 

そう言いながら土御門はポケットから1つのケータイを取り出した。

紫色の、角張った旧型のガラケー。

それを目にした瞬間、桐生萌郁の目の色が変わった。

 

「お前····っ!返せ!それを、返せ!」

 

今までよりもさらに激しく身動ぎさせて、抜け出そうともがき始める。ワイヤーが体にくい込むのも気にせずに、ただひたすらにケータイを取り返すためだけに、憎悪に染った瞳で土御門を睨みつける。

対して土御門はどこまでも軽薄だ。おちょくるようにケータイをヒラヒラさせて煽る。

 

「おっとぉ桐生萌郁、コイツがそんなに大事なもんなのか?」

 

「触るな、返せ!」

 

「ならお前も相応のものを差し出せよ」

 

「うるさい、返せ!!」

 

「『ヒエロファニーの懐中時計』はどこにある」

 

「返せッッッ!!!」

 

「うっせぇんだよッッッ!!!!」

 

その怒号に、桐生萌郁が怯んだように仰け反る。

桐生萌郁だけでは無い。鈴羽、上条含めた全員が一瞬硬直した。

土御門はニコリともしていなかった。だが、彼だけは冷静に、ひたと萌郁の瞳を覗き込んでいた。

二の句を告げずにいる萌郁に、土御門は畳み掛けた。

 

「····落ち着いたか?」

 

「·····っ」

 

「いいか、お前は捨てられたんだ」

 

「····そんなはず、ない」

 

「そうか?さっきケータイを見てたんだがな」

 

そう言ってケータイを押し上げる。再び萌郁の目に憎悪が宿るが、今度は身動ぎする前に土御門の一睨みで怯えたように動きが止まる。

視線をケータイにもどし、何かしら操作を行った後、土御門は画面を萌郁に見せつけた。

 

「ほら、これだ」

 

それはメール画面だった。

 

件名はなし。本文も、簡潔極まりない。

 

【用済みだ。見つけ次第殺す FB】

 

「·····お前はまんまと敵に捕まり、こうして拘束されている。その時点で切り捨てられないと、なんでそう思った?」

 

「あ、ぁ····違う。FBは、そんなことで」

 

「切り捨てるさ。切り捨てるに決まってるだろう」

 

「嘘だっ!お前に何がわかるの、何が!」

 

「俺はFBと仕事したからな」

 

土御門の唐突な告白に、萌郁の目が点になる。

 

「な····へ?」

 

「そこで言ってたぜい、FB。『M4が敵に拘束された、元々役に立たんやつだったがこれでようやく処分の目処もついた』ってな。俺はそれでここにいるわけだ。意味は──分かるよな?」

 

「そんな、嘘だ····嘘よ、そんなの····私を、殺すの···!?」

 

「だが俺は敢えてここでお前に選択肢を与えてやってる。FBがひた隠しにした『ヒエロファニーの懐中時計』。その在り処。お前はとっくに見捨てられてる。今更何に義理立てするってんだ?」

 

「違うっ!ちがう、違う違う違う····っ」

 

まるで幼子のように目を瞑っていやいやと首を振る萌郁ににじり寄ると、土御門は乱暴に彼女の顎を掴んでこちらを向かせる。

 

「いい加減現実を見ろ桐生萌郁、いやM4。俺はアンタに復讐の機会を与えてやると言ってるんだ。こき使うだけ使い倒して、捕まれば助けることもせずに切り捨てる。そんなクソボスが憎くないのか?アイツは、お前を騙してた。お前はどうする。ここで大人しく最後までアイツの犬として無様に殺されるか?それとも俺と一緒に、アイツを地獄の底に沈めて死ぬか」

 

「·····っ」

 

「選べよ」

 

「············」

 

「選べ!」

 

萌郁は、顎を掴まれたまま、ただ震えていた。

FBが私を切り捨てた?

そんなの嘘だ、認めたくない。

だけど、目の前の男はFBが寄越した暗殺者。

私はヘマをして捕まった。

それで殺されるだけなら全然良かった。

それでFBに忠誠を誓えるなら。裏切らずに済むのなら。

だけどこれは違う。

FBは私を切り捨てた。「何があっても味方だ」とおっしゃったのに、それを簡単に破り捨てた。

私は数ある駒のひとつだった?

私にとっては、FBしかいないのに、

FBにとって、私はやっぱりゴミのひとつでしか無かったの?

 

「····選べたら呼べ」

 

土御門はそう言い残して、顎から手を離すと部屋を足早に出ていった。

それを追って鈴羽も出ていく。

もしかしたら、あの阿万音鈴羽も土御門とかいう男の部下で、私を切り捨てる為に私を攫ったのだろうか。

まとまりのなくなった思考の沼の中で、桐生萌郁はただ呆然と死刑宣告のメールが打たれたケータイを眺めていた。

 

 

※※※

 

 

「·····、はぁ·····」

 

部屋を出て、玄関脇の廊下に腰を下ろす。

体内に溜まった澱を吐き出すような思いため息をつく。

 

「お疲れ様、土御門元春」

 

視線をあげると、阿万音鈴羽が立っていた。

心配そうな表情に苦笑すると、いつもの軽薄な笑みを浮かべる。

 

「·····全く、すずちーも人が悪いぜよ。まさか尋問役を俺に丸投げするなんてさ」

 

「しょうがないじゃないか。そういう荒事は苦手なんだよ、あたし。けど言った作戦は成功したでしょ?」

 

「あぁ、バッチリ決まった。おかげでな。だがもうちとまともな嘘はなかったのかにゃ?あんなんちょっと普通に考えりゃ直ぐにバレるぜい?」

 

「バレやしないよ。バレたとしてもそれを叩きつけるだけの気力はないだろうね。きっともうすぐ堕ちるよ」

 

桐生萌郁への尋問を阿万音鈴羽ではなく、土御門元春が行ったのはそういう事情だった。

萌郁が目覚める少し前、彼らは作戦会議を行った。

事の発端は「あたしじゃ迫力がないから」と、鈴羽が土御門に尋問役を依頼したことに始まる。

桐生萌郁は、『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』という組織に所属する構成員で、コードネームはM4。

FB──『ブラウン』と呼ばれる小隊長に心酔しており、その依存度は見てのとおり、彼女の全てと言えるほど。

よって、FBに裏切られた体で進めれば彼女にとって支えが瓦解するも同然なので、口は緩くなるはず。

そこで、土御門が実は先程まで「猟犬部隊」と合同作戦に出ていたことを明かし、あのような『FBの命令で土御門がM4の暗殺に赴いた』というストーリーラインが出来上がった。

とはいえ、ならば先刻に桐生萌郁を捕まえたはずの鈴羽と土御門が仲良くやってる意味や、その他のメンツの存在、ひいては『何故土御門はFBから直接時計の在処を聞かないのか』等といったシナリオ上の問題があるのも確かであった。

しかしそこは気にしないのが鈴羽流。そしてそういう悪ノリには全力で乗っかかるのが土御門流だった。

だが、それでもだ。

 

「·····FBは、桐生萌郁を見捨ててねぇぞ、そこはどうするんだ」

 

「そうなんだよね···」

 

先程の紫色のケータイ。あのメールは偽の画面だ。

実際にはメールは送られておらず、何度か不在着信が入っていた。番号から察するにプライベートナンバーだ。つまりFBにとって、M4は──確実に、腹心に近い関係にあるとみていい。

今回ケータイを起動したので逆探知されるのも時間の問題だ。

実の所は時間はそう、ない。

 

「「·······」」

 

2人とも青空を見上げながら無言のまま佇む。

お互い何を考えているのか、何を思っているのかは口にしない。

しないまま、ただ息を空へと返す。

 

返事は、意外に早かった。

 

「······土御門、阿万音鈴羽、来い。桐生萌郁が決めたらしい」

 

「わかった。今行くぜい」

 

ステイルがドアを開けて呼び出しに来た。

土御門は立ち上がると、ステイルを伴って部屋に入る。それに続いて鈴羽も入ると、萌郁は項垂れたまま口を開いた。

 

「······私は、FBをゆるさない」

 

「そうか」

 

「だから、全部····台無しにする」

 

「そうか」

 

土御門は、萌郁の前に座り、続きを促した。

 

「決心してくれてありがとう。──聞かせてくれ。『ヒエロファニーの懐中時計』は、どこにある?」

 

萌郁は顔を上げると、土御門を見据える。その奥には、もうどうしようも無くなった、怨嗟の炎が燻っていた。

口を押し開くと、喉を震わせた。

 

「····第19学区。午前中に、『窓のないビル』から一旦第19学区に移されて·····その直後に、岡部倫太郎の捜索が入った。今も足止め···されてるはず」




驚異の15000字超となりました。ダルいと思われなら申し訳ない。
今回は禁書ワードがわんさか出てきたので、久々に用語解説と行きましょう。

・最大主教《アークビショップ》──とある魔術の禁書目録
イギリス清教と、清教内の部署である『必要悪の教会《ネセサリウス》』、そして王室内での三大派閥の一つである『清教派』のトップを務める役職。
現在はローラ=スチュアートがその座に着いており、『必要悪の教会』に対して数々の命令を出しています。
彼女、本編ではやべーことになっています。そりゃもうやべーです。なにがやべーって·····髪の毛超長いんですよね!
本編では『ヒエロファニーの懐中時計』回収任務のためにステイル、神裂火織を派遣し、鈴羽と合流させています。この怪人物、のちのちどう動くんでしょうかね。

・『必要悪の教会』──とある魔術の禁書目録
正式名称は『イギリス清教第零聖堂区 『必要悪の教会』』となります。
ステイルや神裂火織、そして土御門、インデックスも所属する、所謂『魔術サイド代表』みたいな組織でしょう。
ですが作中での扱いは異端にして特異、情報局にも似たようなスパイ組織みたいに描かれています。

・十字教連合反乱軍『ワルキューレ』──オリジナル
鈴羽が所属する未来のレジスタンス組織。
ネタ元はSteins;Gateに登場するレジスタンス『ワルキューレ』です。
連合のくせに反乱でしかも軍ってなんやねん。いいじゃねぇかカッコイイんだから!
──と、言う会話があったかは分かりませんが、『ワルキューレ』ということはそういうことです。
執念オカリンは宗教すらも束ねて見せた。

・ヒエロファニーの懐中時計──オリジナル
今回のキーアイテムです。
『ヒエロファニー』とは、コトバンクで調べただけでもかなり包括的(大雑把)な意味を持つようです。
今回はその中で『聖なるものの顕現』という意味を採用し、『テレズマ核爆弾』と言う風に彼らは解釈したようです。
ですが、彼らはまだ現物を見ていません。そしてヒエロファニーとは先述の通り極めて包括的な意味を持ちます。その名を冠する、『懐中時計』。
果たして本当に『テレズマ核爆弾』だけなのでしょうか?

・天使──とある魔術の禁書目録
テレズマの塊。自我と言う物を基本的に持たず、ただ神の書いたプログラムの通り行動するだけのロボット。
byアニヲタ@wiki。
書くと長いです。

・聖人──とある魔術の禁書目録
世界に20人といないとされる、身体的特徴が『神の子』と酷似しているがために、神の力(=テレズマ)を引き出し、扱うことが出来る超人の総称。
音速だって超えますし、とんでもねー重さの鉄塊だって振り回すし、その気になれば宇宙からマッハで再突入出来ちゃう。
かまちー曰く、ねーちんが噛ませになりがちな最大の理由は『強すぎて大体の戦闘が直ぐに終わっちゃうから』とのことです。そう考えるとアックアさんがどれだけドチートだったかって話だね。盛りゃいいってもんじゃない。

・御使堕とし《エンゼルフォール》
旧約4巻で登場した大魔術です。
さーびす満載の水着回もかまちーの手にかかればここまでネジ曲がる、そんなかまちーワールドを一息に表現しきったとんでも術式ですね。
魔術師連中が推理した『ヒエロファニーの懐中時計』が行おうとする現象と、『御使堕とし』は『天使を降ろす』という点については共通していますが、後者は人に無理やり降ろし(宿らせる)のに対し、前者はエネルギーそのものを物体に注ぎ込んでオーバーフローを狙うものなので、運用上の観点と、その性質を鑑みるに’’少々毛色が違います’’。

・第三次世界大戦──とある魔術の禁書目録/Steins;Gate
おそらく両界においての大きな交錯点はここにあるかと思います。
二つの世界が合一した結果、第三次世界大戦はどのように形を変えたのか。
鈴羽が産まれる前の出来事なので窺い知ることはできません。

・位相
「真なる科学の世界」「純粋な物理法則の世界」の上に人が投影し、塗り重ねた宗教概念のこと。
即ち、
十字教・イスラム教・仏教などの
宗教・神話に語られる各宗教世界、
神、天使や悪魔などの超越存在が住まう異世界を指す。
また、上記の事実から単に「フィルター」とも通称される。
とあるシリーズの世界における魔術の源であり、魔術以外にもさまざまな形で現実世界に影響を与えている。
Byアニヲタ@wiki。
簡単に言うと、『重なった別法則世界』を指します。
コイツ次元が違うんだから破壊出来ないんじゃ?と思っていたんですが、実際にアレイスターがコイツを破壊するために動いており、そして実際にオティヌスが『やってしまった』ので認めるしかありません。
位相、ぶっ壊せます。

・協定
正確には『不可侵協定』、科学サイドの領分と、魔術サイドの領分を住み分ける、というような国際条約の1つです。
すみません、私ずっとこれ『条約』だと思ってたんですが、今回改めて調べ直したところ『協定』だと判明しました。申し訳ないです。
主に作中では科学技術を用いた魔術式に対して処罰がなされるようです。ただ、ステイルなんかも「この線引きは極めて曖昧で、都合のいいように幾らでも解釈ができる」という通り、どうも強くなりすぎた『出る杭』を打つために利用されてる節もあるようです。

ですが、今回の『懐中時計』や、鈴羽の『魔弾』は完全に
科学と魔術のウェイトが逆転してるので、突き出されたらきっと文句言えません。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。