直訳読みと外国嫌いのインフィニテ・ストラトス   作:バンビーノ

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01.インフィニテ・ストラトス

 男に特殊さはなかった。極々平凡な一般家庭に生まれて、当たり障りのない友人に囲まれて、苦難という苦難もなく、かといって楽勝ともいえない人生。クロネコが横切れば靴紐が切れたり、星座占いで一位ならお弁当に好きなおかずが入っている程度の不幸さと幸運で過ごした人生。

 

 そして、普通の事故で幕を閉じた普通の人生。そんなものだった。

 

 特殊なことと言えば死後のこと。彼に意識があり、目の前に神の使徒と名乗る不審者が存在したことか。パイプ椅子に腰掛けて自身を見下ろす彼女の突拍子もない言葉に、青年は間の抜けた返事しか出来ない。

 

「お前は死んだよ」

「はぁ……」

「なにをキョロキョロして、おいやめろ。ドッキリじゃない、隠しカメラはない──失礼なことを考えるな。あたしはキチガイじゃなくて神様の使徒ってやつだよ」

「思考を読むとかちょっと止めてほしい」

「あんたも頭のなかで罵倒を繰り返して読心が出来てるか試すのをやめな」

 

 どうやら本当に心が読めるらしいと青年は認めた。

 しかし、死んだよと言われて受け入れられる人間はそういないだろう。だって死んだと伝えられて認識するためには生きていないといけないのだから。死んだなら死んだという現実を知ることすら出来ない。

 そのはずなのだが……自称神様の使徒は絶世の美女で周りの空間は奥行きが認識できない不思議ワールド。青年は現代科学の結晶という可能性を留意しつつも一旦彼女の話を受け入れることにした。

 

「真に受けるのが馬鹿馬鹿しいんだけど、ならテンプレートな神様の手違いで殺しちゃったので特典をプレゼントして転生させてあげるみたいな?」

「ハッ、寝言は死ぬ前にいいなよ。神に手違いなんてあるわきゃねぇでしょ。あんたは死ぬべくして死んだよ。

 特典は今ここにいること。転生は選択じゃなく流れだ。人が生きてる限り呼吸を止められないのと同じ、そうある限り止められないもんだと思って諦めな」

「転生が嫌ならここで人生を諦めろと」

「いや、転生してから自殺でもしな」

「悪魔か!?」

「天使だよ」

 

 本気で転生は強制のようであった。

 彼としては何故そうまでして転生を求められるのか疑問が尽きない。自分が転生しなければ止められない悲劇があるだとか、果てなき災厄から無辜の民を救えだとか、そんなことを望まれているのかと脳裏に過った瞬間に天使が鼻で笑う。あ、これそういうのじゃないなと青年も察した。

 

「もともと世の中にゃとんでもないやつがいるんだよ。歴史のターニングポイントをいつでも創れるような奴さ。

 それを強制的に造って送り込まれるのが転生者。理由は高潔なものから俗物的なものと色々さ」

「つまり、俺も」

「いや、あんたはあたしがそのままで送り込む。言ったろ? 特典は死して尚今ここに存在していることってさ」

 

 ──平凡を以てして非凡を貶めてやりな。天使はシニカルに笑って言葉を吐き捨てた。

 彼は呆けた顔で『うっわ中二病』と思った。天使はそれを読み取りシニカルな笑みがひきつった。

 

「特別な力を持ったやつが出来ることなんて大抵予想の範疇さ。あんたみたいなのが何も起こさず何かを変える。そういうのがあたしの好みなのさ」

「神様とやってること違くない?」

「その神はバカンス中。こういうことするなら今のうちなのさ。なぁに、最悪神様印の転生者が追加で送られるだけさ」

「転生者ってそんなワンコ蕎麦のおかわり感覚で送られるのか……んんー、なんかもういいか。取り敢えず第二の人生を謳歌すればいいんでしょ?」

「いいね。転生に舞い上がってなにかを成そうとしないそういう性格が気に入ってたんだ。あんたみたいなのが死ぬのをどれだけ待ってたか」

 

 目の前の存在が人の価値観で測るのならば割りとクソだと気付き始めたあたりで、神様の使徒は柏手をひとつ挟んで仕切り直す。彼の人生を一区切り、仕切り直して新たな人生に落とし込む。

 羽ばたくように彼女の背から烏のような翼が現れ、青年の身体が光の粒子に包まれていく。そこで彼はようやく彼女が頂上のモノと認識するも、態度や思考は既に手遅れなので諦めた。

 

「さぁ、あんたの新しい人生(モノガタリ)の幕が開けるよ。最後くらいサービスで質問くらい聞いてやるさ。なにかあるかい?」

「転生する先の世界に名前はありますか?」

「そりゃ存在するさ。けど小説やアニメみたいなタイトルはないよ。その世界は確かに在るんだ。

 神様のやつは面白がってその勘違いを正さないけど、あたしは言っといてやる。その世界に生きてるのはキャラクターじゃなくてひとりの人間だ」

 

 この短い間で初めて見た神様の使徒の真面目な表情に彼は息を飲み──

 

「別にそういうのじゃなくて地球みたいな普通の名前です。あとオマケ程度に聞きたいんですけど使徒さんって何歳ですか?」

 

 真顔でないない、ねーよと手を振りつつ気遣いを無下にし、オマケ気分で地雷を振りかぶって全力投球してきた。

 怒筋が浮かんだ神様の使徒は綺麗な微笑みを見せて手を天に翳して、振り降ろした。

 

「──お前天誅な」

「ゴッパァァァ!?」

 

 光の粒子どころではない、ゴン太の灰色レーザーに彼の身体が飲み込まれ手荒な転生が行われるのであった。

 

▽▽▽▽

 

 

 ──転生、ライトノベルや二次小説を比較的読んでいた彼がよく目にした単語である。

 それらの物語のなかでどういう意図で使われていた単語か簡単に説明するならば、多くが強くてニューゲームといったのだった。

 

 元いた自分の環境になにかしらの不満やストレスを抱えた主人公たちが、異世界やらへと跳ばされ不思議パワーや転生前の知識をもってして活躍するのがメジャー。ときには圧倒的弱者としてスタートしながらも成り上がるものもあったが、どっちにせよ転生前の知識、言わば前世の知識を活用していた。

 商業しかり林業しかり農業しかり。戦術や兵器に至るまで趣味などとの理由付けをもっていた。

 

 なるほど、たしかに学生時代に学んだ二毛作だか趣味で覚えた黒色火薬の製造法なり、そんなものをしっかりと記憶しているなら状況次第で役に立っただろう。

 

 なんで異世界で物理法則とか化学式とか同じなのって無粋なツッコミは横に置こう。同じならば役に立つ、そういう話だから。

 

 ──しっかりきっかり覚えているなら、役に立つって話なのだから。

 

 

 いったい大学生半ば、就職活動手前にさしかかった人間の何割が数学のあのややこしい数式を記憶しているというのか。いったい誰が原子配列を覚えているのか。

 

 何がどう転べば転生などという荒唐無稽な出来事に備えて黒色火薬の作り方を暗記するというのか。農業の能率を記憶するというのか。

 彼は両方ウンコが役にやつくらいのことしか覚えてない。クソほどの役にもたたない、ウンコだけに!

 

「覚えてることと言やぁ、就職のためのエントリーシートの書き方に面接時の礼節かね」

 

 気ままにサボる隣の席の女子生徒の胡散臭げな視線が向けられた気がするも無意味な思考を止めることはない。

 

 さすがに小学生レベルの勉学はどうとでもなる、と思うものだが社会や国語の漢字が怪しかったりするものだ。パソコンやスマホの弄りすぎだったろうか。レポートに論文、重ねてソシャゲに動画。脳内はブルーライトによって見事にパーになっていた。

 こんなことならもっと紙媒体で本を読むべきだった。

 

 転生した彼はつくづくそう思う……何故か神様らしき人物と話した記憶があやふやになり、なんとなく記憶が欠損している気もする。ゴン太レーザーはきっと関係ない。

 

 彼はため息を吐いて顔も知らない神様へ問いかける。

 

 ──転生ってのはもとある世界のバランスを壊すものじゃなかろうか。微塵も影響を与えられそうにない俺は何をすればよかですか?

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 目が覚めたときには手足が萎縮しているように感じた。冷静に落ち着いて『あ、転生したんだな』とか赤ん坊からやり直しかとか気にすることが出来たのは、俺という自我が発生してから数日を要した。

 まずは発狂したかというほど絶叫した。しかしその身は赤ん坊そのもので母親に当たる人物は俺の叫びを夜泣きと解釈。空腹なのかお漏らししたのかとワタワタするだけ。違う、おっぱいじゃないしオムツでもない。

 

 かくいう俺は寝て起きたら身体が急に萎縮してしまったとの認識だった。そりゃ叫ぶ、叫びたくもなる。

 

 それから数日は思考を放棄して過ごし、なんとなく赤ん坊になってることを理解した。どこかのSAN値が音をたてて削れるような魔術を喰らったわけではない安堵とやはり突然赤ん坊になってしまったことへの不安感の二律背反。

 

 さらに日月を進めて幼稚園、小学校を過ごした日々はなかなかにしんどいものがあった。その頃には自分がこの身体で生きていかねばならないと諦めと悟りを開いていたが別の問題は山積みだ。

 

 なにしろ中身は大学生とはいえ、ここでは子供でしかないのだ。斜に構えていれば他の子供からの迫害を受ける。オブラートを破るなら虐めを受ける。

 正直なにを言われたところでダメージは負わない。それでも殴る蹴るの直接手段に訴えられると辛いって、ほら身体は子供そのものだし。複数人で来られると、いや最悪一対一でも負ける。

 

 

 のでそれなりに周囲に合わせて過ごしてきた。

 

 

 お陰さまで虐めを受けることなく中学生になりましたとさ。めでたしめでたし。

 

「……でもなぁ、中学程度までなら余裕と思ってたんだけどなぁ」

 

 端をつまみ上げた教科書のページがパラパラとめくりつつ、誰かに聞かれれば正気の疑われる独り言が思わず口から溢れたていた。めくるめく目に入る歴史は大学生活のなかで忘れ去った偉人たちの名前や出来事。前世の知識は就活用にフィッティングされてたんだ。愚痴だって吐きたくなるってものだ。

 

 つまるところ、転生して得することがなにもなかった。

 

 この世界は前世となんら変わりのない日本。ウンコを使って黒色火薬を作ろうと、ウンコを肥料に農業をしようと意味はない。ウンコって単語が役に立ったのは小学校の低学年、登下校の道で落ちていたウンコで皆揃ってハシャいでいたときだけだ。畑の肥やしになれど俺の頭の肥やしにはこれっぽちもならない糞だった。

 ちなみに農業は二毛作とかが有用っぽかった。ついさっき今日の社会で習って覚え直した。どうせまた忘れるけど。

 

 転生ってこんなしょっぱいもんだったかね。ぶっちゃけ今の俺って世の中の見方が少しひねただけのガキになっただけだし。特別神童と呼ばれるほど賢くもないよ。

 

 神童というのならば、隣でノートパソコンをカタカタカタカタと打鍵してる女だ。髪は整える気はないのか伸びっぱなしで若干猫背にもなっている。あと美人か。

 

 根暗に見えなくもないその風体ながらテストでは毎度トップ。なら先生からの受けがいいかと言えばそんなこともない。授業は平気で寝るしサボるし、中学校に平然とノートパソコンを持ち込む。いくら注意されても無視を決め込み、ひとりでいることが多い。ボッチよりも孤高って言葉が似合う彼女。あと綺麗だな。

 

 今だってノートパソコンを覗き込めば、画面にはよくわからん図面が展開されてるけどさっぱり。俺なんかよりよっぽど転生者じみてる。少なくとも前世にこんなやついなかった。

 

「おいお前。なに勝手に覗いてるの?」

「お、し……の、のめ? から話しかけてくるとか奇跡に近いんじゃねーですかね? クラスメイトと話してるのも見たことないわ」

「名前違うし画面を覗き込まれたらさすがに文句くらい言うしそもそもお前誰だよ」

「それでその映ってるものってなんなんだ? 3Dでかっけぇくらいことしかわからないのだわさ」

 

 げんなりしたように再び画面へと顔を戻す通称し、なんとか。名前は喉元まで来てたんだけどな、普段喋らないし忘れちまった。

 止めろとは明言されてないので画面を覗き続ける。図面は人型に近い、ロボット? 横には英語で名称らしきものが書かれていた。

 

 ──Infinite Stratos.

 

 それは何故か確証もなにもなく、されど平凡な俺にはどうしようもなく。お伽噺で終わらない非凡で素晴らしいものに思えてならなかった。だから、つい声に出して。

 

「いんふぃにて、すとらとす」

 

 読んでしまったのだが、キーボードを叩いていた彼女は机に勢いよく頭をぶつけにいった。そのままキッ、というよりもギッ! とこちらを睨んでくる。噛みつくよりも噛み殺す威勢だ。

 

「インフィニットくらい読めよ! お前くらいの知力でも読めるだろ!」

「悪いが俺は英語をローマ字読みで覚えているからな。そうかインフィニットだったか。日本語訳で無限の……同盟休業」

「無限の成層! ストラトスがわからないからって似たストライキを日本語訳するなっ!」

「ハッハッハ! コイツはとんだ日本誤訳だったな」

「ああ言えばこう言う!」

 

 机をばんばか叩いて長い髪を逆立てんばかりに怒る様子は見ていて面白い。いや、そういう趣味なわけじゃなくてだな。中身が大学生なだけに周りの中学生に合わせるのが面倒で、しのなんとかみたいなタイプを見ている方がよっぽど楽しいだけだ。

 普段が誰も近づくなオーラを出してるだけに、こうして実際話してみるとキレッキレで笑えてくる。

 単純に俺の性格もひねてるだけって可能性もあるか。

 

「それでシノ、しめしめはデザインとか好きなのか? もしくはロボットとか」

「私はそんな味を占めたみたいな苗字じゃないし、これはデザインじゃなくて設計図」

「え、ガンダム作るの?」

「ロボットじゃなくてパワードスーツの亜種だけど、いい加減鬱陶しいからどっか行けよ」

「エヴァか」

「話聞けよ。どっか行けって言ってるし、その取り敢えず自分の知ってる知識に当て嵌めてみたみたいな返事をやめろ」

 

 眼と声のトーンが割りとマジになってきている同級生女子。名前はまだ不明。し、から始まったはずなんだけどな。しましま、私はそんなツートーンカラーみたいな名前じゃない、的な会話が容易に想像できる。

 名前を聞くにもまずは自分から。今さら、このクラスになって月単位で日数が経過してるあたり本当に今さらなんだが名乗っておきますか。

「俺の名前は浦之助」

「……」

「おーい、したなめ」

「……ッ!」

「おしい」

 

 適当に名前を間違うも雰囲気が一瞬揺らいだだけに終わってしまった。なんとなく反応が返ってきそうな話題を振るもなかなか反応はなし。

 仕方ないので誰にも自慢できない、けど無駄に真似できる友人のいなかった特技でも晒してやらう。披露ではなく、晒すってのがミソ。

 

「けすのらうはえまなのれお」

「……は?」

「かたしうのんはくやうよ」

「たかしなはいるわちもき」

「俺の特技を、逆さ語一瞬で真似しただと!?」

「特技ショボ!?」

「お、なんかしたたかの素を見た気がする。あと気持ち悪いのは自覚あるんだが、すぐに真似できたお前も割りとキモい」

「私はそんな手強い名前じゃないし、女子にキモいとか言うなよ!」

 

 キィーッ! とキーボードをばんばか叩く姿は割りと年相応かそれ以下。やっと素の感情的な見えた気がする。

 しかし、キーボードを叩いてるせいで画面上のパワードスーツ(仮)もとい無限の同盟休業、じゃなくてインフィニット・ストラトスがぐちゃぐちゃになってるのはいいのだろうか。よくなかったらしい、追加で怒られた。理不尽でなかろうか?

 

 ──だいたい名前をまともに覚えてないなら興味がないんだろ。私はそうだしだから行動もそうなる。けどなんでお前は名前も覚えていない相手にやたらと絡んでくるんだよ。

 

 要約するとそんな感じのことを長々と言われた。というか途中から聞き流して最後に三行でよろって希望したら肩を落としながらまんま同じ内容を伝えられた。

 

「なるほど、つまりしなやかは──」

「私はそんな弾力に富んでそうな名前じゃないし、しの後が母音三つ重なるのが地味に合ってるのが腹立つんだけど」

「ならそろそろ自己紹介しようぜ?」

「……言えばどっか行くのか?」

「そういえば教卓に名簿あったよな」

 

 言外に居なくならないという意思表示をすると彼女は頭を抱える。こんなにしつこい奴は初めて、ではなく二度目だったぁとかなんとか。

 先人がいたとは予想外。そやつは男か女かそこが問題なのだが。

 

「……篠ノ之束、これが君の名前」

「なんかいいシーンっぽくしようとしてるけど、お前が私の名前を覚えてなかっただけだからね?」

「およよよ」

「私の名前はそんな嘆くようなってなんで今さっき見たくせに間違うかな!?」

「いや、惚けただけなんだが」

「キィーッ!」

「やめっ、やめろぉー!」

 

 ▼ 篠ノ之 が 飛びかかってきた !

 

 頭脳派陰キャラ寄りとか思ってたら案外肉体派でアタタタ!? 掴まれた腕がもげる! 折れるじゃなくてもげる!

 馬乗りになった彼女の髪は乱れて顔がよく見える。やっぱり美人で、なんならいい香りまでするんだけど腕の痛みで幸せと不幸せがプラマイゼロだった。

 

「なんなんだよお前は! 私をおちょくって楽しいの!?」

「おちょくるのがというか会話が楽しいです! だから話そう! 離して話そう! 俺たちまだ中学生なんだからまだこういうのは早いとイッでぇぇぇ!?」

 

 痛い痛い痛い! 爪がちょっと皮膚を破った! (シモ)いジョークかましてる暇じゃなかったしガチ目にキレてらっしゃる。

 

「気になる女子がいたら話しかけたくなるじゃん!? 思春期特有のおチャラけた感じにもなっちゃうじゃん!?」

 

 気になるの意味が思春期特有のそれと同じかはさておき話してみたかったのは確かだった。ので真面目に弁解したつもりが、篠ノ之の反応が過剰だった。過剰で、超過した分のエネルギーが俺の腕にダイレクトアタック噛ましてきた。

 

「…………はぁ!?」

「ふぐぁあ!?」

「あっ」

 

 篠ノ之の感情の昂りとともに腕がなんかブレイクした音がした。骨っていうか筋とかそういうのがミチッと。思わずといったふうに離された腕を抱えて踞る。ひっひっふー! ひっひっふー! 生まれそう! 瞳から涙産み落としちゃいそう!

 

 チクセウ、年甲斐もなく泣きそう……中学生なら年相応か。なら泣いても、いやここで泣くのはダサすぎる。女子に泣かされるってのがもうなんか、ちっぽけなプライドがここで泣くなっていうから堪える。ちくしょう、神様も女子と上手くコミュニケーション取れるくらいの特典くれてもよかったのに。

 

「気になる女子って言われただけでそんな反応するなんて篠ノ之ったら初心(うぶ)さん!」

「涙目でからかわれたときの反応がわからないのは、私がコミュ障なせいじゃないと思うんだけど……保健室行く?」

「超行く……しかし、篠ノ之って見た目に反して力強いのな」

「細胞レベルで天才だもん」

 

 ジンジンと芯から響く痛みに顔をしかめつつも会話を続行。過程はさておき、怪我させた罪悪感からか先程よりまともな言葉のキャッチボールが成立している。

 

「もしかして、雰囲気暗めでパソコンばっか弄ってるインドアモヤシって思ってた?」

「うん」

「即答で肯定されるとちょっとイラッてする」

「モヤシを萌やしに変換し直すと尚いいよな」

「は? なにが?」

 

 ただし塩対応は尚継続。無視から塩対応になったと思えば大きな進歩なんだろうか。実年齢14歳、合計年齢36歳の俺にはよくわからん。

 

「……」

「……」

「……」

 

 放課後の閑散とした廊下をふたり並んで、話題が尽きれば無言になって歩を進める。外からの部活動に励む青春男女の声がまばらに聞こえる程度で静かなものだ。ボーイミーツガールとかやってんだろか。覗いて冷やかしたい。

 

「篠ノ之はどうして他人に興味がないんだ?」

「なんで急にそういう話題ぶっ込んでくるかな」

「話題に詰まった」

「チョイスとしてどうなの」

「俺のなかで一番無難だったのに……じゃあ、IS造ってどうしたいんだ?」

「へぇ、そっちの方が無難じゃない話題だと思うんだ」

 

 歩みを止めた篠ノ之が酷薄な笑みを浮かべた。告白する際の笑みなら歓迎なのに惜しい。というか反応から察するに俺は変なことを言ってしまったらしい。

 この会話は歩きながらじゃ駄目なんだろうか。左腕が尋常じゃなく痛くなってきてるんだけど、ためしに二三歩踏み出すと歩行は開始された。

 

「ISはね、宇宙作業用のパワードスーツ。無数の未知を抱えた宇宙を探るとき、数多の危険から身を守るスーツ」

 

 宇宙船の外の作業では命綱が切れれば永遠に虚空をさ迷うことになるかもしれない。不意に飛来した宇宙ゴミに成す術なく身体を貫かれるかもしれない。真空の空間では人災であろうと天災であろうと、なにかひとつトラブルが起きれば死に直結する。

 

 すれ違った教師が信じられないものを見る目で見てきた。篠ノ之は毛ほども気にする様子なく会話を続ける。

 

「けど、このISさえあればそんな些細な問題は解決しちゃうんだよ」

 

 絶対防御という名のエネルギーシールドが通常の物理的ダメージを全て零にする。PICは物体の慣性を擬似的に消失させ三次元機動を可能とする。ハイパーセンサーは360°近くのほぼ全方位を視覚認識可能とし、などなどエトセトラエトセトラ。

 

 篠ノ之の話は理解できないところも大量にあった。特に理論とかさっぱり。けど、確かにわかったことはある。

 つまるところ、わたしのかんがえたさいきょうすーつらしい。

 

「その一言でまとめられた私の心境わかるかな?」

「ブッ飛ばしてやりたい」

「正解」

「やめて、もうちょっとちゃんと考えるから拳を構えないで」

 

 女子中学生に拳を構えられて心底びびってる奴がいた。当然俺だった。

 頭のなかでは理解できないワードは削除していって簡略化した流れだけを組み立てる。そうするとなんとなくボヤけてるものの、なにをしたいかの輪郭だけは見えてくるよね。

 

「要するにあれか。篠ノ之は更なる宇宙の開拓でも夢見ているのか?」

「全然? 興味がない訳じゃないけど本題は別にあるよ」

 

 輪郭もなにも見えてなかったよね。

 

「なら、それって」

「教えない。ちょっとは自分のない頭を使ってみたらどうかな? はい、保健室についたよ」

「よく見ろ、頭は付いてるしあるだろ」

「舐めんな、よく見なくても見えてるから。比喩だよ」

 

 これ以上話すつもりはないのか。タイミングよくか悪くか着いてしまい、不自然な金属音ととも保健室の戸が開かれた。

 養護教諭は不在のようで、なら鍵を閉めておくべきではなかろうかという疑問はこの際飲み込んでおく。

 

 さっきの話題が気になってそれどころじゃないのだ。自称細胞レベルで天才、実際に中学生にして卓越というか超越してる篠ノ之はなにを目指しているのか。あの()()()()()()()()()なパワードスーツはなにが目的か。

 

 薬品棚を漁る彼女を尻目にないと言われた頭を働かせる。

 実際のところ、篠ノ之が語った性能が中学生特有の痛いアレでないとすれば、それは世界が震撼するに違いない。それこそ世界の進む方向のターニングポイントに成り得る。

 空飛ぶ鉄の塊の飛行機や岩山を吹き飛ばす筒であるダイナマイト。それらもまた画期的な発明であり世界を動かして──

 

「もしかして争いの火種にしようとかしてないよな?」

 

 いつだって人は新しい技術を戦う手段としてきたんだ。より破壊力を持つものはより多くの人間を殺すため、より速力を持つものはより速く敵へ打撃を与えるため。

 偉大な発明は残虐な殺戮手段に転じてきた。世界のターニングポイントは戦争のターニングポイントにも繋がってきた。

 

 また、篠ノ之の笑みが深くなった。

 

「アハハッ、案外いいところまで思いつくもんだね。けど残念、戦争は起きないよ」

「起こらないにしても手段にはなるんじゃねぇかなぁ。量産されれば、まぁ今ある戦争で使われるだろ」

「ここをこうしてっと。ああ、その点に関しては大丈夫。量産されることはないだろうし戦争に多用することもないと思うよ。ううん、出来なくなる」

 

 薬品棚から取り出した薬を混ぜこぜにして包帯に垂らしながら俺の言を否定する。異臭が凄いし色もグロいんですがそれを貼る気でしょうか。

 

「そりゃそのためのものだし貼るよ? はいジッとしててね」

「うっわ、今までで一番イイ笑顔じゃ……イッッッ!? ダァァァい!」

「簡単に言えば薬液が染み渡って千切れた筋繊維の断面を溶かして繋げてるからね。自信の試験薬だよ」

「うぐぁイデェ……待って、筋繊維千切れてたの?」

「うん。むしろ、私が一瞬でも本気出してその程度で済んでる時点で奇跡だけど」

「うっわ、ゴリラ」

 

 ──新たに篠ノ之の血管と俺の筋繊維がブッチ切れた。うん、ゴリラじゃない。ゴリラは心優しい生き物だからね。




ここまで読んでくださった方に感謝を。
神様との会話かいたことないなって思って書きました。たぶんいらない。
あとは束と同世代な転生ものに興味が湧いて取り敢えず短編っていっとけば一話だけの投稿でも許されるだろうって感じで書きました。

・神様(の使徒と)の会話:玩具付お菓子のお菓子のような意味がある。
・パイプ椅子:その人専用の椅子がないときに急遽用意されたりするお手軽な、でもちょっと重い折り畳み可能な椅子。

・浦之助:うらのすけ。特に得意なことはない。特技は逆さ語。人とは気にする点がややズレている。英語は直訳読み。普通オブ普通。
・篠ノ之束:しのののたばね。特に自覚している苦手なことはない。特技は大体なんでもできるから特に秀でた技はない。たぶん外国嫌い。特別オブ特別。
・無限の同盟休業:インフィニット・ストライキ。長引く残業、上がらぬ給与に憤怒した従業員たちの物語。

・不自然な金属音:ピッキング。
・中学生特有の痛いアレ:中二病。
・細胞レベルで天才:頭脳だけじゃなくておっぱ肉体とか。
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