直訳読みと外国嫌いのインフィニテ・ストラトス   作:バンビーノ

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02.インフィニット・ストなんとか

「なぁ、浦。これ篠ノ之のやつに渡しといてくれないか?」

「おっす、之助! 連絡事項なんだけど篠ノ之さんに伝えといてよ!」

「悪いけどこれを篠ノ之さんにも」

「浦ちゃーん、しの……さんにもよろしくぅ!」

 

 彼がここ数日で話し掛けられた用件の半分はこれだった。初めはなんの気なしに快く引き受けるも、だんだんと頼まれる用事の方向性が同じベクトルと気づいた。というか気づかないはずもなかった。

 最後の奴なんて名前をうろ覚えだし、クラスメイトの名前を覚えてないとかどうかと。そう思う之助だったが束の視線に気づいて振り向く。

 

「篠ノ之、どした?」

「不愉快な思考を感じた」

「なんじゃそりゃ」

 

 そんな一幕を挟みながらも彼の疑問はもくもくと膨らむ。クラスメイトたちは急にどうして自分に束宛の用事用件を頼みに来るようになったのか。このままでは送り先篠ノ之束限定の宅配事業でも始められそうな勢いである。

 

「あっ、浦君いいとこに。修学旅行の件、篠ノ之さんに伝えといてくれないかな? これ、しおりなんだけど」

 

 そんな折に話しかけてきたのは委員長。之助は名前を思い出そうと頭を捻るが委員長という慣れ親しんだ記号が邪魔をして出てこない。ついでにまたかという用件を持ち込まれてしまい、そちらへ思考がシフトチェンジ。

 委員長の名前は思考の加速に追い付けず置き去りにされてしまった。

 

「委員長までもか。なしてみんな揃って俺に頼む?」

「だってクラスで篠ノ之さんと普通に話してるの浦君くらいで……」

「またまたご冗談を」

「猫みたいな顔しない、本当なのよ?」

 

 額を指で軽く弾く、所謂デコピンをしつつ委員長は苦笑する。歯痒そうな、痒いところに手が届かなさそうな表情。

 

「猫の手を借りるより孫の手をご所望のようで」

「ん、どういうこと?」

「やや、なんでもない戯れ言だし流しておくれ。それに任されて引き受けるのはやぶさかじゃないよ。委員長ですら篠ノ之を苦手としてるのは予想外だったけど」

「うーん、別に苦手な訳じゃないの。ただ篠ノ之さんと私たちのチャンネルが全然違うって言えばいいのかな。

 私たちの無線機は共通のチャンネルを開いてやり取りしているから大きな齟齬なく会話が成り立つんだけど、篠ノ之さんだけは全く違うものを使っている感じでコミュニケーションの成立自体が難しいっていうか……あ、浦君ごめん。チャンネルの意味わかる?」

「馬鹿にすんな。テレビのあれだろ? あれだよあれ、うん」

「周波数」

「はい、ごめんなさい。しっかりわかってなかったです」

 

 この調子ではアドレスもメールアドレスとしてしか知らなさそう。住所と日本語に訳すこともわからないだろうなぁと思わず苦笑する委員長。なにも間違っていない。

 

「それでそのチャンプルーがなんだって?」

チャンプルー(混ぜこぜ)じゃなくてチャンネルね。篠ノ之さんが皆に交ざってくれるならいいけど」

「すまん、周波数が全く違うだっけか。人とのやり取りを無線機を介したものに例えるなら、確かに会話は成り立ってないかも」

 

 人と人を無線機に例える。なら各々の無線機は同じ周波だからこそ通話が成り立つ。

 もしも全く異なる周波数を有する無線機がひとつ存在するならそれは孤立するだろう。無数とも言えるチャンネルの中から誰かが彼女を見つけ出さないかぎり、もしくは彼女と同じ特異なチャンネルを元から有さなければならない。

 

 つまりはその独立した存在が篠ノ之束と言いたいのだろうと之助は解釈する。小難しい言い方するなと思いながらも口にはしない。

 

「だから私としては浦君がそんなに簡単に、普通に会話しているのが不思議でもあるんだよね」

「あぁ、でも例えが無線機だから難しく感じるけど、普通に人と人が会って話せば会話って成り立つだろ? 合う合わないは置いといて」

 

 委員長は無言で首を横に振った。

 

「合う合わないなんてのは自分で調整したらどうにでもなるんだよ。けれどそもそも相手に同等、もしくはそれに近しいと認識してもらわないと会話は成り立たないと私は思う」

「えぇ、めっちゃ大人……俺は合わない人に無理に合わせるのは苦手だ」

「あははっ、私だって得意じゃないよ。けれど私を私として見てくれるならしっかりと話し合うべきでしょ?」

「はぁ、よくわからんけどわかったことにしとく。取り敢えず引き受けたし、篠ノ之には渡しとくわ」

「うん、お願いね」

 

 大人というか人としての器が大きい委員長。之助とほどほどに話を切り上げ彼の行き先を眺めていると、また篠ノ之束にちょっかいをかけに行っていた。

 篠ノ之束は鬱陶しそうにしながらも対応している。

 

 以前に委員長は篠ノ之束にコミュニケーションを試みたことがある。とは言っても雑談に興じようとしたわけでもない。持ち込み禁止のはずのPCを余りにも堂々と開くものだから思わず注意しに行った次第。

 そのときの結果は散々だった。無視に次ぐ無視、彼女自身も珍しくヒートアップし1時間ほど話し掛け続けた。糠に釘を打つか暖簾に腕押しした方がまだ手応えがあっただろう。馬に説法聞かせた方がまだマシな反応があったに違いない。

 

 苦々しい記憶を掘り起こされながら、ふたりを眺めている委員長。結論から言えば卒業まで会話が成り立つことはなかったが彼女はめげなかった。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「そんでまた続きやってるん?」

「ナチュラルに私の作業の邪魔しに来るなよ。本当に面の皮も厚いよ」

「誰が国家規模で篠ノ之の邪魔してるんだよ」

「ナショナルじゃないから、ナチュラル……自然って意味だから」

 

 そういやそんな意味だった。こんなだから二度目の人生なのに英語が赤点ギリギリなんですよ。ハハッ、まだ中学なのに

 

「いや、待ってくれ。ならナチュラルチーズって自然に湧き出したチーズなのか?」

「違うに決まってんじゃん。なんだよ、その気持ち悪い発想」

 

 少しボケてもいつも通り()()()()()に塩対応される。

 うーん、この覚えたての横文字を使ってみるオジサン感。篠ノ之の使い方を聞くに間違ってないとは思うんだがな。

 

 けど、委員長を始めとしたクラスメイトたちはこの会話のどこをどう見て普通と抜かしているのか。お互いの怒筋と筋繊維を千切り合うような仲なんですけど。

 

 なによりも先生までも用事を頼んでくるあたり篠ノ之のAT(あっち行け近付くな)フィールドの強固さが窺える。なるほど、だから篠ノ之と廊下で話しているとあり得ないものを見る目で見られていたのか。頑張れ新任教師美島先生、取り敢えず生徒に無視されて涙目になるな。

 しかし、実際に俺がプリントとか渡したところでお礼が返ってくるわけでもない。

 

「いらない捨てといて」

「それを私に伝えてどうするの?」

「ご苦労様、ゴミ箱(そこ)に入れといてよ」

「……で?」

 

 だいたい端的な言葉で切り捨てられている。渡したものもだいたい捨てられる。篠ノ之と話すいい機会だから全部引き受けるけどさ、てんで興味を示してくれない。もうちょっと聞く耳もって欲しい、ウサギ見習えよ。

 

 渡したプリントを興味なさげに引き出しに突っ込んで作業に戻った篠ノ之は指を止める様子はなく、俺もいつも通りに勝手に画面を覗き込む。顔を少ししかめられたものの物理的に追い払われないのでセーフ。ちなみに引き出しは既に満タンで少し溢れてきている。これがポストなら事件の臭いがするんだろうけど、篠ノ之の引き出しは紙の臭いで満ちているに違いない。

 

 見たことのないPCに3Dモデルで描かれるイン……インフィニティ、違うな。インフィニット・ストラ……。

 

「インフィニット・ストライプ」

「それ無限のシマシマァ! 薄々気づいてるけどお前英語の成績悪いだろ!?」

 

 篠ノ之の視線が画面から俺に向かった。それに少しいい気になったので調子に乗って英語を使う。

 

「That's light!」

「rightの発音がlight(ヒカリ)になってるし」

「え、マジで?」

「お前はなにも考えずに話してるし、むしろlight(薄い)だったね」

「そういや通信端末も軽量化されて薄くなってるよな。むしろ空間投影とか出始めててlight(光って)light(薄い)

「だから単語拾って脊髄反射で会話するのをやめろ」

 

 そう、インフィニット・ストラトス。横文字は相変わらず苦手なものの、篠ノ之が訂正してくれるのでいいや。

 

「けどRとLくらい大差なくないか?」

「は? (R)(L)は大きな差だろ」

「全くもってその通りだったわ」

「……正直、RLで右左って通じたことに驚きだよ」

「ゲームのコントローラーのおかげだな」

「清々しいくらいにくだらない理由だね」

 

 まぁ、篠ノ之とのコミュニケーションなんてご覧の有り様である。軽口と罵倒が行き来するのが普通の会話っていうなら確かに普通に会話できてるけど、俺のなかでは普通って言わないかな。

 

 会話もほどほどに篠ノ之は設計に戻って、俺は画面を覗き込む作業に戻る。相変わらず嫌そうな顔をされるも、そういえば初めてのときみたいに噛みつかれることはなくなった。

 素人目ながら徐々に精密そうなところが設計され始めている。以前に見たときには一目でロボットとわかったあたり、外郭から描き始めていたらしい。

 

 インフィニット・ストラトスは目を覆う、あれバザーじゃないな。えっと、ほらバイザーだ。頑張った俺、よく出てきたよ。危うくヘルメットで妥協するとこだった。

 

 ……えっと、それでだな。その西洋兜のバイザーを機械的な見た目にした風なやつ。それが頭部についているんだが前は見えにくくないのだろうか。

 俺なんかは体育の剣道のお面ですら前が見にくいと思ってるので、線が数本入っただけのような面を被ったら事故るんじゃなかろうか。

 

「と思うんですが篠ノ之先生、そのあたりは搭乗者の腕次第になるんでしょーか?」

「誰が先生だよ……別に視界の心配はないよ。インフィニット・ストラトスはハイパーセンサーで視界をほぼ360°まで拡張させるから」

「車が下がるときに後ろ見れるやつの全方角版みたいな。凄いじゃん、車に積んだら死角がなくなって事故減るじゃん」

「はぁ……なんだろうなぁ。別に間違ってないけどさ、お前が話すと一気にスケールがしょっぱくなるこの感じ」

「事故が減ることはしょっぱくなかろうが」

 

 なんなら篠ノ之の塩対応の方がしょっぱい。塩分過多なのでそろそろ糖分とは言わないけどちょっと薄まってこないものか。

 

 そも篠ノ之が中学生離れした考えをしているのが一番の原因じゃなかろうか。俺だって仮にも転生してきたわけで学生離れしているはずなのに篠ノ之と比べれば塵芥に等しくなる。いやいや、お前二回目の人生でも赤点取りそうじゃんとか置いといて。

 

 ──委員長のいうチャンネルがどうこうの話。たぶんあれで例えるなら、俺も転生者っていうワケわからんチャンネル持ってるから篠ノ之と話せてる可能性。

 

 まぁ、それは違う気がするんだよなぁ。だいたい篠ノ之は周波数とか電波じゃなくて次元が違う。ひとりだけスマートフォンとかいう次世代通信機器使ってる感じ。そりゃ無線機で電波が通じるわけがない。

 ほら俺は転生したとかいうおかしな電波設定だから、上手くおかしな電波同士でギリッギリ通じたんじゃないかな。

 

 とりとめなく無駄な思考をしていれば、篠ノ之が不意に振り向いて質問を投げ掛けてきた。

 

「……お前はさ、私の作業見ていて楽しいわけ?」

「それなりには」

「あっそ」

 

 作業を見ているのがというか篠ノ之といるのが楽しいんだけど。これ小汚ないおっさんが相手なら早々に立ち去ってるかもしれない。

 そっけなく返事をしてまた画面に視線を戻す。

 

「しっかし真面目に考えてみると人間の視野を広げるって無理じゃねーの? 最近出始めた空間投影型の画面でも球型の360°撮影して映すのは無理だろ」

「なんで急に真面目に考えるかな、調子狂うし……あと画面くらいディスプレイって言えないの?」

 

 言えない、覚えてなかったから。

 ディスイズプレイング、意訳は“これのなかでプレイしています”ってなるわけだ。

 テレビっていう箱の中で競技が行われている様を英語で表し、それを省略したのがディスプレイ。これは昔に日本でオリンピックが開催された頃にテレビが普及し始めたためにそう呼ばれ始めたんだよなぁ。

 つまりはなんちゃって片仮名英語で実は日本語。

 

「篠ノ之、知らなかったろ?」

「嘘だよね? お前さっきまでディスプレイの意味知らなかっただろ」

「はい、嘘です」

 

 一瞬で看破された。はい、たぶんディスプレイは正真正銘の英語だよ。

 

「真面目に話したかと思ったら急にふざけるし落差どうにかならないの?」

「会話もジェットコースターも落差ある方が楽しいかと思って粋な計らいを、すまん嘘だから無言で襟首掴むのやめてくれ。ちょっとそれらしいこと言ってみたかったんだ」

「はぁ……まぁ、それらしいと言えばそれらしかったよ」

「そうか? 因みにUN○ってカードゲームは人が色や数字を考えるときに基本的に右脳を使うことからυNoって名前になっていてな。まぁ、利き手が違うと使う脳も逆になるんだが」

「嘘だよね?」

「はい、小粋なジョークでした調子のってごめんなさい」

 

 額に青筋が浮かんでいる。そろそろ作業の邪魔をし過ぎの合図なので大人しく関係ない雑談には撤退させる。

 思考を真面目路線に変更して話さねば……えっと、なんの話題だったか。そうだ、たしか視界360°まで拡張させるの話だった。

 

「……で実際のところどうなん?」

「あ? なにがだよ?」

「視界を広げるというあれのことだよ」

「私は出来ないことを出来るっていう無能じゃないよ」

「んー、なら自分のいる位置を俯瞰的に見るためのビットみたいな衛星でも用意するとか。それが空間投影されるとか」

 

 俺の予想を聞いた篠ノ之は険のある表情を少し和らげた。

 

「へぇ、お前って案外柔軟な頭してるよね」

「なら正解か。俺も真面目に考えれば意外と」

「大ハズレだけど?」

 

 上げて落とすのなんなのか。

 そこから始まった篠ノ之のハイパーセンサーについての講義は日本語なのに割りとわからなかった。行き過ぎた科学は魔法になるんだなって。ラジカル・マジカル、インフィニット・ストラトス講義始まりました……理論的って英語でラジカルじゃなかった気がする。

 

 以前から何度も説明をねだっては聞いてきたけど、話の途中に拡張領域とか皮膜装甲とか専門用語が出てきて余計に混乱する。PICは豚かと思ったら違ったよね、豚はピッグだったよね。まぁ、わからない言葉が出るたびに質問しては舌打ちとか溜め息とセットで解説してもらったんだけど。

 

 ちなみに以前聞いた拡張領域も皮膜装甲もカタカナに直されてたはずなんだけど忘れました。

 

「あー、バスケットとスキンケアーみたいな雰囲気だった」

拡張領域(バススロット)皮膜装甲(スキンバリアー)。お前の頭の容量どうにかならないの?」

「うーん、こればっかしは駄目だったわ。前のときも鑑みるに容量というか魂が拒絶反応とか示してるんじゃないかって説が濃厚。篠ノ之もあるでしょ、どうしても駄目ってもの」

「ないよ。細胞レベルで天才の私を舐めないでくれるかな?」

「えっ?」

「なんだよその顔は」

 

 その顔はって言われても、まあどんな顔してるかは自分でわかる。お前社交性駄目じゃんって顔してる。

 

「煩いよ。そもそも社交性なんて社会って枠に収まる奴だけがしがみついていればいいんだよ。私は社会って枠にわざわざ当てはまってやるつもりなんてないし、必要なら社会を私に適応させてやるから」

 

 厨二病かよ。そう冗談めかして流すタイミングを逃した。

 篠ノ之の声のトーンがマジだったから。凄みのあるドスを効かせた低い方のマジトーンではない。実は私英語喋れるの、くらいの普通に普通より少し優れたことが出来るかのように語られたものだから、俺も普通にふーん凄いネって流してしまった。別にだからどうしたって話だけどさ。虚言でも妄言でも戯言でも、なんなら真実でも今の会話の内容的には流してしまってもいいや。

 

「ま、社交性も社会も必要ないならないでいいんじゃなかろうか。俺にとっての英語みたいなもんだな」

「いや、お前にとっての英語は苦手なだけだろ。というか随分簡単に流すね。こういうこと言うと大概は虚言だ妄言だおかしなこと言うなって嗜めたりしてくるんだけど」

「やれるならやればいいんじゃなかろうか。嘘ならそれこそ流すに限る」

 

 中二病って時間経過が一番の特効薬。実現出来るなら俺みたいなやつがなにか言ってもなにも変わらないし、結局どうあれそのまま成るように成ればいいよね。

 

「あと何気ない発言を重く受け止められて返されてもウザったくない?」

「ウザいね」

「でしょ? 人間、育てば社会に出るっていうけど別に社会って環境に進む必要もないし。社会を作り替える側って選択肢も大いにありだし」

 

 政治家とかそういう方面。それはまた社交性がいるのかもしれないけど篠ノ之ほどのスペックなら、敢えて篠ノ之から合わせないでもある程度は相手から合わせてきそうだし……あ、合わせてきても無視するのか。やっぱり駄目かもしれんね。独裁国家になりそうだ。

 

「ふーん、お前はちーちゃんとは全然違うこと言うよね」

「そりゃあ、俺はちーちゃんじゃないし」

 

 ちーちゃんとやらはきっと友人としての心配と良識的に考えて小言を言ってるはず。俺は前世の浅い経験ありきで篠ノ之のスペックなら多少不遜な生き方しても大丈夫だろうって無責任なこと言ってる。

 おおよそ凡庸な俺が思いつく社会ってものが、篠ノ之にはどうしても合いそうにないというか似合わないってのも少なからずある。俺も昔はヤンチャだったとはよく聞く台詞ではあるし、聞いてて楽しくない台詞でもあるんだけど、篠ノ之が丸くなる未来像なんてもの微塵も想像できないわけで。

 

「篠ノ之はちーちゃんに想われてるんだな」

「私みたいなのを放っておけないタイプなんだよ」

 

 吐息ひとつ溢してそっぽを向く篠ノ之はなにを思っているのか。これがただの青春の一頁なら照れ隠しで見えていない顔は朱色に染まってるところだけど、篠ノ之なら単純にゲンナリした顔をしていてもおかしくはない。少なくとも俺から見えている耳は赤く染まっているなんてことはない。

 

 窓の外を見れば逢魔が時に相応しい陰り具合。委員長と別れてから篠ノ之と存外時間を潰していたらしい。

 日中には頭上から燦々と照らしてきた日光も朱色に染まり温かなものへと変わってきた。橙に染まった教室もあと半刻もすれば薄暗くなるだろう。

 もう一度、目の前のそっぽ向いた彼女を見るもその側頭部からはなんの感情も読み取れやしない。夕陽に照らされて赤くなってるのか、はたまた照れているのかなんて疑問を挟む余地すらない。紅みがかった髪が陽光で綺麗に反射してるだけだ。ちょっと眩しい。

 

「さてと、俺はそろそろ帰るけど篠ノ之はどうする? 帰るなら送るくらいするけど」

「まだ残るからさっさと帰れ。というか私より強くなってからほざけよ」

「辛辣ゥ! ま、いくらゴリ、強くても女の子なんだから気を付けろよ?」

「おい、待て。なんて言いかけた?」

ご立腹(ゴリっぷく)してても口が悪すぎない? って言おうとしていまさらかと思って言うの止めたんだ。いやいやマジだって止めろよ拳を下ろせって」

 

 ゴリラ染みた力してるとか言ってないし、本当そんなこと篠ノ之みたいな可憐で儚げな少女に対して思うわけないじゃないか。そりゃもう全くもってさっぱり思ってないウホ。

 

「……今回は見逃してあげるよ。新月の夜には気を付けろよ」

「それって長い視野で見たら見逃してなくね? まー、いいや。そいじゃまた明日」

「風邪でも引いて休めバカ」

「なら大丈夫だ」

「は? ……あっ」

 

 傾いた陽光とパソコンの光で照らされるだけの薄暗くなった教室の明かりをつけて廊下へと出る。なにかに気付いたような声を背にヒラヒラと手をふってバイバイ。バカは風邪引かないから明日も来るよ。

 入れ替わるようにひとりの女子生徒が教室内に入っていく。艶やかな黒髪に斬れるような眼が印象的な、うん擦れ違っただけだからそれしかわからんよね。

 

 別に彼女に興味がある訳じゃなくて、篠ノ之しかいない教室に入っていってなんの用かとそっちが気になっただけ。それも些末なことで引き返すほどのことでもなし。

 今日の夕食の方が気になっているほど。仕事で家を空けていることの多い両親だけど、今晩は例に漏れず家にいないし……あ、晩飯ないなこれ。

 冷凍庫の冷凍食品なにがあったかと思案しながらの帰宅路。校門から学校を振り返れば教室の明かりはまだ点いていた。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「束、待たせたな」

「ううん、やりたいことしてただけだし全然だよ」

 

 之助が擦れ違った少女は篠ノ之束と当然のように会話をする。クラスメイトや之助には仏頂面しか見せない篠ノ之束は柔和な笑みを浮かべて対応する。

 

「ちーちゃんこそ部活動お疲れさま。久々だったでしょ、どうだった?」

「ああ、それなりに得るものはあったさ」

「まー、ちーちゃんはうちの道場でとことんやってるしねぇ。オブラートに言ってるけど部活みたいなお遊びじゃ歯牙にもかけないレベルでしょ」

「お前はまたそういうことを……歯に衣を着せるということを覚えろ」

 

 ポカッと束の頭を叩き注意する少女はちーちゃんと呼ばれる。之助と束の会話に幾度となく出てきた名称だ。頭を痛そうに眉間を揉む姿はおおよそ学生らしくないがそれだけ友人に悩まされているということだろう。

 

「まったく、お前はいつまでそんなことを言い続けるつもりだ?」

「ちーちゃんこそいつまで人の頭を叩くのかな。注意する度に叩かれてると私の脳細胞が死滅しそうなんだけど」

「破壊された分、超再生で強くなるんじゃないか? よかったな束」

「それ脳筋のちーちゃんにしか適応されないから」

「誰が脳筋だ」

 

 ちーちゃん、いや織斑千冬は思わず叩こうとしたが、その手を止めてニヤリと笑みを浮かべた。そのらしくない様子に束は不気味さを感じる。

 

「しかし、束が私以外と話しているのを見ることになるとはな。お前も私以外の友人が出来るとは度肝を抜かれる思いの半面、安心もしたぞ」

「ちょ、あれとのこと? 冗談でしょ。私はあれと友達になった覚えなんてないよ。あれが毎度毎度勝手に話し掛けてきて作業の邪魔をするし相手しないとしないで鬱陶しいから適当に返してるだけで友達とか臍で茶釜が爆発するよ」

「フッ、そんなに意地になるな。私も私以外の友人が束に出来たからと嫉妬するようなことはないぞ」

「出たよ、ちーちゃんの変なところで頓珍漢で鈍感なところが!」

 

 キィー! と奇声を上げる束を笑って見ている千冬はしかし内心ではある程度察していた。束が友人と思ってはいないだろうということは浅くない付き合いから嫌でもわかる。

 だから真に友達ということはまずない。そうであれば束の性格上否定することはない。だが逆に本気で嫌ならコミュニケーション自体を放棄する質でもある。なら会話が形だけでも成り立っていたあの男は、もしかするとという期待もあった。

 なにが束の琴線を掠めたのかはサッパリであったが。

 

「でも話をしてたのは認めるよ」

「ほう」

「あれは理解力があるから、話しが通じるからつい喋ってしまうってことはあるね」

 

 それもそのはず。彼の前世の20年の経験がある。知識を抜きにしても、小学校を卒業して間もない10代半ばの少年少女と20歳の理解力には差があるに決まっている。

 

 裏を返せば20年のハンデを持ってしてようやく、現在中学生の束の話を大まかに理解できてるということなのだが。

 

「そうかそうか」

「なんでちーちゃんはしたり顔で頷いているのかな?」

 

 このままであれば、いつか束が之助()を友人と呼ぶ日も近いんじゃないかと千冬は思った。

 

 

 ──思い違いだった。

 

 

 そんな日は来ないまま、変わらぬ日常を繰り返して篠ノ之束、織斑千冬、浦之助の3人は中学校という義務教育を終えたのであった。

 篠ノ之束と織斑千冬は親友。篠ノ之束と浦之助は会話することのあるクラスメイト。そこは変わらず、それ以上にもそれ以下にもならなかった。

 

 高校は3人とも同じであった。理由は皆一様に家が近いから。しかし、より具体的に言えば家族のためや無駄を省くためや前の経験からある程度であれば何処でもいいからなど、てんでバラバラなのがミソ。

 

「之助、同じクラスだったか。同じ中学の顔見知りがいるとは安心したぞ」

「ははっ、ちーちゃんはそういうキャラじゃないでしょ。ひとりでもカリスマ振り撒いてなんとかやれる系だ」

「よせ、私はそんなに器用ではない」

「器用じゃないのは知ってる」

「おい」

 

 変わったことと言えば篠ノ之束の親友とクラスメイトの縁が繋がったこと。

 

「しかし、いい加減ちーちゃんと呼ぶのは止めてくれないか。何処か恥ずかしいのだが」

「初期の刷り込みってなかなか直らんもんでさ。篠ノ之がちーちゃんちーちゃん言うから織斑見ると“あ、ちーちゃん”って反射的にだな」

「つまりまた束が悪いわけだな」

「さすがに冤罪だよちーちゃん!? ふざけんなよお前!」

 

 ──他人から一歩進んだ彼らの関係はまた高校(ここ)から変化を遂げる。




ここまで読んでくださった方に感謝を。
4~5回書き直してやっとこさ。束が一瞬で心開きそうになってたり色々とありましたが、中学の数年くらいで関係は変わりませんということに落ち着きました。

織斑千冬:身体能力のゲージが振り切ってる。束が頭に特化してる分をカリスマに割り振ったようなステータス。
委員長:平凡な知力と身体能力の持ち主。話し合いの出来る相手なら相性を無視できる人。

中学校:義務教育。
高等学校:義務じゃない。

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