SAO 〜無型の剣聖〜   作:mogami

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41話 喪う

「まったく……お前の好きな本の匂いで満ちたあの部屋で好きに過ごせと申したのに、強情な奴よ……」

 

カーディナルは数分前に絶命した仔蜘蛛の亡骸を見て哀しそうにそう呟くと俺たち一人一人に眼を向けて労わるように言った。

 

「よくぞ持ち堪えた。そなたらは良くやった。よいか、けしてわしの後ろから動くでないぞ」

 

そう言ってカーディナルは俺達に治療術式をかけてアドミニストレータと向き合う。

 

とても温かい、痛みを溶かしてくれるような光に癒され、俺は《黒藍の死剣》を杖にして立ち上がり、アリスに肩を貸しながらキリトとユージオの元へ向かった。

 

「キリト、あの人がカーディナルで間違いないよな?」

 

「ああ、合ってる。俺やユージオに武装完全支配術を教えてくれたカーディナルその人だ」

 

キリトが視線をカーディナルに向けたままそう言う。俺もキリトに習って目をカーディナルと言う名の幼賢者に向ける。

 

……何故だか、懐かしさを覚えた。

《カーディナルシステム》と《MHCP-0()》の関係はありていに言えば親子だろう。メインプログラムとサブプログラムの関係。俺を勝手に生み出しておいてバグだと認定して勝手に消去されそうになった時に本気で憎み、アインクラッドの崩壊とともに消滅した存在だからだろうか。

 

彼女は《ザ・シード》つまり、カーディナルシステムの生み出した世界の管理者であり、正真正銘、一時は本気で憎んだ存在と同じものの筈なのに………今、俺たちを庇うように立つ彼女の背中を見た時に感じたのは…………懐かしさと恋しさだった。

 

「この方が……」

 

アリスが呟くが、それを聞いたキリトが安心させるように言った。

 

「大丈夫、味方だよ。俺とユージオを助けてここまで導いてくれたもう1人の最高司祭だ。この世界を心から愛し、また憂いている」

 

「……分かりました。話には聞いていましたが、実際に術式を受けてその心の温かさを知りました。ならばこの温かさを信じます」

 

そう言うとアリスはそう言うとカーディナルとアドミニストレータへ視線を向けた。

 

「ふん。暫く見ぬうちに随分と人間の真似事が上手くなったものじゃの」

 

「あら、そういうおチビさんこそ、200年前は心細そうに震えていたのにね。リセリスちゃん」

 

「わしをその名で呼ぶな、クィネラ!わしはカーディナル。貴様を消し去る為にのみ存在するプログラムじゃ!」

 

「うふふ、そうだったわね……私はアドミニストレータ。全てのプログラムを管理する者。あなたを歓迎するための術式ならもう出来ているわ、ちょっと手間が掛かったけど」

 

アドミニストレータは片手を振るうと天井の窓から見える空が崩れ落ちた。ガシャンとガラスでも割れたかのような音を撒き散らし、破片が落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……敵わない。この世界で俺の身体を構成している細胞の一つ一つがアレと戦ってはならないと叫んでいる。

 

「……貴様。アドレスを切り離したな」

 

アドレスを切り離した……?そんな事が可能なのか?

 

この世界はバーチャルリアリティ。つまりゲームである事に変わりない。どんなに精巧に作られたこの場所もプログラムで構成された場所に過ぎない。そして、それが一つ一つ集まったとしても意味がない。プログラムが大量に集合したとしても、それを一つのプログラムとして関連付けさせなければただ無意味な物でしかないのだ。ゲームとはそう言う関連付けさせたプログラムを集めてさらに統合させたものだ。アドレスとはその関連付けされた物の保存先のような物だ。

 

やたら長くなってしまったが、この世界(ゲーム)においてアドレスを切り離すということは世界を崩壊させるようなものだ。

 

「……200年前のあの時にお前を殺しきる事ができなかったのは失敗だった。私も学ぶことにしたの。お前をあの場所に閉じ込めたのは私だもの。だから次にお前を誘い出せたら閉じ込めて殺してやろうと思ってね」

 

アドミニストレータは指をパチンと鳴らすと窓、昇降盤、カーディナルの作った扉の全てが消えた……つまりはこの部屋はこの世界から隔絶された。昇降盤の真上にいたユージオに顔を向けるとユージオは首を振った。

 

「数分間空間を切断するのは容易だが、繋げ直すのは難しい。自ら閉じ籠るとは……愚かだな。少なくともこちらは5人、そちらは1人。この若者達を侮っているのならその考えは正した方がよいぞ」

 

「ふふっ……そんなつもりはないわ。少なくとも"こちら側"の子がいるようだものね」

 

「………?」

 

なぜ、こっちを見る?

 

「それに、5対1と言ったわね、それは認識が甘いわよ。正確には5対300……いえ、私も入れたら301かしらね」

 

300人……だと?

確か、あのソードゴーレムは人の記憶を利用したものだったな。……………まさか!?

 

「300……じゃと?貴様……まさか!?」

 

どうやらカーディナルも同じ思考に至ったようで表情を青くしている。

 

そのとき、既にカーディナルの手によって破壊されたはずのソードゴーレムが不協和音の声を上げた。

 

「なにっ!?」

 

これにはさしものカーディナルも驚いたようで低く、短く声を上げる。俺達も驚いた。俺の隣ではアリスとユージオが「そんなっ……」と声を上げ、俺と同じく管理者という存在の絶対的な力を知っているキリトは絶句している。

 

本来、俺の《黒藍の死剣》と《勝利の白剣》やキリトの《黒い奴》、ユージオの《青薔薇の剣》……俺が一時的に借りている《時穿剣》などの神器級の武器はある程度、手入れして鞘に納めておけば天命は回復する。それでも、天命が半分ほど減少しているのなら半日か丸一日かかるだろう。無論、例外はある。アリスの《金木犀の剣》は彼女の話だと木の状態でソルスの恵み……つまり日光を浴びせていれば天命が回復するらしい。

 

仮にだ、何かしらで回復する術があるのだとしても、あの回復速度は異常だ。この世界の管理者の術式を3度受けてほぼ全壊したのだ神器が複数集まって構成されているソードゴーレムの天命はかなり高い筈だ。ならばなおさらこの回復速度はありえない。

 

だが、手入れなどせずとも天命が回復する存在がある。

そう……人間だ。人間の自然治癒能力はかなり高い方だろう。それも、何百人もの治癒力を集め、それを高める術式を埋め込んだのなら、この回復速度も納得がいく。

 

「貴様……!300人もの民を犠牲にその兵器を作り上げたというのか!?本来、貴様が守るべき民をッ!」

 

「犠牲……?ハッハハ!違うわね。これは有効利用なのよ。そもそも、この世界は近い内にダークテリトリーとの戦争に巻き込まれて滅ぶわ。それを覆すための兵器なの。わかる?人命が尊いのなら、世界を守る為に有効利用される事を喜ぶべきなのよ!!」

 

アドミニストレータはそう言うと……指を鳴らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅はかだった……。なぜ、ソードゴーレムが一体だけだと決めつけた?ゴーレムを創造する術式を完成させたなら、試しに1度は起動実験するはず……それも200年という時間があるなら尚更だ。そして、試しに起動させても300人分の記憶を利用したコスパの悪い物をそう簡単に廃棄できるわけがない。

 

「くっ!」

 

「カーディナルッ!!」

 

 

この部屋の何処かで再起動し、目の前に現れた"2体目"のソードゴーレムに驚愕し、硬直した俺たちは、なす術なく身体を切られた。重傷を避けられたのはとっさにカーディナルが神聖術で俺たちを少しだけ強く弾いてくれたからだろう。

全員が同じく方向に弾かれたのは良いが、精神的にも肉体的にもショックが大きかった。

 

アリスは片膝をつき、目を見開いている。

ユージオは呆然と放心したかのように仰向けに天井を眺めている。

キリトは右肩から右膝、俺は左肩から左膝を切られた。

…………それでも、ましな方だ。

 

「おいっ!気を確かに持て!い、いま治してやるっ!だから、死ぬなよ!カーディナル!!」

 

カーディナルは……ソードゴーレムの一撃をまともに受けてしまっていた。俺は何とかカーディナルを抱きとめるが、それでも……助かる見込み薄いだろう。

それでも俺は神聖術を掛けようとする。この場で三番目にSC権限が高いのは俺だから。

 

———

 

一瞬、僕は何がなんだか分からなくなった。

何かに弾き飛ばされ、気が付けば天井を見上げるように倒れていた。

 

「おいっ!気を確かに持て!い、いま治してやるっ!だから、死ぬなよ!カーディナル!!」

 

親友の……アルスの泣きそうな声が聞こえる。

何故なんだろう。アルスとカーディナルは初対面の筈なのに、何故、そんなに泣きそうたんだ。

 

……以前にもこんな事があった気がする。

僕やアリスの故郷……ルーリッドの村でとある老人な亡くなった。あの時、僕の隣には漆黒の髪の少年がいて……亡くなった老人の傍で泣き噦る黒い藍色の髪の少年の背中をアリスがあやすように摩っている。

 

「彼らは……誰だったんだろう」

 

いや、きっとその答えは僕の近くにある。

この2年間、ずっと一緒にいた。どんな時にも彼らが僕の側に居てくれた。

 

「キリト……アルス……」

 

僕は一体、何を忘れてしまっていたのだろう?

アリスは……全てを思い出したと言っていた。彼女の態度は騎士として出会った時のソレとは違っていた。交わした言葉は少ないが、アルスやキリトをまるで知っているかのように振舞っていた。なにより、彼女はアドミニストレータに刃を向けると宣言した時に、「幼馴染達と共に」と言っていた。

 

「僕は……」

 

僕はアリスの記憶の欠片が埋まっているであろう天井に手を伸ばす。記憶を取り戻したとしても、奪われた物を再び取り入れた訳ではない。ならば、きっとそこに彼女の記憶があると信じて。

 

「僕は……っ!」

 

一体、なにを忘れているのだろう。

頭の中に靄が掛かる。気が付けば、僕とアリスしか居なかった子供の頃の記憶に2人の少年が加わっていた。

 

夕暮れの紅い空、黒い藍色の少年が金色の彼女に引き摺られて行く。それを僕と漆黒の少年が声を上げて笑いながら追って行く光景。

 

その光景に違和感は無かった。

一つ、また一つと"彼ら"がいる子供の頃の記憶が浮かんで、僕とアリスしか居なかった記憶が薄れて行く。だが、それに不愉快さは無い。まるで、そこに居るべき存在が取り戻されて行く気がして……。

 

その代わりに一つの疑問が生まれた。

 

—本当に全てを忘れていたのは誰だったんだろう?—

 

……答えは出ている。

彼女の記憶が戻り、再会を果たした今、僕が本当にするべき事。本当にやりたい事。

 

僕は立ち上がった。

 

———

 

アルスの泣きそうな声。

同じく薄っすらと涙を浮かべているキリト。

そんな彼らにカーディナルは諭すように言う。

 

「泣くな、お主らは何も悪くない。そう……タイミングが悪かっただけの話よ……。わしの為に泣いてくれるのは嬉しい。じゃが、キリト、ユージオ、アルス、アリス……そなたらはやるべき事があるであろう?」

 

カーディナルはアルスの腕の中でその小さな身体を震わせるようにして言う。

 

「守ってくれ、この世界を……この美しい世界を」

 

その言葉に誰が返答するよりも早く、その身を起こし、アルスに抱かれているカーディナルに歩み寄っていた少年が言った。

 

「僕も、いまようやく、僕の果たすべき使命を……知るべき事実がある事を悟りました」

 

少年……ユージオが覚悟に満ちた瞳でカーディナルに言葉を紡ぐ。

 

だが、その言葉はこの場にいた誰もが予想しないものだった。

 

「そして、その使命を果たすべき時もまた、いま、この瞬間です。僕は世界を救いたいわけじゃない。彼らと共に過ごす事のできる場所を守りたい」

 

ユージオがアリス、キリト、アルスを見る。

 

「何より、僕は知りたい。自分が何を忘れてしまっているのかを」

 

"だから"と続け、ユージオは息を吸う。

 

「あなたの力を貸して下さい。その力で、僕を……僕のこの身体を剣に変えてください。あの人形と、同じように」

 

そう言い切ったユージオの瞳はまるで剣のように鋭く、輝くような心意に満ちていた。

 

 

 




後書き

はい、やっと形になりました。
長かったこのアドミニストレータ戦もいよいよ大詰めに入りつつあります。

次回はいよいよあのシーンが来ます。
その結末の回避のしかたはぶっちゃけると既に頭の中では完成しています。でも、私の考えている内容だと……まあ、釈然としないと思われる読者様もいらっしゃるかもしれませんが……ご容赦下さい。

それでは次回もよろしくお願いします!
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