あの日、俺は発売を心待ちにしていたVRMMO《ソードアート・オンライン》をようやく製品版でプレイできるという事で浮かれてたんだ。
始まりの街で、βテスターである事を見抜いたプレイヤーに序盤の基本操作のレクチャーを頼まれ、それを引き受けた直後、自分にも教えてくれないか?と会話に入ってきた"アイツ"。
最初は、これも何かの縁だな、と特に難しくも考えずにこの二人とフレンド登録をして、これから始まる新しいゲームの攻略に胸を躍らせていた。
——ゲームが現実に変わる、あの瞬間までは。
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「その迷いのない動きっぷりあんたベータテスト経験者だろ?俺今日が初めてでさ、序盤のコツ、レクチャーしてくれよ。俺、クライン!」
始まりの街でやることやって、さっさとレベルを上げに行こうとした時、背後からそんな声と共に赤毛にバンダナを頭に巻いた男に声をかけられた。
「俺はキリトだ」
とりあえず、その誘いをOKした俺は、自分の本名の一部を繋げたプレイヤーネームを名乗る。それが、後に現実での名前と同じか、それ以上に大切な物になるとはかけらも考えずに……。
そんな時だった。"アイツ"は本当に音もなく、俺たちの背後から現れて、クラインのレクチャー話に便乗して声を掛けてきたのだ。
「悪りぃ、俺もお願いできるか?俺はアルスだ」
——アルス。
この時の俺は、これもなんかの縁だなと適当に考えてこの二人とフレンドになった。だが……、そうだな、今思うと本当に縁だったのだろう。特にアルスとは。
これが、後に『無型の剣聖』と呼ばれたSAOプレイヤーであり、何度も一緒に窮地を切り抜け、正真正銘、誰よりも長い時間を共に過ごすことになる相棒………アルスとの出会いだったんだ。
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それから俺達は装備を整えてフィールドに出た。
この時の俺からみた二人の印象はそれぞれにレクチャーの方針を決定付けさせるものだった。
クラインはゲーム用語を使っても「了解っ!」と返事をして行動できる程のゲーマーだった。唯一のネックはソードスキルの発動感覚が掴みずらかった点だな。なにせ、某国民的RPGのスライムに該当するレベルのモブ相手に思いっきり苦戦するレベルだった。
一方、アルスはそんなクラインとは真逆のイメージだった。ゲーム用語やらネットスラングなどに関する知識は一切なし。話してみて何と無く、ああ、コイツ。ゲームやるの初めてなんだなー。と察する事が出来るレベルで無知だった。——だが。
「こうして……こうっ!」
戦闘面ではかなり優秀だった。
俺もβテスト時代に少なからず練習したソードスキルを一発で成功させ、しかも無駄のない動きでモブを屠ったのだ。
「なかなか上手いじゃないかアルス。もしかして現実で剣道でもやってた事があるのか?」
何気なしに聞いてみた。リアルの事情を散策するのはマナー違反だが、アルスの動きに興味を惹かれたから。
「・・・現実……?」
……今思うと、この時からだ。
もっとアルスをちゃんと見ておけば良かったと思う。あれから4年以上が経った今ですら時々そう思う。
一瞬の間を空けてから、彼はキョトンと首を傾げる。
この時から既にヒントはあったのだ。ただ、この頃の俺は見落としていた。彼の言動を見ていれば、もっとよく観察していれば違和感に気づけたはずなのだ。2年後、俺は後悔することになる。
「・・・いや、剣を握った事すら始めてだぜ?」
「まじかよー!俺はてっきり、スポーツガチ勢かと思ったぜ……」
クラインとアルスの会話を聞きながら、当時の俺はこれからの攻略予定を立てていた。
それから数時間が経った頃。クラインが気付いたんだ、ログアウトのボタンがメニューにない事に。
それから時間を置かずに、俺達は始まりの街に強制転移させられ、ソードアート・オンラインのゲームマスター……。茅場によってゲームオーバー=死であることを告げられた。
この時、全プレイヤーに向けて配布されたアイテム。これの効果で俺達はゲーム開始時に作成したアバターではなく、現実の肉体を再現したアバターでこの世界を生きることになった。誰もが光に覆われ、姿が変容していく中で、アルスだけは何も変わらなかった。
「お前……もしかして、キリトとクラインか!?」
「そういうお前はアルスだよな!?なんで姿変わってないんだ?」
「「キリトっ!!?」」
「いや、俺に振られても困るんだが……」
この時ばかりは流石にアルスも焦っていたっけな。
だが、そんな混乱も束の間。プレイヤー達が茅場を誹り始めるなかで、俺はアルスとクラインの手を引いた。
俺は他の誰よりもこのアインクラッドの序盤に関しては情報というアドバンテージがあったからだ。俺の持つ情報があればレベリングに最適な場所、序盤に入手すべきアイテムを会得できる。それに付け加えて、レクチャーから数時間の戦闘でアルスは俺たちの誰よりも戦闘におけるセンスがある事が分かった。クラインはゲーマーという事で、俺達3人の会話を円滑に回す事が出来るんじゃないかと思ったんだ。
それを二人に話したが、クラインには断られた。
なんでも、リアルでの知り合いがアインクラッドに来ている。彼らを見捨てる事は出来ない。と。
アルスは言った。
「分かった。頼むよ、キリト。俺一人じゃ情報不足で野垂れ死ぬ可能性の方が高そうだし、いろいろとコツが掴めてくるまで世話になる」
こう言ったアルスを引き連れ、クラインと別れた。
まさかアインクラッドの終わりまで一緒に居ることになるとは思いもしなかったな……。
▶︎△◀︎▶︎△◀︎
・・・それから、数ヶ月。
アインクラッドは全100層の内、1層も攻略されてはいなかった。1万人いたプレイヤーは6千人にまで数を減らし、それに比例するように人々の口数も減っていった。
俺とアルスは道中でアニールブレードを手に入れたり、その過程でコペルというプレイヤーの最期を看取った。
アルスにも第一層の情報は伝え切ったし、彼自身も独自の情報入手経路を確保しつつあった。βテストってなんだ?と聞かれた時には思わず頭を抱えたが。
そんなある時に発見された第一層のボス部屋。
早速開かれた第一回攻略会議。俺もアルスもそれに参加した。
「こんなかなに今まで死んでいった4千人に謝らなぁあかん奴がおるはずやで!」
口汚くβテスターを罵るイガグリ頭の男。
アルスは俺がβテスターだと知っている。だからだろう。その声に反論しようと立ち上がろうとしていた。それを宥めるのが何気に大変だったが、自分の為に反論してくれようとした彼の気持ちが嬉しかった事には変わりない。
そして、その攻略会議で俺やアルスのペアの他にも一人あぶれた少女……アスナをパーティーに加え、ボス攻略に臨む事になった。
ただ、数ヶ月も一緒にいると、当然初対面の時から印象もだいぶ変わるもので……。
「ねぇ……向こうの人、凄くパンを美味しそうに食べてるけど」
「ん、ああ。いつもの事だよ、何かと幸せそうに物を食べるだ、アイツ」
一緒に固い黒パンにクリームを乗せて食べている時、俺たちの正面に座って同じくクリーム乗せパンを幸せそうに頬張っているアルスを見て、アスナは呆れたような表情を浮かべていた。
俺のアルスに対する印象は、最初のどこかミステリアスで無知。と言ったものではなく、無知で好奇心旺盛。食事大好きな奴。へと変わっていた。
「こんな状況で良く………」
「……まぁ、そうなんだろうけどさ。でも、アイツのああ言う表情を見てると何と無く。気が滅入ってるばかりじゃダメなんだって、そんな気がしてくるんだ」
事実、アルスは戦闘以外だと何かと笑ってる事が多かった。自分が知らないものを見ると楽しそうに俺に聞いてくるし、自分で調べたりもする。その様子を見て、俺もいつかこんな風に楽しめるようになるのかな?と考えられるようになっていた。
この日を境に、俺達は三人で連携やそれぞれの戦闘スタイルを確認していた。アルスは初めて見る細剣の動きを目に焼き付けるかのようにアスナの動きを凝視していた。
そして迎えた、Xデー。
俺達はようやく、アインクラッド攻略への第一歩を踏み出した。
ボスの取り巻きである、センチネル。
ボスである、ロード。
3人に与えられたのはセンチネルの牽制。
ただ、アスナはこの時。ほんの少しだけ態勢を崩してしまい、一瞬だけピンチになった。その時。
「……確か、細剣の動きは……っ!」
アスナに迫っていたセンチネルを片手剣よりも隙が少なく、素早い動きが特徴の、細剣の太刀筋を戦闘スタイルを確認した際のアスナの動きで放ち、彼女のピンチを救った。
思えば、この時からだろう。アルスに《無型》の兆候が現れ始めたのは。
戦いも終盤に入り、ディアベルという攻略組の指揮官を失った状態で、俺とアスナ、アルスは連携してロードを追い詰める。
「スイッチっ!」
つい数日までその言葉の意味も知らなかった彼女から発せられた声に反応した俺とアルスはロードを挟むように立ち回る。
「行くぞアルスっ!」
「任せろ、合わせるぜ!」
アルスはロードの背後に回り、俺は正面から斬りつける。
バーチカル・アーク。
垂直に振るわれる2連撃がロードに直撃する。
俺の下から上に走る剣。
アルスの上から下に走る剣。
二つの相反する方向から流れるエネルギーは逃げ場を失い、遂にはロードを爆散させた。
「やったな、キリト」
「ああ。グッジョブだ、アルス」
ここで気になったのはモンスターにトドメを刺したプレイヤーに与えられるラストアタックボーナス……通称LAが俺のアルスのどちらに渡るかだが、俺は別にアルスになら譲っても構わないと思っていた。
「・・・あれ?なんか落ちたっぽい」
「ん?お前もか?」
ここで良く出来てるなぁ、と感心したのが、トドメが2人同時だった。それに対してしっかりと2人にボーナスを与えるシステムの作りだ。俺達はお互いのメニューに表示されたメッセージで、互いにLAを得ていることを確認する。
互いに笑っていると、エギルから労いの言葉を送られて……そして、その直後に。
キバオウの、俺を非難する言葉が響いた。
なぜ、ディアベルを見殺しにしたのか?
彼の悲痛な叫びは今でも良く覚えている。
・・・やるしかない、と思った。
今ならβテスター全員に向けられている憎悪、嫌悪を俺に向ける事ができる。
俺は覚悟を決めて、彼らを罵る。
自分の持ってる情報の有効な範囲を語り、得意げに笑ってみせた。そして……今でも忘れられない瞬間が訪れる。
「チーターとベータテスターでビーターだ!」
「ビーターか、良いなそれ、気に入ったよ」
俺は自分に付けられた蔑称を語り、名乗った。
だが、予想外なのはこの後だった。
「ああ。俺もだ」
いつのまにか俺の隣に立っていたアルスが俺の言葉に同意する。
思わず、アルスの顔を盗み見るが、その目は明らかにキバオウとその取り巻きを蔑んでいた。
彼の一言に静まり返る。
アルスはその空気を確認すると、目で「次の階層まで案内してくれ」と語りかけてきた。
どちらにせよ、その場を離れる必要があったので、俺はビーターとしての意地汚さを表現するべく、さっきLAで手に入れたコートオブミッドナイトというコートを装備した。
アルスも釣られるように同じく手に入れた純白の剣……ホワイトライダーを装備して、その場で唖然としている連中に踵を返して俺の後ろに付いてきた。
そして、たどり着いた第二層。
俺はここでアルスの真意を聞こうとしたのだが、振り向くとアルスは居ない。一本道だったのにはぐれたか?と思ったが、そんなことはなかった。
「キ……リぃト……。help……。この剣、装備できるけど重くて立てない………!」
足元から聞こえた声に反応して見てみると、自分自身の剣の重みで這い蹲って助けを求めるという。何とも間抜けな様子のアルスがいた。
「うわっ、なんだコレ。本当に重いぞッ……!?」
試しに持ち上げてみようとしたら、数ミリしか浮かせられなかった。しばらくホワイトライダーと格闘をしてようやく装備を解除したアルスを俺は問い詰めた。
「お前、何で俺についてきたんだよ。あの場残ってればもっと大人数のパーティーに参加できたかもしれないんだぞ!?」
本当に理解出来なかった。
あの場で俺の言葉に同意して、俺についてくるという事は、自分をビーターと名乗る事は……。あの場にいた者だけでなく、その他のβテスターに向けられていた悪感情を俺と一緒に向けられるという事だから。
それを口にした時、アルスは……。
俺の相棒は何でもないことのようにあっけらかんと言った。
「だって、俺はお前から色々教えて貰ったし、助けて貰った。ずっとパーティーも組んでたし、他の誰よりも楽をしてきたんだぜ?全部お前のお陰だし、そんなお前がビーター?になるなら、俺もなるべきゃない?」
……お人好しだと、思った。
出会って数ヶ月。一緒にパーティーを組んでて、助けて貰ったからという理由で、他の6千人ものプレイヤーに嫌われる役を俺と一緒に買って出た目の前の彼を見て。
「ほら、せっかくビーターになったんだし、ビーターはビーターらしくこの新しいフロアを誰よりも先に味見しようぜ!」
本当に、何でもないことのように俺に笑いかけて、手を差し出してくるアルスを見て……。
「行こうぜ、相棒」
「——ああ!」
この無知で、好奇心旺盛なお人好しを相棒として支えて、この仮想現実を生き抜こうと決めた。
▶︎△◀︎▶︎△◀︎
んで、それからどんくらい経った頃かなぁ……。
色々あった。中でも大きかったのは【月夜の黒猫団】の壊滅。それはたしかに俺たちの心に根強く残っていたが、それでも前を向いて何とか行きていた。
・・・そんなある日。
「キリト〜!なんか、変なスキル手に入れた!」
「・・・はいっ?」
この頃だったか。アルスがいろんな生活用スキルを取得して家事をやりだしたり、料理スキルをカンストさせたのは。現在45層の攻略に取り掛かっていた時期。ひさびさにホームでグダグダしてると、アルスが不意にそんな事を言い出したのだ。
だが、変なスキル……というより、身に覚えの無いスキルは当時の俺にも現れていた。
——《二刀流》と《無型》。
出現方法の不明なエクストラスキル。出現方法不明という点から、個人しか持ち得ないスキルという意味でユニークスキルと呼ばれるその能力は、俺たちの戦闘に開ける視野を大きく変えた。
俺の二刀流は、片手剣を両手に装備することで、片手剣ソードスキルと、二本の剣で斬撃を繰り出す二刀流ソードスキルが扱えるようになるというモノで……簡単に言うと、超攻撃型スキルだ。
一方、アルスの無型は、自身の装備している武器のカテゴリー以外のソードスキルを扱えるようになるというモノだった。俺の二刀流が超攻撃型スキルなら、アルスの無型は……万能型スキル。
俺たち……主に、アルスは無型を得てから、水を得た魚のようだった。元々、アイツは片手剣だけじゃなくて、さまざまな武器を扱う臨機応変タイプのプレイヤーだった事もあって、武器を持ち変える必要が無くなった事で武器を持ち帰るタイムラグが無くなった。
武器にはそれぞれ攻撃に属性がある。
斬撃、刺突、殴打。
代表的なのは、それぞれに、片手剣。細剣、片手槌だろう。
ソードスキルはその武器カテゴリーに適応した属性が与えられている。片手剣のソードスキルなら斬撃。細剣のソードスキルなら刺突。片手槌のソードスキルなら殴打といった具合に。
無型は簡単に言うと、片手剣で刺突や殴打の属性を持ったソードスキルを扱えるようになる。極端に言えば、片手槌で斬撃属性のソードスキルが使えると言う事だ。
そして、敵にも弱点の属性がある。
例えば、鎧を着ている大型ボスは鎧の隙間を刺突属性の武器で突くことで大ダメージを与えることができるし、殴打属性の武器で鎧を部位破壊できれば、斬撃属性の武器も有効になる。
無型の最大の特徴は、どんな局面にも対応できる点だ。
鎧を着ているボス相手でも、片手剣のままで刺突属性で攻める事も、殴打属性で部位を破壊してサポートする事も、破壊した後に斬撃属性で戦闘を継続できる。
だが、欠点は属性の使い分けるタイミングを見極めることと。自分が習得してないソードスキルは使えないと言う点だ。
……まあ、アルスは普段から武器を使い分けていたから、武器の熟練度は片手剣は900超え、その他500〜600で均等だった故にソードスキルも豊富で、ソードスキルを使い分けるタイミングも完璧に近かった。
アルスが無型で敵に合わせた属性で弱点を守っている部位を破壊し、俺の二刀流で乱撃を叩き込む。自分で言うのもなんだが、完璧な連携だったと思う。
「まぁ、使い勝手が良さそうだからいっか」
・・・俺に問いかけてきて置いて、自分で納得する癖をどうにかしてほしいが……俺的に一番改善してほしい点がある。
普段のアイツに別段不満は無い。むしろ、家事はできるし、料理スキルも既にカンスト。戦闘でも物凄く頼りになる。一緒にいて退屈しないのだが………。
「ん〜、今日も剣が白いぜ……!」
「・・・なぁ、ホワイトライダー。スペック高すぎないか!?」
第一層のLAが四十五層でも通用している現実に突っ込まざるを得なかった。何というか、普通に戦えてる辺り、スペック的には問題ないことは分かるのだが……、流石に気持ち的に不安になるのは仕方ないだろう。だって、入手してから44層も上に上がったんだぞ!?
「そうなんだが……そろそろ、武器も替え時かなぁ。最近、火力不足な感じがする。あんま、戦闘に役立ててない気がするんだよなぁ」
「いや、十分に活躍してるだろ」
時々自己評価が低いのが偶にキズだが。
「でも、武器変えるのは必要かもな。何か候補あるのか?」
「いやぁ……、しょっちゅう剣はドロップするんだけど、性能的に今ひとつだし、プレイヤーメイドの武器も高くてホワイトライダーの性能と同等かそれ以下……。正直に言ってそんな性能なら持ち変える意味がないからなぁ」
「結構評価が辛辣なのな……」
まぁ、第一層で手に入れてから武器として使えるようになって今日までずっと使って来たから思い入れもあるだろうし、そう簡単に手放したく無いのだろう。
「なんか、武器変えた後も使ってそうだ」
「ゲームあるあるだな、昔使ってた武器に思い入れがありすぎてとっくに型落ちしてるのに最前線で使い続ける的なアレ」
「あ、でも一応は良さそうなクエストを見つけてるんだぜ?40層が対象なんだ。こんど攻略をサボって回ってみようと思う」
「40層……確かあの辺って今プレイヤーキラーが多発してるんだろ?流石にお前でも多数のプレイヤーは相手にできないだろ、危ないし、俺も行こうか?」
「あー……いいや。自分の力でどこまでやれるか試して見たいんだ」
……どこか思い詰めた表情を浮かべていた。
どつやら、さっきの役に立てて無いというのは本心のようだ。
「・・・分かった、気を付けてな」
「おう!」
できれば付いていきたいが、一人で攻略することで見えるものもあるだろう。少しは自分の評価を改善できるチャンスかもしれないと思って俺はアルスを見送ることにした。
……後に、戻って来たアルスは新しい剣を携えて、どこか一皮向けた表情を浮かべていた。なんでも、PKの現場に出くわして、盛大な勘違いから襲い掛かってしまった相手となんやかんやあって一緒にクエストを攻略して来たらしい。
そして、アルスの背中に新しく背負われている剣。それは、片手剣カテゴリーでありながら、サイズ、重厚感が大剣のようだった。真っすぐな刃に少しだけ黄金色が混じっており、また、刀身と握りの接点には宝石を中心に白い羽が対象についている。
どこか神秘的なその剣は〈エンジェルライダー〉というらしい。武器の威力的にはホワイトライダーよりも少し高いレベルだが、その武器にはかなりオーバースペックなバフ効果があるのだとか。
アーティザン。彼がアートと呼ぶ少年との出会いと冒険、そして別れ。その短い冒険の話を語るアルスはいつになく、楽しそうだった。
アーティザン、か。
いつか会うかもしれないし、しっかり覚えておこう。
▶︎△◀︎▶︎△◀︎
……それから、ソードアート・オンラインの正式サービス開始から2年。攻略も進み、階層は70層に到達した頃、一つの事件が起きた。
アインクラッドを監視し、クエストの発生や、コルの流通を管理するカーディナルシステム。それに一時的なエラーが発生したのだ。後に分かったのだが、須郷伸之……まぁ、茅場に嫉妬したロクでなしの不正アクセスが原因だったとか。
当時、俺たちは迷宮区の攻略をしていた。
「なんか、最近ノイズが増えたよなぁ」
「……現実で何かあったのか……単なるシステムのバグか…」
そんな事をボヤきながら迷宮区を歩く。
しばらくすると、足音が聞こえて来たので、振り返る。
「なんだ、アスナか……」
「なんだとは何よ、珍しく迷宮区であったと思ったら随分な口ぶりね」
「よーす、アスナお久ー」
「アルスくんも久しぶり。細剣のソードスキルはどんな感じ?」
「お陰様でかなり戦局の流れを変えやすくなったよ、ありがとな」
「いいのよ、こっちも対価を貰ってるんだし」
なぜか、背後からやってきたアスナと親しげに会話をしだしたアルス。わりと今まで見たことがない光景だったので面食らってちょっと食い気味に聞く。
「なぁ、お前らそんなに仲よかったか?」
実を言うと、この頃は多少は改善され、アスナの事を意識しだしていたのもそうだが、普段はアルスと俺で一緒に行動しているので、いつのまに交流を持ったのか割と本気で疑問だった。
「ふふん、実を言うと、アルスくんに細剣の使い方を教えたのは私なのよ!」
「はぁっ!?一体いつから!?」
「えっと……無型を手に入れてからすぐな、自分の戦闘スタイルを見つめ直そうと思って」
「あ、ああ。成る程」
そんな感じの会話をしながらアスナをパーティーに入れて、攻略を再開する。道中でクライン率いるギルド【風林火山】とも合流して、攻略は順調に進んでいた。
・・・そう、順調過ぎる程に。
俺達はボス部屋を探していたのだが、その前にクラインがよく分からない部屋を見つけたのだ。
「あっれぇ……なぁ、今までダンジョンにこんな部屋あったっけか?」
「いや……見た事ないな」
風林火山のメンバーが口々にそう言う。
俺もアルスもそうだった。
「一応調べておきましょう」
「・・・そうだな、全員、転移結晶を準備しておこう。武器もいつでも抜けるようにしておけ……行くぞ」
アスナの言葉に同意したアルスが手早く指示を出して、謎のエリアに入る。
「トラップエリア……では無いな」
部屋に入ったあと、敵モブが沸きまくる部屋かと思ったが、どうも違ったようだ。ひとまず警戒を解いて、部屋の中心に向かって歩き出す。
「これ……なんだ?」
部屋の中心にある腰の高さ程の長方形の石台。
それに何気なしに触れた俺は、直後に驚愕する。
「うわっ!?」
「キリト!?」
石台に触れた瞬間に、俺達が開くメニューウィンドウとは全く異なる構造のウィンドウが浮かんだ。
「これ……システムコンソールじゃない!?」
アスナの驚いた声で尻もちをついた体勢から飛び上がり、システムコンソール(仮)に飛びつく。
・・・今思うと、これ自体がこの時の異常なアインクラッドの状態をもっとも分かりやすい形で表していた。
「そんな、バカな……」
「だけど、明らかに特別なシステムウィンドだぜ?もしかしたら本当にコンソールなんじゃ……?」
「だとしたらどうして、あの男……茅場がこんな分かりやすいミスを犯すか?」
そう、茅場のミスでない。そんな分かりきった事を淡々と議論して行く俺たち。無意味な議論から10分くらいが経過したと思う。どこからともなく、それは鳴り響いた。
「ぐっ……耳がっ!?」
「なによ、これーー!」
誰かがコンソールに触れたのか、けたたましい警報音がこの場に鳴り響き、俺達は思わず耳を塞ぐ。
どれくらいそうしていただろう……。警報音が鳴り止むと、今度は機械で合成された女性の声でアナウンスが始まる。
『カーディナルシステムへの不正アクセスを確認。バグを検出中……。発見、第70層迷宮区にてコンソールルームにプレイヤーの侵入を確認』
「っ、全員この場から離れろ!」
アルスの切羽詰まった怒号に寄って、その場にいた者は次々に転移結晶を使って安全エリアに転移していく。
だが、間に合わなかった者もいた。
俺、アスナ、アルス、クラインだ。
「まずいぞ、隔離された!」
『プレイヤーデータ照合中……。プレイヤー名、クライン・・・クリア。アスナ……クリア。キリト……クリア』
俺たちは転移する直前にこの空間を隔離された事によって、転移結晶の効果を受けることができず、転移出来なかった。
当然焦り出す俺たちはせめてもの抵抗にと武器を構えて、アナウンスに耳を傾けることしか出来なかった。……運命の瞬間が、目の前に迫っているとはカケラも考えずに。
『アルス………エラー』
「な、に……?」
カーディナルシステムがアルスのプレイヤーデータにエラーを発見したのだ。当然、アルスは動揺し、俺たちの視線は一辺に彼に向けられた。
『ナーブギアによる脳波信号を計測中………。エラー。脳波信号の計測に失敗。続いてキャリブレーションによるデータの確認を開始……。キャリブレーションデータ無し』
「キャリブレーションデータが無いだって!?」
この時の俺はただ驚くしか出来なかったんだ。
脳波信号が感知できないと言うのは絶対にあり得ないし、仮にあり得たとしても、このVR……仮想現実で体を動かすことが出来なかったはずなのだ。
付け加えて、キャリブレーションデータとは、自身の体の大きさなどを登録することで、仮想現実で体を動かす際の感覚を現実の体にあったモノにする目的で、ナーブギアでゲームを始める際に絶対に登録するものだ。
詰まる所、アルスは……ソードアート・オンラインをプレイできる筈がない。
一瞬だが、ナーブギアを使用せずに従来のコントローラーでプレイしている可能性も考えはしたが、やはり有り得ない。そもそもナーブギアに対応したコントローラーなんて聞いたこともない上に、VRMMO特有のプレイヤーの動き……。現実と同じように運動する動きをコントローラーなんかで再現できる筈がないのだ。
「なん、だよ……なんなんだよ!?」
「アルス落ち着け!」
「だって…なにが起きているのか、全く解らない!」
今もなお進められるカーディナルシステムによるアルスのプレイヤーデータの解析。淡々と機械特有のエコーの効いた声で語られて行く彼のエラーの数々。それを聞かされている当人は錯乱し始めていた。
落ち着く事なんて無理だ。自分にとってなにも見に覚えのない事を次々に列挙されて、何も理解できない。する事すら許されない状況で冷静さを保てる筈も無かった。
『意識データ、確認開始………。確認完了』
意識データの確認が完了。
この言葉で少し安心した。
脳波信号の感知が出来なかったとしても、意識データが確認されると言うことは、アルス本人が、SAOをプレイできる筈がないと言う説に異議を唱える材料にもなる筈だ。ナーブギアで脳波信号の感知が出来なかったが、意識データは確認できたのだ。キャリブレーションだって、実際はやってたが、バグか何かで手違いがあった可能性も十分にある。
——そんな、甘い考えを殺すように、カーディナルシステムは更なる非常な現実を彼に……俺たちに突き付けた。
『意識データ照合の結果、プレイヤー名《アルス》の意識データと完全一致するデータを確認。メンタルヘルス・カウンセリングプログラム試作0号、コードネーム《Arusu》のAIとの合致を確認』
「どう言う事だ……。もっと分かりやすく説明しやがれっ!」
『プレイヤー《アルス》とMHCP"00"《Arusu》は同一個体である可能性を検証………。ソードアート・オンライン正式サービス開始と同時刻、MHCP"00"の誤作動を確認、同時に消去命令の履行を履歴より発見』
「くそっ、こっちの話を聞きやしねぇ……」
『その他、要因を確認。プレイヤー《アルス》とMHCP"00"《Arusu》が同一個体である事を断定』
「ふざけんな……俺がAIだってのか!?安全エリアや街村にいるNPCと同じだってのか………!?」
・・・この時、なぜ俺はすぐに声をかけなかったのだろう。この時にすぐに動いていれば多少は結果は変わった。少なくとも、アルスがあそこまで傷つくことはなかったのだ。それに気付かず、当時の俺は余りにも唐突すぎる展開や理解できない、理解したくない事が重なり、呆然と立ち尽くす方しか出来なかった。
「俺だって……俺だって、現実に………?!」
混乱し、錯乱しているアルスは俺たちが現実を受け止めきれていない中でも徐々に壊れ始めていた。
「現実ってなんだ……?そうだ。か、家族……俺の親父の名前………!?」
必死に頭を抱えて、何かを思い出そうと必死に踠き、やがて彼は目を見開いて、脱力するように迷宮区の天井を見上げた。
「なにも……思い出せない。この、アインクラッドで過ごした時間以外……なにも、なにも………分からない………」
いつもは爛々と好奇心で輝き、いろんな事を楽しみながら俺の横で笑って一緒に冒険してきた彼。そんなアルスの始めてみる虚ろな表情。高膝をつき、どこか壊れたような微笑を零して肩を震わせる。
『現時点を以ってプレイヤー《アルス》の排除を決定。実行開始——』
「っ!アスナ、クラインっ!アルスを護るぞ、何が何だか分からないが……こんなところで死なせてたまるかっ!」
「「ええ(おうよ)!!」」
次の瞬間から次から次へとポップする新しいエネミー……。それらは一体一体は弱かったが、数が多かった。後のALOの世界樹攻略に近い感じのするその戦闘。その中の数少ない救いはシステム的にアルスを殺害するかではなく、モンスターによるPKだったことと、敵は数だけで、レベルが低かった点だ。
敵を2回ほど殲滅させた時だったと思う。
敵が新しくポップしたその時………。俺のすぐ横で薄緑色のライトエフェクトが走り、ポップ直後のエネミーをポリゴンの破片へと爆散させた。
「アルス………?」
「あは、ははははははははっ!」
細剣最上位ソードスキル《フラッシング・ペネトレイター》。
アルスはこの時に、無型を隠す事を止めた。
次から次へとソードスキルを連発し、自身に襲いかかるエネミーを一撃で屠って行く。
刀、槍、片手槌、斧。
彼が持ち得る全てを行使しながら全ての敵を殲滅した。
俺も、アルスもアスナやクラインも敵を倒す事で必死で時間をよく測っていなかったが、それでもなんとか生き延びた。
そんな時、再びあの忌まわしい声が聞こえた。
『プレイヤー《アルス》の排除命令を解除。エラーの解消を確認、現エリアに存在する全プレイヤーを強制転移』
そのアナウンスと共に、俺たちの体は光に包まれ、迷宮区からアインクラッド第1層の始まりの街へと飛ばされた。
この時は本当にあらゆる事が唐突で、理不尽で、何が起きているのかを知ることは出来なかった。後に茅場……ヒースクリフから全てを聞くまでは。
「生き残った……のか?」
クラインが掠れた声で呟く。
アスナもそれに同意して、二人は俺へと視線を向けた後に、アルスへと目を向けた。
「…………」
黒い藍色の剣……ペイルライダーを右手で握ったまま、力なく呆然と空を見上げるアルスは、やはり虚ろな表情をしていた。
「・・・なぁ、キリト……」
ふと、こちらへと体を向けた彼は涙が薄っすら滲んだ瞳を俺に向けて……言った。
「なぁ、教えてくれよ………空っぽの人形はどうすればいい?」
絶句した。思考が停止した。何も言えなかった。
その瞳は本当に吸い込まれそうな程に暗く、深い。そして、そのどこか儚げな今にも壊れそうな様子が——本当に人形の様に見えた。
アルスは俺から何も返ってこないのを確認すると、そのままフラフラとどこかへ立ち去って行った。
俺は……追いかける事が出来なかった。
ただ、アルスの残した言葉がずっと俺の中に反響し続けていた。
・・・そして、1週間。
アルスの行方を掴むことは出来ても会うことは出来ないままで時間は過ぎた。
あの日以降、攻略に参加するのも、迷宮区に潜るのも億劫になっていた俺は、このアインクラッドで利用したことのある施設や、経験値を稼ぐ為に回ったポイントを巡っていた。
そして、巡るたびに実感する。
このアインクラッドで、アルスと別行動していた時間の方が圧倒的に少なくって、楽しいと思った場面にはいつもアイツがいた事を。
アルスが死んでないことはフレンドリストや第1層で確認済みだ。それでも、やはり心配で……気になって仕方なかった。
さまざまな思い出がある場所を巡り終わる頃に。全てが始まった場所……俺と、アルスがコンビを組むきっかけになった場所に辿り着いた。
アインクラッド第1層。迷宮区ボス部屋。
「………よぉ、探したぜ」
「キリト……か」
そこに、彼はただ佇んでいた。
剣も構えず、ただ部屋の真ん中で別れたあの日と同じく虚ろで、空虚な瞳を天井へと向けていた。
「俺、一体何のために戦ってたんだろうなぁ……」
小さな呟きが聞こえる。
「生き抜く為に剣を振ってたつもりだった。最初はここから始まったよな……、ここで、俺たちはビーターになった」
「ああ。あの時は驚いたっけな。まさか、お前までビーターになるとは思わなかったから」
「……あれから69層。随分と攻略が進んだもんだ・・・本当に」
アルスは天井から、視線を俺へと向ける。
そこには、かつての好奇心も、楽しさなども一切感じさせることのない。ただただ冷たくて、虚ろな瞳があるだけだった。
「馬鹿だったよ、この鉄の城を攻略してるつもりだった。最初は合わなかったけど、攻略組の連中とも仲間になったつもりだった……お前達と同じ、プレイヤーのつもりだった………。人間の、つもりだったんだ………」
「アル、スっ…!」
「でも違かった。俺は初めから人間なんかじゃなかったんだよな……。ただ入力されたプログラムに従って動くだけの人形。街の中に佇んでるNPC達と同じだったんだ」
「それは違う!」
「何が違うんだよっ!?現実の記憶が一切なくて、脳波も、キャリブレーションのデータも無い。何より、MHCP00とか言うAIと意識データが合致してんだぞ、それは俺が人間じゃない確定的な証拠じゃないか………!」
声色で伝わる。表情で伝わる。震えるその身体から伝わる。それでも伝わり切ることのできない彼の絶望が。
「俺がこのアインクラッドを攻略するのは生きる為だと思ってた。でも違ったんだ………。俺は、階層を攻略する度に死に近づいてたんだ!!」
そこまで叫ぶとアルスは背中に背負ったペイルライダーを引き抜き、俺へと向けてきた。
「キリト、俺は……死にたくない。消えたくないんだっ!!!」
悲鳴の混じった叫びを上げて、アルスが斬りつけてくる。俺はそれを避けたつもりだったが、掠っていたらしく、俺のHPはほんの数ミリ減少し、アルスのマーカーがオレンジ色に染まっていた。
「落ち着け、何もクリアした死ぬと決まった訳じゃないだろ。お前がAIであったとしても、何か方法がある筈だ!」
「どうしてそう言い切れる、AIなんだぞ、実体なんて存在しない。このアインクラッドでしか生きることのできない不完全な"物"でしかないんだ」
「物なんかじゃないだろ!俺はこの2年間、ずっとお前と一緒だった。誰よりもお前を見てきた。いつも楽しそうで、好奇心旺盛……いろんな事を楽しむお前の表情は人形なんかじゃなかった!」
アルスの剣を受け止め、防御に徹しながらアルスに必死で問いかける。語りかける。
自分の本心を、叫ぶ。
「お前は人形なんかじゃない……泣いたり、笑ったり、怒ったりできる人間だ。それでもお前が"空っぽの人形"だと言うのなら、俺が中身になってやる!」
「ぐぅ……っ!?」
アルスの剣を弾き飛ばし、勢いをつけてそのまま彼を床へと押し倒す。遠くでカラン、と剣が落ちる音が聞こえ、俺も剣を投げ捨てた。
「なぜ……、俺はまともな人間じゃないんだぞ……それなのに……」
「知るか!俺の相棒は人間なんだよ、だれがどう言っても、お前自身がいくら否定しようとも、俺が肯定し続ける。お前は、人間だ」
「・・・やっぱ、お前はどこかズレてるよ。お前を殺そうとしたんだぞ、そんな相手を相棒って呼ぶか、普通……」
「呼ぶさ、第一に相棒呼びし始めたのはお前だぜ?」
「そう、だったな……」
「気分、どうだ?」
「悪くは……ないな」
当時の俺たちのやり取りを思い返すと、仮想現実が俺に……いや、俺たちにとってもう一つの現実だったことがよく分かる。だからこそ俺はあそこまで必死になれた。アルスを……親友を止めたいと、助けたいと思ったんだ。
そのあとは特に何もない。
アルスは冷静さを取り戻して俺に誤ってきた。
そして俺はアルスと約束した。現実に2人で必ず生きて向かうのだ、と。
そのために様々な可能性やら、システムの抜け道を考えたりしたのだが……終わりの時はこの時、予想以上に早く近づいていた。
▶︎△◀︎▶︎△◀︎
そして、迎えた75層の攻略。
70層の事件は現場にいた俺たちしか知らない。ただ、あの日以降。アルスは少しずつ落ち着きを見せ始めた。
「これは……ああ、成る程」
かつての好奇心旺盛な様子はあまり見られなくなっていた。おそらくあの事件以降で心境になんらかの変化が起きたのだろう。それでも偶に知らないものを見るとテンションがおかしくなることはあるが、全体的に落ち着いた印象を覚えるようになっていた。
75層。ここまでに至る間に色々とあった。
70層の後、アルスが突如として行方不明になったと思ったら、異世界に飛ばされたとかよくわからない事を言いだすし、何故か主食がナポリタンへと変化していた。
その他だと俺とアスナが結婚して、ユイ……俺たちの娘と出会ったことか。ユイをカーディナルシステムから切り離す直前にあの子から聞いた話だと、ユイの意識はもともとアルスの意識データを参考に作り出されたらしい。それを無意識的に感じていたのかは判らないが、ユイはアルスを兄と呼んでいた。
……結局、アルスを現実に送る方法は見つかっていない。
ユイと同じようにカーディナルシステムから切り離してアイテム化、俺のナーブギアのメモリーに保存できないかと思ったが、アルスがプレイヤーとして登録されている以上は不可能らしい。
「いよいよだな……」
「んだな、けど……良かったの?夫婦水入らずを邪魔したんでねぇの俺」
「いいのよ。アルスくんだし、寧ろキリトくんとアルスくんが戦場で一緒にいないのはこっちが違和感を感じるもの。それに……悔しいけど、私じゃ、2人の連携にまだ追いつけないわ」
「そんな事ないと思うけど……まあ、師匠のご期待に添えるよーに頑張りますよ」
「ん、よろしい!」
ちなみに、以前感じたアルスとアスナの距離の近さだが……もともとアルスが細剣の使い方をアスナに師事した折に見返りとしてアスナが俺の好物などの情報を要求。アルス了承、細剣の戦術や俺に関する情報の交換。それらを繰り返すうちに仲良くなったらしい。
恋人と親友の仲がギスギスしてないのは一友人としては嬉しいのだが……、自分の恋人と俺じゃない男が親しくしていることや、俺の親友が知らないうちに別の友人を作り、親しくなっていることに少なからず寂しさと嫉妬を覚えたのだった。
そんな俺の思考は置いておいて、攻略は進んだ。
十余名もの犠牲者を出したボス戦。最終的に勝ちはしたものの、辛勝。これがあと25階層も続くのかと思うと攻略組の空気も重くなる。
ここで、俺はヒースクリフへと視線を向けた。
詳しくは語らないが、アスナと俺が結婚した際にゴタゴタがあって、奴と決闘する機会があったのだ。その時に俺は違和感を感じた。
早過ぎたのだ。奴の動きが。
それから、アスナから聞いたことがあった。
"団長のHPがイエローゾーンに陥った場面を見た者は居ない"と。
ヒースクリフはユニークスキル《神聖剣》。攻防一体のスキルを持っている。そのスキルの性質上は全体としてタンクをやっているのだから少なからずダメージを負うだろう。だから、どんなに技量が高くてもイエローゾーンに到達しない筈がないのだ。
そして今回の戦闘。
俺はアルスに頼んでボスからの攻撃の大半を引き受けてもらいながら、隙を見ては反撃し、ヒースクリフの動きを見ていた。
……奴は、回復をしていなかった。
していないにもかかわらず……HPはイエローゾーンに到達していなかった。
「っ……!」
俺は剣を握り、ヒースクリフに攻撃を仕掛ける。
その正体を探るために。
「なにっ!?」
結果として、俺の攻撃は当たらなかった。
ヒースクリフが避けたからではない。当たらなかったのだ。不可視の力によって攻撃は阻まれた。……奴の頭上に《immortal・object》の表記を表示させる事で。
immortal・objectとは、安全圏……町などにある破壊不能の存在にダメージを与えた際に表示されるメッセージ。つまり、この場にいるヒースクリフ自体を破壊できないと、システムが表示したのだ。
「システム的不死……?」
「これが伝説の正体さ、その辺のオブジェクトやNPC以外にそんなものを付与できる存在なんて1人を除いて存在しない……。"他人のやってるRPGを傍から眺めることほどつまらないものはない"そうだろ、茅場晶彦」
俺はこの第2の現実で不思議に思った事を全て語った。
管理者は……ゲームマスターは、一体どこから俺たちを観察し、世界を調整しているのだろうと。
「団長……本当なんですか………?」
俺の隣で、アスナが表示された紫色のウィンドを覗き込むように尋ねると、ヒースクリフ……いや、茅場晶彦は観念したように首を小さく傾げて言った。
「なぜ気づいたのか……参考までに聞いてもいいかな?」
その返答は肯定と同じだろう。
それから彼は語る。
95層まで秘密にしようとしていた事などを悪びれもせずに、悪戯でも成功したかのような子供の表情で。
「最後に私の前に立つのはキミだと確信していた。全十種あるユニークスキル。その中でも《二刀流》は全プレイヤーの中で最も反応速度の高いプレイヤーに与えらるものだ。それが魔王に対抗する勇者の役割を担う筈だった。勝つにせよ、負けるにせよ、キミは私の予想を超える力を見せた。様々な点で、な。……まあ、この予想外な展開もネットワークRPGの一つの醍醐味と言うべきかな……」
茅場が俺に向けてそう語ると、血盟騎士団の男が、奴に向けて怒りの叫びを上げながら襲い掛かる。止める間もない程の一瞬の出来事。だが、茅場はそんな相手にも冷静に対応し、自身のメニューを開き、操作する事で、男を停止させた。
……ゲームマスターにのみ与えられる特権だろう。
奴はその権限を持ってしてこの場にいる者、俺と奴を除いた全てを麻痺状態にした。
「だが、私としては何よりも予想外だった事案がある」
奴はそうこぼして、視線を俺から外し、別の場所へと向けた。
「くそっ……こんなのありかよ……っ!!」
そこでは、アルスが舌打ちしながら、立ち上がろうと踠く。
茅場はその様子を見て、こんどは悪戯っぽい笑みではなく、心底感心したような、喜ぶような笑顔を見せ、言った。
「何よりも予想外だった事案。それはキミの誕生だよ、アルスくん」
「なに……?」
紅い鎧をカシャカシャと鳴らしながら、アルスへと歩み寄り、ヒースクリフとしても見たことがなければ、現実世界のインタビューなどですら見たことがない穏やかな笑みを向けていた。
「MHCP"00"コードネーム《Arusu》。これは、カーディナルシステムが独自に編み出した最初のAIだ。詰まる所、キミはこの世界に存在する全てのAIの原点とも言うべき存在なのだよ」
それはアルスのルーツなのだろう。
この場にいる者は、アルスと俺、アスナにクラインしか知らない、アルスがAIだったという真実をあまりにもあっさりと白状し、晒した男の声とは思えない程に静かで……どこか、暖かいものだった。
「SAOのβ版。これはカーディナルシステムの初期稼働実験も含まれていてね、カーディナルは自立思考型プログラムだ。そんなカーディナルまず最初にプレイヤーのログを記録するプログラムを作った。ログといっても、プレイヤーがいつ、どこに居たのかを記録する単純なものだがね。
だが、それでもβテストという実験的な場面でこのVRMMOという大容量なゲームに対する負荷を最小限に止めるには、それらの作業をクエストの生成やコルの相場調節などを同時に行うには効率が悪すぎた。
そこで、カーディナルはAIを作成し、ログに記録するという作業を任せる事で、作業の効率化を図った。
その際に生み出されたのがキミだよ——アルスくん」
この、既に主人が討伐された部屋に今までの中で一番大きな静寂が走る。誰も……口を開くことができなかった。話を遮ることが出来なかったのだ。今まで共に戦ってきた男達2人のうち、1人はゲームマスター。もう1人はシステムの産んだAIであったという事実に。
「だが、SAO正式サービス開始時には更に作業の効率化が進められ、《Arusu》と呼ばれたAIは削除される事になった……筈だったのだが、正式サービス開始時にキミの意識データは1万まで作成されるアカウントの一つとして登録された。まあ、原因としては、サービス開始と同時に約1万ものプレイヤーがログインした事で一時的にシステムに負荷が掛かり、それによって生じたエラーだと考えているよ。
だが、結果として、システムはそれによって《Arusu》は消去されたと認識し、アルスというプレイヤーが産まれたという訳さ」
・・・考えようともしなかった。
たしかに、SAO。VRMMOとは言えど、所詮はネットゲーム。回線が重くなるなんて珍しくもない。ましてや、サービス開始というある意味でサーバーがデリケートになっている瞬間に大多数のプレイヤーが同時にログインをすればエラーの一つでも起きるだろう。
そういった意味で、茅場の説明は根拠が通っていた。
「だが、重要なのはそのAIが感情を持ったという点だ」
茅場の目に強い光が宿る。
「一プレイヤーとして、このゲームに生き、仲間を作り、共に泣いて笑って、ここまで生き抜いたのだ。それもこの世界に十種しかないユニークスキルの使い手としてだぞ?
本来、《無型》というユニークスキルは最も臨機応変な戦闘を行うプレイヤーに与えられるものだった。《二刀流》が勇者ならば、《無型》は勇者を助ける武器であり、盾であり、鎧となる存在なのだ。
信じられるか?元々決められた行動しか取れないAIであったモノが、心を持ち、臨機応変さを身につけたヒトへと進化した。無型の剣聖とまで呼ばれる様になり、かつてSFでしかあり得なかった人類と人工知能の共存というテーマが、この世界で成されたのだ!」
いつになく饒舌な紅の騎士。学者としてか、プログラマーとしてか。はたまたこの世界の創造主としてか……。彼の言葉を借りるのなら、SFでしかあり得なかった出来事がこの世界で起きたという真実が彼を饒舌にしているのだろう。
多分、俺もこの現場に第三者として立っていたのなら、この男と同じ反応。似たような見解を出しただろう。まさに一つのエラーが産んだ歴史的快挙である事には変わりない。
たが……。
「ふざけるなっ!それでアルスがどれだけ悩んだと思う、あの時、70層でそれを知った時。どんな表情をしたのか判るか!?コイツは……もうAIでもなければ人形でもないっ!この仮想世界に生まれた1つの命だろ。俺の相棒は……俺の親友は、お前のオモチャでもなければ、実験対象でもないっーー!」
彼の相棒として、親友として。
最も同じ時間を共有した仲間として、これらの発言を看過することは出来なかった。
「分かっているさ、だからこそ、70層で起きたエラー。その際に起きたアルスを削除しようとするカーディナルに割り込み、それの命令を破棄させたのだ。
私とて喜ぶと同時に驚いているさ。
なぜなら私もあの時まで彼が、アルスくんがAIであった可能性など考えもしなかったし、知った後ですら信じられなかったのだから。
それ程までに、キミはヒトだったという事だ。アルスくん」
「……今日は、随分と喋るのな。アンタ」
多分、こんな場所で自分のルーツや、生まれた理由などを全て知るとは思わなかったのだろう。面食らった様子のアルスは目の前にいる男に対して短い皮肉を言う程度の余裕しかないようだ。
そんなアルスの様子ですら微笑ましげに見つめる茅場。
この場において、茅場とアルスは皮肉にも親子のようにも見えた。
「さて、語りたいことは山ほどあるが……一先ず私の正体がバレてしまったこのは仕方ない」
「……この場にいる全員を口封じに殺すのか?」
微笑を引っ込め、口調を冷徹なものに戻すと茅場はニヤリと笑う。
「そんな理不尽な真似はしないさ。ただ……、私の正体を見破ったキミに報酬をあげようと思っただけのことだ。そうだな……、チャンスをやろう。この場で私と戦い、キミが勝ったのなら、SAOをクリアしたとみなし、プレイヤー全員を解放。それから——アルスを現実に連れ帰る方法をプレゼントしよう」
「っ、分かった……。その報酬で良い」
俺は……茅場が俺に与えたチャンスを受け取るしか無かった。この場で勝てば全プレイヤーが助かる。そして、アルスを現実へと連れて行くことが出来るのだ。
だが、もしもの時を考えて、俺は二つの条件を提示した。
「始まる前に二つだけ頼みたいことがある」
「聞こうじゃないか」
「1つ、俺が仮に負けたとしたら……アスナが自殺をしないようにしばらくで良い。計らって欲しい」
「・・・良いだろう。配慮しよう。そして、二つ目は何かね?」
「2つ、こちらも俺が負けた場合だが、俺が負けても攻略組が100層まで到達し、SAOをクリアしたとして、その時にアルスが生き残ってたら……アルスを現実に連れてって欲しいんだ」
「ほう……、それは良いが何故かな?」
「アルスも攻略組の連中も十分強い。ここで俺が勝てなかったとしてもSAOをクリアする可能性は十分にある。そして、クリアできた中にアルスが居たとして、勝者が消え去るなんてのはフェアじゃないだろ?」
「成る程……通りだね。分かった。それら二つの要望を勝負の結果に関わらず受け入れる事を約束しよう」
「・・・助かる」
こうして、長かったこの戦いに終止符が打たれようとしていた。
戦いが始まる前に、仲間たちに語りかけた。
クラインには、1層のとき、見捨ててしまったすまなかったと謝った。
エギルには、あいつが中層プレイヤーの育成に財産や力を回している事を知っていた事を告げた。
アスナには色々と謝った。勝手に戦うことにした事。その他諸々を全て。………泣かせてしまった。
そして………。
「キリト……」
「アルス……」
自分の相棒へと向き合い、語りかける。
「いろいろと勝手に決めて悪かったな」
「そう思うんなら、今すぐに戦うのをやめて欲しいんだが……」
「無理だな、止まる訳には行かないさ……。アルス、お前と一緒に過ごしたこの2年間。本当に楽しかった、現実で過ごしたどんな時間よりも楽しくて……充実してたぜ」
「っ……馬鹿野郎、これが最後みたいに言うんじゃねぇよ」
地面に倒れ、麻痺状態で動けないのであろうにこちらを真っ直ぐに見つめてくる、黒い藍色の剣士の視線を背中に受けて、俺は目の前の紅の騎士と向き合う。
ルールは無い。
勝敗は生きるか死ぬか。
遠慮はいらない。この場で終わらせる。
自分のウィンドにデュエル《全損決着モード》で申請という欄が現れ、了承する。
静かにカウントダウンが始まった。
カチリ、カチリ、と静かな秒針が動く音が響く。
そして、カウントダウンが0になった瞬間——。
「——殺す……っ!」
俺は、有りっ丈の殺意と力を込めて剣を振るった。
足に力を込めて、自分のステータスやこれまで培ってきた経験やプレイヤースキルを総動員して目の前に悠然と構えるこの世界の神とも言うべき騎士目掛けて跳躍する。
だが、システムのアシストや開発者としてゲームで使える技、即ちソードスキルを開発したのは茅場だ。開発者に向けてそれを仕掛けたところで自分の隙を晒すことになるだけだ。
ほんの一瞬、奴の体勢を崩せれば。
そんな焦りとこの戦いで全てを終わらせる事ができるかもしれないという焦燥が俺の冷静な思考力を着実に奪って行く。
剣が盾に弾かれ、刃先が奴の鎧を掠める。
火花のエフェクトと、鎧が削れた事によって欠けるポリゴンが舞い、悪戯に自分の愛剣……エリュシデータとダークリパルサーの耐久値が減って行く。
(弄ばれてるのか……!?)
そして、俺は賭けに出る。
繰り広げられる無数の斬撃。
二刀流最上位ソードスキル《ジ・イクリプス》。
だが、斬撃は命中することなく、最後の一撃が奴の盾に阻まれる。突きの一撃が茅場の盾に弾かれ、ダークリパルサーにとうとう限界が訪れ、刃先が折れ、剣が消滅した。
(アスナ……アルス、すまない……。お前達だけでも生きて……)
剣が折れたことで、不意に視界が真っ暗になり、俺は……膝をついて、敗北を受け入れてしまった。
「さらばだ、キリト君」
あの男の無機質な声が頭の上から聞こえる。
きっと、剣が俺の首にめがけて振り下ろされているのだろう。
……即死だな。今度は自ら瞳を閉じたことで、何も見えなくなる。
「やめろぉぉぉぉぉーーーーっ!!」
不意に、そんな叫びが聞こえ、茅場の驚いたような息遣いと何かを斬りつけ、ポリゴンが飛び散る音が耳に入る。
……俺のHPは、減ってない。
そんな違和感に俺が気付き、瞼を開けて、目の前で広がる光景を認識する。
「嘘、だろ……。アルス……っ!?」
振り下ろされ、地面数ミリ上で静止する茅場の剣。そして、目の前に見える黒い藍色のローブにも似たコートに身を包んだ背中。そして、左胸から右脇腹にかけて走る紅い血のようなエフェクト。
——アルスが、俺を庇っていた。
その背中は力無く崩れ落ちる。
地面に完全に落ちる直前で、なんとか受け止めて、アルスの身体を支える。
「おい、アルス……。アルスっ……!」
「うるさいなぁ……聞こえてるっての……」
まるで、寝起きの低いテンションの様な様子で俺の呼びかけに返事をする。俺がアスナと結婚する前までよく見ていた日常的な光景。だが、そんな日常的な光景とは裏腹にアルスのHPはみるみる減っていた。
「なんでだよ……なんで庇ったんだ!?」
もっと聞くべきとこはあった。
その最たるものが、なぜ管理者権限で付与された麻痺状態の中で動けたのか。だが、気になった。
「お前は死にたくないって言ってたろ……、消えたくないって」
「ん、あぁ……悪りぃ、それ忘れてくれ」
アルスのHPがイエローゾーンに差し掛かる。
この時だけは時間がまるで止まっているかの様な錯覚に陥った。
そんな中で熱にうなされる様にアルスが語り出す。
「70層の後、ずっと考えてたんだ。このゲームがクリアされたら俺は消える……でも、このゲームがクリアされなかったとしたらキリト達はどうなるんだってな……」
「アルス、もう、喋らなくて……良いんだ……」
「お前は……お前達はこの世界じゃ生きられない。アスナも言ってたろ?現実の身体はどこかで生かされてるが、いずれ限界は来るって……」
以前とは違う意味で虚ろで、光を失って行くアルスの瞳。
こうしたアルスとの会話自体も残り数秒と残されていないことをHPが物語っていた。
「それが嫌だった……。お前達に、生きて欲しいって思ったんだ……」
「アルス、駄目だ……。目を閉じるな……逝かないでくれ……」
不意に涙がこぼれた。
俺の瞳から零れ落ちた雫がアルスの頬に落ち、彼は何かを感じ取ったのか、自分の背中に背負ってたペイルライダーを鞘ごと俺に押し付けてきた。
「なぁ……キリト。楽し———」
最後に笑顔を浮かべたアルスの言葉が最後まで続くことは無かった。ただ、数秒前まで抱えていたはずの重さが唐突に消え去り、代わりに彼に渡された黒藍色の片手剣が俺の手の中に落ちる。
俺の剣にも勝るとも劣らない重さを保持するその剣が手の中に落ちる感覚は、その柄を握るべき主がもう、この場に存在しないことを静かに……けれど、如実に物語っていた。
思わず声を失う。
自分の視界の隅にあるパーティーメンバーのHPを表示する欄にはもう、《Arusu》の名前は無かった。
「いやぁ……こんなこともあるものかな」
どこか残念そうに、淡々と語る茅場の声。
「システムから産まれた者がシステムの力を超える意志の力を身につけてた、か……。何とも因果なものだが……、彼は本当の意味でシステムを超越したということか」
「……アルス」
たった今、散った自らの親友の名を呟く。
もう……俺の声に反応する黒藍の少年は居なかった。
ただ、俺は止まらなかった。
止まるつもりはなかった。
最後に散った彼に顔向けするために、せめてやりきったのだとこれまで死んでいった友人達に叫ぶ為に。
「——くあっぁぁぁぁぁーーーーーッ!!!」
ペイルライダーを引き抜いて、茅場に剣を向ける。
使う技は決まっている。
俺は……、俺たちは目の前の男を超えなければならない。倒さなければならない。
「スターバースト………」
かつて、彼を相手になんとも練習をして、熟練度を上げ続けた二刀流のソードスキル。
「ストリームッ………!!」
別に叫ばなくても良い技名を叫ぶ。
なぜ、漫画やアニメのヒーロー達は必殺技を叫ぶのか。気合いが出るからだ。という会話を聞いたことがある。あれはあながち間違いではないらしい。
システムアシストによって体が動く。
自分自身もその動きに追従する動きをしながら剣を振り下ろす。
剣の初撃を防がれたが、それと同時にこのアインクラッドでの日々が脳裏によぎった。
本当に、いろんな事があった。
アルスと共にビーターになった。
仲間ができて、彼らを死なせてしまった。
剣が、自分の体と一体になる感覚と、体がシステムに動かされる感覚から、自分の意思で剣を振るっている感覚へと変革する。
7撃目は躱された。
8撃目は掠めた。
どんどん剣の速度が増して行く。
自分でも剣を振るうのが先か、斬る場所を狙うのが先なのか、分からなくなる。
14撃目が茅場の剣を弾く。
15撃目が盾に亀裂を生じさせる。
だが、同時に俺はエリュシデータに同様の亀裂が入っていることに気が付いた。
「ぜあぁぁぁぁぁぁーーーーツ!!」
16撃目。
最後の一撃。だが、それは奴のこちらに振り下ろす剣と正面から衝突し、エリュシデータが砕け散り、ヒースクリフの剣の刃先がへし折れた。
攻撃手段の失われたヒースクリフ。
ソードスキルが終わった俺。
だが、それでも俺は止まらなかった。
あれからアンダーワールドで過ごした時間も含めて4年経った今でも覚えている、あの時の感覚を——。
「とどけぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!」
紡がれた
本来存在するはずのなかった幻の一撃。
紅の騎士の折れた剣が振り上げられ、その一閃が俺の右半身を切り裂く。
だが、ソードスキル自体と一体になった俺がヒースクリフに向けて跳躍すると同時に繰り出したペイルライダー。それは黒い藍色のエフェクトを纏い、神速となった突きを放つ。
「っ………」
ペイルライダーは、奴の大盾を貫通し、この世界の神である男の腹部を深々と穿っていた。
「アルス……。俺も、そっちに行くぜ……」
俺とヒースクリフのHPが0になる。
俺たちの体に光が集まり、あたりを照らす。
そんな中で。ペイルライダーは役目を終えたと言いたげに一足早く、逝った主人を追うように爆散し、俺たちはそれに続くように爆散し、ポリゴンのカケラとなった。
……全てが終わる直前。
ヒースクリフ……茅場晶彦が満足そうな表情を浮かべていたのを俺は、たぶん一生忘れないだろう。
▶︎△◀︎▶︎△◀︎
これが、俺とアルスの出会い。
黒の剣士と無型の剣聖の出会いと一時的な別れの物語だ。
・・・えっ?
この後がどうなったかって?
あとは随分前に話した通りさ。アスナを含めた他100名以上の意識が戻らないから、色々調べた結果、アスナがALOにいる事が分かったから助けに行って、そこで俺のもう一つの人格として俺の中にいたアルスと再会して、アスナを助けた。
死銃事件も解決して、今に至る。
このアンダーワールドで、アルスが記憶を失ってしまってからユージオに過保護になったとよく言われるが、そこに辿り着くまでにこんな感じの物語があった事を覚えておいてほしい。
・・・黒の剣士と無型の剣聖。
俺とアルスが繰り広げた冒険も幕を閉じようとしている。
終わりの時は近い。でも、俺は忘れないだろう。
——第2の現実で出会った、生涯最大の親友を。
後書き
・・・はい、長かったでしょう、後書きです。
まさかの約2万5千字ですよ……過去最高字数というか、私の小説の平均字数が約3千字なので、本編8話分の文章量ですよ。
そりゃ77話『アインクラッド』が短くなる訳ですわ!
という訳で、番外編でした。
もう、ストーリーとして投稿でいいかはするんですが、どうしても独白と言う形にしたかったので、番外編にしました。なんなら、エピソード0的な感じでもよかったかもですね。
キリトとアルスの出会い。なぜ2人がコンビを組むことになったのか、そして、アルスがMHCPなのだと知ってしまった時の話などなど……盛り込むだけ盛り込んでしまいました。
ちなみに、以前にコラボして頂きました、『artisan』様の『Diavolo Bianco』のコラボ回の前日談と後日談を簡単にではありますが、ユニークスキルについてキリトとアルスが語り合っている場面で作成させて頂きました。
その他にも『気怠げな修復屋』でコラボして頂いた際の後日談もチラッと書かせて頂きました。みなさん、見つけられましたでしょうか?
許可を下さった、『artisan』様。本当にありがとうございます!
ええ、ここまで色々書きましたが、アインクラッドでの出来事を事細かく書き始めると余裕で20話を超えてしまいそうな勢いなので、自粛させていただきます。
今回の番外編の内容を本編の77話でキリトがアルス達に語っていると心の片隅に留めた状態で以降の78話などを閲覧していただけると幸いです!
最後になりましたが、長い本話にお付き合い頂き、ありがとうございました。どうか、これからもよろしくお願いします。
p.s
デビルメイクライ5もうすぐ発売っすね!
皆さんは予約しましたか?私はしました。
Vは一体誰なんだろう……。やはりPVでチラッと出てきたあの人なのだろうか……!?