46話 傷跡
キリト視点
アドミニストレータとの戦いから1ヶ月の月日が経った。
あれから色々とごたごたがあったのだが、それはひとまず割愛するとしよう。
「アルス……」
《黒藍の死剣》と《勝利の白剣》、カーディナルの長杖が立てかけられている木製のベットの上でアルスは《アリスの記憶の欠片》を握り締めて静かに眠り続けている。
1ヶ月前、アルスは俺を貫こうと降り注ぐ光の柱から俺を庇い、身代わりに光の柱に貫かれ、意識を失った。
後にアリスとユージオから聞いた話だと、アルスが突然駆け出して俺を突き飛ばした直後、急に意識を失った様に見えたらしい。
あの光の柱は俺とアルスにしか見えていなかった。
無論、心当たりはある。
あの時、俺のSLTに過電流が流れた。それにより、体にもかなりの負荷を掛けられ、フラクトライトに大きなダメージを負った。
アルスと俺は現実だと体を共有している。
1つの体に2つの意識。俺の体にはフラクトライトが2つあるという事になる。
そして、俺のフラクトライトが負う筈だったダメージをアルスが肩代わりした。という事になる。
「くそッ………!」
無意識の内に壁を殴りつけていた。
俺が危うくなると必ずと言っていいほどアルスがそれを引き受けてしまう。自己犠牲……と俺が言うのは筋違いだろう。だが、だからこそアルスにそんな選択をさせてしまっている俺に嫌気がさす。
「キリト……」
声のした方を向くとユージオとアリス、そして壁に寄っかかっているベルクーリがこちらを見ていた。
「そろそろ出発だ……。準備は出来ているかい?」
「ああ。後は……アルスだけだ」
ユージオの言葉に頷く。
"出発"と言うのは、現実の音声を聴く直前に話していたルーリッドの村に向かうという話しを実行する事になったのだ。
本来ならそんなことを実行できる筈が無かったのだが、そこで助け舟を出してくれた人がいた。
……整合騎士長ベルクーリだ。
「おい、飛竜の準備ができたぜ。まだ連中には気付かれちゃいねぇ。行くなら今だぞ」
ある程度、公理教会が落ち着いた頃、保留になっていた俺やユージオ、アルスの処遇についての話が浮上した。
アドミニストレータの手から民を救った。ならば温情があっても良いのではないかと言う声と、罪人である事に変わりない。騎士団を壊滅まで追い込んだ危険分子を排除すべきという声。
アリスはこの時、別の処理任務に当たっていたので不在だった。そんな中、やはり排除せよ。と言う声の方が多いのは必定だった。
そんな声を良しとしなかったのが石化の溶けていたベルクーリとカーディナルの治療を受けた副騎士長のファナティオである。その場は2人の一喝によって静まったが、それもその場凌ぎでしか無いと2人も思ったのだろう。
結果としていつ闇討ちされるか分からない身である事は変わらなかった。そしてベルクーリに「暫くカセドラルから離れた方がいいんじゃねぇか?」という提案に乗ったのだ。
「ごめんね、アルス。少しだけ我慢してね」
アリスは優しくアルスを持ち上げ、背負うと歩き出す。
すると、カタカタと黒藍の死剣と勝利の白剣が震え出した。
……この2本の剣はアルスが意識を失って以来、アルスから離れるのを拒む様になった。ある程度離れると大人しくなるが、それ以外だとアルスを守護しようとする。
その証拠に整合騎士の1人がアルスに殺気を向けた時、1人でに勝利の白剣が持ち上がり、その騎士の神器をへし折ってしまったのだ。
黒藍の死剣は……鞘で隠れて見えないが、その刀身の切っ先側半分を失っていた。
———
数日前。
ファナティオから許可を貰い、刀身が砕けてしまった黒藍の死剣を俺の夜空の剣を作った職人、サードレに見せた。
「これは……直らんな」
「直らない?」
「ああ。剣が折れるなら聞いたこともあるし、直せる。だが……刀身が砕け散るなんて聞いたことがねぇ」
サードレは「それに……」と続け、黒藍の死剣を二回タップしてウィンドウを開く。
「この剣は天命が
「ああ……」
「だからこそ余計な事はしない方がいいだろう」
———
そんな事があり、黒藍の死剣の刀身は砕けたままだ。
「分かってる。お前達も連れて行くさ」
カタカタと震える2本の剣を抱き抱える。
それで震えは治まったが、今度はカーディナルの長杖がアリスに背負われているアルスを追う様に……というより、引きずられる様に移動し始めた。
「……お前もか」
「キリト、杖は僕が持つよ」
俺に一声掛けて長杖を追う様に走り出したユージオを見て苦笑する。
このままだと移動するアルスを追う様に列を成して引きずられ移動する剣2本と長杖1本がカルガモの親子の様に見えるんだろうな。
そんな事を考えつつ、俺たちはセントラル・カセドラル、30F《飛竜》発着場へ向かった。
すると、2頭の飛竜がおり、既にアリスとユージオがに跨っていた。
それぞれ腰には自分の剣。
ユージオの青薔薇の剣はあの時、折れたのだが、いつの間にか直っていた。これは俺の憶測だが、ユージオと青薔薇の剣が一体化した時にそれぞれを繋ぐパスの様な物ができ、切り離されたユージオの上半身と下半身が治った時に同じくこちらも直ったのだろう。
「キリト」
俺がアリスの後ろにアルスが落ちない様に固定されているのを確認してユージオの後ろに跨がろうと飛竜に向けて歩き始めると、腕に大きめの籠を抱えたベルクーリに呼び止められる。
「こいつをアルスに頼みたくてな」
そう言って籠を渡して来る。
何かと思って中身を覗くとその中には藁が敷かれており、その中央に1匹の黒藍色の子竜が眠っていた。
「"月咬"ってんだ、俺の飛竜の息子でな。1ヶ月前のあの戦いの直後に産まれたんだが……誰にも懐かない。散歩ついでにアルスの見舞いをしたんだが……その時にアルスに興味を示してたんだ。迷惑は掛けねぇと思う」
そう言えば飛竜は生後2週間には牙も生え揃うらしい。
しかし……また黒い藍色。
やはりアルスは黒藍色に好かれるというか、集める力でも持っているらしい。
「それに……」
ベルクーリが少し遠い目をして発着場から見える空を見上げて、アルスへ視線を移し、最後に月咬を見た。
「いや、なんでもねぇ。こいつと……アルスを頼んだぜ」
「……分かった。どちらとも任せておけ」
そう言った俺は頷き、黒藍の死剣と勝利の白剣を飛竜に繋げ、子竜の籠を落ちない様に固定する。
「行きますッ!」
アリスの号令と共に俺たちを乗せた2頭の飛竜が大空へ向けて羽ばたいた。
後書き
はい、アドミニストレータとの戦いから1ヶ月後の話でした。
ユージオと青薔薇の剣のパスが繋がっていたからユージオが完治した時に剣も直った。という設定はオリジナル要素です。
ベルクーリの飛竜の子供をアルスに託したのは……自分の後継者と認めた相手にそのてのモノを託す展開にはロマンがあると思うんですよ。私はそう言うロマン的な何かが大好物なので入れてみました。
閲覧ありがとうございました!