アリス視点
あれから私達は家を建てた。
割と無骨な出来だが、材料には拘り、厳選したのでそれなりに愛着のある家だ。
『キュルッ!キュルルッ!』
「ハハッ!お前は元気だなぁ」
そんな家の中、ベットの上でじゃれ合う1匹と1人。
生後1ヶ月ながら翼をバタつかせながらアルスに飛び掛るその様子を見ていると、やはりベルクーリの愛竜《星咬》の子だと認識させられる。
———
………アルスが目覚めてから2週間が過ぎていた。
「ここは何処で……お前達は………誰だ?」
その一言を聞いた私は頭の中が真っ白になった。
意識が遠退き、倒れそうになる私を支えたユージオは意外にも冷静で、アルスに色々と質問をしていた。
「アルス……この名前は聞き覚えがあるかな?」
「……分からない」
「じゃあ、アインクラッドって知ってる?」
「……分からない」
「……僕らが誰かは……?」
「……ごめん……」
その一言を聞いてユージオは表情を暗くする。
無理もない。漸く思い出して、だと言うのにアルスは意識を失って、やっと目覚めたと思ったのに……。
「じゃ、じゃあ!さっき"キリト"って言ってたよね。それが誰の事なのか分かるかい?」
ユージオは微かな希望を含めた声色と表情でそれを聞く。
アルスは申し訳無さそうに言った。
「すまない。誰の事なのか……それすら分からない」
それを言うと、キリトは俯く。
だが、アルスは言葉を紡ぐ。
「でも……大切な誰か、だった……気がするんだ」
「思い出せないけどな」とアルスは困った様に笑って見せた。けれど、その笑い方は昔の子供のソレと重なる。
それを見た私達は記憶を失ってもアルスはアルスだと思った。
———
そんなこんなでアルスの記憶がどれ程抜け落ちているのかを確認しながら私達との関係を教えた。
最初は不安そうに私達の話しを聞いていたが、私達の話しを信じてくれた様で、今では不安げな様子はあまり見ない。
……まあ、「アルスって俺の事か?」と首を傾げて聞いてきた時は頭を抱えたけれど。
「アリス、そろそろ畑に行こうぜ」
「ええ、そうね。行きましょうか」
アルスの記憶喪失は対人関係と自分自身を忘れるといった内容のものだった。
ある程度の物の使い方は覚えていた。
……これまた不思議なことに心意と神聖術の使い方も把握していた。
キリトは「神聖術はこの世界の常識だからな、心意も人が無意識のうちに使っている物のだし……だから使い方を覚えていたんだろう」と言っていた。
所謂、本能的な部分だろうか?まあ、私達はそれで納得する事にした。
「よっと……」
未だに《黒藍の死剣》と《勝利の白剣》、《カーディナルの長杖》はアルスが近くに居ないと暴れたり、引き摺られながら移動するので、アルスが目覚めてからは彼が移動する時は必ず身に付けている。
腰に勝利の白剣、背中に黒藍の死剣、カーディナルの長杖を手に持ち、アルスは歩き出した。
私もアルスの後に続いて歩き出す。
腰と背中の2本が在るべき場所に戻ったとでも言いたげに薄っすらと光を放つ。
私はそれを見て、数日前の出来事を思い出した。
———
アルスが目覚めてから記憶を確認する時、やはりユージオやセルカにアインクラッド流を伝授した、小父様とアドミニストレータを剣で倒した者であるアルスに剣に関する記憶を確認するのは当然だと言えるだろう。
「……うっ!?」
だが、その剣術は失われていたと言えるだろう。
アルスが勝利の白剣を鞘から抜刀し、構えた時……彼は呻き声をあげて嘔吐したのだ。
納刀した剣を装備するのは問題ない様だが……。
抜き身の剣を持つ事、抜き身の剣を向けられる事、そして剣を想像する事が今のアルスには出来ないのだ。
私は騎士という天職柄、そういう症状は何度も見てきた。………ただ、私は何となく安心してしまった。
これでアルスは剣を握らない。戦う事が出来ない。
いずれ起こると言われる戦争にも参加できないだろうから。
———
私が数日前の出来事を思い返していると、畑の前に辿り着いていた。
一辺が約1キロメルはある畑。
「システム・コール————」
アルスは杖を畑に向けて神聖術を起動させる。
……それだけで畑の上だけに雨雲が発生し、満遍なく水が撒かれ、同じく空中で発生された植物の種が畑の土に埋められる。
そしてアルスは杖を握っていた右手を下ろし、目を閉じて強烈な存在感を放つ。
「————ハッ!!」
その直後、閉じていた目をカッ!と開くと左手を持ち上げ、掌を畑に向ける。
それだけで湿った畑の中に埋められた種が凄まじい速度で芽吹き、ニョキニョキと成長して行く。
数秒後には畑全体を覆い尽くし、実を付けた。
「いやぁ、豊作豊作!」
と満足げに笑う。
……世の農家の方々が今の光景を見たら白目をむいて倒れるだろう。実際、村から様子を見に来たガリッタさんがこの光景を見た時に倒れたのだ。
「そ、そうね。それじゃ、収穫しますか!」
この光景に驚かなくなった自分にびっくりしつつ、収穫しようと腰を屈めようとしたのだが………。
「よっと!」
アルスはそれを左手で制し、そのまま左手を振る事で《心意の腕》がたった今実ったばかりの野菜や果物たちを収穫した。
所要時間、僅か10秒。
それでいいのか、管理者よ。と思ったのは私だけではないだろう。
因みに私達の生活が安定して回っているのはアルスの力が大きいだろう。
《キュルルルゥ!》
いつの間にか私の足下にいた月咬ははしゃぐように声をあげる。
「さあ、売りに行こうぜ!」
「……ええ。そうしましょうか」
私はいろいろと諦め、野菜を持てるだけ持つと少しふらついた。やはり、神聖術や強い心意を受けただけあって実も詰まっているし、それなりに大きいので、持ち上げるとかなりの重量なのだ。
「ほら、そんなに持てないだろ。こっちでいくらか持つから寄こせよ」
「あっ……ありがとう……」
一方、アルスはかなり余裕なようで、私の抱えていた野菜などをごっそりと持ち上げるとふらつく様子もなく、平然と歩きだした。
やはり、男子と女子と言うことか。
少し顔が熱くなるのを感じるが、それを考えないようにしてアルスの後を追う。
『キュル!キュル!』
まるで早く行こう!と言うように声を出す月咬に笑顔を浮かべながら私達は2人で歩き出した。
少しでも……いや、永遠にこの穏やかだけど緩やかに流れていく日々が続くように祈りながら……。
後書き
みなさん、こんにちわ。
今回は目覚めたアルスの状態と様子についてをアリス視点から見た話でした!
それから「クリスマス記念のif」を予定通りに削除しました。今年のクリスマスは……まあ、あまり考えないようにしましょう。クリスマスに投稿=シングルベルである事が察せられてしまう気がするので……(´・_・`)
最後になりましたが、UAや、お気に入り、評価が上がっている事に驚きましたが、裸で踊る程に嬉しかったです!
これからもこの小説をよろしくお願いします!