SAO 〜無型の剣聖〜   作:mogami

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55話 平和な日々 その7

「りゃぁぁ!!!」

 

「せいっ!!」

 

山の中でザシュ!と木を一刀で両断する音と爆発地味た音、キリトとユージオの気合の声が繰り返し響く。

 

いつものことながら手持ち無沙汰になった俺は同じく暇をしていたアリスと共にキリト達が手伝っている樵の現場にやって来ていた。

 

《夜空の剣》と《青薔薇の剣》が一薙で大木を薙ぎ倒してその度に爆発するように砂埃が舞う絵面はかなり壮観で爽快感のある光景だったが、その他の村の住人達は呆気にとられて呆然としていた。

 

「……やっぱり、俺に向けられてなければ剣を見ても問題はないんだな」

 

「そうみたいね……でも、気にしなくていいわよ。貴方は私が守る。誰にも剣を向けさせたりなんかしないわ」

 

「ありがとな……アリス」

 

呟いた独り言にアリスが返事をしてくれる。

・・・でも、それじゃあ駄目なんだ。

それは……俺が一方的にお前達に依存してしまう事になる。

それは……嫌だな。

 

「おや、アリスと……たしかアルスとか言ったかの?」

 

俺とアリスに声が掛けられる。

耳に入らないように無視していたが、キリトやユージオに向かって喚き散らすように指示を出していた太鼓腹の男が丸い、とても丸い顔ににんまりと音がしそうな笑顔を浮かべてこちらに歩いて来ていた。

 

アリス。俺、あの男は何となく生理的に無理だ

 

大丈夫よ、私も何となく無理……なんというか元老長チュデルキンを連想させるから

 

アリスも同じ気持ちで良かったと思う反面、根がかなり優しい性格のアリスにそこまで言わせる上に連想させるから無理と言わしめるチュデルキンという人物が何をやらかしたのかと思ったが、考える程に記憶を失う前の俺が深く関わってそうだと思い当たったので考えるのをやめた。

 

「ちょうどよかった、実はあの2人が居てもこの1ヶ月で終わらせたい範囲を伐採できるか怪しいところだったのじゃ!頼み事は月に1度までということだが、今回は大目に見て手伝ってくれんかの!」

 

なんか耳障りな声を撒き散らしながらアリスを勧誘し始めた。

ちなみに月に1度の頼み事とは、アリスが月に一度だけ請け負っている仕事の事だ。本人曰く「私だけ稼ぐ事が出来ないなんて嫌」との事だ。

 

「分かりました、それではバルボッサさん。私は何をすればよろしいですか?」

 

「おお!聞いてくれるか!!!」

 

明らかに溜息を押し殺した様子で返事をしたアリスだが、彼女の様子が目に入ってないのか、両手を広げてバルボッサと呼ばれた男がアリスに迫る。

 

「…………」

 

流石にそれは我慢ならなかったので、無言で心意を放ちながら睨みつける。大丈夫。心意といってもある種のプレッシャーの様なものだ。

・・・まあ、少なからず敵意というか殺意の様なものが混ざった事は否定しないが。

 

「あ、いや。それじゃあ向こうの白金樫を頼む」

 

俺が睨んでいる事に気が付き、心意による圧力が聞いたのかバルボッサは肩をビクリと大げさに震わせ、慌ててアリスに指示を出した。

 

「分かりました。アルス、剣を貸してくれる?」

 

「ああ……ほら、使えよ」

「・・・ありがとね、二重の意味で

 

俺から《勝利の白剣》を受け取ったアリスは俺の耳元でそう囁くと小走り気味に白金樫の木に向かっていった。

 

ついでに、アリスの剣。《金木犀の剣》は俺達の家の前に普通の金木犀の木として立っている。本人曰く「いつでも万全の状態で居て欲しいから」とか。

 

……あれ、気が付けば俺1人?

 

「……せいっ!」

 

アリスの短く、低い気合いの声が聞こえた。

それと同時に爆発地味た音を響かせながら砂埃が舞い、白金樫が倒れてゆき、近くに立っていた若者が慌てて逃げている。

 

……軽くストレス解消しているように見えるのは俺だけではないはずだ。だって、キリトやユージオも苦笑いしながらそれを眺めている。

 

・・・なんでか、剣を持って、それを振る事のできるあの3人をみて、胸の中がもやもやしてきた。……嫉妬、か。

 

だが、よほど空気を読まないのか人の表情を読もうとしないのかバルボッサが高笑いをしながらアリスに近付いて行く。

 

「素晴らしい……!アリスに向こうの2人も衛士長のジンクなど問題にならない程見事な腕前だ!頼む、月一度と言わずに週に一回……いや!毎日手伝ってくれんか!!?」

 

そんな声が聞こえた時。

 

「おい、お前もあいつらと同じ事が出来んだろ?」

 

とキリト達に仕事を奪われていた若者達が不機嫌そうに俺を囲っていた。

 

———

〜3人称視点〜

 

「すまない。俺にあんな芸当は不可能だ」

 

「は?ならその剣は飾りかよ」

 

「……お前達には関係ない」

 

不機嫌そうな若者7名がアルスを囲う。

一方、アルスも自分の剣を飾りと言われて少し気を悪くしていた。

剣を振るえない、握れないアルスにとって剣が飾りになっているのもまた真実だからである。

 

「あの3人みたいな事が出来ねぇくせに一端に剣なんて背負ってんだろ?ただの飾りじゃねぇか。持ち主に似て役立たずってか?」

 

「俺を罵りたければ好きなように罵ってくれて構わない。だが、貴様ら如きに"コイツ"を侮辱される事は不愉快だな、撤回しろ!」

 

若者達とアルスの言い合いはヒートアップしてゆく。

普段のアルスなら軽く流して皮肉の1つでも言い放って終わりだったかもしれない。

 

だが、今のアルスはアリス達に軽い劣等感を抱いている。それ故に彼女や彼らと比べられたことに機敏に反応し、そんな自分に寄り添ってくれている愛剣らしい剣を侮辱される事が我慢ならなかったのだ。

 

「はっ!だったら撤回してやるよ、お前の剣は優秀なんだな。だったらその剣俺達に寄越せよ!お前よりも有意義に使ってやるからさー!」

 

若者達がアルスを嗤う。

明らかに敵意や悪意に満ちた笑い。

 

 

 

それは、"彼ら"の怒りを買った。

 

 

 

 

「っ!?だめっ!止まりなさい!?」

 

アリスが握る勝利の白剣が彼女の体を引きずりながら明るい緑の光を放つ。

 

「………」

 

アルスの背中でカタカタと音を立てて自ら抜刀し、1人でに斬りかからんとする黒藍の死剣が。

 

「まずい、止めないと!!」

 

その場に流れる空間リソースを自動的に収束し始め、薄っすらと赤い光を纏い始めたカーディナルの杖が。

 

2本の剣と1本の杖が主人を貶した者達へと刃を向けようとしていた。無論、この場にいる誰かがそうさせているわけではない。全て、剣達と杖が望んでいるがそれを望んでいるが故に勝手に動き出したのだ。

 

 

「なんだ、早く寄越せよ!」

 

とうとう堪えられなくなったのか、黒藍の死剣が目の前の若者めがけて鞘から飛び出し、斬りかかろうとする。

 

だが。

 

「……大丈夫だよ

 

黒藍の死剣が鞘から抜けた瞬間にそれを掴んで、アルスが安心させるように半ばから折れた刀身を優しく撫でる。

それによって剣達と杖は彼に従うように強くなり始めていた光を消した。

 

ただ、自分の事を思ってくれている剣達を握って吐き気を催す自分にすごい自己嫌悪をした。

 

「あ?大丈夫だって?お前の頭の話か?」

 

「そういうことにしておく。おい、バルボッサと言ったな。どの程度まで木を伐採すればいい?」

 

とりあえず、目の前の若者達を相手にするよりはバルボッサを相手にした方が楽だと考えたのだろう。

アルスは最早口調を繕うことを放棄してバルボッサに問う。

 

「はっ!?そ、そうだな。半径200メル程か……」

 

「分かった。アリスにキリト、ユージオは下がってくれ。あとは俺がやる」

 

「「「ああ(分かったわ)」」」

 

アルスの言葉に頷いてそれぞれ剣を納めて、アルスの方へと歩んでくる。

 

だが、そんなアルスを快く思わない者もいた。

 

「何言ってんだテメェ。あの3人みたいな事は出来ねぇんじゃなかったのか!」

 

相変わらず喧嘩ごしな若者。

それに対してアリス達が明らかに不快感を示した。

 

「何とか言え『お前はそろそろ黙れよ』むぐっ!?」

 

何とか言え。そう言った直後にキリトが心意を使って若者達を強制的に黙らせた。

アルスはキリトに視線で感謝を伝えると、しっかり落ち着きを取り戻していた黒藍の死剣を納刀し、杖を構えた。

 

「システム・コール、ジェネレイト・シャープウインド・エレメント」

 

俺の詠唱に合わせて、先程集まっていたリソースが再び形を成す。

あと一言で術式は完成し、神聖術が最大威力にまで到達した頃。

 

「バースト!」

 

その一言をアルスが言い放つ。

瞬間、きっかし半径200メルの中心にかまいたちの渦が現れ、それは見る見る大きくなり、数秒でこの場に生えていた木々を切り倒していた。

 

「ほら、これで満足か?」

 

アルスが若者達を睨みつけると、彼らは蛇に睨まれたカエルの如く動くことすらままならずに腰を抜かしていた。

 

「あ、ぁぁ……」

 

キンキンと喚き散らしていたバルボッサでさえも口をパクパクさせながらたった今起きた出来事に恐怖していた。

 

「(やり過ぎたか……)」

 

これにはさしものアルスも反省していた。

頭にきたからと言っても今の術式は使うべきではなかったと思い当たったのだ。

それでも、神聖術としては中位より下レベルの術式程度でここまでなるのかと少し疑問を抱いたが。

 

「バルボッサさん、俺達はこれで失礼します。お代は結構ですので、この事はどうかご内密に」

 

「あ、ああ。分かった……」

 

バルボッサの返答を全て聴き終える前にキリトはアルスの腕を掴んで踵を返して歩き出す。それにユージオとアリスも続いた。

 

「・・・・すまない」

 

「お前が謝る事じゃないさ。俺だってお前と同じ立場ならそうしたらかもしれない。それに、俺たちの仕事を早く終わらせてくれたじゃないか。俺やユージオも流石にイライラしてたところだったし、寧ろせいせいしたくらいだ。だから、そんなに落ち込むな」

 

アルスの呟くような謝罪を聞いたキリトが「アッハッハ!」と笑いながらフォローする。

だが、アルスの耳には届いていないようで、すまない……すまないと独り言のように繰り返し呟いていた。

 

———

〜アリス視点〜

 

昼間の出来事から時間が経って夜になった。

キリトやユージオは今はそっとしておいてやろうと言い残し、正面に立てたもう一軒の家に戻って行った。

 

夕食も食べ終えて後は寝るだけ。

明かりも消して、目を瞑っている。

ただ、なかなか寝付けないでいる内に時間は経ち、深夜になった。すると、隣にある、アルスの眠る寝台から布団を捲る音が聞こえ、その直後に足音がなった。

私を起こさぬように気をつけているのかキシリ、キシリと静かに床の軋む音が反響する。

 

私は狸寝入りをして寝返りを打つふりをしてアルスの方を向き、気付かれないように薄く瞼を開く。

 

「・・・・」

 

彼は、金具で吊るされている剣と杖の下に向かい、無言で黒藍の死剣を手にとり見つめる。

 

その表情はどこか泣き出しそうで、寂しそう。

窓から入る月明かりに照らされたアルスはどこか儚く見えた。

 

やがて、意を決したように黒藍の死剣を鞘から抜き放ち、半ばから折れた水晶質な黒い藍色をした刀身を静かに見つめる。

その顔は徐々に苦悶に覆われて、観念したように剣を鞘に戻す。

 

「やっぱ、駄目だよな……」

 

鞘に収めた黒藍の死剣を握りしめてアルスが呟く。

その声は震えており、自責の念が強くこもっていた。

 

「友人や相棒、幼馴染、後輩……自分のやったこと。身勝手に全部忘れて、忘れられた相手に心配かけて……!それでも俺を守ってくれてる相手に嫉妬した……。俺には振るえないのになんであの3人はそれができるんだって、守られていながら。そのくせに自制も効かずに神聖術を行使する?どこまで身勝手で、見苦しいんだよ俺は……!」

 

その声を聞いて、私は……どうしたからいいのか分からなくなった。これまで一度も聞いた事のない本当の意味でのアルスの本音。

 

幼い頃から一緒にいた少年。

カセドラルで再会し、お互いを忘れていた。それでも私達に食らいついて記憶を取り戻した。取り戻させてくれた彼。

 

思い出を思い出した。

 

敵として再会した彼は幼い頃からは想像できないほどに逞しくて、強く。私や小父様を越えていった。

キリトと共に最高司祭と対峙した彼は鬼神の様に強くて、人智を超えた戦いを繰り広げた。

 

 

 

そして……。

記憶を失った。

 

記憶を失った彼は幼い頃の姿と性格をそのままに成長させたような持つ力の割に非力な青年で。

今、一人で独白している青年だった。

 

少しずつ、分からなくなる。

鬼神の如き戦いを見せた彼。

記憶を失い非力さ嘆く青年。

 

———どっちが、本当の"アルス"なの?

 

 

先の戦いで失った右眼に触れる。

アルスが戦いの最中に使った治癒術式のお陰で再生した右眼。

 

静かに体を起こして、アルスの寝台の側に設置されている小机の上に置かれている私の記憶の欠片を見る。

 

 

———どちらも、私達のよく知る"アルス"でしょ。

 

幼い頃の自分の声が頭に響く。

 

「分かってるわ。どちらも私の好きなアルスだもの」

 

記憶があろうと、無かろうと。

その点においては何があっても変わらない。

何年経とうとも、何十年経とうとも、何百年経とうも。

 

幼い頃からずっと見ていた。

 

お互いに忘れて、敵同士となったあの瞬間も。

 

何者も及ばない剣士としての彼も。

 

非力な普通の青年としての彼のことも。

 

私は知っている。

知っているから、断言する。

私は、アルスと出会ったのなら。例え記憶を取り戻す事が無かったとしても彼に惹かれた。

 

「あ、アリス……?起きてたのか」

 

いつの間にか立ち上がっていた私を視界に収めたアルスが目をゴシゴシと擦り、黒藍の死剣を金具に掛け直す。

 

「えっと……見てた?」

 

「ええ。最初からね」

 

私がそう返すとあからさまに顔を赤くして、顔を逸らした。

 

「恥ずかしいところ、見せたな」

 

アルスは確かに青年となり、体も逞しくなった。

けど、その辺の癖が変わっていなくて安心した。

 

「まったく……昔から照れると顔を逸らす癖は変わらないのね」

 

「うるさいな……。もう寝る!」

 

顔をフイっと逸らしたままで布団に入り、不貞寝しようとする。その辺もあの頃と変わらない。

 

「ねぇ、アルス」

 

私に背中を向けて横になっているアルスの寝台に腰掛けて、なんとなく。その黒藍の髪を撫でたり、弄ったりしながら話しかける。

 

「………なに?」

 

アルスの髪に小さな三つ編みをいくつも量産しながら、私は禁忌を犯してカセドラルに連行される直前にアルスとした約束を思い出した。

 

「アルス……私と———」

 

私はその約束を果たすべく、それを口にする。

アルスは、その言葉を聞いた後。目をしばらく瞬かせて。

 

「……随分と急だなぁ」

 

と、私が量産した大量の三つ編みを揺らしながらそう言った。

 




後書き

うい、今回は、アルスが情緒不安定で暴走したり、不貞寝して、アリスが昔の約束を果たすべく、それを告げる話でした。

アルスが情緒不安定なのは……まあ、いつも通りですが。前話の最後から精神状態を引きずったままなので、色々とデリケートなメンタルになっています。そこへ若者達の言葉を聞いて腹を立てて自制が効かずに暴走しました。

アリスが告げた言葉……「私と———」に入る言葉は結構前から出てたり、番外編の幼少期の話でも登場……というか、答えに近い物が出てます。アルスとアリスが幼い頃にした約束。身に覚えがある方は「そんな落ちかよ」と思うかもしれませんが、ご容赦ください。


今日中にもう1話投稿する予定ですので、そちらもよろしくお願いします!

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