俺はベルクーリの命令でアリスの護衛に向かいながら、とあることを考えていた。
飛竜の背中に跨り、下の状況を見る。
荒れ果てた地、広がる血糊、轟く雄叫びと悲鳴。
阿鼻叫喚とはまさにこの事だろうと簡単な感想を抱いてこの戦争について考える。
俺は、キリト達から聞いたダークテリトリーに関する知識と最果ての洞窟での経験やルーリッド襲撃の点から、ダークテリトリーの亜人達はすべからく敵だと認識していた。
「アリス、セルカ!」
「アルス……こっちはまだ大丈夫よ」
「・・・でも、少し……やるせないわ」
大規模術式を展開するアリスと、カーディナルの杖を使って神聖力を集めるセルカの額に汗が浮かんでいる。
「この戦い……いつまで続くの?」
「分からない」
そもそも、始まってからまだ数時間だ。
いつ終わるかなんて見当もつかない。
だが、セルカの問いは戦いが怖いとかそんな事を心配しているものじゃないことは何となく分かった。
アリスやセルカの表情が優れないのはそれが理由だろう。
「何となく、分かるの。この戦いで散ってゆく戦士達はみんな、お互いのやるべき事を果たしているだけなのよね……。私達も・・・ダークテリトリーの亜人達も………」
一際悲しそうな瞳でセルカが語る。
きっと、セルカやアリスには伝わっているのだろう。
何せ、彼女達が集め、蓄積している神聖力はダークテリトリーや人界の死者たちの残滓なのだから。
ここに来て、アリスが重々しく口を開く。
「・・・私ね、整合騎士にさせられた後や記憶を取り戻した後、ルーリッドの村で過ごして思ったの。整合騎士として、人の営みを守るのも悪くないかなって」
当時、まだ幼かった彼女が公理教会に連れ去られ、整合騎士となった後に記憶を封じられ、最高司祭の赴くままに従った彼女はきっと、記憶を取り戻した後に困惑しただろう。
なぜ、自分はこんな目に遭いながらも人々を守っていたのだ?と。
事実、ルーリッドで過ごした彼女は少し思いつめた様子もあったが、生き生きとしていた。年頃の少女らしい笑顔も何度も見せてくれた。
騎士として過ごした彼女。
ただの村娘として生きた彼女。
人の営みを経験し、それらを守護する役割を与えられた故に彼女はここに立っている。きっと、どんな騎士よりもそれらの尊さを知っているから。
「ここで、セルカに手伝われながら神聖力を集めていて……何となく、感じとった。私達、人間の神聖力も、彼ら亜人達の神聖力もほとんど質は変わらない………。ゴブリンやオーガ達も私達と同じ魂を持つ"ヒト"なんじゃないかって」
「・・・・そうだな」
アリスの呟きに静かに返す。
ここに来るまでに考えていた事。
確かに俺は……いや、俺達は、亜人達を敵としてしか認識していなかった。現に、ルーリッドを襲撃したゴブリンを全て躊躇いなく俺らは殲滅した。
だが、ベルクーリの語ったシャスターさんの話を聞いて小さな疑念が浮かんだ。この荒れ果てた最果ての大地を見て、今もなお散り行く無数の魂を感じて思った。
「……どっちも心を持った"ニンゲン"なんだよな」
かつて、人界を統べていた半神人アドミニストレーターは邪悪に染まっていたという。
人界の……それも、世界の中心にある組織の頭が腐っていたのだ。その人界を、自分の世界を守るという点は評価できても、根底にあるのは自己中心的な心意。
人界でそんな存在が生まれたのなら、ダークテリトリーに清らかな心を持った存在が生まれてもおかしくはないんじゃなか?
少なくとも、ヒトとしての心を持った奴らが居たっておかしくはないんじゃないかって。
俺は、飛竜から降りて、荒れた大地を踏みしめる。
「・・・なあ、ダークテリトリーの住人達で人界を知ってる奴はどんくらいいると思う?」
不意にそんな問いが零れた。
「少なくとも、公理教会で確認できている限り、人界に侵入して生き延びた者達は居るはずよ」
「………成る程な」
合点がいった。
だが、これはアリスやセルカには話さない方が良いだろう。
あまりにも残酷で、ニンゲンなら納得してしまう。
この戦争の根底にあるモノ。
人界から来た俺はこのダークテリトリーの地を何度も荒れていると思った。
逆に、このダークテリトリーで育った者が人界を見たらどうなるだろう。これまで草木の枯れ果てた地で育った彼らが緑豊かで水は清く、風が優しいあの場所を見たらきっとこう思うだろう。
——理不尽だ、と。
俺なら確実にそう思う。
この荒れた場所で、作物はきっとロクに育たない。そんな中でも何とか生き延びてきたのに、1つ隣の山を越えただけの場所では緑は生い茂っていて、木には果実が実っている。そんな場所で当たり前のように過ごしている自分とは違った種族。
まずは景色に見惚れ、次にその種族をみて思うはずだ。
『なぜ、同じく二足歩行で同じ言葉を発しているのに、こんなにも生活の豊かさが違うのか』
きっとあまりに違いすぎる生活環境を認識して、憎悪を抱くだろう。俺はそう思う。
そして、そんな景色を見た者は後に仲間に語るはずだ。
1つ山を越えた先には楽園が広がっていて、そこでは自分達と似たような生物が豊かな生活をしている。と。
「そりゃ……戦争にもなるわなぁ」
生活環境の違いが現在のルール無用の殺し合いに発展したのだから笑いようもなければ、ここでようやくこの考えに至った自分の鈍さに乾いた笑みしか出ない。
やはり、根底にあったものはヒトの心だった。
誰にだって妬む心や羨む心、今よりも優れた暮らしをしたいという欲求は少なからずある。となりに自分よりも優れた環境にいる者がいるのなら尚更だ。
今の豊かな暮らしが当たり前だと何処かで考えている人界人。
そんな人界を羨み、妬むダークテリトリー人。
「———ハハハッ」
彼女らに聞こえないほど小さな声で笑いが零れた。
自分の鈍さや勘違いを思わず笑った。
ダークテリトリー人を人外だと考えていた自身の浅はかさに思わず侮蔑を送らずにはいられなかった。
『人が環境を作る』と言う言葉があるが違うな、人が環境を作るんじゃない。『環境が人を作る』のだ。成る程、キリトは争いに仁義なんてないもんだと言っていたが、どうやら人情はあるらしい。
人と亜人の争い?
冗談じゃない。
これは、正真正銘。
人の心と人の心の軋轢が生んだ争いだ。
ヒトとヒトの争いだ。
後書き
はいっ!後書きです!
なんというか……アルスくん。どうしたんでしょうねぇ。すこしへんなキャラが入ったというか、哲学的な事を語り出してしまった……。
まあ、アルスは少し不思議ちゃんなんです。
ルーリッドでの生活で若干自分の過去を垣間見たアルスは過去の自分の視点と今の自分の視点を併せ持った考え方をしています。
・・・ええ。アルスは今後もこんな感じのことを語るでしょう。温かい目で見守ってやってください。
閲覧ありがとうございました!