SAO 〜無型の剣聖〜   作:mogami

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84話 ベルクーリ・シンセシス・ワン

「待て!深追いはするな、嬢ちゃん!」

 

「しかし……!目の前に敵の大将がいるのですよ!?こんな戦いを引き起こした元凶が、こんなにも多くの血を流してしまった争いの黒幕が………。いま、ここでヤツを逃してしまったら好機がなくなります!そんなことになれば、私はどの顔を下げてエルドリエに報告すればいいのです!?」

 

「だからこそ耐えるんだ、いいか。エルドリエはお前に生きることを願った筈だ。そのくらい気が付かない嬢ちゃんじゃないだろ……?やっこさんの狙いは他の誰でもない嬢ちゃん自身なんだ。なら慎重に行動しろ、いいな?」

 

時刻は、アルスが無数の心意の出現に取り乱し、Pohに動揺したのと同じ頃。彼らからおよそ数キロメル離れた場所にて最古の騎士と光の巫女を名乗った少女の目の前に暗黒神を名乗る男、ベクタが現れた。

 

当然の事ながら彼らは動揺した。

まさか、目の前に敵の大将が現れるとは夢にも思うまい。しかし、ベルクーリはその思考を咄嗟に否定する。何故なら、ベルクーリ自身もまた人界軍の大将。つまり、敵にとっては敵対している軍の頭が自ら戦場を駆け巡っていることになる。同じ事を相手がしてこないなどと決め付けるのは早計だった。

 

(くそっ、最悪だ。まさかベクタ自身が現れるとは。嬢ちゃんも今は冷静さを欠いてるし、何より敵側に心意が増えてやがる。増援か……?いや、合流したというよりも"発生した"みてぇだ。それに、アルスの心意が弱まってる。何かに動揺したか、それとも奇襲を受けたのか………!?)

 

常に最悪の状況を想定して動く事を最優先しているつもりだったベルクーリは内心で頭を抱えずにいられなかった。最古の騎士と言えども腹は減るし、思い悩むこともある。ただ、周りより広い視点で物を考えられるだけ。その視点の広さと言うやつにも限度はあるのだ。

 

突如出現した無数の心意、アルスの弱体化とその理由。ベクタが現れた事に対する驚愕と僅かだが確かな焦り。それらの思考が彼の冷静な思考を徐々に蝕み、早まらせようとする。軽く舌打ちした後にそれを鎮め、既に抜刀していた時穿剣の柄を握り締める。

 

ベルクーリの視界に映るのは自分の前を走るアリスとその奥でこちらに背中を見せて走り続ける敵の将。思考を捻り続ける。

 

先程、彼女の言った通りにこのままベクタを逃すのは愚策だ。この血みどろの争いを終わらせるのに最も手っ取り早い方法が暗黒神の討伐。そんな事は彼にも分かっている。だが、このまま奴を追い続けることもまた愚策だ。何故なら、このまま追い続けたところで自分達を待っているのはダークテリトリーの軍勢か罠である可能性が高い。

 

二律背反。どちらの意見にも正しさがあり、どちらにも欠点がある。しかも、それらのうちからどれかを選ばなくてはならない状況。まさに今の状況を指し示すのに最も適した言葉だ。

 

しかし、そこは総勢32名の猛者を束ねる整合騎士長。

少し悩んだ末に一つの答えを導き出す。

 

「嬢ちゃん退がれ、奴は俺が………!?」

 

しかし、その答えを出すのに多少の時間がかかり過ぎた。

彼が思い悩み、目を僅かに逸らした僅かな空白。1秒にも満たないほんの僅かな隙をベクタは突いてきた。

 

ベクタはベルクーリの先を走るアリスの首元に手刀を落とし、意識を奪い、そのまま抱え上げていた。

 

ベルクーリがやりたかったのはアリスの退却。それさえ叶えば敵の勝利条件のうち一つは恐らく消える。その上にベルクーリ自身も気を揉む理由の一つが無くなり、気持ちに多少の余裕が生まれた筈だ。しかし、ベクタはその決断と彼が彼女に声を掛けた瞬間に生まれた隙を目敏く突いてきたのだ。

 

ベルクーリの失敗は二つ。

一つは決断までに時間を掛けてしまったこと。

二つはベクタの動きを見る前にアリスに声を掛けてしまったことだ。

 

アリスはベルクーリに呼ばれた瞬間、彼の方へ振り向いてしまった。世の中には条件反射という言葉がある。これまでの経験で体が勝手に状況にあった行動をとるというその現象。アリスは相手が誰であろうとも話している相手を視界に収めようとする。それは彼女なりのコミュニケーションの取り方でもあった。

 

人間は……いや、動物は警戒している相手に背中を見せたりはしない。それは人間も同じ事。騎士という役職ならば尚更だ。加えてここは戦場。もしかすると奇術によって声を変えることが出来る者が相手にいて、自分を陥れようとするかもしれない。話している相手が確実に自分の味方であること。それを確認するべくアリスは振り向いてしまった。

 

「嬢ちゃん!!」

 

声を掛けても遅い。

そんなこと重々承知しながら彼女の名を怒鳴るように叫び、黄金の髪をなびかせる華奢な少女を抱えた敵将を追って再び駆け出す。自体はベルクーリにとって最悪な方向に進みつつあった。

 

これ以上、奥へ逃げられることも、好き勝手にされることも看過できる状況ではない。彼は現場に見切りを付け、自分の限界を超えた脚力を引き出し、その背中を追った。

彼の肉体が持ち得るスペックを大きく超えた脚力。そしてそれを引き出したことで自分の天命が減少してゆくのを感じながら両手で時穿剣の柄を握り、大きく跳躍する。

凄まじい音と風圧を立てながら最古の騎士の全霊を込めた一撃がベクタへ迫り、そして外れた。無防備なその背中に刃が吸い込まれる直前、奇襲を予期していたかのようにベクタがその場で跳躍し、水平に放たれた斬撃を回避したからだ。

 

だが、ベルクーリの目的はベクタを斬ることではない。

自身の宿敵に対してスキを生み出すことだった。

 

「そこだっ!」

 

剣を振りかぶった勢いをそのままに身体を翻し、地面と接触するギリギリまで胴体を引きつけた体勢で鋭い蹴りを放つ。ビュン、と風を穿つ音が再び木霊する。

 

一方でベクタはそれを避けることは出来なかった。

自身に迫る必殺級の蹴りを防ぐ手段を彼は1つしか持ち合わせていない。

 

「チッ」

 

耳に残る舌打ちの音を立てて、自分が抱えていた金色の少女を盾にする。無論、意識を刈り取られている彼女にそれを阻む術などありはしない。最古の騎士による下手な槍さばきから繰り出される刺突よりも数段鋭い蹴りが無防備な少女を穿ち貫く……筈だった。

 

「そう、来るよなぁ!」

 

ニヤリとシワを刻んだ老顔が笑う。

真っ直ぐに放られた蹴りは軌道を変え、見事な半円を描き、少女の鼻先3cmほど先を通り過ぎて一度は離れたはずの地面を再び捉える。丸太の様に逞しい彼の足が地面を抉り、三度、態勢を整えたベルクーリの手に握られた鋼色の大剣は下から突き上げる様に大気を斬り裂き、その場に存在する暗黒神の腕ごと時間を穿った。

 

「………っ!!!?」

 

何が起きたのか分からないと言った表情のベクタの左腕と一緒に少女が落ちる。ベルクーリはもう何度目になるか分からない踏み込みを経て彼女を受け止めた。

 

「悪りぃが返して貰うぞ、嬢ちゃんを守るのが今の最優先事項と見た。故にベクタよぉ、俺はテメェを叩き斬るぜ」

 

一連の流れる様な動作を以ってしても乱れぬ呼吸。身体に刻まれた無数の太刀傷を代表するかのような胸に穿たれた大きな傷跡を誇り、これまで何度も強者と斬り結んできた己の腕とそれに握られた愛剣を目の前の男に向けて堂々と宣言する。

 

今の彼に動揺も焦りもない。

目の前の敵を斬ることに最古にして最高の騎士は全力を傾けることに一切の迷いも躊躇いもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——例え、それが彼にとって、最期の戦いになると悟っていたとしても。

 

 

 




後書き

はい、もう何度目になるか分からない
お久しぶり(・・・・・)の挨拶です。ええ、ほんと、また2ヶ月経ちました。何と言うか、完結間近でこの投稿ペース。カタツムリの歩みよりも遅いのでは………?
ほんと、申し訳ねぇです。

今回はアルスとPohが戦い始めたのと同時刻の出来事です。ベルクーリと一緒に行動していたアリスは戦場に現れたベクターを追撃中に僅かな隙を突かれて捕まってしまいました。そしてそれを取り返したベルクーリは……最期の戦場へ——。

これが今回のあらすじですね。
ベルクーリに戦場での駆け引き的な事をさせてみたかったので色々やりました。さり気なくベクターの腕を斬りとばすベルクーリのチート加減がえげつない……。

ここで、ベクターに斬撃とか心意は効かないのでは?
と思われた方。おっしゃる通りです。ぶっちゃけ最近はSAO とかハーメルンから離れていたのでうろ覚えですが、今回、ベルクーリの斬撃が通った理由は原作でベルクーリがベクターを撃破できたのと同じ理屈です。この小説で言うならアルスとアドミニストレータの戦いで金属系の武器を無効化する能力を破るために近い事をアルスがやっているのでよろしければそちらも閲覧お願いします。

さて、今回も閲覧ありがとうございました。
最古の騎士の生き様をどうかご覧ください。

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