SAO 〜無型の剣聖〜   作:mogami

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85話 アンダーワールドの騎士

血が滴る、ポツリ、ポツリ。

地面に血で穿たれた小さな穴が一つ、また一つと増えて行く。腕、額、腹。様々な部位から既に熱を失いかけている赤い血液が落ちて行く。

 

「くっ……そ………」

 

無骨な鈍色の大剣を片手にベルクーリの呼吸は乱れていた。

舌打ち混ざりの悪態を吐きながら息を整える。

 

「貴様の魂は重い。その心意も舌に絡みつくようだ」

 

「ああ、そうかよ………ったく、どうなってやがる」

 

斬り結ぶこと幾数回。

ベルクーリは身体中から血を流していると言うのにも関わらず、ベクタは最初に斬り落とした左腕以外に目立った外傷はない。

 

「我に貴様の攻撃は効かぬ。それが摂理というのもだからだ」

 

「へっ、その割に左腕が寂しい事になってるようだぜ、皇帝陛下殿」

 

「……減らず口を」

 

傷だらけの自分の言葉に不愉快気な表情を浮かべるベクタ。その様子をみて彼は不敵に笑って見せる。

彼の握る妖しく輝きを放つ無骨な大剣はかつての輝きは宿らず、弱々しく霞んでいた。

地面に染みる大量の血痕、力無い左を放つ時穿剣が最古にして最強の整合騎士に限界が迫っている事を物語る。

しかし、それでもなお、整合騎士長ベルクーリは不敵に笑いを見せていた。

 

焦っているのは確かだ。

何せ、彼とベクタ。どちらが重傷なのか、それは判断が難しいところではあるが、ベルクーリが戦略的に不利なのだ。

 

一つ一つの傷は大した事ない。しかし、塵も積もれば山となるというわけで。ベルクーリの身体に刻まれた無数の傷から流れる血は彼の意識を朦朧とさせるには十分だ。

 

ベクタの左腕はない。ベルクーリに斬り落とされたことで失われたからだ。しかし、血は既に止まっている。幾らベルクーリが血まみれとは言っても左腕が存在しない彼の方が痛々しく見えてしまう。

……その傷に見合った苦痛の表情を浮かべてさえいれば。

ベクタの表情は冷酷だ。痛みを感じていないように見える。

 

ベルクーリが戦略的に不利。そう言ったのには意味がある。

 

ベルクーリが傷だらけなのに対して、ベクタが腕以外の全てが無傷なのは何故か。

 

「ここまでやって未だ悟れぬ訳ではあるまい。大人しくその魂を我に捧げよ」

 

「謹んでご遠慮するぜ」

 

彼は、このままでは暗黒界の皇帝を打倒することはできまい。

 

「はあっ!」

 

重い体を引きずって放った斬撃はベクタの肩に落ちるものの、致命傷どころか傷一つ与えることはない。それこそが彼が未だに皇帝がほぼ無傷である事の答えであり、ベルクーリが不利である理由だ。

 

これまでの攻防でベクタに通常(・・)の攻撃が効かないことは嫌という程理解した。如何に心意を込めた一撃も、無詠唱で発動させた神聖術ですらも通用しなかった。

 

けれど、一つだけ通じた攻撃がある。

 

————武装完全支配術。

 

整合騎士の中でも上位に位置する者にしか携帯を許されない神器と呼ばれる強力な武装。それは、かつて恐れられた伝説上の生き物だったり、世界が創造された日から存在していた物だったりと様々なモノが姿、形を変えたのが神器。

 

そんな神器と心を通わせた者。神器に眠る記憶をより深く理解し、引き出したことで扱うことのできる心意技の奥義こそが武装完全支配。〈強化〉と〈解放〉。

 

ベルクーリの場合、一番最初。ベクタの左腕を斬り落とした斬撃こそが完全武装支配術の〈強化〉、に当る。

 

しかし、これは奥の手。ベルクーリの場合は特にそう。

能力としては破格。

何せ、彼の剣は時間を穿つ。

〈強化〉は少し先の未来を。〈解放〉は600秒、つまりは10分前の過去を斬る。それぞれ空斬、裏斬と呼ばれる整合騎士の長が持つ禁じ手中の禁じ手だ。

 

その上、完全武装支配術は神器に多大な負荷が掛かる。天命も半ば尽きかけている時穿剣で行使できる回数はおよそ2回。それも1回目ですら時穿剣が壊れてしまう危険もある。2回とは多く見積もった場合の話だ。

 

(……あと50秒。俺の天命が尽きるのが先か、賭けに勝てるかの勝負だ……)

 

あとチャンスは2回。

打てる布石はもう打ち尽くした。

 

自分の足元を見てほくそ笑む。

自身の血で染まりきったこの場所は血の丘と化している。

 

(へへ、こりゃ嬢ちゃんにも見せられねぇな、こりゃ)

 

夥しい血の量。

 

幾ら整合騎士とは言っても年頃の少女に見せるには惨すぎる光景。既に、自分には未来は残されていないだろう。ベルクーリは諦観にも似た覚悟を決める。

 

件の少女はここにはいない。

ベクタから彼女を取り戻した直後、心意の腕で星咬に乗せて避難させた。意識があったのならば手伝って貰うのも良かっただろう。しかし、敵の目的がアリスであった以上はこの場に残すわけにはいかない。

 

「システム・コール・ジェネレイト・ファイア・エレメント・ディスチャージ」

 

炎を呼び出す術式に心意を込めて本来詠唱せずとも扱えるモノをわざと詠唱する。理由は時間稼ぎ。心意を込め、威力を極力加減(・・)する。ベルクーリにはことを為す前にどうしても知らなければならない情報があった。

 

もはや心意だけで構成されたと言っても過言ではない。ハリボテの術式がベクタに飛来し、そして直撃と同時に霧散した。

 

ベルクーリはそれだけで自身の求めていた情報を全て得る。目の前の敵は自身に干渉する心意は呑み込めるが、そうでないものはまだ、呑み込めないらしい。

 

(さあ、最後の戦いだぜ。相棒……。目にモノ見せてやろうじゃねぇか………ッ————!)

 

覚悟を決めた最古の騎士はすっかりくたびれてしまった愛剣の柄を硬く握り締める。

 

ほんの僅かに皇帝が体を低く落としたと同時に両手で握り締めた時穿剣を振り下ろしつつ跳躍する。

二つの圧倒的な力が正面からぶつかった鈍い金属の轟音。音と衝撃だけで周囲の枯れ木に微かに残っていた枯葉が全て揺れ落ちる。

 

「やっぱ、剣術の方は達者じゃねぇようだなぁ!」

 

柄にもなく、敵を挑発するような物言い。

覚悟を決め、昂りつつある自分が徐々に抑えられなくなる感覚と頭の中でチラつく走馬灯の様な光景。

 

ベルクーリの言葉は正しい。

なぜなら、ベクタが剣術に多少なりとも精通していたのならばベルクーリは等に死んでいただろう。この僅か10分にも満たない攻防で付けられた傷に想いを馳せながら最古の騎士は考えた。

 

恐らく、先日感じた強大なシャスターの心意。それを飲み込んだ何者かの力。きっと、シャスターを殺害したのは目の前の男だと確信している。

 

だからこそ負けられない。

200年以上。整合騎士として生きてきた。

そんな中で唯一、対話で人界とダークテリトリーの平和を望めそうだった人物を殺害したこの男を倒す為に。

 

シャスターはこの男の邪悪を感じ取り、謀反を働いたのだろう。そして敗れた。

 

無念だっただろう。

 

そして————未来を生きる彼らに古い時代の汚点を押し付けない為に。

 

「よく喋る奴だ」

 

「俺はもともとお喋りなのさ。適度に意思疎通を図らなけりゃあんな濃い面子を纏められねぇのよ!」

 

——562。

 

あと、38秒。

 

左から迫る剣を右へと受け流したベルクーリはそのまま蹴りを放つ。丸太の様に太く、逞しい左脚の蹴りはたしかにベクタの右腕にめり込むが、それですらダメージにはなっていない様子に彼は思わず苦笑する。

 

もう、失血で視界は霞み、意識は保つ事で精一杯。身体を動かす事自体が既に限界を超える行為にある。

 

動く度に身体が悲鳴をあげる。

斬り結ぶ度に剣が罅割れる。

 

時間が経つのは早い。

それを他の誰よりも。それこそかつての最高司祭アドミニストレータと同じ領域で理解していたベルクーリだが、意識して時間が経つのを待つのはいつだって長く感じてしまう。

 

「っぐ………!」

 

剣を振ると同時に乾いていた傷口が避け、痛みを伴って血が噴き出した。

 

——581。

 

「がぁっ!?」

 

幾ら剣術においてベクタに勝るとしても痛覚を物ともせず、暗黒神に恥じない権限を持つ男の斬撃は地位に反してあまりにも大雑把。けれど、ただ腕を動かして剣を振り下ろすだけの行為であってもアンダーワールドにおける最高峰の斬撃となるのだからタチが悪い。

 

手負いで瀕死の重傷であるベルクーリに振り下ろされる雑な斬撃。それが彼の筋肉を断裂させ、かさぶたになりつつある傷が裂ける。

 

「見苦しい……いい加減に逝け」

 

本当に些細で僅か。小さな傷がベルクーリの体勢を崩す。

その隙を目敏く突いてきたベクタの斬撃が最古の騎士に迫る。

しかし、その凶刃が彼を引き裂くことはなかった。

 

彼のものではない血が吹き出す。

血の吹き出す音とその場に響く竜の鳴き声。

 

視界に映る身に覚えのある毛皮。

聞き覚えのある鳴き声。

 

あぁ……てめぇ、なんで来やがった……。

 

ぼやける視界はもう、世界を正しく映してはいない。

だが、見間違える筈がなかった。

聞き間違える筈もなかった。

 

星咬。自分と長年連れ添った愛竜が今、自身の天命をとしてベルクーリを守っている。

これまでだってただの一度も命令に背いた事はなかった癖に、主人の命に背いてこんなところまで来てしまった。

 

——600。

 

しかし、意味はある。

()の稼いだ僅か数秒は確かに意味のある時間だった。恐らくは最も意義のある数秒だったのかもしれない。

 

「————!!」

 

最後。

これが最後だと自分に言い聞かせて重い身体を自分の剣の重さに振り回される様にして剣を振るう。

 

彼の足元にあるのは広く、どこまでも赤く染まる乾かぬ血で濡れた地面。そこに印された足跡。

これが、彼の掛けた保険。

 

思考が定まらない。

視界が定まらない。

 

けれど、何をすべきなのか。それを身体が覚えていた。

10分。600秒を数え切った彼の取るべき行動は一つ。

 

ありったけの心意を込めた剣の記憶の解放。

それが今、成された。

 

勢いよく振るわれた時穿剣は鈍く輝く光の軌跡を遺して真一文字にそこに存在していた(・・・・・・)者を斬った。

 

攻撃に対する耐性も、防御も。

もはや距離も関係ない。

 

10分前にそこに存在していた、と世界に記録されていた相手の天命を直接削る一撃。

 

「な、に————」

 

充分だった。

ベクタを名乗る何者か。

ダークテリトリーを治めた皇帝を偽る男をこの世界から退去させるには充分すぎる一撃だった。

 

ベクタは、消滅した。

何が起きたのか、分からずに消滅した。

 

「は、——はは………!」

 

口から溢れる笑い。

死闘を制した喜びか、人界の整合騎士として打倒すべき相手。ダークテリトリーとの和平をたった怨敵を葬った事に対する達成感か。

 

「なぁ、星咬ぃ……。お前も、満足したんだよな……、倅が出来て、託すに足る奴が出てきて……。そろそろ肩の荷、降ろしてぇよな……」

 

自分と同じか、それ以上に早く逝くだろう愛竜に声を掛ける。

ベルクーリ・シンセシス・ワンとしての役割も、整合騎士長としての役割も終わろうとしている今。

 

頭の中に浮かぶ、様々な若者達。

様々な冒険をしてきたキリトという少年。

共に歩く少年達の中で最も才があるだろうユージオ。

自身を小父と慕う黄金の少女、アリス。

 

そして、

後継者として見出したあの黒い藍色の少年。

 

「小父様っーーーー!!」

 

「やれ、やれ……そんな大声出して……はしたねぇぞ、嬢ちゃん……」

 

「今、治療しますっ、だから、お気を確かにっ……!!」

 

意識が回復したのか、アリスが背後から駆けてくる。

そんな彼女の提案をベルクーリは首を横に振る事で断った。

 

「いま、この辺のリソースを消費されるのはちぃとばっかし困る……。それに、俺はもう限界だ」

 

「そんな事……、そんなっ————」

 

アリスなら言葉が途切れる。

彼女の目を見開いた表情の先にあるのは大量のゴブリン達。

 

「まだ……分からないというのですか………、これ以上戦っても意味はないでしょうにっ!」

 

憐れみ、憤り、哀しみ。

それらの混ざった声でアリスは嘆く。

 

「ち、違うっ!俺たちは逃げて来たんだ!!」

 

亜人達の少し後ろ、波打つように侵攻する夥しい数の人の影。

 

「……っ、なる、ほど……。リアルワールド人ってか」

 

アリスに支えられる四肢に力を込めてもう一度。最古の騎士は身体を起こす。

 

「小父様……?なにを」

 

「嬢ちゃん、それからゴブリン達。怪我したくねえなら俺の後ろに入れ……」

 

見るからに死に体。

それ以上に整合騎士の長。

そんな男が剣を自分達ではなく、その後ろ。自分達を狩ろうとする者へ向けて振るうべく震える四肢に鞭打ち、立ち上がる様を見てゴブリン達に戦慄が走った。

 

「なぜ、我々を………?」

 

「……そうさなぁ……。俺は、整合騎士だからな。民を守るのは当然だろう?」

 

「それは人界の民であろう、我々は————!」

 

「へっ、人界もダークテリトリーも関係ねぇ。全部ひっくるめてこの世界の民だろうが。それに——弱者を守るのは騎士の役目だろ」

 

騎士は、震えを止める。

剣を握り、斬るべき相手を真っ直ぐに見据え、残った全てを剣に込める。

 

「嬢ちゃん————」

 

「……はい」

 

「……アイツによろしくな」

 

手短に要件を伝え、正面を向く。

アリスはもう、何も言わなかった。

 

覚悟を決めた彼に何を言っても無駄。

いや、言葉をかけることは侮辱になると感じ取ったのだろう。

 

正真正銘、今生の最後となる一撃を以ってダークテリトリーも人界も関係ない。ただの騎士としてその生を全うしようとしている。

 

そんな騎士に、誰が声をかけられよう。

誰がその行いを止められようか。

 

既に熱を失った愛竜の骸から離れ、彼らから距離にして3歩程度離れた位置で剣を構える。

 

(……俺の剣じゃ、奴らは倒せねぇ)

 

見据える敵の数、距離。

それらを屠るには時穿剣の射程も天命も足らない。

 

一撃で、敵を距離も数も関係なく打倒する方法。

 

働かない思考を無理やり動かした。

……頭の中に、1人の少年が浮かんだ。

ベルクーリに可能性を見出させ、最高司祭を打倒し、時穿剣すらも扱って見せた黒い藍色の剣士の後ろ姿。

 

(……ああ、足らなけりゃ伸ばせばいいのか)

 

単純な思考に笑みをこぼす。

今日は戦闘中によく笑うな、なんて考えながらベルクーリは答えを得た。

 

「守る、助ける。人界もダークテリトリーも、もう要らねぇ。どちらの民も俺らと同じ人間じゃねぇか……。てめぇらにとって俺たちはなんなんだよ、ただの人工知能でしかねぇのか……?」

 

迫り来る軍勢に騎士は最期の問いを投げる。

答える声はない。代わりに侵攻を止まない足音のみが地響きとして鳴り響くだけ。

 

……剣を水平に自分の身体に引きつけるように構える。

 

臨は一撃。

 

斬るべき敵は数百。

 

距離は凡そ200メル。

 

……呼び起こすは、追憶の彼。

自身を打倒したかつての少年が見せた距離を無視し、敵を切り裂く無数の斬撃。

 

「————エンハンス・アーマメントーーーーッ!」

 

裂帛の気合いが込められた起動句。

剣が主人の叫びに答えるように暗い春空を眩く照らす。

振り払われた一撃。

それは、190メル先で形を示した。

どこまでも横に広く広がる帯状の陽炎がリアルワールド人を飲み込まんと揺らめいている。

 

「…………」

 

力なく、剣を握っていた腕がだらりと落ちる。

空を見上げる彼の目は虚ろ。

 

「小父様………!」

 

(すまねぇ、嬢ちゃん……。俺は、お前さんの望んだモノにはなれそうにねぇ……)

 

声が出ない。

 

手に握る愛剣に広がる罅を自分の天命を込めることで崩壊を先延ばしにする。

 

(お前にはまだやって貰う事があるからな………)

 

光を伴って時穿剣が彼の手から消える。

天命全損による消滅ではない。

まるで、どこかに移動したような消え方。

それを見届けた彼は空を見上げる。

 

(……まあ、悪くねぇ。悪くねぇ人生——————)

 

「……お父様…………ッ」

 

少女の声に答える声はない。

空を見上げた最古の騎士は安らかで、満足そうな微笑みを浮かべていた。

 

彼らの先。先程まで響いていた地鳴りはもうない。

代わりに聞こえるのはけたたましい爆裂音と何かの砕ける音。

この場にいたリアルワールド人は……全て、彼の最期の一撃を以って葬られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時に、最古の騎士はその使命を終えた。

最期に、人界の騎士ではなく、アンダーワールドに生きる者として。人として、ダークテリトリーの民をも守って見せたのだ。

 

希望は————受け継がれた。

 




後書き

はい、もうお久しぶりで始まる事が定番になりつつある後書きコーナーです。本当にお久しぶりです。なんとか9月中に投稿できました。

うん、リアルな生活についてはもういいや。
あれだ、時間が空くのを待ってたら何も書けねぇ。

とりあえず、失踪はしておりません。
ええ。何度も心が折れましたとも。

今回の話でベルクーリが亡くなりました。
……好きなキャラなので生存ルートを作りたかったんだけど……。何というか、死んでしまうからこそカッコいいキャラって位置付けなのですよ。私の中では。

ベルクーリファンの皆様ごめんなさい……。
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