SAO 〜無型の剣聖〜   作:mogami

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86話 忘却の彼方

これまで、俺は考えたことなど無かった。

いや、考えない様にしていた、気を遣われていた、が正しいかもしれない。そんな事をふと感じた。

 

「そこーーッ!!」

 

「おお、惜しい惜しい、だが、まだまだだぜ。テメェはその程度じゃねぇはずだぁ!」

 

俺の過去を知るという目の前の包丁使い。

俺にとって因縁浅からぬ相手だということは知ってる。

でも、この男の事を今の俺は知らない(・・・・・・・・)。知りたいだなんて別段思うわけでもない。むしろ、ここまで殺意を向けて執着してくる相手なんて気持ち悪いだけだ。

 

しかし、そんな気持ちの悪い相手と相対して考えてしまった。

俺が、記憶を失った原因は何なのだろう、と。

 

半神人アドミニストレータとの決戦の際?いや違う。それはきっかけに過ぎないはずだ。アリスたちから聞いたあの戦いは、あくまできっかけと結論。俺がこうなってしまった事件の全容でしかない。

 

つまり、俺が記憶を失ったという結果を知ったに過ぎないのだ。無論、原因らしきものは聞いている。キリトをよく分からない光の柱から庇ったのだという。その柱自体は当時の俺とキリトにしか見えていなかったらしい。けれど、これが原因だとは思えなかった。

 

一番最初の疑問を少し訂正しよう。

俺が記憶を失った原因は、本当にキリトを庇ったことにあるのだろうか?

 

勝利の白剣とPohの振る包丁が衝突し、激しい突風と光を散らす。愉快げに笑う奴の歪んだ表情からして今の俺は弄ばれてるらしい。そのことに憤りを覚えるが、それどころではない。

 

頭の中で一度浮かんだ疑問が沸き立ち、蒸発し、再び沸き立つ。

 

もしも、記憶があれば、今の俺はどうなっていたのだろう。

 

「どうした無型の剣聖サマよぉ!昔のテメェはこんな鈍じゃなかったぜ!表情だけ人間のフリした人形が作り物の顔を歪めてよぉ、あん時のお前はそそるものがあったぜ!」

 

「はっ、そそるだぁ?ロニエやアリス並の美少女になって出直しな。お前みたいな殺人のいけすかねぇクソ野郎に色気づかれても気持ち悪りぃだけだ」

 

「言ってくれるじゃねぇか、お前も俺と同じ穴の狢だろうがよ!さあ来いよ!あの時と同じ様にラフコフのメンバーをぶっ殺したみてぇに剣を振れ!そして俺を殺してみろよ」

 

もしも、俺の記憶があったら。

 

ロニエを泣かさずに済んだのだろうか。

アリスの側に寄り添えたのだろうか。

キリトを励まし、支えてやれたのか。

ユージオに心配かけずにいられたのか。

セルカの師匠として頼もしい姿をみせらたのか。

アスナとの再会を喜べたのだろうか。

こんな俺を後継者に選んだベルクーリに少しでも報いることができたのだろうか。

 

……そして、この殺人鬼を殺すことに何の疑問も持たず、剣術を使いこなし、それを実行できたのだろうか。

 

奴の繰り出す斬撃の一つ一つに体が反応するように剣を振る。しかし、身体が覚えていても肝心の(中身)が覚えていない。だから、あと一歩を踏み込むことができず、殺人鬼に押し込まれる形で形勢が悪くなってしまうのだろう。

 

培ってきた経験があるか、無いか。この差が俺とPohの戦闘力に確かな形となって現れている。

ここまで考えて、やっと悟る。

今の俺では、勝ち目はないのだ。

 

首元迫る包丁が青磁色の光を纏って加速し、ほんの僅かに肌に喰い込む。あと数センチ首が横にあったのなら、俺は今ので死んでいただろう。頭の中で負けを悟り、何処か諦めた思考が辛うじて心意を収束させて刃を止めたから良いものの、次は確実に無い。

 

「おいおい、一丁前なのは口だけかぁ?何だよ、本当に俺らの事も忘れちまったのね。その上この程度たぁやる気が削がれるなぁおい!」

 

「くぅっ……!?」

 

俺が反応できるギリギリの速度で振り下ろされた包丁を勝利の白剣で受け止めるが、脳天をハンマーで殴られ、そのまま潰そうとするかの様な圧力に思わずくぐもった悲鳴が漏れる。

 

まずい、このままだと死ぬ。

 

しかし、死ぬと分かっているのに何処か冷静な自分がいるのはなぜだろう。確かに死ぬのは怖い。嫌だ。でも、後頭部から背中にかけて冷える様な感覚と痺れてぼーっとする様な感覚がそれらを麻痺させているのかもしれない。

 

次の瞬間。

激しい金属音と共に勝利の白剣が俺の手から弾き飛ばされてしまう。その瞬間、奴がニタリと嫌な表情でこちらを見て笑った。

 

振り上げて勝利の白剣を弾き上げた包丁が宙で逆手に握り直され、振り下ろす刃で俺の左肩に振り下ろされる。

あの剣速、振り下ろしの力、この男の技量。

確実に俺の左腕を肩から切り落とし、流れる様に左脇腹から右脇腹へ向かって包丁を振り直すだろう。

 

自分が死ぬビジョンが頭の中に浮かぶ。

背中に折れた黒藍の死剣があるけれど、抜いてる暇はない。勝利の白剣も黒藍の死剣も俺の危機を察知して半自動的に動き出してはいるが、それでも剣たちの速度では間に合わない。

 

「あばよ、無型野郎………っ!!!!」

 

死が迫る。

再び悟る。

記憶ばあれば、だなんて今の自分ができない事を過去の自分ならできた、と自己肯定し、無意識に保身に走っているだけの言葉なのだと。

 

しかし、記憶があってもなくても。

俺は変わらない点があるらしい。

諦めの良さ、というのかな。

 

死を前にして諦めてしまうとか、1人で立ち上がれなくなったら何かのせいにして不貞腐れる悪癖だけは変わってなかったらしい。

 

永遠にも感じる、刃が肩を斬り落とすまでのタイムラグ。それを瞳を閉じて待ちわびる。せめて、痛みを感じないために。

 

————その時だった。

 

『何諦めてるのよ、このバカっーーーー!!!!』

 

「何諦めてるんですか、先輩ッーーーー!!!!」

 

頭の中に聞き覚えがある気がする、幼い少女の声が。耳からは俺の弟子。焦げ茶の髪を揺らすあの子の声が。

 

包丁を、俺の目の前に割り込んできたロニエの握る勝利の白剣か阻み、そのまま脇腹へ蹴りを入れてから彼女が俺を半ば抱える様に掴んでからPohと距離を取る。

 

その細い体の何処にそんな力が?

なぜ、勝利の白剣を権限の足らないか君が使えるのか。

 

聞きたいことはたくさんある。

しかし、一番聞きたいのは………。

 

「俺が、諦めてた………?」

 

そんな筈はない。

俺は諦めずに戦った筈だ。

けれど、剣を戦いの最中で弾き飛ばされた。

心意の発動も間に合わないような状況でせめて痛みを感じないように抵抗しただけだ。

 

「……先輩、失礼します」

 

「ぐっ!?」

 

ロニエが俺の呟きに答えるように俺の頬を平手打ちする。

俺の権限と君の権限の差では、殴った君の方が痛いんじゃないの?心の中で浮かんだ疑問が口を吐くよりも先にチクリと胸が痛んだ。

 

彼女のビンタは痛くなかった。

けれど、ビンタされた瞬間、ロニエともう一つの声が脳裏をよぎって胸が痛かった。

 

「アルス先輩」

 

名を呼んできた彼女の方に顔を向ける。

何かを懐かしむような、それでいてこちらを叱咤するような、そんな表情。

 

「私の先輩は、わりと直ぐに色んなことを諦める人でした」

 

「……そこは、諦めない人でしたって言わないか、普通」

 

「諦める人でした」

 

「さいですか………」

 

思いの外に強かなロニエに苦笑する。

……ん?俺は、戦闘中だと言うのに笑ったのか……。

 

「虫嫌いで、時々すっごく卑屈。ああ言えばこう言うし、少し自分のやりたいことから方向がずれると直ぐに諦めてしまう人でした」

 

ロニエ、実は俺のこと嫌いなんじゃないよね。

余りにも情けや容赦のない言葉に戦闘中だと言うことを忘れて心配になってくる。

 

「でも、直ぐに立ち上がる人でした」

 

「……俺が……?」

 

「はい。例えば学院の研究。目的から方向が逸れたのなら、少し視点を変えて、何処がずれていて、何処が悪いのかを追及し、逸れた状態でも良いところを取り込んで目的を達成する人です。私に神聖術やアインクラッド流を教えてくれた時も、物覚えがあんまり良くなかった私の為に手を変え品を変えて必死に教えてくれる人でした。いつぞやの蒼い騎士の時もそうでした」

 

蒼い騎士。黒藍の死剣と勝利の白剣の元となった宝玉。それの本来の持ち主たる、騎士と馬。聞いた話だと、俺が木剣で応戦し、キリトから夜空の剣を借りて倒したと言う。

 

……俺は、その時も諦めたのだろうか。

 

ひょっとして、俺は。

これまで諦めてないことにして、色んなことを諦めてきたのではないだろうか。

 

「先輩、私が少しだけ時間を稼いでみます。ですから、もう一度立ち上がってください。無型の剣聖と呼ばれた頃でも、私の師匠としての先輩でも、記憶をなくしてしまった今の貴方でも。私にとっては貴方は憧れなんです。だから……、見せてください。いつもの貴方を」

 

ロニエが駆け出す。

身の丈に合わない権限の勝利の白剣を右手で握り、重さなどほとんど感じさせない動きでPohに向かって剣を振るった。

 

俺は、呆気に取られていた。

きっと、勝利の白剣の俺を防衛しようとする意思とロニエの俺の為に時間を稼ぐという目的、利害が一致したからだろう。勝利の白剣はロニエに力を貸していた。

 

「はははっ………、俺ってやつは」

 

笑えてくる。

自分の駄目さ加減が一周回って面白くなってきた。

 

「手を変え、品を変え、か……」

 

ロニエの言葉を反芻する。

俺は諦めやすかったが、手段を変えて、再び立つことが出来たらしい。なら、今の俺にもできる筈だ。

 

今の俺は自分の正体を知っている。

過去は覚えていないが、変わらない友人がいてくれる。自分を慕ってくれる後輩もいる。

 

なら、記憶を失ってからも俺は多くのものを得た筈だ。

 

先程、頭の中に響いた少女の声。その主であろう物を手に取る。ルーリッドで目覚めて以降、ずっと首から下げていた、アリスの記憶の欠片。その中に、もしかしたらあるかもしれない。無型の剣聖ではないけれど、まだ幼かった頃の思い出が。いつか見た断片的な記憶ではなく、しっかり地続きの思い出が。

 

"今の俺"では、奴に勝てない。

だから、"別の俺"に変わる。

手を変え、品を変える。

 

全く持って自分の駄目さに呆れる。

今の俺はロニエに守られ、アリスに支えられなきゃまともに立つ事も出来ないほどに俺は幼いみたいだ。……いや、きっと過去の俺もそうなのだろう。

 

「システム・コール」

 

起動句を告げる。

 

「リムーブ・コア・プロテクション」

 

己の心の防壁を解除する、秘術。

かつてのアドミニストレータが開発した禁忌の術。他人に偽りの記憶を与える為に閉ざされた心を無理矢理開かせる術式。それを、自分自身に掛ける。

 

ロニエがくれたこの時間を無駄にしない為に。

アリスが託してくれたこの欠片に報いる為に。

 

使わせて貰うぞ、アリス。

 

「ディスチャージ————ッ!」

 

アリスの記憶を胸に押し抱き、多くの整合騎士を生み出し、大切な人との思い出を奪ったという術式を自分に掛ける。瞬間、暗い闇の中に自分の体が埋没してゆくような感覚に襲われ、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全く、相変わらず無茶な事をする奴じゃな』

 

『そんなアルスと一つになる事を選んだのは貴女でしょう?』

 

『お主もじゃろうて』

 

2人の少女が暗い闇の中で、黒い藍色の少年の目覚めを待っていた。

 

 




後書き

お久しぶり!とはもう言わんぜ……。
今回ばかりはマジで失踪するか悩んだものさ。時間が空くのを待つ事をやめて、時間を作ろうとしたら、まず何もできない。右を向うとしたら左を向くような状況で更新できなかったんだ………。ごめんなさい。

さて、今回もアルスの安定した豆腐メンタルが炸裂しましたね。
ちなみに、彼の諦めの速さは【無型】での戦い方が染み付いた結果による物です。斬撃が効かない相手に斬撃属性の技で戦っても意味がないから、効かないと分かった瞬間に打撃属性の技を使う。そんな思考が記憶を失ってもなお、彼の深層に染み付いています。

次回、アルスの運命は如何に。

最後になりますが、
誤字報告ありがとうございました!
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