SAO 〜無型の剣聖〜   作:mogami

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87話 自分

————暗い。

 

どこまでも果てしなく広がる暗闇。

その中に、俺は立っている。

ここはどこなんだろう………。

 

「————」

 

ふと、視線を感じて顔を上げる。

しかし、見えてくるものなど何もない。相変わらずの暗闇が広がるだけだ。きっと、顔は相手を向いている。向いている筈なのに、何も見えない。

 

だんだんと、恐ろしくなってゆく。

どれだけ待っても光の戻らない視界といつまでも声を出すこともなく、こちらを見つめているであろう、目の前の男。

 

「——お前、自分が誰かわかってるのか?」

 

声を掛けられる。どこか、聞き覚えのある声だ。

やっと声を聞いたと思ったら第一声からこれだ。黙ってこっちを見つめてると思ったら口を開いた途端に何を言うのやら。

 

自分が誰か?

そんな事、自分が知らずに誰が知ると言うのか。

過去の事は分からないが、今の俺のことなら一番よく知ってる。

 

「俺は————」

 

名乗る。名乗った。名乗ろうとした。

口を開いた。舌を動かし、喉が震えた。

 

しかし、口から出たのは自分でも形容し難い不協和音。どう発音したのか、どのように喋ればこんな音が出るのか不思議に思うほどに間の抜けた不気味な金切り声のようにも聞こえる。

 

「……そ、自分の名前すら名乗れないのね。どうやらどこまで行っても人の本質は変わらないらしい」

 

呆れ果てたような口調と声色。

そして、相変わらずの耳に残る声。

 

なぜだろう、俺はこの声を知っている。

この男の声を。この男の事を知っている筈だ。

誰だ、なぜ姿を見せない。

 

「なぜ姿を見せない?おいおい、寝言は寝て言え。さっきから目の前にいるだろ。むしろこっちが言いたいくらいだ。いい加減、こっち見ろよ」

 

心の中の声まで筒抜け。

思ったことが伝わっているのか、読まれているのか。分からないが、俺は今。この男の以外に情報を得られそうな相手を知らない。つまり、心を見透かされて気味が悪い奴でも手放すわけにはいかないか。

 

「そのやたら失礼で上からな思考もお見通しだけどな」

 

なるほど、いくら内心で考えても関係ないか。なら、遠慮はしない。ここはどこで、お前は誰だ?

 

「おいおい、自分がこうなったら理由も忘れたのか。我ながら聞いて呆れるね……。目的忘れるとかお前、何しに来たの?」

 

自分がこうなった理由……?

………たしか、Pohという殺人鬼と戦って………。

 

ああ……。そうだ、俺は自分の心理防壁を解除して、アリスの記憶の欠片を取り込んだんだ。手を変え、品を変え、諦めやすかった割に立ち上がる事を辞めなかったらしい、過去の自分。俺の幼少期、その一部分でも良い。今の自分に足らない部分をほんの僅かでも取り戻すことが出来れば何か変わるんじゃないかって。

 

忘れていた。

僅か数秒前の出来事。

今、外ではロニエが時間を稼いでくれている。

でも、長くは持たないだろう。

 

早く、やるべき事をやらなきゃならない。

 

そんな思考と思い出した目的。

同時に分かった自分の所在。あの時に発動した心理防壁の解除術。ここは、俺の中。俺という存在の精神世界というやつらしい。

 

「なんか悟ったような雰囲気出してるとこ悪いが、今のお前には何も出来ねぇよ。自分自身を見ようとしない奴が過去の自分。それもアリス(他人)の記憶から何を引っ張り出すってんだ?」

 

確かに今までは自分自身を見ようとしなかった。だけど、変わらなきゃいけないから俺はここに来たんだ。やらなきゃいけない。アリスの記憶の中にある過去の自分。それをほんの僅かでも知りたいんだ。それ以外に、今の俺以外の自分をこの目で確かめるには今の状況だとこれしか無いんだ。

 

「だからお前は自分に甘いんだよ。自分にできないから他人を頼る。今の状況ではそれしかないからやっているだ?笑わせんな、んなことルーリッドで目が覚めた時からやっておくべきことだろ。だが、お前はやらなかった。キリト達が語る過去の自分と今の自分があまりにも違うから。怖かったんだろ?」

 

目の前の男の言葉。

的確に俺の弱い部分を抉るような言葉選びに心臓が跳ねる。この男は間違いなく、俺の全てを理解しているのだろう。

あの時、目が覚めたあの頃。

ずっと深く考えることを遠ざけていた過去の自分について。確かに、時折思い出したように考えることはあったけれど、核心に迫る程深く考えたことはなかった。

 

「誰だって他人から見た自分を知るのは怖いさ。記憶を失って、自分が誰なのかすら分からない状態なら尚更。だけどな、お前はそこで立ち止まった。キリトやアリス。ユージオにセルカ。こいつらが優しい言葉をかけてくれるから、お前はそれに甘んじた。ここからだぜ、お前の腑抜けっぷりに拍車が掛かったのは」

 

腑抜け、か。

言い返す言葉もない。俺は確かに腑抜けだ。

こうやって好き勝手に言ってくる相手に対して反論もできず、図星を突かれまくり、少し前にはルーリッドの村で神聖術を行使した。自分の激情に任せて。仲間の優しさにかまけて。

 

「少しは自覚があるようで何よりだ。……まあ、お前の甘さに関しては周りがお前を甘やかし過ぎる事にも原因はあると思うがな」

 

というか、こいつは一体なんなんだ。

この口ぶりからして、俺のことだけでなく、キリトやアリス、ユージオ達のことも知っている?

 

「当たり前だろ、お前のことならなんでも知ってる。お前だけでなく、お前から見た周りの人間に対する印象とかも事細かにな」

 

そいつはなんともおっかないことで。

んで、お前は結局何なんだ?

俺の心を見透かしたようにズバズバと内心で思ってることを言い当てたり、俺の対人関係を知ってたり。高度なストーカーというわけではないのだろう?

 

「————いい加減に気が付け。俺がなんなのか、お前が一番よくわかるはずだろ」

 

言われて、頭の中の対人関係を思い返すが、ヒットする人物は無し。むしろ、こんな暗闇で、俺の精神の中にいる奴なんて心当たりがあるわけがない。

 

「いいや、心当たりならあるはずだ。俺とお前が向き合うのは初めて。顔を合わせる事すら経験にない。だが、お前は俺を知っている。俺もお前を知っている。いい加減に現実を見ろ」

 

現実?それを見るために俺は今、ここにいる。

だと言うのに、ここにいるのは聞き覚えのある声をした謎の男。これでは現実を見る以前の問題だ。精神世界でまでよく分からない何かに踊らされてどうする。

 

「現実を見る為にここに来た?笑わせんな、なら何で俺の姿を見ようとしない。————いい加減に目を開け。目蓋閉じたままでなにを見るってんだ」

 

な、に……?

 

たった今。この男の言った言葉が理解できなかった。

頭の中で今の言葉が繰り返される。"目を開け"……?

おかしい。それはおかしい。そんなこと、ある筈がない。……俺がずっと目蓋を閉じてた?何の冗談だ。

 

「冗談なものか。確かに俺は軽口を叩くし、戦闘中でも相手をおちょくったり、貶すこともあるし、平気で嘘もつく。だが、意味のない事は言ったことがないつもりだ」

 

……分からない。

しかし、筋は通る。

俺が、本当に目蓋を閉じていたのなら。この場所に来た際。そして今も周りが見えない。何があるのか、ここが何処なのか、果ては相手の姿が見えない事に対しても辻褄が合う。

 

しかし、俺は何をしていた。

ずっと目蓋を閉じたままで周りが見えないとか、姿を現せ、とか最早一人芝居も良いとこだ。呆れを通り越して笑えてくる。

 

……朝、起きた時にする様に。

目蓋を開ける。薄っすらと開かれたであろう、目蓋の隙間から仄かに明るい光が差し込み、すこし開いたばかりの目蓋を閉じそうになる。

 

僅かな時間しか経っていない筈なのに、まるで数年ぶりに光をみたかのように瞳孔が開いてゆく感覚を堪えて、目蓋を開ける。

 

「————あ、あぁ……」

 

瞳に飛び込んできた景色を見て、言葉を失う。

開いた口からは自分のものとは思えないほどに掠れた情けない声が溢れ、頭の中で目の前にいる男の姿を認識はしたものの、理解しないように抵抗しているのが分かる。

 

自分の精神世界にいる、という荒唐無稽な話し。自分の世界と言うには切なくなるほどに殺風景で、星もなければ、風もない。月も出ていないのにも関わらず、仄かに明るい草原。

 

その中に、"俺がいた(・・・・)"。

 

「1人芝居もいいとこ?ああ。その通りさ。一人芝居だ。何せ、俺はお前なんだからな……。よう、アルス。こうして向き合うのは初めてだな。漸く現実を見る決心が付いたか」

 

そりゃそうだ。だって、俺は確かにここにいる。

でも、そうじゃない。そう言う意味じゃない(・・・・・・・・・・)

俺の目の前に俺がいる(・・・・・・・・・・)

 

「お前は……俺、か?」

 

「俺に聞くな、見りゃ分かるだろ。なんて言うのは少し理不尽か?まあいい。お前は俺か。だったか?逆に聞くがそれ以外の何に見えるよ?」

 

こちらを伺い、どこかおちょくるようなジェスチャーを交えながら小馬鹿にした態度でアルス()が言う。

 

「要領の悪い奴。だが気持ちは判るぞ、何せ俺自身だ。思考力にも、判断力にも差は無い。お前にできる事は俺も当たり前にできるし、お前のできない事は俺にもできない事だ。逆もまた然り」

 

「だからって、お前がここいる理由になってない。お前が俺自身だと言うならこの場所には俺1人しかいないはずだ」

 

何故なら、ここは俺の精神世界。

俺以外の誰かが居るわけがないし、入れるような場所でもない。付け加えるなら、アルス()は1人しかいないのだ。つまり、1人しかいない人間の精神世界である以上は、この空間に俺以外の誰かが居る事はおかしい事のはずだ。

 

「そうだな、お前の理屈は正しい。でも、前提が間違ってる。確かにアルスという存在は1個体しか存在しない。でも、精神は複数存在する。まあ、複数と言っても俺のお前の2体だけだがな。ここは精神世界。ならば精神が複数ある奴がこの世界に来たのなら、その精神の数だけここには同じ人物が揃うということになる」

 

「なんだ、それ。お前は自分が二重人格だとでも言いたいのか?」

 

「それに近い。確かに俺はお前だ。でも少し違う。……さて、問題です。お前の前にいるアルスは何者でしょうか」

 

相変わらずこちらをおちょくる様な態度は健在で、こちらが核心に辿り着く答えは教えない。そんな目の前の自分に食ってかかる。

 

「こっちはふざけに来たわけじゃない。いい加減に——」

 

「制限時間はあと10秒だ、真面目に考えな」

 

胸倉を掴もうとした時。目の前に奴の剣が振り下ろされた。どこから取り出したのか、そもそもいつの間に装備してたのか分からないソレ。よく見ると、アルスの背中にも見覚えのある剣が背負われている。

 

そう、見覚えがある。既視感とかそんなんじゃない。あれは黒藍の死剣と勝利の白剣だ間違いない。けれど俺の知る愛剣たちとは少し質感というか材質が違うように見える。俺の持つ剣は水晶質いわば硝子のような材質に対して彼方は金属質。姿形は全く同じなのに構成物質が全く違う。

 

しかし、俺が目の前のアルスからの問いに対する答えを得るには充分だった。

 

アンダーワールドに渡って来た俺が黒藍の死剣と勝利の白剣をあの形にした理由。この名前にした訳。それは、もともとの愛剣達を求めたことに起因する筈だ。つまり、その過去の愛剣を持っているこの男の正体は————。

 

「さて、答え合わせをしようか。お前の答えは?」

 

「……無型の剣聖。かつて記憶を失う前、アインクラッドで生きていた頃のアルス。それがお前の正体だ」

 

「ご明察、だけど70点。正解は『無型の剣聖としての記憶。その断片』だな」

 

首を傾げる。

この男の発言はさっきの精神が二つある、という発言と矛盾する。もしも無型の剣聖の断片でしかないのならばこいつは"精神"ではなく、"記憶"。思い出の中の俺だ。精神とは違う。……ここが俺の精神世界ならアイツがここにいるはずがない。

 

「その通りだ。だが、それならお前も記憶に過ぎない。よく思い出してみろ、お前はこの世界に来たときに答えを言っていた。心理防壁を解除し、お前は誰の何を自分の中に入れた?」

 

——アリスの記憶の欠片。

 

「アリスの記憶の欠片を受け入れたとき。お前は彼女の記憶から過去の自分を少しでも取り戻そうと考えた。Pohとの戦いに必要な無型の剣聖ではなてもいい。過去の自分がどんな風に振る舞っていたのか、自分の視点ではなく、他人の視点で知る事で、お前は過去の自分を再現しようと試みた」

 

「手を変え、品を変える。無型の剣聖ではなく、この世界で生きたアンダーワールドで生まれたアルスとしての記憶を求め、昔の自分に戻る為に」

 

「そう、だけど。ここで一つの綻びが生じた。この世界では強い意志に力が宿る。お前の過去を取り戻したいという意志が心意に変わり、アリスの記憶の欠片に宿り、そして、お前はこの世界にやって来た。過去のアリスの記憶と共に現在のお前の精神が心意で結合し、彼女の欠片はお前の記憶の欠片と同義になった」

 

俺は、記憶の欠片を心理防壁を解除して受け入れたアルスではなく、記憶の欠片と結合し、俺の精神を宿した記憶の欠片となり、この世界にやって来た。

 

ということは、今の俺は目の前の男と似た存在。現在のアルスの記憶の断片ということになるのだろう。

 

「そう言うこと。んで、記憶の断片となったお前に反応してヘタれて情けない姿を晒しながら徐々に形を取り戻していた無型の剣聖だった頃の断片と接触した訳だ。お前に対して言った二つの精神てのは間違っちゃいないが詭弁まじりの本音ってところかな」

 

「複雑だな、俺ら」

 

「違いない……。だが、ようやく互いの立場を認識した。さあ、本題に移ろう。かつてのお前を取り戻しに来たのだろう?なら、手っ取り早い方法がある」

 

アルスは持っていた剣を握り直し、再び俺に突き付ける。鋒が僅か鼻先数センチにある恐怖を今更ながらに感じ出す。

 

違う力の無い俺で、最強だった頃の俺から力を奪い取って見せろ。

 

「俺は門番だ、俺自身としては、お前に記憶を取り戻させることもやぶさかでは無いが、生憎と他人の記憶(異物)を通すわけにはいかない。だが、俺は門番であり、鍵でもある。お前の目的を果たしたいならやるべきことは一つだけ」

 

黒い藍色の剣が眩く、けれど淡い薄い青色の光を灯す。

しかし、願ったり叶ったりだ。

自分の過去、現在と陸続きのアンダーワールドでの記憶は後回しにしよう。今は目の前に最も欲した俺がいる。

 

「剣を見ろ、視線を外すな。思い出したいのであれば思い出せ。ここには無型の剣聖(過去の俺)がいる。お前の求めていた戦う力を持った記憶だ。戦うつもりがあるのなら、剣を取って見せろ。無型の剣聖()から剣を奪って見せろ」

 

嗚呼、奪って見せる。

 

かつての自分が目の前に立ちはだかる。

きっと、俺自身を守る為に————。




後書き

はい、後書きです。
待ってくださっていた方々。大変お待たせしました!もう月一更新になってますね。ようやく書き上がったので投稿しました。

前回、アリスの記憶を受け入れたアルスは無意識に心意を発動し、彼女の記憶に自分を上塗りしてしまい、精神世界に辿り着きたました。そこで待ち受けていた徐々に形を取り戻しつつある無型の剣聖としての自分の対峙する。というのが今回のざっくりした概要ですね。

一応、本編ですることはないと思うんで、今回の現在アルスと無型のアルス。2人の関係を説明するなら、ウイルスとファイアウォールです。
現在のアルスは自分の精神(記憶)をアリスの記憶の欠片に上塗りする事で心理防壁を解除した自分の精神世界に侵入しました。そして、そこにいた無型アルス。アルスの記憶を上塗りしたとしても根本的にはアリス(他人)の記憶の欠片ですから、無型アルスにとって現在アルスは異物ということになりますね。

次回はそんなアルス同士の衝突になります。

さて、アルスは自分を乗り越え、過去を掴むことができるのでしょうか。

次回、投稿日未定!
閲覧ありがとうございました!
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