月の無い仄暗い草原に一筋の閃光が駆ける。
その草原で俺は、ひたすらにアルスの剣を見据えて動きを予測する。感で動いても、前から動いても斬られる、という結果に相違はない。
ならば、その後。
攻撃を受けた後で反撃に入れる態勢を取るために敵の動きを見極める。身体には既に血を流す一つの裂傷。一度目の攻撃を辛うじて生き延びた時に悟った。この剣士の前で回避行動に意味はない。
一言で言うのなら……、そう。狡いのだ。
奴の扱うアインクラッド流。その動きは一見するとキリトやユージオ。そして辛うじて使用できる俺の動きと酷似しているが、奥義の後の硬直がない。かつてキリトが使い手の技量次第で奥義の後の硬直は短縮することが可能ではあるが、ゼロにするのは例外を除いて不可能だといっていた。
例外……。つまり、目の前にいる全盛期の自分無型の剣聖と呼ばれていた時代の俺こそがその例外だと言うのか。
本来なら必ず生まれる筈の隙が無い。それがここまでの脅威になるとは思いもしなかったし、それを過去の自分が使っているのだから笑うしか無い。
「ほら、そんな調子じゃ俺から剣を奪うなんて夢のまた夢。ただの戯言で終わるぜ?」
黒い藍色の剣を指先でくるくると回して余裕を見せられる。そういえばこいつ、自分から敵をおちょくることがあるとか言ってたな。……コレは悪癖以外の何ものでもないだろう。
「そうでも無いぜ?俺が余裕をぶっこける程度の実力しかない連中が悪いんだ。これがキリトとかアスナレベルだったらこんな態度はまずい取れない。……まあ、軽口は叩くかもしれないがな」
「成る程、単に俺が実力不足ってことか」
「飲み込みが早くて助かるよ」
イラつく。絶対に泣かす。
このむかっ腹の立つ顔に絶対に拳を叩き込んでやる。
「それ、ブーメランだからな。俺の顔がむかっ腹の立つ顔なら、それは同時にお前もそう言う顔してるってこと自覚してるか?俺は現実を見ろとは言ったが自分を卑下しろなんて一言も言ってないぜ?」
「ぬかせっ!」
わざわざ剣を肩に担いでまでこちらの揚げ足ばかりとる。無性に腹が立ったので奴の顔が近づいてきたタイミングで拳を振り抜くが、それは僅か半歩退がっただけで躱される。
「おー、惜しい惜しい、擦りもしなかったけどな」
「惜しくもなんともねぇじゃねぇか!」
俺の慣手が黄色い光を放ち、無型の剣聖に飛び込む。
……しかし、自分にとって予想外な結果でこの攻撃は阻まれる。
「へぇ、エンブレイザーは使えるのか」
「っ!?」
止められた。
いや、もとより躱される事は考えていたし、そんな驚くようなことでは無いだろう。
奴が
渾身の力を込めた。優先度が上限に到達している俺の全力の一撃。それがいとも容易く止められた。汗もなければ、手に傷すらない。あり得ない。絶対にあり得ないのだ。
「別にそんな動揺することじゃないだろ。そのスキルの攻撃判定は慣手の先、つまり指先から始まる。指先が敵に当たることで初めてダメージが成立する技だ、だから指先ではなく掌か手首を抑えて対処する」
「くっ……」
「そして、技の後に短い硬直が発生。本来なら隙にすらなり得ないほどに短縮できるディレイだが……。敵にこれだけ接近すれば否応無しに硬直の影響を受ける事になる」
くそ、と悪態を吐きたくなるが、言い終わる前に奥義でもなんでもないただの殴打を受けて唾を吐き出す。しかし、
このまま苦痛に喘いで動きを止めれば次の一撃が俺を刈り取りに来るのはもはや考えるまでもない事実。内臓がズレたのではないかと錯覚する程に倦怠感と吐き気を覚えながらその場から飛び退く。
自分の権限の高さから出される速力と跳躍力は俺とアルスの距離を瞬く間に確保してくれる。
「……速度と力は群を抜いている。やはり権限の恩恵だろうな」
こちらのことなど手に取る様に分かる癖に、興味深気に俺を見据えて不適に笑うその表情は、「お前はその高すぎる権限を御し切れていない」と語っている。
分かってるさ、言われなくてもそんな事は分かってる。今の俺は権限にモノを言わせて暴れてるだけ。もっと正確に、より鋭く、相手の動きを見切り、倒す。それが今の俺にできる唯一の戦法だ。
「見切る、ねぇ」
また笑う。いや、嗤うと言うべきか。
こちらを見据えて滑稽そうに淡笑する。
「何がおかしい?」
思わず聞く。
今の俺の思考に笑われるべき要素が一つでもあったのだろうか、と。気になったからだ。
すると、もう一人の自分は淡笑を止める訳でもなく、今度は肩を竦めて言った。
「いや別に。ただ、腑抜けた今のお前に見切るなんて大そうな芸当ができるのかと疑問に思ってな。腑抜けて図星を突かれたから自分よりも遥かに権限が劣る村人に対して半ば脅し混じりの八つ当たりするような奴にそんな冷静さがあると思えない」
「っ……」
口を開きかけて噤む。
反論しようのない正論だ。あの日、あの時の俺は言われた事に対して激怒した。何故?決まってる、あの村人の言葉が当時の俺の図星を的確に突いていたから。
使えない奴よりも使える奴が持っていた方が有意義。その通りだ。あの村人に黒藍の死剣か勝利の白剣を扱い切れる権限などあるはずが無い。だが、あの一言だけは的を射ていた。
心意と神聖術を使ってしまった。本来ならば、あの村人も俺が守るべき民の1人だというのに。自分に都合の悪い言葉で身勝手に怒ってあんな事をしでかした。
「そうだ、身勝手だ。今も昔も
身勝手な自分、どこまでも救いようの無い愚かな自分の過ちを。そこにはきっとキリトが俺に話さなかったかつてのアルスも過ちを犯してきたのだろう。何度も、何度も。
そして立ち上がった。
その結果が無型の剣聖と呼ばれた
だからこそ、俺は辿り着かねばならない。お前に、無型の剣聖になる。それが今やらねばならない事。その覚悟なら出来ている。
「進むんだよ……、俺はぁ!」
心意を押し固め、剣を成す。
青磁色の光で出来た剣を握り、奥義を放つ。
ホリゾンタル……水平の名を持つアインクラッド流の初歩中の初歩。俺とキリトがユージオを始めとした教え子達に伝えたい奥義。
キン、と澄んだ金属音がなり、火花を散らし、アルスの持つ黒い藍色の剣と衝突する。
「進む?どこに、自分が誰なのか。何者なのかを自分の視点で理解できていない貴様の道がどこに続いているってんだ!?」
「うるせぇ!道がないなら作るんだ、確かに俺は自分の過去を自分の視点で理解していない……。だがなぁ、
剣を受け止めることすらままならず、打ち合うたびに剣が砕けちる。硝子が割れる様な音と共に心意の剣が砕かれ続ける。何度も何度も果てしなく。
もう一人の俺はこちらの様子を感情の読めない表情で眺める。ただ剣を無造作に振り、俺の放つ奥義の一つ一つを何でもない様に消し去る。奥義の一つも使わずに。
力の差に思わず笑ってしまう。
いや、まさかここまで今の力が通じないとは思わなかった。剣を振っても弾かれるどころか砕かれ、口論になっても説き伏せられる。口論に関してはただ俺の語彙力などが足らないだけだが、剣に関してはそれ以前の問題。
キリトとアスナから聞いたアインクラッドでのヒエラルキー。そのトップの一角に君臨していた無型の剣聖。今の俺の剣術が拙いとかそれ以前にこの男に剣で挑むこと自体が間違っている。単純な剣技での戦いで互角以上に渡り合えるのはそれこそキリトレベルでないと不可能だ。
二刀流、それに準ずるナニカ。例えばセオリーに反した動きを平然と行い予想だにしない技を繰り出す様なタイプ。それ以外にこの男に対して単純な剣術で勝ることは不能だろう。
「知った様な事を」
「ああ、知らないさ。だからそれを知るために俺はここにいる!」
「そうだろうな。だがどうする?お前には俺を理解できるほどの力は無い。俺から剣を奪えるほどの技量もない。過去を忘れ、空の人形に近いお前には過去の記録で形作られた俺を否定する手段すらない」
中身の無い俺と外側を持たないお前。
互いに足らないものを相手が持っている。俺の持っていない物をあいつが持っていて、俺には無い物をあいつが持っている。
負けるわけには行かないんだ。
今、目の前にある脅威を押し除け未来を生きるために。俺は過去を知り、今を学び、未来を歩むんだ。
なぜ、俺がここに来たのか。ここに来て何をしたのか。この後何をするのか。それを示すんだ。それが最高司祭を名乗った俺の取るべき責任。カーディナルと呼ばれた幼賢者に果たすべき義理。
そして、今も現実で奮闘しているロニエに対して見せるべき誠意だ。
対して良くもない頭を捻って考える。
迫り来る斬撃を極力避ける様にしながら考え続ける。
「考えても無駄だ」
もう1人の自分が深紅の光を剣に宿して突進してくる。激しい轟音だった。空気が震える様な、焼き切れる様な熱気と共に放たれた神速の突進。
咄嗟に身体を捻るが間に合わず、左腕を持っていかれる。
「づぁ!?」
焼けつく様な痛み。
実際に焼けているのかもしれない。たった今、斬り飛ばされた左腕からは出血することはなく、焦げ臭い匂いを放っている。
片腕を無くし、バランスが崩れ、何度目になるか考えることすら億劫になる程の無様と醜態を晒す。……情けなかった。
記憶をなくした事を言い訳に弱い自分を許してしまった。弱い、何処までも弱くて情けない自分。
大して考えても意味はない。
果たすべき義理、見せるべき誠意。それらが一体なんの意味を持つというのか。これまで自分に押し寄せる波に流されながら生きてきた俺にそんな大層なものを持てるはずがない。
——自己否定。
目の前いるいつかの自分。
在りし日の剣士としてあったかつての俺自身。今の自分が最も手を伸ばすべきモノ。
……欲しい。
確かな強さ。確固たる意思。歪む事なき心意。
——なら、今の俺は要らないのか?
傷口が焼き付く。
侵食するように、腕が燃える。左腕の傷を焼く炎が腕を這い上がるのに釣られるように思考が加速する。
自己否定と自己否定が正しいのかを問う思考。
今の自分では絶対にPohはおろか無型の剣聖に勝つなど夢のまた夢だ。しかし、今の俺でなければロニエが時間をくれている事、かつてカーディナルと呼ばれた賢者に義理を果たせるというのかという疑問。
考えても仕方がないだろう。
なぜ?どちらも正解なのだ。
勝てないことも事実、勝てたとしても何もできないこともまた事実。どちらに進んでも結果として臨んだ未来へは続かないのでは?という恐怖。
でも、そんな恐怖を超えて進まなくてはならない。
それだけが俺にやれる——いや、やるべき事だ。
もう何度目になるか分からない自問自答。
目の前にある障害は他の何者でもない、自分自身。
それら全てを己の糧とする為に今の俺が為すべきこと——。
「ああぁぁぁぁ————ッ!」
雄叫びと言うよりも悲鳴に近い声色でバランスが崩れ、倒れ行く身体を捻り、残った右腕を軸に奴の足を蹴り払う。
それを予期していたらしい無型の剣聖は半歩下がって蹴りを避ける。だが、こちらも避けられる事くらいは充分に想像の範囲内。むしろ今のが命中していたらこの先の動きを読み始めていた思考が無駄になる所だった。
空振りに終わった蹴り。その回転の勢いを殺さずに自分目掛けて跳躍する。何度も何度も砕かれた心意の剣を錬成しながら。
「があぁぁぁぁ————ッ!」
獣の雄叫び。それが自分の口から発せられている事を後になって理解する。
勢いを付けた一撃。上から下にただ剣を振り下ろしただけの単調な斬撃。それは勇ましい金属音を辺りに響かせて心意の剣ごと砕け散る。
手元に残ったのは心意の剣の欠片。
その儚い欠片に肉を付けるように再び心意の剣を錬成し、地面に向けて叩きつけるように振り下ろした剣を今度は極限まで身体に引きつけてから着地によって足に掛かる負荷を地面を踏み抜く力に変えて前方に向けて突きを繰り出す。
——もっと強く。
俺の突きは奴の突きに相殺されるどころか押し負け、再度僅かな欠片を残して剣は砕ける。
俺の突きを軽く粉砕したかつての俺の突きは今も着実に俺を貫こうとしている。唯一残った右腕を目掛けて。このままでは右腕も失う。そうなれば俺の攻撃手段は神聖術のみになる。それではアイツを超えられない。
今度は身体を捻りながら拳を振り抜く。俺に向けてではなく、迫り来る凶刃の腹を目掛けて最短かつ最速の動きで剣の腹に右拳を振り抜く。当然のことながら拳からは骨にヒビの入る嫌な音がなる。しかしそれに構わず心意の腕で更に威力と勢いを底上げする。
「づぁぁぁぁ————ッ!」
奴の突き出す剣を軸に右腕で身体を円弧を描くようにして逸らす。まともに受けていれば右腕も飛んでいた所を五指の骨折で済んだのだから儲け物だ。……しかし、癪なことに俺の力だけでは避けられなかった。
奴の踏ん張り。剣を突き出す力とそれに負けない踏ん張る力。そして剣を握る異様な怪力があったからこそ成功した回避。
ここでも俺は自分の身一つで事をなすことは出来なかった。
「よく避けたな」
「はっ、止まって見えたぜ。ざまあみろ」
口から出る言葉は半ば強がり。
相手をおちょくるような言葉は相手の不遜な態度が気に食わないから。
右手を無詠唱の神聖術で回復させる。生憎と無詠唱では左腕の再生に至る回復量は見込めない。だから、使える腕を優先して治す。
治したばかりの腕に再度心意の剣を作る。
先程砕けた剣の破片を母材に再び肉を付けるように。
打ち付けては砕け、砕けては治した。
何度も何度も治して壊してを繰り返した。
突きを繰り出し、柄を両手で握りしめて横薙ぎを繰り出し、剣を叩きつけ、剣を振り抜き、ありとあらゆる手段で攻撃を仕掛け続けた。
攻撃を仕掛ける度に剣が砕ける。
砕けた刃はやがて欠片となり、それは剣が砕ける度に一回りずつ大きくなっていく。壊れる度に残る欠片を鍛え直すように刃を作り直す。心意を押し固めた俺自身の意思を。
——アインクラッド流、ホリゾンタル。
——アインクラッド流、シャープネイル。
とうとう砕けた欠片が片手剣の柄の形にまで練り上がる。刀身を失い、ナックルガードも半壊しており、とてもではないが剣とは言えないそれを振り抜きながら無くした部分を再生させるように心意で刃を補い続ける。
壊れては直し、壊れては直し。
直す度に砕けた部分が僅かに残る。最初は小さな欠片だったのに今では剣の柄程になった。最初は青白かった色も欠片が形を為す事に濃い青色に変わって行く。
「……止まれない」
「——なに?」
そして漸く見つけた一つの結論。
剣を砕かれ、その度に直す作業を繰り返すうちに俺の中に芽生えた一つの答え。
……俺は、何度も砕けて来た。
旧最高司祭アドミニストレータとの決戦後。完全に砕けた俺は、記憶を失い、仲間達との関係性をも忘れ、剣を握る覚悟も無くしていた。
自分が誰なのか、周りの奴らが誰なのか、自分のいる場所が何処なのか。それらを完全に忘れる程に砕かれた俺は、みんなに支えられていた。
アリスに諭され、ユージオに支えられ、セルカに励まされ、そしてキリトに記憶を無くしていても俺の相棒なんだと肯定してもらった。
こんなにもどうしようもなく、情けない俺を受け入れてくれる仲間と俺たちを忘れることなく想い続けてくれる後輩がいた。
確かに剣を握れなくなった。振れなくなった。仲間に嫉妬して、周りに八つ当たりした。でも、支えてくれる人がいた。
だから、止まれない。
いい加減に自立する時だ。
自分は一人でも大丈夫なんだ、と彼ら彼女らに示す。
今度は俺がみんなを支えられるように。
その為にも今の俺は負けられない。
自分の過去に負けるわけにはいかない。
俺に訪れたほんの僅かな気構えの変化。
それは光となって剣に現れた。
この時、俺は無心だった。
後にして思えば、どうしてこの技をこの時の俺が使うことができたのか。不思議で仕方ない。
次の瞬間、俺は自分でも予想すらしていなかった技を放った。
地面を割らんとする勢いで踏み込み、前方に駆ける。たった一歩、全力で跳躍したかのような勢いで、両手に握った剣を振り下ろす。
柄の上部を握る右腕には体重を、柄の下部を掴む心意の腕にはありったけの力を込めて。剣と同じく心意で鍛えられた剣を振りかざす。
「ッ————!?」
聞こえる、奴の動揺。
響く、刃が空間を斬り裂く音。
そして轟く。今までの一方的な破壊音ではなく、同質のモノ同士が衝突した事で発せられる轟音。その直後に聞こえるガラスの割れるような儚い音。合間変わらず剣は砕ける。
……だが、それまでとは壊れ方が明らかに違っていた。
柄が伸び、左右に突き出たナックルガード。そしてそこから伸びる刀身。剣全体で剣十字を描いたようなフォルムの剣。先程までは柄とナックルガードしか無かったと言うのに、今回の錬成では刀身の半ばまで残った。
その見覚えのある形。そして色。
これは、俺が無意識にイメージしてしまう武器の形状と色なのだろう。剣十字を描くフォルムに黒に限りなく近い藍色。
——黒藍の死剣。
「ッ!」
「くっ!?」
正面から風を斬り裂く何かが迫っているのを感じ取り、黒藍の死剣の刀身を再生させてそれを正面から受ける。
「驚いた。アバランシュを使ってくるのは予想外………いや、違うか。"無型"を取り戻すなんてのは予想外だったぞ」
二本の黒い藍色をした剣。全く同一の形状を持つ剣同士が火花を散らす。他ならない
黒藍の死剣とペイルライダー。
ある意味で似たような立場の同一人物が振るう、現在と過去の愛剣。
しかし、この鍔迫り合いでは過去の愛剣に軍配が上がる。
パリン、と小さく響く音。
それは心意の黒藍の死剣の刀身が割れた音だった。
刀身が割れると同時に右に転がり避けた俺がその刀身を見下ろす。相変わらずその刀身を半ばから失ったその剣を見て、思わず苦く笑う。全く同じ砕け方だ。現実の黒藍の死剣と。
「予想外ではあっても、あり得ないことではないだろ?」
「……そうだな、あり得ないことじゃない。ここに俺という無型を扱う過去がある以上、お前が使えない可能性は0ではなかった」
——俺はまだ、"無型"を知らない。
逆に言えば、向こうの俺は神聖術などは知らないのだろう。
知識として知っていても、使えるかは別問題。
『俺はできる事はお前にもできる。逆もまた然り』そう、出来る様になる可能性はお互いに同じだけあるのだ。元は同じ人物なのだから。
でも実際に使えるかは別問題。
もしも使えるとしたら、あいつなら躊躇いもせずに神聖術や心意技を使って来ただろう。俺は単純に使う隙を見出せなかっただけだが、奴は違う。使う隙など腐るほどあった筈だ。
「はっ、無型と神聖術や心意技を使えるからって使いこなせなきゃただの器用貧乏だろうが」
「……負け惜しみ?」
「はっ飛ばすぞ」
俺は奴の思考を読めないが、奴は読んでくる。
いちいち口を開く必要がない、と言うのは意思疎通に便利だな。
「たかがまぐれで無型を使えたからって調子に乗るなよ」
知ってるさ。
今のはまぐれだ。自分の意思でやろうと思って同じことが出来る自信はない。でも、使いこなさなければならないのだ。必然にしなくてはならないのだ。
——俺は、無型を知らない。
————そして、剣聖でもない。
——————でも、為すべき事は知っている。
「……終わりにしよう」
剣の鋒をこちらに向けたアイツが静かに告げる。
ただ、シンプルな疑問が唐突に脳内を過った。
……いや、それこそ後で考えよう。
「ああ、そうだな」
頷いてから剣を構える。
上段から引き絞るように、こちらも鋒を相手に向けて腰を低く落とす。
刀身の半ばから先の無い剣に紅の光が宿る。
幾ら直そうとしても再生しないこの剣。心意で形作ったにも関わらず、現実にある黒藍の死剣と同じ場所だけが破損する理由。
何度も何度も壊しては直してを繰り返したこの戦いを通して何となく分かったことがある。
この剣が直らないのは、俺自身が欠けているからでは無いのか、と。
俺自身が精神的に欠けている。大事な部分が削ぎ落ちている。だからこそ完璧な形で復元することが叶わなかったのではないのか?
では、足らない部分は何処にある——?
俺の削ぎ落ちた大事な部分。剣を握るのに大切なモノ、或いは剣に扱うのに影響を及ぼす何かしらの思い。
——何処にあるのか、漸く分かった。
俺たちは全力を持って渾身の突きを放つ。
前方への跳躍と突進に伴う刺突。それは真紅の閃光を撒き散らしながら正面衝突する——
「ば——、なぜ——!?」
正面から衝突する筈だった二本の剣が打つからなかった理由。それは、とても単純で、簡単なモノだ。
「なぜ……、いや、そもそも今のあり得ない……。どうやって、
少し違う。
アインクラッド流、ヴォーパル・ストライク。
アインクラッド流屈指の射程を誇るその奥義を俺は停止……いや、省略した。心意で体の動きを最低限にまで削り、本来の突進による移動距離をほぼ0にしたのだ。ほんの数ミリ動いて小さな突きをする。技の全容を知っていれば俺が技を中断させたように見えても仕方ない。
だか、技を中止した故に、ペイルライダーが俺の腹を深々と貫く。
……痛みは感じない。でも、代わりに身体が千切れそうになる程の衝撃を感じた。身体が四散しそうになる力を全力で受け止める。
剣を俺の腹に突き刺したもう一人の自分を抱きとめる形で事が終わる。
「馬鹿なっ、なぜこんな意味のないことを!?」
「おかしなことを聞くな、俺の考えがわかるお前なら手に取るように伝わるだろう?」
この男にとっての今回の戦いにおける勝利条件を俺は知らない。でも、俺は自分の勝利条件を知っている。
——剣を奪うこと。
ならば、どうすればいいのか。
俺の考えを読めるこいつに対してどう対応すればいいのか。
こちらの考えから行動を先読みできるこの男に対応できる策。俺が最初から何かを企んでいてはそもそもコイツは行動を起こさなかったろう。
ならば何かしらのアクションを起こしてアイツに隙を作るしか無い。
そこで俺が実行したのが奥義同士の打ち合いで自分の技を省略させ、相手自身の奥義で硬直した隙を狙う。と言うモノだった。
アインクラッド流、延いてはノルキア流などこの世界の奥義全てに言えること。《奥義を中断する事は出来ない》。
つまり、本来あるべき技の後の硬直がない無型の剣聖にとって、唯一自分の動きを制限される瞬間が奥義の発動中なのだ。
攻撃は最大の防御となり得るが、同時に攻撃は最大の隙になり得る。
「だからってヴォーパル・ストライクを真っ向から受けるか!?」
「……身体能力と耐久力だけは誰にも負けない自信があるぜ。精神的な耐久力は朧豆腐だけどな」
今度はこちらが軽口を叩く。
散々煽られ、ボロクソに言われたせめてもの意趣返し。
俺は幾つか軽口を叩いた後、心意の腕で奴の体を自分に押し付ける。深々とペイルライダーが自分の身体に刺さるように、アイツが抵抗しても逃げられないように。
「——捕まえた」
一言だけ呟いて、右手に持っていた黒藍の死剣をアルスの背中から突き刺す。再び、折れた刃を補いながら。
奴は、これで剣を触れない。
いま、こいつは身動きが取れない。黒藍の死剣で腹を貫かれ、同時に身体を俺の心意が押さえつけている。その上に頼みの綱の魔剣は握っているがこの世界で最も耐久力のあるオブジェクトに突き刺さっている。
「詰みだ、無型の剣聖」
「……そう、だな」
剣が振るえず、体は拘束され、俺を引き剥がす手段を持たない。
……ここで、俺が心意なり神聖術で攻めれば
晴れて俺は目的を果たせるだろう。
だが、それは果たして俺の望む未来なのだろうか。
過去を乗り越え、未来を歩む。
ロニエ達を助けて、みんなで幸せになる。俺の力だけでは果たせないことでも、キリトやユージオ。アリスにベルクーリ、ファナティオなど整合騎士の面々が居れば掴めない未来ではないだろう。
誰もが望むハッピーエンド。
……本当に、それで良いのか。
——過去を知る為にここに来た。
——少しでも力のある自分になる為にここに居る。
なのに、過去の自分を切り捨てるのか?
力を得る為に、自分を殺すのか?
こいつを殺せば剣を奪える。
無型の剣聖としての力が手に入る。もともと俺が持っていた物が、記憶が、力が戻ることだろう。確かな予感がある。
きっと、未だに剣を俺に突き刺したままのこの男は自分の末路を委ねる様に口を閉ざす。今、コイツを殺すも生かすも俺次第。
俺は————剣に心意を込める。
なんとなく、殺すか生かすかで悩む自分がどうしようもなく可笑しかった。これからあのPohや暗黒神を打倒。つまりは殺そうと言うのに、自分の過去を殺す事に悩んでいる。
敵とはいえ、他人を殺す事を目的にしてる癖に自分を殺す事を悩んでいる。
敵を殺せるのに、自分は殺さないのか?
人界の最高司祭候補。つまり、この世界の人間を守るべき立場でありながら、これから誰かを殺すかも知れない。リアルワールドではなく、この世界で生まれた人間を、ダークテリトリーの住民を含めて、だ。
……これが、俺がヘタレであることの証明だろう。
きっと、俺が目の前のコイツを殺してもヘタレであると言う事実は変わらない。例え相手が自分であっても、感覚を共有しているわけではないから自分に痛みはない。
「……それじゃあ、これまでと変わらないよな」
自分が痛いわけじゃないから、他はどうでも良い。そんな考えの奴には何も守れない。仲間も友人も大切な人も。きっと自分の身ですら。
「なあ、俺」
「——んだよ」
「死ぬ時って……、どう言う感じだった……?」
訪ねる。
俺が知るべきこと。
それを経験したことがある自分に訪ねる。
「……俺の口から聞いた所で意味はないだろう?」
「そうだよな」
ぶっきらぼうに突っぱねられる。
でも、何処か諭すというか俺にやるべき事を示すように。
覚悟を決めなくてはならない。
他人を殺す覚悟ではない。
「——アルス、俺に付き合ってくれないか」
知る必要がある。
誰かを殺す為に、自分が知る必要がある。
……死の感覚を。
「好きにしろよ、俺はお前だ。自分に許可を取るなよ。自分のことは自分で決めろ」
——ありがとう。
剣に込められた心意はより強く、より熱く、
この男は、きっと、俺を守る為にこの世界で俺と戦った。アリスの記憶と言う触媒を元に内側に入ってきた異物を拒む為に。アルスという存在を守る為に。
だが、俺はそれを超えた。
超えることができた。アルスという存在を守る為に存在した防壁を超えて自分を根本的に壊そうとしている。俺が今、やろうとしているのはそういう行為。
コイツを殺して確実に力を手に入れるという結末から目を背け、不確定で半ば賭けの側面が強い。挙句、俺もコイツも根本的に別物に成りかねない選択であり、元の力を得られるかすら定かではない選択肢。
「……じゃあ——」
「——俺と一緒に、もう一回。死んでくれ」
黒い藍色の光が剣を灯す。
二本の
過去を知らない俺が本来使えるはずの無い技。
相手を殺し、引き換えに自分すらも殺す。
そんな、剣術としても奥義としても論外。使い物になるはずが無い出来損ないの業。
"無型"に存在する、固有のソードスキル。
それは……、俺達を一撃で葬り去った。
後書き
あいっ、後書きです。
とうとう始まった過去との決闘。
まさかの相討ち落ちっていうね。数話に分けてダラダラするよりは1話で終わらせようと思ったら1万字超えちゃいましたわ。
やっぱり5千字前後が一番読みやすい気がしますね、個人的に。
さて、今回の補足?
口ではなんだかんだ言いながら初手から瞬殺出来たのに無型くんはそれをしてませんでした。現在のアルスに対する舐めプというより、どう言う選択をするのかを守る保護者ですね。
一方でアルスが無型を使えるようになったのは、過去の自分の打ち合うたびに"無型"の感覚が無意識に流れ込んで来てました。知ってる人が多そうな例えで言えば、fateの士郎vsエミヤ戦的な奴です。
そんな感じで今回も閲覧ありがとうございました。
その他のシーンのアルスの行動の意味などの真意はご想像にお待たせ致します。